4.偏り。
「なんでまた、そんな偏った考え方してるの」
ぷぷぷと笑う楓真は笑う。
そりゃ、そう……だよね? 確かにこの考え方って
おかしいとオレだって思う。
被害妄想じゃなくて、加害妄想? いや、加害
恐怖?
誰かに危害を加えているんじゃないかと思うと
思考がおかしな方向にねじ曲がる。
いつからだろう?
こんな風にひどく人の目が気になりだしたのは。
気づけばずっとそうなんだ。
慣れ親しんだ友だちとか、家族とかだと大丈夫なん
だけれど、あまり親しくない人間に対して、極度の
加害恐怖に取り憑かれる。
オレは何かしてしまうんじゃないかって。──いや、
もうしてしまってるんじゃないかって。
だから人を避けてしまう。
対人恐怖症?
いや、そこまでは……ない。とは、思う。
人と関われないほどじゃない。けれど、出来ることなら
知ってるやつの傍がいい。例えばオレがわけの
分からない事を言っても、バカにしたりせずに
今の楓真みたいに、それは違うだろって笑い飛ばして
くれる。そんな状況。だから少し安心できる。オレは
大丈夫なんだって。単なる思い過ごしなんだって。
オレは微かに笑ってみせる。
そっか、オレのせいじゃない。オレの──
「オレってさ、幼稚園からこの学校にのうのうと
居座ってて、なんの苦労もしなかっただろ? だから
深刻な顔して入学してくる外部生が不思議だったんだ。
そのまま近くの学校に進学すれば、楽なのにな……て。
見知った土地の見知った人間。
地元にいれば、初めての事から守ってくれるだろ?
失敗しないかなとか、変に思われないかなとか
そんな不安が少しは軽くなる。
それにさ、学校なんてどこも同じだってオレは思って
るんだよね。
まぁ、ほら、専門科ならアレなんだけど、オレは
普通科だから余計にそう思ってしまう。
お前だってさ、自分でもそう思うだろ? オレがいる
から……なんて言ってここ来たけど、そんなのバカげて
るって。
自分の人生なのに……自分の将来かかってんのに
そんな理由でここに来たんだよ? あ。もちろんそう
言ってみせてただけで、実際は違うかもだけど
でも実際いるじゃん、そんなヤツ。
人生掛かってるのに、それなのに他人任せの進路希望
するとか、どうかしてるって思う。
でも──」
オレはそこで言葉を切る。
「でも、……でもね、今は分からなくもないんだ。今は
少しだけ、その気持ちが分かる。
学校選びの理由なんて人それぞれで、みんな新しい
環境に期待して入学して、でも不安なのは変わら
なくってさ。それがたとえ人任せみたいに見えたと
しても、でもそれでもちゃんと選んでる。
──そう、選んでるんだよね。
確かに、人任せではあるんだけど、でも自分で
コイツについて行こうって思ったんなら、それは立派な
『自分が決めた選択』なんだなって。
結局みんな、頑張ってるんだ。自分で自分の歩く道を
選んで、その道を信じて、真っ直ぐ前を見て進んで
そうやって過ごしてるんだなってそう思った」
「……うん」
楓真は真剣に聞いてくれる。
茶化すとこもなければ、オレの言葉を遮ることも
ない。
それが地味に心地いい。
オレは続ける。
「それが……少し、羨ましい。
そんな勇気、オレにはないから。
このクラスのメンバーは、ほとんど変わらないだろ?
変な話さ、オレってここの主みたいになってて……
そもそも小学校からこのクラスにいるのって、オレと
乃維くらいなんだよね」
「え……、そうなの?」
楓真が驚きの声を上げる。
それが可笑しくって、思わず笑ってしまう。
「うん。ほとんど外部に行っちゃった。もしくは別の
クラス。
純粋に残ってるのはオレと乃維くらい。地味に人って
入れ替わってるんだけどね、でもオレは、外に出れる
ほど、人と関われるわけじゃない。勇気もない。
結局のところ、オレって何も考えられないんだ。
目の前につくられた道を、ひたすらただ歩いてる。
振り落とされないように、必死にしがみついてる。
でも、それが一番楽だから。
……乃維は多分、オレを心配してくれてるんだ。だから
一緒にいてくれる。一緒にこのクラスの主でいて
くれている」
だから自分が、橘をこのクラスに取り込んじゃった。
そんな気がしたんだよね。って、そう言うと楓真は
意外そうに目を見開いた。
「しがみ……ついてる?
キョータロ。キョータロも、必死だった……の?」
「え?」
今度はオレが目を見開く。
何言ってんの? 楓真。当たり前だろ? だってここ、
城峰だよ? 怠けてたら、簡単に振り落とされ
るんだよ? 現に何人も他クラスに異動した。
「そう……だけど?
え、まさかお前、オレが勉強してないとか、そんな風に
見えてたの? そんなわけないだろ? 必死に決まってん
だろ?」
ムキになると、楓真は笑った。
「ふふっ、ふふふふふ。
あ、そうだったの? そんな風に見えなかったから俺は
結構、不安だったのに。キョータロに置いてかれるって」
「は? ……んなわけないし。オレだって必死」
そう言ったら、楓真は笑った。
「そっか。良かった。
じゃ、キョータロも頑張ってたんだよ。みんなと一緒」
「一緒?」
「そ。一緒。
受験生は、誰だって頑張ってるの。ただ、方向性が
違うだけ」
「……よく、意味が分かんない」
「ん。キョータロらしい」
「えー……と、それってバカにしてる?」
「してないし。安心しただけ」
「……そんなもん?」
「そんなものなのです」
「そう……かな?」
「そうなの」
「……。じゃ、そういう、事にしとく」
「そうしてもらえると、ありがたいデス」
そう言って楓真は、とても嬉しそうに笑った。




