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さくらのさくら  作者: YUQARI
第3章 恭太郎
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3.環境変化の魔法。

 一時間ほど前。




 ──一緒のクラスに、なれると思ったのに……。




 そう言いながら、咲良(さくら)は涙を流していた。

 相手を責めるわけでもなく、ただただ不安で仕方が

 ないといった様子だった。

 真っ青になったあの顔が、今でも鮮明に脳裏(のうり)に浮かぶ。




 ──休み時間には会えるから、ね?




 相手の友だちが、(たちばな)の肩に触れながら(なぐさ)めていた

 けれど、橘の涙は止まらない。

 まぁ、しょうがないよね。橘はオレたちのクラス。

 言わば特進クラスだから、実力が伴わないと、たとえ

 親友であったとしても、同じクラスになる事は

 出来ない。

 逆に言えば、学力さえ伴えば、嫌でもずっと同じ

 クラス。それがここ、城峰(しろみね)のルール。


 高校受験ですら狭き門なんだから、一緒に入学出来た

 だけでも良しとするべきだ。

 だけどあれだよね。そもそも今までとは全く違う環境。

 公立の小学校、中学校に進学していたのなら、オレが

 今まで過ごしてきた今のこの環境と、ほぼ変わらない。

 えっと……ほら、公立だって、エスカレーター式の私立

 みたいに、同じ地区の同じ小中学校に行くだろ?

 メンバーはさほど変わらなくって、若干(じゃっかん)同級生が

 多くなる。


 それってオレと同じ環境って事で、当たり(さわり)りなく、

 同じ友だちとずっと一緒に過ごしてこられたって

 ことだ。

 それが突然、高校受験で離れ離れになった。

 だから、不安でしかたない。

 オレだって、それが恐ろしいから、城峰(しろみね)にしがみついて

 いるようなものだしね。


 確かに橘は、同じクラスになれた楓真(ふうま)とは、仲が

 良かったかもしれない。けれど、それは小学校の頃の話。

 三年間も離れていた男子高校生(ヤロー)よりも、やっぱり

 仲のいい同性の友だちと一緒にいる方が、安心する

 のに違いない。

 せめて地元の公立高校に進学すれば、こんな風に

 友だちと離れ離れになるリスクは、少なくなったとは

 思う。だって周りはほとんど知った人間だろうから。

 なんで出ちゃったんだろうね? 公立から私立に。

 それほど城峰が、魅力的に映ったんだろーか?


 ──まさか、楓真を追い掛けて来た?


 まさか、ね。

「……」

 でも、そう思うとオレの心は複雑だ。

 オレの知らない楓真の姿。

 心の中のモヤモヤは晴れなくて苦しくて、オレは

 楓真を見ながら無意識に口を開く。

 そして本音を呟いた。


「オレが、仲を引き裂いた気分になった」

 ぼそりと言う。

 誰と誰の仲?

 決まってる。楓真と橘。

 それは現在進行形だろうか? それとも予告?

 ……いやいやいや、なに考えてんの? そんな話じゃ

 なかったじゃん。楓真と橘の仲じゃなくて、橘は

 仲の良かった女子高生と、離れたくないって泣いてた

 わけで、オレが引き離したわけじゃない。

 ──でも、そう思った。




『お前と一緒の学校が良かったから、勉強頑張った!』




 中等部で再会した楓真は真面目な顔で、開口一番そう

 言った。あの時の顔は、今思い出しても笑える。

 オレは言った。学校なんて、みんな同じだろって。

 実際、そうだって思ってた。

 決められた教科の授業に出て、それから休み時間。

 毎日毎日その繰り返し。

 中学校で習うものなんて、どこも一緒なのに違いない。

 高校になると専門教科も出てくるけど、オレたちは

 普通科だから、あの頃の状況とほぼほぼ変わらない。

 基本習うことはどの高校も一緒のはずだ。だから

 友だちと離れ離れになるのが怖かったのなら、

 そのまま公立の学校に進めば良かっただけの話。


 あの時のオレも、楓真にはそう言った。

 中学校なんて、どこも一緒だろって。

 あの時の楓真も、今の橘と一緒で、真っ青な顔

 してたから、見ていられなかったんだ。でも──




『違う! だって、お前がいるだろ!?』




 びつくりした。

 でも、その一言が嬉しかった。

 まさか一緒にいたいって、想ってくれる人間が存在

 するなんて考えてもみなかったから。

 だから、橘だってそう……かもしれない。この学校がいい!

 って思ってきたのならまだいい。でももしかしたら、

 楓真みたいに誰かを追い掛けて来たのかもしれない。

 その誰か(・・)って?


 考えるだけでモヤモヤとする。もしかしたら橘は、

 楓真を追ってきたのかもしれない。話しているところは

 見たことない。でも、楓真の知り合いだって事は確かだ。

 追い掛けて来たってことは、好きだったってこと?

「……」

 そこまで考えて、バカらしくなる。

 そんな訳ない。自分の将来が掛かってるんだぞ?

 誰かを追い掛けて来るなんて、楓真くらいだ。きっと

 橘は純粋に、この学校に来たかったんだと思う。

 でもそれは、掛け替えのない親友と離れ離れになる……

 そんな事までを想定してたわけじゃない。

 多分、一緒にいたかったんだろうな、友だちと。慣れ

 親しんだ友だち。

 だけど運の悪いことに、オレたちのクラスに

 なっちゃった。


 橘が泣いていたあの時、オレは楓真とあの子が知り合い

 だったなんて知らなかった。知らなかったけれど

 だけどオレは、思ったんだ。

 一緒にいたかったって泣く橘を見て、罪悪感が募った。

 オレたちのクラスになったから、親友と離れ離れに

 なったんだ。そう思うと、まるでオレが橘を取った。

 ──そんな風に、感じてしまったんだ。

 だからすごく気になった。

 全く知らない人間とは思えない橘の存在が、気になって

 気になって、仕方なかった。

 

 

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