1.わけの分からないイライラ。
しつこく聞くオレの言葉に、楓真は困った顔をする。
──えっと、咲良の事?
楓真が渋々そう返してきた瞬間、胸の中に
意味不明のモヤモヤが広がった。
思わず顔をしかめたくなる。
その事に気づかれたくなくて、オレは顔を伏せた。
咲良?
楓真は、あの子と知り合い?
そう思うと胸の中の不愉快さは、更に大きくなる。
「……っ、」
別に楓真とその子が知り合いだったからって、モヤモヤ
してるわけじゃない。そんな事だってあるとは思う。
だけど『咲良』?
乃維ですら『ちゃん』付けで呼ぶ楓真なのに、あの子に
対しては呼び捨てで呼んでるの?
なに? それってどーゆー関係?
「……」
何をどう返していいのか分からなくなって、沈黙が
広がった。多分、楓真にだって、オレのこのモヤモヤが
伝わっているんだと思う。妙に口数が少ない。
教室には他のヤツらもいて、当然なにかを喋っている
はずなのに、その声ですら今のオレの耳には届かない。
沈黙の時間が長いほど、不愉快さが大きくなる。
不快? いや不安──?
なん、だろ? この気持ち。
何に対してモヤモヤしてるのか分からない。楓真に
対して? それとも、あの子に対して?
わけが分からなくなって、自分自身にムッとしながら
顔を上げると、そこに楓真の困った顔が見えた。
見えた途端、モヤモヤが消える。まるで霧が晴れる
みたいに。
あ。楓真も困って、る……?
「えっと、……違った、かな? 橘咲良だよ。ほら、
今朝泣いてたヤツだろ? 廊下で……」
『泣いてた』の言葉に、オレは反応する。
そう。確かに泣いてた。
新学期が始まって、数日は経ったんだけど、限界
だったんだと思う。今までずっとニコニコして
いたのに、違うクラスに友だちがいるのを見つけて
遂に泣き出してしまった。
「咲良って──いうの?」
オレは必死にその言葉を絞り出す。
イライラ? そんなの感じたとして、どう処理するって
言うんだ。原因が分からないんだから、悩むだけムダ。
「え? 何言って、キョータロだって知って──あ、いや
知らなかった?
……そう、だよね?キョータロは小学校、違ったから。
あいつ、俺と同じ小学校。よく遊んでたから結構
仲いいんだ」
そう言って、少し困ったように笑う。
その態度が、なんだかわざとらしく思えて、今度は
楓真に対してムッとする。
なに? その取ってつけたような笑いは。
仲がいい?
オレだって楓真とは幼なじみだ。幼稚園も小学校も
違ったけど、公園で初めて出会った時からいつも
一緒につるんでいるじゃないか。でも、咲良なんて子は
知らない。会ったこともないし、話したこともない。
それなのに楓真とは『仲がいい』なんて、なんだか
釈然としない。
オレの知らない楓真がいるのを感じて、推し殺そう
とした胸のモヤモヤが、どんどんどんどん大きくなる。
でも、そのモヤモヤの本当の原因は掴めなくって
誰に対しての気持ちなのか、未だよく分からない。
分からないから気持ち悪い。
イライラなのか、不安なのか。
楓真に対してなのか、橘に対してなのか。
いや。もしかして、自分に対して──?




