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さくらのさくら  作者: YUQARI
第2章 楓真
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6.始まりの言葉。


 ──「……あ、あの子」




 始まりは、そんな一言。

 キョータロにとって、それはありふれた何気ない一言。

 でも、俺にとっては『何気ない一言』と済ませるには

 無理があった。


 だってキョータロは、極度の人見知り。新入生に興味

 ないの? なんて俺に聞くけれど、一番興味を持って

 いないのはキョータロの方だって、ちゃんと理解

 してた。

 でも、今日はなんだか様子がおかしい。

 ──いや、様子がおかしかったのは初めからだ。

 入学式の時から、本当はおかしかった。


 式の挨拶を済ませた後、何かを探すようにキョロ

 キョロしてた。

 新学期が始まってからも、教室に来ると必ず何かを

 探してる(・・・・)。しかも今日は寄りにもよって物憂げに

 溜め息なんてつきながら『あ、あの子』なんて言い

 出した。オレはギョッとなる。

 え、なに? 人に興味持ったの? どーゆー心境?

 あの子?

 あの子って言うとどの子。てか、『あの子』なんて男に

 対して言うわけないから、それはきっと、十中八九

 女の子なのに違いない。

 物憂げ?

 まさかキョータロ、恋しちゃったの!? しかも

 一目惚れってやつ!?

「……」


 そもそもキョータロが他人に興味を示すなんてことは

 あまりない。子どもの頃はあれだけど、成長するに

 つれて、人との関わりを嫌がるようになって、今や

 一部の人間としか関わろうとしない。下手に

 関わろうとすると交戦的にもなる。

 そんなキョータロが、興味を持った……?


「なに、溜め息なんてついて……」

 思わずキョータロの目線の先を追う。誰だよ。俺の

 キョータロに、こんな顔させるヤツ。


 焦りにも似た感情が溢れてきて、どうにも止まらない。

 まさかキョータロが、俺から離れていく……?

 そんな訳の分からない不安が身体中を支配する。

 いやでも、そりゃそうだよね? キョータロだって

 もう立派な高校生。女の子にだって興味を持つ

 だろうし、運が良ければ恋人だって出来るかも

 知れない。


「……っ、」

 でもそれを思うと、血の気が引いていく。

 独り占めしたいとか、そんな事思ってたわけじゃない。

 でももし、キョータロに好きな人が出来たら、俺は

 どうなるんだろっていう不安はいつも何かしら感じてた。

 でもあのキョータロの事だから、急ぐ必要もないとも

 思ってた。でもこの状況。

 もしキョータロに好きな人ができたら、俺はどうする?

 恋路を邪魔する? でもそんな事したら、見つかれば即

 絶交だぞ? そもそも好きになる相手が間違ってる。

 俺の恋心はほぼ(むく)われないやつだって、ちゃんと

 理解してただろ?


 モヤモヤとした変な感情が湧き上がってきて、どうにも

 止まらない。

 嫌だ。

 ……嫌だ嫌だ! こんな気持ち。

 確かに覚悟はしてた。いつかこうなるって。

 でも、それが今すぐだなんて思ってもみなかった。

 だってキョータロは、人に全く興味を持って

 いなかったじゃないか。恋愛なんて、友だち

 作るよりもハードル高い。

 だからそんなの、まだまだずっと先のことだって

 思ってた。思ってたから半ば安心してた。

 まだ、大丈夫だって。


 離れたくない。

 俺よりも他のやつを優先するキョータロなんて、見たく

 ない。

 それなのに、キョータロをこんな顔にさせるのは

 いったいどこの誰なんだ!


 オレは半ば睨むようにしてキョータロの見ているその

 相手を見る。

 キョータロに見つかれば即、絶交。だけど、できるだけ

 引き離そう! そう思った。

 けれどそこで見たのは、見知った顔──?


「あ。(さく)……()?」

 思わず声に出してしまって、慌てて口を(ふさ)いだ。

 聞こえた? 聞こえた……よね?

 上目遣いでキョータロを見る。

 キョータロは案の定、目を丸くさせていた。


「え? さくら……? お前、あの子のこと知ってるの?」

 目を見開きオレに聞き、そしてキョータロは、すぐさま

 眉を寄せた。まるで、不愉快だ……と言わんばかりに。


 そりゃそうだよね? 思わず呼び捨てしちゃったし。

 けれどキョータロのその反応が少し意外で、オレは

 様子を見る事にした。

 えっと、……もしかして、ヤキモチ妬いてる?

 まさかと思うけど、俺が親しげだったから怒ってる?

 そんなわけないのに、俺は思わず顔がニヤけそうに

 なるのを必死にこらえた。

 今笑ったら、絶対怒られるヤツだ。

 キョータロはおちょくられるのが嫌いだから。

 俺はゴホンゴホンとわざとらしい咳をして、ニヤけ

 そうになる顔を誤魔化(ごまか)した。



 キョータロは自分の生活環境を侵されたことがない。

 学びの場も遊び場も基本決まっているし、当然友だち

 付き合いも、基本決まった人間としかしない。

 今の状況を簡単に説明すると、キョータロの普段の

 生活では、ふたごの妹の乃維(のい)ちゃんがいて

 親友の俺がいる。

 状況が変わったのは、この入学で外部入学者が現れた

 事だ。そこに咲良がいた。


「なぁ、咲良って、誰? お前、知ってるの……?」

 黙り込んでいた俺に向かって、キョータロは改めて

 声を掛けてくる。

 あからさまに嫌そうな目を向けたのに、既にそれを

 隠していた。感情の読めない顔──これじゃ、咲良に

 恋心が芽生えたのか、それとも単に興味があるだけ

 なのか、ちょっと判断がつかない。


 ふむ。そう来たか。だったらこのまま、適当にすり抜け

 ようかな……。

 そんな意地悪な感情が芽生える。


 咲良──(たちばな)咲良。オレの幼なじみ。

 正確に言うとオレたちの(・・・・・)幼なじみ。

 住んでいるところは、ここ城峰学院附属のある地区

 宮原(みやのはる)市。つまり咲良とオレは小学校が一緒。

 幼稚園から学院附属を利用しているキョータロは

 知らなかったかもだけど、実は俺たちみんなご近所さん

 なんだよね。


 さて、こうなったらどう切り込むか。『適当』に

 すり抜けるつもりではあるけれど、その適当が難しい。

 ……ここは慎重に行動しないと、後悔する羽目になる。

 俺は少し思案する。

 これはちょっと難しいぞ?

 

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