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さくらのさくら  作者: YUQARI
第1章 恭太郎
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15.失った記憶。

 だけど正直、めちゃくちゃ緊張した。

 楓真(ふうま)はおちょくったけれど、今でも体中がブルブル

 震えているのが今でも分かる。ただ読むだけの事

 だったんだけれど、こんなにも多くの人のいる中で

 一人声を出して話すなんて、滅多にある事じゃない。

 ひどく緊張した。でも……ちょっと楽しくもあったかな。


「……はぁ」

 溜め息をついて、両腕でそっと自分を抱く。

 今まで無気力に過ごしてきたけれど、これを機に

 色んなことにチャレンジするのも悪くない──そう

 思えた。

 怖いと思っていた人の目が、あんなにも優しかった

 なんて、思ってもみなかった。

 ただオレが壁を作っていただけで、世間はそれほど悪い

 ものじゃない。もう少し自分から歩み寄って行くのも

 いいかもしれない。

 ──そして、さっきの子。


 どうにか落ち着きを取り戻して、オレは壇上から見た

 あの場所を(さぐ)る。確か乃維(のい)の近くだったはず。


 こっそり見回すと、乃維の場所は直ぐに分かった。

 静かに座っているけれど、あいつの居場所はすぐに

 分かる。隠そうとしてもその存在感のせいで、隠れ

 きれていない。

 ふふ。あいつ、ホント相変わらず。子どもの頃から

 そうなんだよな。

 オレは思わず笑ってしまう。


「ん? キョータロ? どうしたの?」

 オレの笑いに気づいて、楓真(ふうま)がこっちを見る。

「あ、うん。なんでもない。……えっと思い出し笑い?」

「え? なになに? 緊張でおかしくなったの? エッチな

 事でも考えてんの?」

「……んなわけないだろ? そんなんじゃない。

 ──ったく、まだ式典中だから、大人しく

 前見てろっ!」

「はぁい。……真面目なキョータロ君の言うことちゃんと

 聞きまぁす」

 おどけて楓真は前を向く。

 それを見届けてから、オレは再び乃維を見た。

 乃維たちも笑いを引っ込めて、真面目な顔で前を

 見ている。その姿がなんだか可笑しい。


 オレたちも随分大きくなったよな。

 しみじみとそんな思いが(あふ)れてくる。

 友だちみんなでかくれんぼした時は、まだもっと

 小さかった。

 オレが鬼になると、真っ先に乃維を見つけていたから

 乃維はいつも(ふく)れていたっけ。

 どうして分かるの? って乃維は不思議だったみたい

 だけど、自分でもその原因は分からない。むしろ

 乃維を見つけられない楓真の方が、オレには不思議

 だった。

 そう言えば子どもの頃、良く鬼ごっこしたなぁ。

 楓真と乃維。それとあと一人──


「──っ、」

 そこで、ぞわりとした感覚を覚える。

 そうだ。『あと一人』。誰かがいた。

 忘れていたことに胸がドキリとする。

 あれ? いたっけ。

 いや、いなかった?

 モヤモヤとした気持ち悪さが、胸を締め付ける。


 いや──いた。

 多分、いた。


 絶対もう一人いたような気がする。名前は確か……

 確か……なんだっけ? 誰かがいたのは確かなんだけど

 (のど)の奥まで出かかっているのに、どうしても

 思い出せない。



 ──ズキン……!




()っ……」

 途端、頭に鋭い痛みが走る。

「キョータロ? どうしたの? どこか痛い?」

 横を見ると、不安げな楓真の顔が見えた。

 視界に楓真を(とら)えた途端、安心したのか痛みが

 不思議と収まってていく。

 なん……なの? これ……。

 悪寒が余韻(よいん)として、少し残っている。


「キョータロ? 辛いなら保健室に……」

 不安気な楓真の声に、オレはハッとしてそれから

 慌てる。

 冗談じゃない。

 今日は母さんがここに来ている。今ここで保健室に

 行こうものなら目立ってしまう。そんなことになれば

 余計な心配をかけてしまう。

 それに式典ももうすぐ終わる。痛みだって随分

 引いたし、悪寒だってもう少ししたら完全に抜けて

 しまうだろう。だから、もう大丈夫だ。

 オレは息を吐き、楓真に向き直る。

「大丈夫。多分、少し頑張りすぎただけ。

 さっきいきなり頭が痛くなったけど、今は痛くない」

 ──これは、嘘じゃない。

 でも少ししんどいのも否めない。でも多分それは、

 精神的なものだ。保健室に行ったって、どうなるやつ

 でもない。


 オレその言葉に、楓真はふっと息を吐く。

「……だったらいいけど。

 でも何かあったらすぐに俺に言って。保健室について

 行くから」

「うん。──ありがと」

 オレは笑って、楓真に礼を言った。


 けれど楓真は少し納得がいかないような表情でしばらく

 オレを注視していて、なんだか居心地が悪い。

 ……いやいや、ホント大丈夫だから。楓真は時として

 過保護になるから困る。

 オレは苦笑いしつつ顔を背けた。

 顔を背けても、楓真の視線を感じる。いやホント、

 マジで対応に困るからやめて。


 でも、コレはアレかもしんない。オレは子どもの頃の

 ことを思い出そうとすると、いつも決まって

 気持ちが悪くなった。

 多分、……あの頃の交通事故が原因だと思う。


 オレたちが子どもの頃、みんなと遊んでいたオレは

 何を思ったのか道に飛び出して、車に轢かれそうに

 なった事がある。

 一般的に言う交通事故?


 だけど一般的じゃないのは、車にはぶつからなかった(・・・・・・・・)って事。

 ぶつからなかったんだったら良かったじゃないって

 思うだろ? だけどオレは、この時からちょっと体調が

 おかしいんだ。

 外傷はコケた時の傷くらいで、たいしたことは無かった

 んだけど、車にぶつかろうとしたそのショックが

 強かったのか、不覚にも気絶してしまったらしくって、

 そのまま何日か病院のお世話になった。


 退院しても事故前の記憶が曖昧(あいまい)で、未だに

 思い出せないことがたくさんある。

 でもまぁ、子どもの頃の事だしね? 普通に生活して

 いても、小さい頃のことって、無意識に忘れていく

 ものだろうから、それほど重大な状況でもない。

 だけど、楓真はそうは思っていない。

 子どもの頃の事を、思い出そうとすると気持ち悪くなる

 オレに過剰に反応して、何かと(かま)いたがるように

 なった。




 ──俺のせいだから。

   あの時一緒にいたのに、事故を止められなかった

   俺のせいだから……。




 そんな風に言ってた。

 だけど違う。

 事故当日の記憶は曖昧だけど、オレは確実に自分から

 道へと走り出た。

 それは絶対、間違いないから。

 だから、楓真が気に病む必要なんてない。


 確かに記憶も断片的で、思い出せない事も多い。

 だけど今日みたいに、思い出そうとして胸が痛くなる

 ような事はなかった。

 締め付けられるような、悲しい感覚──。


 もしかしたらオレは、覚えていないそのもう一人と

 ケンカでもしたのかもしれない。

 だからこんなに、意味もなく悲しいのかな。


 相手の性別すらも思い出せないし、姿かたちも当然

 思い出せない。

 さやか? たくま? ……違うな。まさや? あいら?

 なんの脈絡もない名前が浮かんでは消える。

 乃維や楓真たちと違って、そいつは存在感が薄かったん

 だろうか?

 どんなに思い出そうとしても、喉まで出かかって

 いるのに思い出せない。

 思い出そうとすると、胸のモヤモヤが大きくなる。

 ズキズキと頭が痛む。ひどい悪寒がして、思い出すな!

 と警告しているようにも思う。


「……きもち、わる……い」

「え?」

「あ……違う。そんなんじゃなくって、あ……いや、気持ち

 悪いことは悪いんだけど、体調じゃなくて、胸の中の

 モヤモヤが」

 変な顔をする楓真から目を逸らし、気を紛らわせる。

 思い出せないのが気持ち悪い。思い出したくても

 何かが邪魔をする。泣きたくなったその瞬間、

 楓真がオレの背中に触れた。

「……」

「やっぱり、保健室行こう」

「あれ? 治った」

「……は?」

「えっと、だから治った。

 何でだろ? 楓真が傍にいるとモヤモヤなくなる」

「それ……喜んでいいのか心配した方がいいのか、分から

 ないんだけど?」

 変な顔でこっちを見る。

 オレはフフフと笑う。

「喜べばいいよ。楓真はオレの精神安定剤って事で」

「──なにそれ。いい加減な……」

 困った顔の楓真を見てたら、本格的に落ち着いた。

 あー、やめやめ。考えてもしょうがない。

 子どもの頃の事なんか思い出しても、何の役にも

 立たない。

 それはともかくとしてだ。問題はあの女の子だ。

 何故なのか、とても気になる。

 できればずっと見ていたい。

 なぜ()かれるのかは、分からない。

 分からないけれど、ひどく気になった。

 好きになるって、こんな事なのかな?

「……」

 いやでも、なんか違う。

 違うんだけど気になるんだ。

 見ていたら何か分かるかもしれない。そう思うと

 探さずにはいられない。


 オレは気を取り直して、乃維の傍にいるだろうその子を

 覗き見た。

 

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