13.開放感。
※
や、やっと、……やっと読み上げた──。
開放感に包まれ、オレはふぅっと大きく溜め息をつく。
どうにかこうにか、全てを読み上げる事ができた。
ホッとして前を見ると、そこには高等部の校長先生が
にこやかに微笑んで立っているのが見えた。
「……」
あ、やば。まだ終わりじゃない。
オレは改めて背筋を伸ばす。
高等部の校長は中等部とは違って、優しそうな
おばあちゃん先生。
オレが改めて気合いを入れ直すと、それを待って
ましたとばかりにクスリと笑って、三年間
頑張ってね──そうオレだけに聞こえるように言って
くれる。オレはその言葉に嬉しくなる。
それだけで心の荷が降りる気がした。
うん。頑張る。
頑張って、将来の夢をここで見つけるんだ! そんな
希望すら湧いてきた。
オレは丁寧に式辞用紙を屏風重に折り込むと、それを
演台の上にそっと置く。
それから、おばあちゃん先生に向き直りお辞儀を
すると階段を下りる為にゆっくりと壇上の端へと
移った。
落ち着くと、視界が広がる。
緊張して何も見えなかった最初とは違って、周りが
よく見えた。威圧的だと思った会場の雰囲気は
そんなに嫌な感じじゃない。むしろ好感的。
壁際に居並ぶ高等部の先生たちはにこやかだし、
二階席の保護者もとても嬉しそうだ。中学校の
元担任が、職員席の末席にいて涙ぐんでいる。
本当なら来賓になるのかも知れないけれど、附属
だからなのか、先生は関係者席にいた。
しきりに頷いて、音が出ないように小さく手を
叩いてくれている。それを見ると、きっとオレは
失敗せずに読み上げる事が出来たんだと思う。
少しホッとする。
緊張してカチコチなのはオレだけじゃなくて、椅子に
座っている新入生の中にもチラホラ見受けられる。
希望に目を輝かせている奴らがほとんどなんだけど、
まるで椅子の上にコンクリートブロックが乗ってる
みたいな奴もいる。
それが少し可笑しくて、オレは微かに笑ってみる。
──パシャッ!
「──!」
瞬間、何かが光った。──何かって、カメラ以外
ないんだけどね。いや、でも今光ったのって
保護者席じゃなくて、生徒席からじゃなかったっけ?
しかも新入生が座っているところ。
広報委員? とも思ったけれど、在校生が新入生の席に
いるわけがない。
訝しんで見てみると、そこにあるのは
うちのクラス。
「……」
さてはあいつら、本当にやらかしたな……。
オレは眉をひそめた。
案の定、にやけ顔でこっちを見ている悪友たち。
隠し撮りするぞ! ……とか騒いで言っていたけれど
ホントにやるとか、頭どうかしてるんじゃないの?
だって入学式だよ? 式典なんだよ? 保護者とかなら
分かるけど、生徒が撮影とか、広報委員くらいじゃ
ないの? 許されるのは。
持ち込まれたスマホは一台じゃないみたいで
悪友たちの何人かは、その手にがっつりスマホを
握りしめていた。
……お前ら、後で先生たちに捕まっても知らない
からな。いやむしろ、捕まって没収されてしまえ!
オレは心の中で悪態をつく。
城峰高は、学校へのスマホの持ち込みは許されている。
だけどそれは電源を切っている事が条件だ。
けど今の状況はスマホ没収されても、文句言えない
状況。
ふふん。いい気味。ついでにデータも消されてしまえ。
と、そこまで考えてハタとする。……ん? でも待て待て。
スマホって、写真撮る時光るんだっけか? ──いや
光らないよな? さてはカメラを持ち込んだ奴が
いるってこと……!?
誰だよ!? そんなバカは!
そんな風に思いながら目線を少し変える。
──あ、乃維見っけ。
見つけてオレは思わず笑ってしまう。
あいつ、ホント見つけやすいよな。
乃維の見つけやすさは昔っからだ。隠れんぼしてても
すぐに分かるから、鬼役も苦じゃなかった。
「ふふ。……ふふふふふ」
必要以上に笑いが込み上げてきて困る。あぁ、
これはアレだ。
使命を終えた開放感から、必要以上にやって来る
ハイテンションってやつ。
何でもやれる気がしてしまって、こんな自分が
オレにもあるんだってことに、正直あせった。




