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さくらのさくら  作者: YUQARI
第1章 恭太郎
11/96

10.遅咲きの桜の花びら。

※R6.7.15書き直し済み。

「 あー……違う違う。呼び出しは呼び出しなんだ

 けれど、何かやらかしたわけじゃなくて、恭ちゃん

 高校の入学式で新入生総代やることになったの」

「そう、だい……?」

「え? そうだいって、あの総代ですか? 新入生

 代表の?」

 クラリネットの子が目を丸くする。

「そう。その総代」

 乃維はまるで自分がするがの如く、自慢気に胸を

 逸らす。

 ……ったく、やっぱりお前がやれよ!


「先輩が総代やるんですか? てか出来るんですか!?」

「あれって、首席がするんじゃ……え? ってことは」

「そう。まさかのこの恭ちゃんが、うちの学年の首席なの」

「「「えぇぇええぇぇー!?」」」

 空気が振動するかのような、驚きの声。

 ……いや、それってちょっと驚きすぎだよね?

 ちょっと失礼じゃない?

 オレはムッとする。


 なんなの? この乃維との差は。

 片やアイドルで片やゴミ扱い?

 不機嫌なオレの気配を察したのか、乃維は再び改めて

 自分の背にオレを隠す。いやちょっと、邪魔なんだけど。

 これじゃあ文句の一つどころか、嫌味すら言えない。


「まぁ、そんなとこ。

 新入生の代表で前に立って挨拶するんだけど、さすがに

 失敗は許されないから、それで今日はその打ち合わせ。

 だから私は、恭ちゃんが逃げ出さないように連行してる

 ってわけなの。でもね、案の定逃げられて、たった今

 捕まえたとこ──」

「あー……だから」

 言って三人は、(あわ)れむような目をこっちに向ける。

「職員室まで送ったら、部室にも顔を出そうと思って

 いるの。

 ……お邪魔……じゃなかったらだけど。大丈夫かな?」

 乃維は遠慮がちに、三人を覗き込む。

 その言葉に三人の顔が、パッと明るくなる。


「え! 本当ですか!?

 来てください! お邪魔とか、全然そんな事ない

 ですよ!

 むしろみんな、大歓迎ですって! ね?」

「そうですよ。きっと喜びます!

 あたし、みんなに知らせてきますね!」

 パタパタと一人が廊下を走り始める。

「あ、私も行く! ──先輩! 後で絶対、来て

 くださいよ! 絶対ですからね!」


 きゃあきゃあ言いながら、三人は消えていった。

 まさに嵐。

 こんなとこにいたら、オレの精気なんて全部吸い

 取られてしまう。……高等部でもやっぱり、部活は

 やらない。やらない方が身のためだ。

 オレはそう心に決めた。


「──乃維さん、相変わらずの人気ですね」

「オホホホホ、(うらや)ましいでしょう? これを機に

 恭ちゃんも真面目に生きてみたら? 顔は(・・)私と

 同じはずですもん。きっと性格と素行が(・・・・・・)問題なんで

 しょうねぇ」

 そう言って、妙な流し目を送ってくる。

 …………くそっ、イヤミったらしい。

 でもまぁ、入学式の挨拶の話は、到底(とうてい)逃げられないって

 分かってるんだから、もういい加減、腹を括るか……。

「……」

 オレは溜め息をつきながら立ち上がる。

 パンパンと制服のスラックスをはたくと、枯れた

 芝生がパラパラと落ちていく。それを見て、乃維が

 目を()いた。


「あ、ちょ。何その姿……芝生の葉っぱがそこら中に

 付いているじゃないっ! そんなだから、あんな風に

 言われるんだよ!? ちょっとは自重してよね!

 まだ芝生、()(そろ)ってないんだから寝ちゃダメなの!

 それくらいも分からないなんて。恭ちゃんは子ども

 なの?

 こんなんで高校生になれるのかしら?

 なんだかとてつもなく、心配になってきた」

 文句を言いながら、バシバシとブレザーの背中を叩く。


「……ちょっ! 優しくやれよ。

 そもそもお前が洗濯するわけでも、クリーニングに

 出すわけでもないだろ? これだって中等部の制服

 なんだし、例え汚れてたとしても、もう使わないから

 いいだろ」

「優しくしてもらいたいなら、それなりの誠意ってものを

 見せなさい!

 それにね、使わないからいいじゃなくて、今から

 先生に会いに行くんだよ? みっともない姿を卒業後も

 見せちゃうわけ?

 あーもう ホント面倒臭い! どれだけ時間たったと

 思ってるの? ただでさえ遅れていたのに。

 ほら、つべこべ言ってないで早く行く! こっちは

 部活に寄る約束しちゃったんだから忙しいん

 だからね。手間かけさせないでっ」

「……チッ。

 はいはーい、行きますよ。行けばいいんだろっ。

 それにもういいよ。逃げないから。お前はそのまま

 部活に行けば?」

「舌打ちしない! ホント大丈夫なの? 職員室の場所

 ちゃんと覚えてる? 職員室に入る時は失礼しますって

 ちゃんと言うんだよ!」

「分かってるよっ! お前はオレのかーちゃんかっ!」

「うちのお母さんは、そんな事言わないでしょ!

 ほら、早くっ! 大幅遅刻! 分かってんの!?」

 うー。あぁ言えばこう言う……っ。

 地団駄踏みつつ乃維に思いっきりベロベロバーをして

 オレは中等部の職員室へと向かった。打ち合わせは

 中学の時の担任とする事になっている。


 今はもう四月になっているから、オレたちはもう

 中等部には在籍していないんだけど、新しい制服は

 入学式に着たいだろ? ってな担任のありがたい

 提案で、再び着ることを許可された。……ま、オレは

 どうでもよかったけどね。でも乃維は喜んでた。

 また、中学校の制服が着れるって。

 ……まぁ乃維がいいなら、オレもそれでいいんだけどね。



 小走りで渡り廊下を走っていると、何かがハラハラと

 目の前を舞う。

 蝶?

 いや、これは──




 ──さく……ら?




「……」

『桜』という言葉に何かを思い出せそうな、そんな

 懐かしい響きを感じながらオレは足を止める。そして

 ひらひらと舞う、そのうす桃色の花びらを受け止めた。


 ここからは見えないけれど、校庭には何本もの大きな

 桜の木があって、この花びらも恐らくはそこから

 降ってきたものなのかもしれない。


 そう言えば、今年の桜はいつもより遅咲きだった。

 なかなか咲かないから、今年は花見ができないかも

 ……なんて、うちの両親は心配していたけれど

 今月に入って一気に満開となった。


 さすがにもう散りかけてはいるけれど、入学式は近い。

 オレたちの入学式の日にも、まだまだこの桜は

 咲いているだろうか?

「咲いて、くれたらいいな……」

 オレはそんなことを思いながら、再び職員室へ向かって

 走り出した。

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