9.部活の後輩。
※
乃維は黙っていると見た目はとても可愛い。そうだな
十人いたら七人位は納得すると思う。あぁ、言っとく
けどこれはオレの意見じゃなくて、みんなの意見。
勘違いしないでね。オレ的には、妹じゃなかったら
とっくに興味をなくしてるレベル。
でも、楓真だって言ってたしね。可愛いって。
どこが可愛いんだ? って思うけれど、世間一般の
考えはそうなってるみたいだ。直球で『好きなの?』
って聞いた時は、ものすごい目で睨まれちゃったけど、
まあ、普通の反応だよね。楓真だって照れくさい
のかもしれないし。
乃維は楓真とも幼なじみで、中身と外ヅラが必ずしも
一致しないって知ってるしね?
確かに中身は全然違う。
ガサツで腕っぷしが強くて、そして何より気迫が違う。
自分が信じたものをとことん守り抜き、真っ直ぐに
実直に突き進む。イノシシのような性格。
──それが乃維。
ヘタレで自由奔放なオレとは違って、一本筋が通っている
から、乃維に好意を抱く女子は多い。
……いや、てか何でそこで女子? 普通ここ男子って
言いたいところなんだけど、乃維はどちらかと言うと
女子に人気がある。
アレだよね、ギャップが激しいのかもね?
ふわふわの少し茶色がかったヘアースタイルといつも
ニコニコ明るい笑顔。
黙っていれば可愛い系で充分通る乃維だけど、
悲しいかな気が強い。話していると、いつの間にか
言い負かされている。それがきっと嫌なヤツは嫌
なんだと思う。
遊ぶ時はいいよ? 会話が上手いから飽きない
だろうし。即決するから時間が無駄になることはない。
だけど可愛げはない。
しかも、これがケンカともなると、絶対口では
勝てないからね? そもそも口を挟む隙間すらない。
自分の信念を信じて疑わないから、正当性を極めた
言葉で相手を追い詰める。
逃げ場なんてあるわけない。オレとは違った意味で
思うがままに行動するのが、この乃維のやり方。
……それがウザイって思うやつは多いと思う。
確かに言ってることは正しい。快く助けてくれるから
頼りがいもある。
だけど『正しい』ってさ、時に辛くなるだろ?
綺麗事だけじゃ上手くいかないことはある。時には
間違ったことだって必要なんだ。特にオレみたいな
ヤツに対しては特に。
だから乃維が苦手だって思うヤツも多い。そしてそう
思うヤツは乃維には近づかない。だって負けるから。
むしろ近づかない方が心穏やかに暮らせるってものだ。
逆に女子はいいかもね? 自分のことを守ってくれるし
話をするのも聞くのも上手いから、安心できるんだと
思う。
「え? うん、そうだけど……」
乃維はそう言って振り返った。
そこにはクラリネットを持った子と、数人の女子が
いた。ほんの少し頬赤らめて、嬉しそうに微笑む姿が
好ましい。
いや、だから何でそこで赤くなる?
「やっぱり! 遊びに来てくれたんですか!? あ、部活の方
……とかには来てくれませんよね? 私、教えて
もらいたいところがあるんです!」
「ちょ、はーちゃんズルい、私だって聞きたいこと
あったのにぃ……」
ツインテールの子が、クラリネットの子をつつく。
すると乃維は明るく笑って
「あはは、葉月ちゃんと菜摘ちゃん。あと心春ちゃん
だっけ?」
「そ、そうです! 覚えていてくれたんですねっ!」
「やだなー、まだ卒業してから一ヶ月もたっていない
のに、可愛い後輩を忘れるわけないじゃない」
「パ、パートは違うんですけど、でもあの、楽譜の
読み方と言うか、テンポの取り方と言うか、
私、三連符とシンコペーションが苦手で……」
「シンコペーション!? 私得意だよー。分かったコツ
教えてあげるよ」
乃維がそう言うと、きゃーと黄色い悲鳴が上がる。
はいはい。どんだけ慕われてるわけ? ちょっと
異常なテンションなんだけど? そこ乃維は気づいて
いるの?
オレは呆れて言葉もない。
「部活にはね、あとで顔を出す予定。
今日はね、コレの付き添い──」
突然コレよわばりされ、袖をクイクイっと
持ち上げられる。や、やめろよ、そんな扱い。仮にも
オレはお兄ちゃんなんだぞ!
なんて言って、乃維が聞いてくれるわけないので
オレはムスッと顔をしかめ乃維を見る。苦手なんだよ。
このきゃあきゃあなテンション……。
そう思ったと同時に微かに聞こえた。ゲッ、水野先輩
って言う声。『ゲッ』って何。『ゲッ』て。慌てて
口塞いでも無駄だからね。ちゃんと聞こえてるん
だけど。
オレはムッとして、女の子を睨む。
睨まれて三人は、真っ青になる。
乃維にもその呟きは聞こえたようで、微かに苦笑した。
後輩とオレとの間に割り込むように入ってきて、口を
開く。
「ふふ。そうなのよ、このバカ兄貴が職員室に用事が
あるから連行しているの」
いやちょっと、連行って何。連行って……。
「え、先輩……また何かやらかしたんですか」
慄く声と後ずさる音が聞こえた。
何かやらかしたって……え? ちょ、『また』って何?
『また』って! オレ、問題児じゃないし!
何か言ってやろうと、目の前の乃維のスカートを掴み
前に出ようとしたんだけど、あえなく乃維に阻まれる。
くそっ! オレにだって、なんか言わせろ!
だけど乃維の強固な守りを崩すことは、へなちょこな
オレにはとても無理だった。




