序章 -プロローグ-
──今までどんな人生を送ってきましたかと問われると、恥の多い人生でしたとどこかの小説家が言っていたような言葉を言うのが正しいかもしれない人生を、私は送ってきた。
事実、私は小学校の頃にやったゲームの影響で、歴史上人物にどハマりし、中学・高校と歴史小説と資料集を熟読するような歴史オタクになっていたからだ。
織田信長の先見の明に感動し、豊臣秀吉の創意工夫に感動し、徳川家康の我慢強さと強かさに感動し。
学校が休みの度に、時間とお金が許す限り城巡りをしたり歴史に関する本を読んだりして、歴史オタクを満喫していた。
そんな事をしていたからだろうか。
「え、」
──まるで天罰と言わんばかりに、私は交通事故に遭い、齢十八歳にして亡くなってしまったのだ。
「(……ということを!、目覚めた瞬間に思い出しました!!)」
──目が覚めるとそこには見知らぬ天井と、見知らぬ女性の顔がありました。
誰だろうこの人、というか何処だろうここ、と思いながらも、私が辺りを見渡そうと首を動かすも、そもそも首が動かなかった。
いや首どころじゃない。そもそも手足も、なんなら舌もろくすっぽ動かない。
まさか拘束されてる!?、拉致監禁!?、と思っていたら、先程から私の視界に映る見知らぬ女性から話しかけられた。
「おはよう、私の愛しい我が子。生まれてきてくれてありがとう」
「…………うぁ?(ハァ?)」
「私はエリザベート・グレース・グランヴェルド。……貴方のお母さまよ、よろしくね」
「……うぁ???(ハァ???)」
母、と名乗ったエリザベートなんとかかんとかさんに、私は、何を言ってるんだこの人と思いながらも、眼前に現れた≪与えられた情報≫を整理するために彼女をまじまじと眺める。
真紅の長い髪の毛(染料じゃないのだろうか?)にスッと通った美しい鼻梁。同じく真紅の豪奢なドレスに緑色の美しい双眼。……加えて、視界の端々に入る天蓋付きのフリフリのベッドは、どう考えたって私の部屋のベッドではないだろう。あと、私の身体や舌が動かないのは私が生まれて然程時間の経っていない赤ん坊で、ただ単に首が座ってないからではなかろうか。
「(状況証拠的に確かにこれは……。確かにこれはこの人を母と認めざるをえない……!!!)」
頭の中でそう結論つけて、愕然としながらも母と名乗ったエリザベートなんとかかんとかさんを見つめていると、彼女は私の慌てたような雰囲気を察したのか、私を宥めるようにして私の頭をやんわりと撫でてさらに言葉を紡いだ。
「アレクサンドラ」
「……(誰?)」
「貴方はこの国の女王になる人間よ」
「……(いやアレクサンドラって誰?)」
「たくさんの重責が貴方を襲うかも知れないけれど……母はいつでも貴方の味方よ」
「……あ、(アレクサンドラって私か?、待て、というか女王って)」
「ふふ。今は何も分からないかしら。……でも忘れないでね」
「母は、世界で一番貴方を愛しているわ」
エリザベートなんとかかんとかさんはそう呟くと、私の額に一度だけ口付けをして、愛おしそうに私を見つめながらいなくなった。
恐らく部屋から出て行ったのだろう。メイドらしき人達の慌てたような声が遠くで聞こえる。私は一連の流れと彼女の紡いだ言葉にポカンとしながらも、どうやら私は生まれ変わってしまったらしいという事、しかも女王になるかもしれないという事を、とりあえず、どうにかこうにか飲み込む事にした。
……しかし。それにしたって今世の私の名前は長すぎる気がするのだけれど。
「(アレクサンドラ・グレース・グランヴェルドて……前世で見た乙女ゲーの敵キャラの名前かよ)」
と、頭の中で呟いた瞬間に、私は文字通りオギャーと泣き叫んでしまった。私が泣いた瞬間に即座に何処からかメイドがやってきて私の名前を呼びながら私をあやしてくれるが、内心それどころじゃない。
──アレクサンドラ・グレース・グランヴェルド。
──このめちゃくちゃ長い名前は、前世で見た乙女ゲーの敵キャラクターの名前だ。
──齢十二歳にして王位を継承し、女王として君臨した彼女は民衆、引いては他国から毛嫌いされるような自己中心的で愚昧に満ちた政治を執り行い、やがてゲームの主人公である別の国の王女さまに戦争を仕掛けようとして返り討ちに遭って処刑されて死ぬのだ。確かそんな話だった気がする。
気がするというのは私はその乙女ゲーを何回かしかやった事がないから詳しく覚えてないのだけれど、しかしながら敵キャラの名前がめちゃくちゃ長かったのでその印象が強すぎて一発でその乙女ゲーの事を思い出した。
そして思い出したのと同時に、私がもし本当にその乙女ゲーの敵キャラとして生まれてしまった場合、ゲーム通りに行けば齢十八歳にして死んでしまうのである。
前世が事故死で十八までしか生きられなかったのに、今世も十八までしか生きられない可能性が高いとか、そんなのはごめんだ。当たり前だが、出来るだけ長生きしたい。しかしどうすれば良いのだろうか。
私が母親らしき人から呼ばれた名前がたまたまその悪役と同じだったのなら問題ないが、確かその乙女ゲーの敵キャラの髪の毛の色もたっぷりとした赤い髪の毛だった。遺伝なら確実に受け継いでいそうだし、そして何よりこのメイド達だ。
メイドがいるということはどう足掻いてもそれなりに裕福な家系。しかも私如きの首の座らぬ乳児が泣くだけですぐに駆け寄ってきてくれて二人がかりであやしてくれる始末だ。
国を治める女王の家系と言われても確かにおかしくないだろう。どれだけ良く考えても、東西南北から敵国の歌が聞こえてきている気がするのは気のせいじゃないと思う。これぞまさしく四面楚歌。笑えない。
「(こ、今世では長生きしたいとか思ってたんだけどもなぁ!!)」
私の心の叫びは誰に聞かれるわけでもなく、私の中だけでこだました。
そんな訳で私の最低最悪な未来が確約された物語が幕を開けたのである。