アイスはキッチンのまわりもの
明け方、お弁当を作ろうと二階の寝室から一階のキッチンに向かった。
「何これ!!寒っ!!」
季節は夏、外では蝉がわしゃわしゃ鳴いているというのに、階段を一段降りるたびに冷たい空気が私に襲い掛かる。なんていうのかね、冷たい空気のプールの中に自分から入りに行ってる感じ?冷たい空気は足首から腰へ、そして胸に届いて…頭のてっぺんまで。…これが水ならば溺れるところだ!!
真夏の季節に、このクソ寒いキッチンで凍えながら弁当を作れと?!とりあえずつきっぱなしになっているエアコンを止めようとリモコンを手に取ると……16度設定になってる!!ちょ!!電気代!!私は迷わずエアコンのリモコンをOFFにした。
「くそう、また旦那だな!!」
そういえば昨日帰りが遅くて、盛大にパスタを作っていたな。お湯を沸かしたりしてるからキッチンの温度も上がりがちで、エアコンの設定をフルマックスに下げて調理をしたのち、切るのを忘れて爆睡したと。キッチンの小窓からリビングでがーがーいびきかいて寝てる旦那が丸見えだ。
「くそー!人が頼まれ仕事するために二階にこもった結果がこれだよ!!食った皿もかぴかぴになっておきっぱだし!!パスタ茹でた寸胴くらい洗っとけやあああああ!!!」
朝から怒り心頭である。しかし怒ったところで弁当は作らねばならないし、キッチンの洗い物もなくなったりしないのでね!!努めて冷静に皿を食洗器に投入し、寸胴を洗ってと。…水がずいぶん冷たい。水道管まで冷え切っているというのか。
「エアコン切ったのにえらい寒いな…。保冷庫の蓋でも開いてるんじゃないの…。」
冷蔵庫横の保冷庫は詰め込み過ぎててですね、たまにふたが閉まり切ってなくて冷気が漏れ出してたりするんですよ。そうするとね、霜がすごいことになっちゃってね…。
「ごめんなさい、あたし・・・。」
うっ!!後ろからいっそうの冷気が!!!…なんで真夏に雪ん子がいるんだ!!
「なんか出られそうだったから来ちゃったの、寒いの、やだ?」
「いやじゃないよ、ちょっとびっくりしただけ、うん。」
こんな小さい子怒れるかっ!!時間は今五時…まだ多少は余裕がある、かといってこのままずっとここにいるとちょっとまずい。早々にお帰り頂くには…そうだ。
「あのね、この保冷庫の中、霜がいっぱいなんだ、良かったらお手伝い、してみない?」
「うん。」
「この中のものを一個づつだして、私に渡してね。」
ふたが開いたり閉まったりを繰り返している保冷庫の中は霜だらけでね、下の方には忘れ去られた食材がわんさかあるのさ。…さすが雪のプロだな、子供とは言え素晴らしい手さばきで霜の付いている冷凍食品を渡してくれる。保冷庫内ででっかく育った霜の塊や氷もサクサク剥がれていく!
「残った霜、取っちゃうね。」
「うわぁ…助かる!ありがとう!」
スッキリした保冷庫の中に、冷凍食品を戻していく。ずいぶん古そうなのがあるな。ああ、これ今日のお弁当に使おう。ええとアスパラベーコンにチャーハン、唐揚げ…。
「これ、お手伝いのお礼ね、お母さんと食べな?」
雪ん子にバニラアイスBOXと生クリーム、フリーカットケーキを渡す。去年旦那が業務スーパーで衝動買いしたやつだ。美味そうだからって買ってきて能天気にバカすか詰め込んで…忘れてりゃ世話ないよ!!!こんなん早々に食べてもらった方がいいに決まってんじゃん。
「こんなにいいの?!」
「いーのいーの、助かったよ、ありがとね。」
優秀なお手伝いさんはにっこり笑って、冷気の霧の中にスウと消えていった。
「ねーねー、保冷庫掃除したの?バニラアイスなくなってるんだけど!!」
夕方、空の弁当箱を差し出しながら、旦那が憤慨した様子。なんだ、もう気が付いたのか、意外とマメだな。
「もう一年食ってなかったんだからいいじゃん!!」
「とっておきだったのにー!」
とっておきってね、食べ物は食べてなんぼだろ!!しかもケーキに至ってはなくなったことすら気が付いてないし。
「今日食べようと思ってたんだよ!!」
「嘘つけ!!」
「ねーねー何食べるつもりだったのー!」
「アイス食べたい。」
ええい!!今から晩御飯作るんだから静かにせんかっ!!
「そんなに言うなら欲しいもん買って来れば!!」
「わかったー。」
旦那は夕方の混みあっているであろう時間帯に、娘と息子を連れて買い物に出かけていった。
よーし、この隙に晩御飯を作りますかね、私はエアコンのスイッチを入れて…設定温度は28度。
今日のメニューはジャンボシューマイとかきたま汁、エビカクテルサラダに八宝菜…。ちょっと待て、腹の減った状態で買い物に出かけた人々がアイスだけ買って帰ってくるはずがない。余計な買い物をしないよう、旦那と娘にメールを送っておく。
『もう唐揚げ買っちゃった』
…遅かった。食い意地の張った飢えた者たちの行動は相当素早い、恐ろしい話だ。八宝菜は明日にまわすかあ。
「ただいまー!ああいいにおーい!シュウマイシュウマイ―!!」
「アイスいっぱい買ってきたー!!」
「ご飯食べたい。」
「おかえりーって…げえ!何そのアイス!!!」
空き段ボールに詰められているのは、箱アイスに単品アイス、カップアイスに棒アイス、ねえ、バカなの、この人たち。なんでこう、見境なしに買い込んでくる!!!
「場所空いたからさあ!!詰めれる分だけ買ってきた!」
「ちょ…こんなん入り切ると思ってんの…。」
旦那は豪快に保冷庫にアイスを詰め込み始めた。
「ぎゅう、ぎゅう・・・入んないな、よし、入ったことにしよう、ふたに重ししとけばいいや!」
「めちゃくちゃだ!!!」
せっかくきれいに掃除した保冷庫がー!!あっちゅー間に魔窟化だよ!!!また霜だらけにする気か!!
「ハフハフ!!このシューマイうめー!」
「エビだけ食べていい?!」
「卵割りたかった。」
人が一生懸命保冷庫のアイスを詰め込み直してるのをまるで気にせず晩御飯にがっつく奴が三人も!!早くしなければ自分の晩御飯がなくなる!!何とかふたがきっちり閉まるように入れ込んだものの、どうしても入りそうにないのが三つ。…仕方がない、冷蔵庫の方の冷凍庫に入れるか。…よし、なんとか入った。
「もうしばしアイスは買ってくんな!!」
「わかったわかった!!」
残り二つとなったシュウマイを自分の皿にのせて、私はきつく旦那に言い聞かせたのだが。
それから割とすぐにエアコンをまたつけっぱなしにしてですね!!!
「もらっていいの?!」
「いいのいいの。」
またもや現れた雪ん子に、買い込んだアイスをおすそ分けすることになりましてですね。
「なんかアイスの減りが早くない?」
ガサツなくせに目ざとい旦那。
「エアコンつけっぱなしにすると減るんだよ。」
「なにそれ!!」
「風が吹けば桶屋が儲かる的な?」
「意味わかんないんだけど!!」
「誰かがエアコンつけっぱなしにして寝るから朝一で起きた私が寒くて熱いコーヒーを飲むでしょう、そうするとアイスが食べたくなる、それでまず一個消費。次に夕方ご飯作るときエアコン代かさんでるから節約しようと思って涼をとりつつ調理するから二個消費。そんな日が三日も続けばあっちゅーまに9個なくなる、そういうこと!!」
ふに落ちない顔をしていた旦那ではあったものの…最近はエアコンの管理ができるようになりつつある、というお話。