9話 魔王フォーム
「はあ…なんとも長い話だったな…」
その後、ギルドが今の地位に落ち着くまでの苦悩を事細かに説明し満足そうな笑顔を浮かべたヘンデルに見送られ、ファリナ達はギルドが経営している宿屋で休んでいた。なんでもギルドに登録してから10日間は無料で泊まれるらしい。金の無い者へのサービスなのだろうが、それにしても随分と太っ腹だ。
「でもなかなか興味深い話でしたよ。人の國の歴史についても少し学ぶことができましたしね」
ファリナにとっては地獄のような長話でもエリーゼにとってはそれなりに有益なものだったらしい。楽しそうな顔でギルドでもらったパンフレットを読んでいる。
「とにかく、俺の今の目的は宝剣だ。明日になったら情報集めを始めるぞ」
ギルドで聞いたところ、この街には大図書館なる物があるらしい。大量の本が置いてあり、そこで手に入らない情報は無いとまで言われるほどだそうだ。中には図書館が目的で他の国からくる者もいるのだとか。
「はぁ…どーせ私がやらされるんだろーなー。あーあー、明日から忙しくなるなー。」
「うむ!期待してるぞ!」
皮肉の通じないファリナの期待に満ちた目に思いっきりしかめっ面を浮かべながら、エリーゼは自室へと引き換えしていった。不敬と取られても仕方のない態度だが、ファリナはむしろエリーゼのそういう所が気に入っていた。
それにしても…と、一人になったファリナは改めて自分の体を見つめる。何度見ても相変わらず綺麗な肌だ。人間にしか見えない。
「うーん…はたしてどこまで弱っているのか……どれ」
それは、ちょっとした気付きだった。そういえば今の姿になってから、角や翼が無いのが気になったのだ。魔人は自分の意志である程度体を変化することができる。魔人が人間に扮するときは大抵角や翼を消すのだ。実際に無くなっているわけではないが、少なくともほとんどの人間には見えない状態となる。
つまり今のファリナはか自分が今その状態ではないかと考えたのだ。ならば話は早い、魔人本来の姿に戻るだけだ。もしかするとそのまま元の、呪いがかかる前の姿に戻ることもーー
「ふんっ!」
かわいらしい顔の眉間に青筋が走り、氷にヒビが入るような音が鳴り響く。ファリナの姿が黒い煙に包まれ、そしてーーー
ーーーーバキッ!!!!
分厚い板が破れるような音が響き、ファリナは自分の姿に何かしらの変化があったことを悟る。見ると、自分の体から、幼女の体にはいささか大きすぎる竜のような翼と尻尾が生えていた。翼に触れようとして、手に起きた変化にも気づく。腕、主に前腕部が巨大化し、美しい黒い鱗に覆われている。まるで本物の邪竜の鉤爪のようだ。いきなり巨大化した腕の扱いに少し困惑しながらも頭に触れと、なにやら硬い感触がある。どうやら角も生えてきたようだ。
「おおー!相変わらずちっこいままだが、魔王らしい姿になったぞ!」
体の変化に少しばかり感動しはしゃぐファリナ。と、そこに、
「なになになに何やってるんですか!?」
バンッ!と扉が壊れそうな勢いで開き、エリーゼが飛び込んできた。なぜ気づいたんだ?そう疑問に思ったファリナだが、ふと翼に違和感を感じ見てみると、なんと先端が宿屋の壁を突き破っていた。分厚い板が破れるような音はどうやらこれが原因らしい。
「すまんな、体の調子を確かめてたら思いのほか健康だった。怪我はないだろう?‥‥それっ」
合図とともに翼と尻尾と腕が縮む。まさしく魔王といった先ほどまでとは打って変わり、まるでデフォルメされたかのようにそれぞれのパーツが小さくなる。事情を知らない者が見たらコスプレした幼女にしか見えないだろう。
「私は大丈夫ですけど!となり!となりが!」
「ん…?……あ」
エリーゼの部屋の壁を突き破ったのは左の翼だ。なら右の翼はーーーー当然、右の部屋の壁を突き破っていた。
「・・・・・・」
思わず顔を合わせ、静かに隣の部屋を覗くファリナとエリーゼ。するとそこには腰を抜かしながらも燃え盛る剣を構えたーー
「…え?ファ、ファリーー」
パチン! 指を鳴らした音と共に崩れ落ちたその男は・・・
「よりにもよってコイツか…」
人間の冒険者、リョーダだった。