5話 俺たちの冒険はこれからだ!
ブラックウルフに取り囲まれ、今にも食われそうになっている人間。燃え盛る剣のおかげでなんとか時間を稼げているが、そう長くはもたないだろう。
「はぁ…助けないんです?」
「ふむ…」
溜息交じりのエリーゼの問いに、考え込むファリナ。どちらかというと、というよりファリナは完全に魔獣の味方だ。だって元魔王なんだから。
しかし、人間に対する知識不足は彼自身自覚していた。--ここで恩を売って人の國を案内させるのが賢明か。仕方ない、狼どもには悪いがあの人間は諦めてもらおうーー そう思い、ファリナは軽く指を鳴らした。
--パチン。
直後、人間の男が白目をむいて崩れ落ち、狼達が一斉に振り向く。
最も体の大きい、群れのリーダーらしき狼がじりじりとファリナに近づき、その小さな体を丸のみにーーなどということもなく、静かに頭を下げると、他の狼たちもそれに倣う。ファリナはリーダーに近づき、黒い毛におおわれた頭を撫でる。
「よし、いい子だ…おい、待て、やめろ!舐めるのはなしだ!こんな身長差で舐められたら全身が唾液まみれになるだろう!」
リーダーはしょんぼりと一歩下がる。
「よし。さて、悪いが俺様はその人間をご所望だ。そいつは諦めてくれ」
「お嬢様、調子に乗ると一人称が俺様になる癖は改めたほうがいいかと」
「ガゥ!」
リーダーが群れに向かって吠えると、狼たちはファリナに一礼して森の奥へと去っていった。
「礼節をわきまえたいい魔獣だったな。さて…」
ファリナは人間に向き直る。そして再び指を鳴らした。
「のわぁ!たすけて…ってあれ?狼は?」
「あー、ごほん。狼達なら俺さm…俺‥?私‥?が追い払った。怪我はないか?」
一人称に注意しながら、珍しく優し気に話しかけるファリナ。恩を売りたい手前必要以上に怖がらせないようにとの配慮だろうが、幼女の姿でそんなことに注意してもただの優しい幼女である。元の姿とのギャップに思わず笑いがこみ上げ、何とか我慢するエリーゼ。
「き、君が…?はっはははは!いやいや、君みたいな子供にあの狼をーー」
ファリナが軽く腕を振る。嵐でも来たかのように木々が吹き飛んだ。
「助けて下さってありがとうございましたぁぁぁぁぁ!」
「ハハハハハ!讃えよ讃えよ!」
頭を地にこすり付けて礼を言う男に上機嫌になるファリナ。物わかりのいい者は嫌いではない。…さっきまでの配慮はどこへ消えてしまったのだろうか。
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「へえー、なるほどなぁ。赤の平原出身なんて、すげえ遠くから来たんすねえ」
「そうなのだ。おかげで俗世に疎くてな、できれば都のことを教えてもらいたい」
いきなり貴族令嬢を名乗ったら怪しまれるのでは?というエリーゼの疑問により、遠方から来た田舎者の姉妹という設定の没落貴族令嬢とその護衛というややこしい設定になったファリナ達は、リョーダと名乗った青年に身の上話をしていた。
「いやぁそういうことなら喜んで!助けてもらった礼もしたいっすし、俺も美女の案内なら大歓迎すよ!」
快活にうなづくリョーダ。木を吹き飛ばした時点で只者ではないことは明らかなのだが、事情を詳しく聞いてこないあたり、ファリナ達にとっても都合のいい人間だった。目を合わせるのを避けているところを見ると、怖くて聞けないだけかもしれないが。
「ところで、さっきからずっと後ろで様子をうかがっている女はお前の仲間か?」
「女‥?あ、もしかしてリシータちゃんかな?ちょっと見てきます!」
もはや只者ではないムーブを隠そうともしないファリナに、エリーゼは流石に危機感を感じる。
(ファリナ様…!我々は田舎者という設定の貴族令嬢とその護衛という設定なんですよ!もう少し自重して下さい!あの男はもう仕方ないとしても、関わった人間全員に疑われるつもりですか!?)
(む、むう‥だ、だがお前だって妹に向かって様付けとか敬語とかいろいろおかしいではないか!)
(た、たしかに…!でも呼び捨てはさすがに…ま、まあその辺はほら、うっかり素が出ちゃってるドジっ子という設定で…!)
(お、お前、だんだん適当になってきてないか…?)
「お待たせしましたー!やっぱりリシータちゃんっしたよ!んあ?どうかしました?」
「いや、なんでもない。リシータと言ったか、よろしくたのむぞ」
リョーダに連れられ現れたのは長い赤髪を後ろに束ねた背の低い女だった。リシータと呼ばれたその女は顔にわざとらしい笑顔を貼り付け、恭しく頭を下げる。
「私、名をリシータと申します、一介の魔女にございます。あなた方のお力はこっそり拝見させていただきました。さぞかしやんごとなき身分の方々かと存じますが、どうぞよしなに…」
「ちょっと、リシータちゃん!…ごにょごにょ‥‥」
「ん‥?なんです?…え?…あ」
いきなり爆弾発言をしたリシータにすかさず耳打ちをするリョーダ。事情を理解したリシータの顔から冷や汗が噴き出す。そして再び取り繕ったような笑みを浮かべながらややこしい設定の二人に向き直る。
「いや、遠方からいらっしゃったただの旅行者の方でしたかぁ!これはこれはとんだ勘違いを!いやぁ、すみませんねぇ。ささ、お疲れでしょう、王都はすぐそこですよぉ、日が暮れる前に行っちゃいましょう!」
「うむ!さあ行こう!いざ!王都へ、出発だ!」
こうして、ファリナ達の人の國潜入作戦、そして『宝剣』を探す旅は、何事もなく始まったのだった。
「ああ、もうダメそうですね…」
何事もなく、始まったのだった!