2話 現状確認
「…なんだこれは…どうなっている?」
氷に映った自分の姿をまじまじと眺める。どう見ても見知らぬ美少女、というか幼女といった方が正しいかもしれない。深紅の瞳と角のように尖った髪、それだけがかろうじてその美幼女が自分だと判断できる材料だ。いったいなぜこんなことに、幻覚の類か、それともーー
「--!そうだ、エリーゼ!」
共に転移してきたはずの部下がいないことに気づき、一瞬嫌な予感がした。もしや転移に失敗したか、そう思った矢先、すぐそばにエリーゼの魔力を感知する。ひとまず安心だ。
「だい…じょうぶ‥ですか‥」
「痛みはないが…お前こそ‥うん?」
苦しそうに近づいてくるエリーゼだが、怪我をしている様子はない。むしろ元気そうで、その顔はまるで笑いを堪えているかのようなーー
「ふ‥ふふ‥か、可愛い‥あ、あの魔王様が‥ふふ‥可愛いって‥!あは、あっははは!ふふ、ひ、ひぃ‥」
「…オマエな‥」
笑いをこらえきれないエリーゼに嘆息を漏らしながらも、念のため体内を透視する。魔力はほとんど使い果たしているようだが、それ以外にはやはり大した怪我はなさそうだ。
一息ついた俺は改めて周囲を確認する。とりあえず近くに敵はいないようだ。今のいる場所はちょうど開けていて、眠るには都合がいい。普通ならば魔獣や野盗を警戒すべきなのだろうが、たとえ寝込みを襲っても自分たちに勝てる者などそうそういない。
「そ、それで、魔王‥いや、お嬢様、ふふっ、なぜそんなかわいらしいお姿になってしまったのですか?」
なにがツボに入ったのか、未だに笑いを抑えられないエリーゼ。その様に呆れながらも、俺は律義に答える。
「‥まあ神の呪いだろうな。大方俺を完全に殺すことはできんから、せめて子供にして弱体化しようという魂胆だろう」
「はぁ、なるほど。では女の子になったのはなぜです?」
「…さあ?なんか人間は基本肉体的には女のが弱いとか聞いたことあるしそんなとこじゃないか?」
雄より雌の方が体が大きく強い種族などいくらでもいる。魔人は性別関係なく強い奴は強いのだが、外見が人間と似ているため人間と親しい神が勘違いしていてもおかしくはないだろう。
「ふーん…それで、これからどうするんです?」
これからどうするか。それは先程から俺も悩んでいた。本来なら今すぐにでも魔王の座を取り戻しに行きたいのだが、その場のノリとはいえあんなことを言ってしまった手前、今すぐ行くのはなんとなくきまりが悪いというのが本音だ。
それに加えこの体。弱体化しているのは確実なのだ、どの程度の力を出せるのか確認しておく必要がある。場合によっては、魔王に挑む前に呪いを解くことも考えておかなくてはならないだろう。
それらの事情を加味して今後の最適な方針を考えると…
「よし。これより我々はしばしの間、人間のふりをして人の國で暮らすことにする!」
「…HA?外見だけではなく脳内までお花畑になってしまったのですか?」
渾身のアイデアを即座に否定するエリーゼ。だが俺は不敵に笑う。
「クックック、お前の言いたいことはわかっている。俺たちは人間の常識を知らんうえに、異常に強いからばれる危険があると思っているのだろう?問題はない!」
「まず俺は世間知らずの没落貴族令嬢、そしてお前はその護衛という設定にするのだ。なんでも人間の貴族には特殊な力を持つ者が多いらしい。そしてその護衛が強いのも当然だ。常識に疎い理由付けもでき、複雑な事情だから必要以上に詮索もされない!…幾日か野宿していたから服は少し汚いが、まあその方がリアリティが出る!完璧だろう!ハッハッハッハ!」
俺は完全で完璧な作戦を伝える。するとどういうわけかエリーゼは、白骨化しかけたゾンビのような目で俺を見ていた。
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ゼノファリウスから作戦を聞かされたエリーゼは、もはや死んだ目で改めてゼノファリウスの姿を眺めていた。───そう、魔王の時の服装のままの彼を。
かわいらしく美しい顔に対して、まるで未開の地から飛び出してきたかのような、毛皮の服と骨のアクセサリー。いったいどこの蛮族だろうか。人間の貴族令嬢は普通こんな格好をしないことを、果たして主は理解しているのだろうか。
上半身に至ってはわずかに膨らんだ胸を隠そうともしない。いかに世間知らずとはいえ、胸を丸出しで街を闊歩する貴族令嬢などいてたまるものか。
自分の主が一度決めたことを強行する性格なのは熟知している。だからこそ。
ーー面倒なことになったと、溜息をつかずにはいられないエリーゼだった。