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11話 闇に響く

「さて、こいつをどうしたものか」


 ファリナは目の前に白目をむいて転がるリョーダの扱いについて模索していた。


「お嬢様、記憶とか消せないんですか?」


 エリーゼがファリナに提案する。確かに、記憶の消去は魔人にとってもかなり難易度の高い技術だが、魔法に精通する魔王ならばその程度のことは余裕だろう。だが、それはあくまでも彼が本調子ならばの話。


「どうにもこの身体になってから魔力の細かい操作が上手くいかんのだ…‥。今の状態で記憶消去なんてやったら全部の記憶がふっとぶぞ」


 翼によって壊してしまった壁は魔法で修復したファリナだったが、記憶の修正となるとそう簡単ではない。ただ直せばいい壁と違い、絶妙な加減が必要とされるのだ。


「いっそ全部話しちゃいます?」


 次なるエリーゼの提案に「ふーむ」と唸るファリナ。実際リョーダには明らかに異常なファリナ達の秘密を黙っていたという実績がある。しかし翼と尻尾と角は魔人の象徴。彼にとっては先ほどまでは得体のしれない何かだったのが、魔人であると確定してしまったのだ。魔の國と人の國は現在敵対関係にある。ファリナ達が魔人だとわかれば途端に敵に回る可能性も十分に考えられるのだ。


「じゃあ消しますか」


「そうだな。面倒だ、消そう」


 消す、とはもちろん記憶のことではない。この場において最も的確で安全な方法はそれだ。なんの躊躇いもなく残酷な選択をしたファリナはリョーダを文字通り消そうと手のひらを向ける。

 と、その時、びくん、と体が大きく震え、リョーダは目を覚ました。少しの間、状況がわからず目を白黒させていたが、すぐに現状を理解したようで、ものすごい勢いで跳ね起き、空中で何度も回転し、そのままスムーズに土下座の体制に移行する。狭い室内でよくやるものだと感心するファリナ。


「死にたくねえっす!誰にもいわねえんでどうかご慈悲を!」


「言わないとはどのことについてだ?」


「そりゃ…ファリさんが‥‥何かはよくわかんねえっすけど…何かヤバイ奴ってこと?」


「ん…魔人を知らんのか?」


 リョーダの言い方に違和感を覚える。魔人を知らない人間などいないと思っていたが、もしかしたら思い違いかもしれない。何分人間の常識に疎いのだ。


「魔人って…魔の國に住んでるっつーあれですか!? え!? ファリさんそうなんすか!? うわー初めて見た…!ほんとにいたんだ…!」


 どうやら人間の魔人に対する認識はかなり薄いらしい。それとも彼が異常なだけか。あえてとぼけている可能性も捨てきれないが、まあ良しとする。

 そうそう約束を破ることもないだろう。強大な存在の前で交わした約束には無意識のうちに強制力が働くのだ。魔人が契約を破らないなどと言われている理由は主にこのあたりが関わっている。


「え!?じゃあエリーゼさんも!? スゲエ…! 魔人が一気に二人も…! なんの用でここに来たんすか!?」


 興奮冷めやらぬといった様子のリョーダに、顔を合わせる二人。そして、はぁ、と大きくため息をつき、エリーゼがこれまでの経緯を語り始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「最後に、例の呪いについてですが、未だに原因は掴めず‥‥対処法も不明のようですねぇ。…報告はこんなところでしょうか」


 薄暗い室内に声が響く。くぐもっていてわかりにくいが、おそらくは女性の声だろうか。声の発信源はその部屋の中央に跪く人影だ。深くフードを被っていて、顔どころか性別すら判別できない。フードの目の前、壁にもたれながら報告を聞いているのは、全身に黒い鎧を着こんだ騎士だ。鎧の中央に描かれる王家の紋章は、その騎士が王直属の者だということを主張している。


「前触れもなく唐突に人が死ぬ呪い‥‥どうしたものか」


 兜の中から憂いを含んだ中世的な声が発せられる。それを聞き、フードが言葉を続けた。


「ここ数日は新たな症状が確認されたそうですよぉ。といっても、気分が悪くなる程度のものですから、もしかするとまた別の要因によるものかもしれませんがねぇ。」


「…そう。わかった、下がっていい。引き続き警戒を」


 その言葉を聞いたフードは、わざとらしいほどに恭しく一礼し、まるで煙のようにその場から姿を消した。

 一人になり、しんと静まり返る部屋の中で、、黒騎士は静かに腰にぶら下げていた剣を引き抜き、目の高さに掲げる。禍々しくも美しい剣だった。その剣にならば斬られても構わないと、そんな気持を抱かせるような魔力を秘めていた。


「…人を死へ誘う呪いに逃げ延びた元魔王…さらには森の奥で目撃情報のあった大蛇…ただでさえ『勇者』が何やら企んでいるというのに…」


 溜息を吐きながら剣を鞘に戻す黒騎士。チン、と子気味のいい音が薄暗闇に響き、それと同時に黒騎士の姿が消える。

 相も変わらず薄暗いその部屋には、人のいた余韻だけが微かに残っていた。

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