10話 動き出す世界
まるで、天を穿つように禍々しく聳え立つ恐怖の城、魔王城。主の変わった今も尚、恐ろしくも荘厳な雰囲気を保つその城の中心にて、イライラと膝を揺する魔人が一人。
「おそい…!偵察隊の報告はまだー!?」
惜しみなくさらけ出された豊満な体で子供のようにじたばたするその女こそ、先代の魔王ゼノファリウスを倒し、全魔人の頂点に立った、現魔王レナータである。
彼女がいるのは城の中で最も荘厳に飾り付けられた空間、玉座の間だ。ゼノファリウスが魔王だった時代に玉座の間を彩っていた鎧や武器、魔獣の骨や剥製などは魔王が変わった時に全てリストラされ、今は壺や絵画などの芸術品が飾られている。
おどろおどろしい城とは似つかわしくない程に豪華絢爛に飾り立てられたその部屋に、仕上げとばかりに壁際にずらりと並んでいるのは、これまた派手な甲冑を身に着けた兵士達だ。世間一般の常識から考えれば彼らは王を護る剣であり盾であるのだろうが、ここにいる者達にはそんなことは期待されていない。彼らは飾り。玉座の間という一つの芸術作品の一部でしかないのだ。
「お待たせいたしました、魔王様。偵察隊より報告が入りました。」
巨大な扉が音を立てて開き、執事のような恰好をした魔人が魔王の前に跪いた。
「ふーん。それで?見つかった?」
「いいえ、先代魔王ゼノファリウスの居場所を確認することはできませんでしたとのことです」
いつかまた再び魔王の座を取りに戻ると宣言し行方をくらました先代魔王ゼノファリウス。レナータはそんな彼の居場所を突き止めようと躍起になり、あらゆる場所に部下を放ち捜索をさせていたのだった。
しかし、未だに行方はつかめないでいた。
「へー。見つかんなかったんだ」
またしても喜ばしくない報告を聞かされ、不機嫌になるレナータ。彼女から放たれる怒気に呼応するように空間が震え、兵士たちがわずかに身を固くする。
だが、そんな中、執事風の男だけはまるで空気を気にすることもなく、マイペースに報告を続ける。
「しかし、いくつか有力な手掛かりが掴めております。なんでも人の國にて山がいくつか消し飛んだとか」
「人の國、ね。ふーん」
魔の國とはまた別の世界。比較的近くに位置しており、魔王ほどの実力者ならばそれこそ一瞬で移動することも可能か。しかし同時に違和感もある。わざわざ裏切りを待ち受け、楽しむほどには好戦的な性格のゼノファリウスのことだ、てっきり獣の國か天の國に行っているものと思っていた。
「また、先代との関係性は定かではありませんが、やたら強烈な威圧感と魔力を放つ幼女がいるとのことです」
いまいち意味も分からなければ突拍子もない話に、「はぁ?」と困惑するレナータ。
「幼女って…いくら人間に変装するにしてもそうはならないだろうし…ただの威圧感すごい幼女じゃない?」
自身の肉体に自信を持っていた先代なのだ、筋肉の少ない姿にわざわざなるとは思えない。レナータがそう思うことを予想し、あえてそんな姿になるほどの頭もないだろう。ひょっとしたら神の呪いの可能性もゼロとは言い切れないがやはり考えられない。いったいどんな趣味だ。
「ではそれについては放置の方向で?」
「うーーん…子供のころからそれじゃー将来有望だねー。殺しといてよ。方法は問わないからさ」
「ではそのように。それにしても、先代抜きにしても人の國が何やらきな臭くなってまして…獣の國や死の國の者を目撃したとの報告が入っています。」
「じゃあ他の世界に行ってる奴らを人の國に回して。あ、そういえば勇者のとこに行ったシャリーは?」
その問いに、さしもの執事も少しばかり身を固くし、ゆっくりと答える。
「連絡が途絶えました。おそらく殺されたか捕らえられたかと思われます」
恐る恐る、といった調子で答えた執事に、しかしレナータは大して気にする様子もなく、「あっそ」と小さく呟き玉座に肘をついて目をつむる。興味をなくした合図だ。執事はその場で大きく一礼し、再び扉を開けて部屋から出て行った。
「面白くなってきたねぇ…。ね、魔王様?」
まるで恋する少女のように顔を紅潮させ、ぽつりと。
「ーー早く会いたいな」
その呟きは芸術品たちにすら届くことはなく、ただ彼女の口の中で繰り返されていた。




