~ ミハエル神官 ~
私の名はミハエル・シューマ・オキニス。
このオキニス国の王族だ。
この国の王弟は神官職につく。
まあだいたい王弟は王のスペアだ。
王が死んで跡継ぎがいない場合、王位を継ぐ。
その為王弟は王の後継者が産まれるまで結婚できない。
後継者が生まれるとそのまま神官職を続けてもいいし、どこぞの貴族に婿入りをしてもいい。
私と兄は親子ほど年が離れていて兄にはなかなか子供が出来なかった。
私が13歳の時兄にようやく王子が産まれた。
私はそのまま神官の職を続けることを決めた。
今更貴族世界に戻っても兄の役には立たないだろうし。
私の職は【導く者】だ。神官や教師に向いている。
私は神官の職をとても気に入っていたし。
特に【祝福の儀】が好きだ。
自分がどんな職が貰えるのだろうと。
ワクワクして目を輝かせる子供達。
子供達の笑顔が大好きだった。
辺境の地までの道のりは命懸けのもので、かなり大変だが。
苦労のし甲斐がある。
ただ……
心配性の兄が地方に行くたびに仰々しい護衛を付けてくれるのが恥ずかしかった。
どれだけ過保護なんだと、頭を抱えた。
その辺境の村を訪れたのは神官となって1年が過ぎた頃だった。
貧しい村で、でも子供達の顔は明るいものだった。
子供達は目一杯お洒落をして女の子は花冠を頭に乗せ、男の子は胸のポケットにシロツメクサの小さなブーケを挿している。
子供達は次々と神から祝福をうけた。
最後の女の子はミーアという。
辺境の村の子供にしては綺麗な子供だ。
少女は水晶に手をかざす。
少女の頬が赤い。
ドキドキしているのが分かる。
水晶は煌めき彼女の職を指示した。
【黒い聖女】
えっ?
まさか……
【黒い聖女】は代々王家に言い伝えられていた。
城や王都の澱みを浄化する者。
この子がそうなのか?
私は少し震える声で少女の両親を尋ねる。
少女は私を両親の元に案内する。
何も知らず。
無邪気な笑顔。
そう……
ただの【聖女】なら5年間の修行の後、故郷に帰る事が出来るだろう。
だが……彼女は【黒い聖女】だ。
二度と故郷に帰る事が出来ない。
慌ただしく私達は彼女を馬車に乗せて村から出発する。
数週間後、私達は王都の神殿に着いた。
彼女は神殿の大きさと人ごみに目を見開いていたが、気を取り直して私の後に着いてくる。
私は神殿長に彼女を引き合わせる。
「この子がそうなのかい?」
私は頷く。
神殿長には彼女の事を魔法の手紙で知らせていた。
可哀想に……
神殿長の目がそう語っていた。
彼女は他の【聖女】達と一緒に修行する事となっる。
初めのうち彼女は文字も書けなかったが、一生懸命勉強して文字が書けるようになった。
たどたどしい文字で故郷に手紙を送る。
両親は文字が読めないので村長の所に手紙を送ったようだ。
修行の合間に故郷に手紙を送っていたようだが、その手紙が届くことも、送られた手紙が彼女に届くことも無かった。
他の聖女が親からの手紙を読んでいるのを羨ましそうに見ていたのを覚えている。
手紙が高価なことを彼女は理解していたから、両親も送りたくても送れないのだと。
そう思っていたのだろう。
里心が付かぬようにされたのだ。
親に見捨てられたと思わせたかったが……
彼女は楽観的で5年したら村に帰れると吞気に考えていた。
もう二度と帰れはしないのに。
彼女は努力した。
薬草学も学んでいた。
聖女の癒しはお高い。
それに魔力の上限もある。
傷や病が深ければそれだけ使う魔力も多くなる。
聖女の癒しを受けられる者は貴族か金持ちに限られる。
だから薬草なら貧しい村人でも手に入れる事が出来るから。
笑って彼女はそう言った。
でも……
彼女は村に帰る事が許されないのだ。
15歳になった彼女はウキウキしていた。
村に帰れると、幼馴染に会えると。
彼女より年上の聖女は故郷の街に帰って行った。
少ししたら自分も故郷に帰れると年下の聖女見習いに話していた彼女。
彼女は15歳になり神殿を出ることになった。
私は彼女を連れて城に向かった。
彼女は故郷に帰る前に、私の用事に付き合うだけだと思っていたらしい。
豪華な城の中をキョロキヨロしていたが。
彼女はいきなり謁見の間に呼ばれた。
謁見の間で私の後ろに膝まづく彼女。
「【黒い聖女】は今日より王太子の婚約者とする」
王は高らかに宣言する。
余りの驚きに声も出ない哀れな【黒い聖女】
そして……
彼女は城の隅にある館に押し込められた。
私はその館の祭壇のある部屋と応接室しか知らない。
神官とは言え男が無暗に聖女の部屋に入れる訳もなく。
聖女は清らかな乙女でなければならない。
婚約者の王太子も王族も、聖女の元を訪ねることはなかった。
彼女に権力を持たせない為と良からぬ知恵を付けさせないためだ。
そこを奴らは付け込んだ。
聖女が亡くなる時に通された部屋は下級侍女の部屋かと思うぐらい質素だった。
王家から与えられたドレスや宝石も聖女の手には届かない。
後で知った事だが、護衛騎士長や侍女長は聖女に与えられた膨大な予算を横領していた。
彼女には質素な部屋や食事しか与えられず。
祈りも一日3時間のものが、10時間にも及んだ。
彼女の手紙は発覚を恐れた侍女長によって暖炉で燃やされ。
彼女は死に追いやられた。
歴代の【黒い聖女】は20年の務めを果たすと後は自由に生きられた。
城に住むもよし、故郷に帰るもよし、望めば貴族と結婚もできる。
勿論一代だけの爵位も与えられて、屋敷や土地や年金も与えられるのだ。
【黒い聖女】が病に倒れたと知らせを受けたのは、私が聖女教会の教皇に選ばれ聖地を巡礼している時だ。
私は慌てて帰国したが。
時すでに遅く。
聖女は身罷られた。
聖女が死ぬ間際彼女に会わせてくれと護衛の兵士が私に跪いて懇願した。
彼は聖女の幼馴染で彼女を追って城に来て兵士になった若者だ。
私は彼を聖女の部屋に連れて行った。
聖女の為か、兵士の為か。
どちらの為だったのか……分からない。
ドアを開けて質素な彼女の部屋に入る。
ベッドの上に横たわる彼女は髪も手もどこもかしこも澱みに侵され。
黒かった。
確かにこれまでの【黒い聖女】は髪や瞳が黒くなることはあった。
だが……全身黒く染まる事は無かったのだ。
「望みはあるか?」
私は彼女に問いかける
嗤える話だ。死にかけた人間に何を問う?
「家に帰りたい……アル……」
彼女が最後に呼んだのは幼馴染の名前だった。
彼女の手が空をさまよう。
その澱みで黒くなった手を彼が掴む。
契約で聖女に触れる事が出来ないはずなのに。
彼は彼女の手を握る。
ジュッ……
肉の焦げる匂いがした。
澱みは害なのだ。
聖女の体はボロボロとぐずれやがて消えて行った。
私と彼と侍女長は呆然と彼女が横たわっていた、ベッドを眺める。
私はハッとして侍女長に薬箱を持ってくるように言いつける。
彼の手は火傷を負っていた。
無理もない。あれ程の澱みだ。むしろ火傷程度で済んでよかった。
下手をすると肘まで腐り落ちることになる。
侍女長は薬箱を開けると彼に差し出した。
自分で手当しろ‼ と言うことらしい。
その眼は穢わらしいと言っている。
私は呆れ包帯を取り出すが、彼は包帯を取り上げると自分でグルグルと巻いた。
そして私に礼をすると部屋から出て行った。
私は暫く彼女がいたベッドを眺めると、のろのろと立ち上がり。
王(兄上)に聖女の死を報告するためにその部屋を出て行った。
「何故だ? 何故聖女が死んだ?」
執務室に居る王(兄)に報告する。
王(兄)も訳が分からなかったのだろう。
私も分からなかった。
聖女があれ程の澱みを受け全身黒く染まるなど。
どの文献にも載っていない。
ドアを開けて騎士団長が入ってきた。
騎士団長と王は乳兄弟で親しい間柄だ。
「これを見てください」
差し出された書類は内部告発で侍女長と護衛騎士の悪事が暴かれていた。
1日三時間の祈りが10時間になっていた。
聖女が黒く染まり死ぬはずだ。
私が訪ねた時などは夜中まで祈ることになっていた。
知らなかった……
私達は余りにも知らな過ぎた。
部下を信頼していたと言えば聞こえがいいが。
ただの放任。
いや放置か?
彼女はただの平民で、士族の娘ならこれ程ひどい扱いにならなかったはずだ。
直ちに侍女長と護衛騎士は捕らえられ牢屋に繋がれた。
「あの娘はただの薄汚い平民ではありませんか‼ 閉じ込められた平民にドレスも宝石も何の役に立つと言うのです‼」
それが侍女長の言い草だった。
貴族の娘である自分の方が偉いのだという歪んだエリート意識の塊だった。
彼らは裁かれても、亡くなった聖女が蘇る事はなく。
ただ不思議なことに聖女が亡くなった時に一斉に教会の鐘が鳴った。
誰も鐘に触れていないのにだ。
神が聖女の死を嘆いている様だ。
聖女の財産を横領していた者達の処分も決まった。
侍女長と騎士は鉱山送りになった。
ふと騎士団長にあのアルと言う名の若者の事を尋ねた。
彼は聖女が死んだその日に告発の書類を出すと職を辞して田舎に帰ったそうだ。
数年後……私はあの村を訪れた。
村長に彼の事を尋ねると。
聖女の葬式の後村を出て行ったという。
それ以後、彼の姿を見ることは無かった。
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2019/11/14 『小説家になろう』 どんC
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