~ アル ~
俺が産まれた国は【オキニス】と呼ばれる5大国の内の一つだ。
俺とミーアが産まれたのは王都から最も遠い【オトロス】と呼ばれる辺境の村だった。
ミーアは薄い茶色の髪と瞳で、村でも評判の器量よしだったが。
本人はボ~とした子供で、自分が美少女と言う自覚が無かった。
ミーアと俺は幼馴染で。
村の子供達と一緒に良く森に入っては、薪を拾ったりキノコや果物を取っていた。
平凡で穏やかな日々が続くのだと思っていた。
俺たちが10歳になった時。
その神官様がやって来た。
【祝福の儀】
この世界の子供は10歳になると神の祝福を受ける。
年に一度教会から神官様がやって来て子供に祝福を授けるのだ。
いつもの年ならよぼよぼの神官様がよぼよぼのロバに乗ってよぼよぼの護衛を連れてやって来るのに。
その年は違っていた。
白い立派な馬車。煌びやかな護衛騎士。見事な軍馬。そして若くハンサムな神官様。
まるで王様の行列の様だと思った。
後で知ったのだが、その神官様は王弟で。
王様の行列だと思ったのはあながち間違いではなかった。
質素な教会に派手な神官様達の行列は中々シュールで嗤えるものがあった。
まあ俺の14歳になる姉貴はハンサムな神官様に黄色い声を上げていたが。
ミーアは相変わらずボ~~~としていて、金髪碧眼のハンサムな神官様を見ても関心が無かった。
俺は少しミ-アの鈍さにホッとした。
めい一杯着飾った子供達と付き添いの大人たちが教会に集まる。
「どんな職が貰えるのかしら? 私【織子】か【お針子】の職が与えられればいいな~~」
吞気にミーアは言う。
ミーアはその時、己の過酷な運命を知らなかった。
「俺は騎士か兵士だったらいい」
身の程知らずにも俺は答えた。
辺境の村の子供など精々町の門番に成れれば御の字だろう。
子供達は椅子に座り。大人たちは教会の外で待っていた。
子供達は20人ほどだ。毎年10人から多くて30人ほどの子供達が集まり、儀式を受ける。
貧しい村だが子供達は精一杯おめかしをしている。
女の子は頭に花冠を戴せている。
男の子は胸のポケットにシロツメ草の小さな花束を挿している。
皆どんな職が貰えるかワクワクしている。
そして……神官様がヨグナスの神に祈りを捧げる。
ヨグナス神は創造主でもあり、子供達に職を授けてくれる神でもあった。
祈りが聞き届けられて祭壇に置かれた水晶が光り輝く。
「ほうっ……」
余りの美しさに皆のため息が漏れ。
左端に座っている者から順番に呼ばれる。
次々と子供達は職を授けられ。
狙っていた職が授けられた子供は歓声を上げ。
欲しかった職が貰えなかった子供は項垂れた。
俺はドキドキしながら自分の順番を待った。
俺は最後から二番目に呼ばれ。
【狩人】の職だった。
狩人か……
努力を重ねれば兵士になれるだろうか?
弓兵もいるし。
強くなれば……
俺はちらりとミーアを見る。
嬉しそうに俺に手を振るミーア。
ミーアを守れるだろうか?
最後にミーアが呼ばれた。
ミーアは水晶に手をかざす。
水晶は輝く。
えっ?
黒い光?
そんな物があるのか?
「【黒い聖女】……」
神官の声が聞こえた。
俺にはそれが何か酷く禍々しく響く。
【黒い聖女】だと?
ミーアは神官に親の元へと案内させられた。
俺はミーアに大丈夫かと目くばせする。
大丈夫とミーアは返事をしたが。
それが村でミーアを見た最後だった。
その日のうちに、ミーアは王都の神殿に連れていかれた。
まるで人攫いだ。
俺は神官に嫌悪感を抱く。
そして……違和感を感じた。
前に聞いた、よぼよぼの神官様の話だと。
アガサダ村では聖女様は村総出でお祝いして送り出したと言っていたのに。
暫くしてミーアから手紙が届いた。
王都の神殿で聖女見習いの修行が始まり、字も習ったと。
たどたどしく綴られていた。
頑張って聖女になれれば村に帰れる。
修行を終えるまで余り手紙が書けないが心配しないで。
私頑張ると書かれていた。
俺の親父は村長なので字が読めた。
親父はミーアの両親に手紙を読んでやっていた。
辺境の貧しい村では字が読める者が数えるほどしかいない。
俺は5男ではあったが。
兵士になるには読み書き計算は必要と、親父に文字と計算を習っていた。
俺もミーアに手紙を書いたが。
届いたかどうかは分からない。
紙にインクに配達料金。
貧しい人々にはかなりお高い物だ。字の書けない者には代筆代もかかる。
俺もスライムを狩って小銭を稼いで手紙を書いた。
ミーアの両親の様子や森やよく泳いだ湖の事に村の様子……でも……
ミーアからの手紙はそれっきりだった。
多分忙しいのだろう。それとも聖女見習いでは余り給金を貰えないのだろうか?
5年たってもミーアは村に帰ってこなかった。
この世界では15歳は成人だ。
俺は村を出て王都の神殿に向かった。
王都の神殿にはミーアは居なかった。
ミーアの事を訪ねた俺は門前払いをくらった。
それを見ていたミーアの友人の聖女見習いがコッソリ教えてくれた。
ミーアは城に居ると。
王太子の婚約者になったと。
でも……可笑しいと。
側室のお披露目はあったのにミーアのお披露目は無いのだと。
大神官に尋ねたらミーアは【黒い聖女】だから城でずっと祈りを捧げる運命なのだと言われたのだと。
俯きながら教えてくれた。
【黒い聖女】が何なのか分からないが。
一生王族に飼い殺しにされると言うことは分かった。
俺は城に向かい、年に一度の兵士募集に応募した。
俺は何とか兵士になる事が出来た。
弓の腕に読み書き計算が出来たことが良かったらしい。
平兵士になった。
が……なかなかミーアの居る場所に近づく事が出来なかった。
城の中のミーアのいる場所をほとんどの人が知らなかった。
俺がミーアのいる場所を知ったのは偶然王弟を見かけた事からだった。
王弟が高い塀の門から出て来た所を見たのだ。
多分あの中にミーアはいる。
何とかあの中に入れないものか。
「俺聖女様の護衛に着きたいんですが……」
5年たって真面目に兵士の仕事を務めた俺に、昇進の話が舞い込んだ。
「君は変わり者だね」
上司は変な顔をした。
何でも聖女の護衛は人気が無く。
出世コースから外れるらしい。
野心を持った者には不評なのだ。
だから問題を起こした者や、かなり年を取った者が多いのだとか。
それに……聖女の護衛は神の前で誓いを立てる。
【契約の儀】と呼ばれる誓いだ。
これはある種の呪いの様な物で誓いを破る事が出来なくなる。
奴隷に近い。それが輪をかけて兵士の不興を買う。
誓いとは。
聖女に触れてはならない。
聖女に口をきいてはならない。
聖女の前で兜を脱いではならない。
なんじゃそら~~~‼
と思ったよ。
そんな事で聖女を守れるのか?
それでも俺は承諾した。
鎧に兜ミーアは俺だと気づかない。
当たり前だ。俺だって他の奴の見分けが付かない。
口を利くことも許されていないのだから。
聖女と口を利くことが許されているのは王弟と侍女長だけだった。
俺はハタっと気が付いた。
これは護衛じゃない。
監視だ。
聖女はまるで罪人のような扱いだった。
館から外に出ることも許されず。
毎日毎日祈る事を強要される。
ミーアの一日は、朝起きて朝食を摂り聖堂で祈りを捧げ、昼食を摂りまた祈り。
夕食を摂り湯浴みをして一時間したら寝る。
自分の時間は僅か一時間だ。その一時間にミーアは手紙を書いていた。
誰にも届かない手紙。
ミーアの祈りのお陰で城と王都は浄化され。
澱みは無くなっている。
上司の話だと、普通城や王都には澱みがあり放置すると妖魔が寄ってくると言う。
当たり前だ、城の地下には牢屋や拷問部屋があり日夜怨嗟が溢れ。
城の中では嫉妬や陰謀や憎しみが渦巻いている。
浄化もせずに放置すればたちまち魔界となるのだ。
ここ以外の国では神官を呼び一週間に一度は浄化すると言う。
俺はただミーアを見守るしかなかった。
5年たった時ミーアに異変が生じた。
ミーアの髪も瞳も黒くなったのだ。
ミーアは髪や顔をベールで隠すようになった。
【黒い聖女】
俺の不安は当たる。
ミーアが手袋をするようになった頃から、ミーアの動きが可笑しくなった。
まるで老婆のように背中を曲げ。
壁に手をついて息を切らして歩く。
余りも痛ましくて思わず手を差し伸べたが……
俺はミーアの手を取ることが出来なかった。
契約の儀は呪いだ。
俺はミーアに触れない。
俺はミーアに声をかける事が出来ない。
俺だと顔を見せることが出来ない。
ミーアは転び、ふわりとベールが風に舞い、ミーアの顔を晒した。
俺は息を吞む。
ミーアの顔の半分が黒く染まっていた。
ミーアは慌ててベールをかぶり直す。
俺を押しのけ侍女長がミーアの手を取り立たせる。
俯いているミーアからは見えないが俺からは侍女長の顔が見えた。
嫌悪。
侍女長はミーアが祈りの為に祭壇に跪くと、ミーアの後ろに控え。
見えないのを良い事にごしごしとハンカチで手を拭いた。
まるで汚いものを触ったとそういう顔をしていた。
俺は侍女長に怒りがわく。
小さい時に攫う様に神殿に閉じ込め。
成人すると今度は城に閉じ込め。
まるで奴隷か罪人のような扱いで。
ミーアが書いた手紙は夜中に侍女長が暖炉で燃やしているのを見た。
俺からの手紙も燃やされていたのだろう。
ミーアを孤立させるために。
ミーアはどんどん弱っていった。
俺はどうすることも出来なかった。
そしてとうとう……
ミーアは倒れた。
午後の祈りが終わった時だ。
侍女長は王弟を呼んだ。
王弟が慌てて館に入ってくる。
教皇になったため彼は各地の神殿を訪問していたのだ。
「ミーアに会わせてくれ‼」
俺は王弟に頭を下げた。
本当はこいつに頭など下げたくないのだが、背に腹は代えられない。
「君は……? ああ。君が聖女の幼馴染か」
どうやら俺の事は調べられているのか。
まあ。当然と言えば当然だな。聖女におかしな者は近づけさせ無いだろう。
王弟は俺に着いてくるように言うと、聖女の元に向かった。
初めて入るミーアの部屋は質素な物だった。
下手をすると平兵士に与えられる部屋より少しマシなくらいだ。
ベッドの上にミーアは横たわっていた。
ミーアは黒く染まっていた。
【黒い聖女】
ミーアはこの城や王都の澱みを我が身に吸収し浄化していたのだろう。
やがて澱みが浄化しても浄化しても浄化しきれなくなり。
ミーアの身を黒く染めた。
そして……ミーアの命も削ったのだ。
「何か望みはあるか?」
王弟がミーアに尋ねた。
「故郷に帰りたい……アル……」
それがミーアの最期の言葉だった。
ミーアの体はボロボロと崩れ落ち消えた。
「ミーア‼」
最期の黒い粉が消えようとした瞬間俺の体は動きミーアの手を取った。
ジュウと肉の焼ける音が聞こえた。
俺の右手に痛みが走ったが、知った事ではない。
ばさりとミーアの手が崩れ落ちる。
ミーアは消えて無くなった。
沈黙が続き。
どれぐらい時が経っただろう。
王弟と俺は空になったベッドを見続けていたが、我に返る。
ミーアは亡骸も残さず消えた。
不思議なことに俺が握った手の中に僅かに残った黒い粉だけは消えなかった。
王弟に促されて侍女長が救急箱を持ってきた。
王弟が手当をしようとしたが、俺は断り。
自分で救急箱から包帯を取ると、ぐるぐると包帯で右手を巻いた。
その日に俺は城の兵士を辞め、オトロスの村に帰った。
勿論上司にはミーアに与えられた豪華な部屋に侍女長が住み着いて、贅沢な食事に豪華な衣服にアクセサリーつまり横領をしていたと密告た。
あの王弟は応接室と祭壇のある部屋しか入ったことが無かったから、内情は知らなかったんだろう。
風の噂で侍女長や護衛騎士は鉱山送りになったと言う。
どうでもいい事だが。
そして村のみんなにミーアが死んだ事を伝えた。
ミーアの両親は泣き崩れ。
村人だけの慎ましい葬儀が行われた。
村の共同墓地に小さなミーアのお墓が作られた。
オトロス村の東にある森の中に小さな湖がある。
名前すらついてない湖だ。
ミーアの好きな場所で、俺がミーアに好きだと告白した場所でもあった。
「ミーア……君が帰りたかった故郷だよ……」
俺は包帯をほどき湖にその手をつけるとゆっくりと指を開く。
指の間から黒い粉がゆっくりと湖の底に消えて行った。
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2019/11/14 『小説家になろう』 どんC
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