~ ミーア ~
私は【黒い聖女】と呼ばれていた。
私は何処にでもいる村娘だった。
髪も瞳も平凡な薄い茶色で顔も平凡だった。
そんな私が【黒い聖女】と呼ばれるようになったのは、私が10歳の時だ。
父と母は平凡な農民で、毎日泥だらけになりながら働いていた。
私は一人娘で、村の子供達と一緒に森に出かけては木の実やキノコを取っていた。
暑い日には森の中にある小さな湖で魚を釣ったり貝を取ったりしていた。
その小さな湖は村の人たちのお気に入りで。
精霊の瞬くグリデイスの夏祭りの日に好きな人に告白すると末永く幸せになるという。
そんな伝説があった。
平凡で退屈な日々。
貧しくはあったが、私は両親に愛されて幸せだった。
そんなある日彼らは来た。
神官様の一団で。
今回この村に来たのは有名な神官様。
何でも王族の血を引いて居るのだとか。
そのせいかいつにもまして神官様達の行列は煌びやかだった。
白い見事な馬車と煌びやかな神官兵達がざっと20人ほどいる。
いつもはよぼよぼの年老いた神官様がこれまたよぼよぼのロバに乗って、やっぱり5人ほどのよぼよぼの神官兵に連れられてやって来るのに。
この国では10歳になると【神の祝福】を受ける。
そして【勇者】や【聖騎士】や【聖女】の祝福を受けた者は教会に引き取られ教育を受ける。
たいそうな祝福だが2・300人に一人はいるらしい。
だから教会にはかなりな数の【勇者】や【聖騎士】や【聖女】がいるらしい。
教会に村の子供達は集められそれぞれ神から祝福をうけた。
皆それなりに着飾っている。
女の子は花冠を頭に乗っけてまるで花嫁の様だ。
男の子達は胸のポケットにシロツメクサの小さな花束をさしている。
私は最後に祝福をうけた。
先に祝福を受けた幼馴染のアルは【狩人】だった。
「ちぇ。残念。勇者でも聖騎士でもない。がっかりだ」
男の子は皆冒険者や騎士になりたがる。
私は微笑み。
「でも村人よりかはいいでしょう。【狩人】なら村から出て行けるんだし」
私はアルを慰めた。
【村人】だと村から出ることは許されない。一生その村で生きることになる。
まあたまに街やバザーで野菜を売りに出かけることは許されていたが。
「ミーア来なさい」
「はい。神官様」
私は神官様に呼ばれ前に出る。
ハンサムな神官様だ。
薄紫の髪に緑の瞳。
王族は皆神官様のような色をしているんだと、訳知り顔でガキ大将のオレガが言ってた。
私は皆に倣って水晶に手を伸ばす。
水晶はぴかりと光ると黒く染まった。
「こ……これは……」
神官様は食い入るように水晶を見つめる。
「【黒い聖女】だ……」
神官様はポツリと言葉を零す。
「【黒い聖女】?」
私は首を傾げる。
聖女? 私が?
でも黒いって言ったよね。
私は不安になる。
「あ………あの神官様……【黒い聖女】って他の聖女様とは違うのですか?」
「ああ……君の家族の所に案内してくれるかな? 君のご両親に話さねばならない」
「は……はい。こちらです」
アルが不安そうにこっちを見ている。
大丈夫か? その瞳が尋ねる。
私はアルに手を振り、大丈夫と目で合図する。
私は不安を隠し父さんと母さんの所に神官様達を案内した。
両親は他の子の親と一緒に教会の側にある大きな木の側で私を待ってていてくれた。
「お父さん‼ お母さん‼ 神官様がお話があるって……」
父も母も驚いていた。
「こ……これは神官様娘が何か粗相をしたのでしょうか?」
父が頭を下げる。
失礼な父だ。アルじゃあるまいし。猫かぶりの私が粗相などするはず無いわ。
「いえ。彼女はいい子ですよ」
神官様は苦笑すると話し始めた。
「今日の祝福でミーアに聖女の職が現れました」
「【聖女】ですって‼」
お母さんは声を上げた。
無理もない。一昔前の【聖女】は魔王退治や浄化の旅で命を落とす者が多かった。
「安心してください。今は魔王も瘴気もありません」
神官様の話にホッとする両親。
「ただ……聖女様は神殿で癒しや回復魔法を習得してもらわねばなりません」
そう【勇者】や【聖騎士】や【聖女】は教会に囲いこまれる。
才能を持った者の義務だ。
才能を持った者は社会にその才能を役立てる。
その代わり彼等の生活は保障される。
私はその日のうちに馬車に乗せられ、王都に向かった。
アルとお別れを言う事が出来なかった。
「お父さん……お母さん……アル……」
馬車の窓から見える村はどんどん遠ざかっていく。
昨日みんなと一緒に湖の側の花畑で花冠を作った。
その森も湖も瞬く間に遠ざかる。
「大丈夫ですよ。神殿の修行が終われば村に帰る事も許されますよ」
神官様は優しくそうおっしゃったが。
10年後の私は彼を噓つきと呼ぶことになる。
私は修行を頑張って5年後に終わらせた。
私は15歳になって居た。
だが私は村に帰る事が許されない。
それ処か私は神殿から出され城に住むことになった。
しかも私は王太子様の婚約者になっていた。
「家に帰りたい……」
ポツリと呟く。
修行が終われば家に帰れるものだとばかり思っていた。
私の声を侍女や護衛騎士は無視をする。
王太子の婚約者。
聞こえはいいがただのお飾りだ。
私は神殿から連れ出され城の中にある館に住まわされた。
王にも王妃にも王太子にも会ったのは最初城に登城した時だけだ。
その時、王が私に王太子の婚約者になるように命じた。
訳が分からなかった。
王様にそう言うと、城の離れにある館に押し込められた。
館は高い塀でぐるりと回りを取り囲んでいて、まるで牢獄の様。
三人の侍女が私の身の回りの世話をした。
護衛騎士は5人で私が逃げ出さないように見張っている。
侍女も護衛騎士もほとんど口を利かない。
私と話すことを禁じられているらしい。
私に与えられた部屋は質素なもので。
とても王太子の婚約者の物では無かった。
館の部屋で呆然としていると神官様が来られた。
私を村から連れ出したあの神官様だ。
ちらりとしか見なかったが彼は王に似ていた。
彼が王弟だという噂は本当なんだなと、納得した。
神官様が説明してくれた。
私は王太子の婚約者になり。この館にある祈りの間で毎日浄化の祈りを上げる事。
それが私に課せられた仕事だと。
それが【黒の聖女】に課せられた使命だと言われた。
「祈りを捧げるだけでいいのですか?」
「ああ、君には王妃教育も要らない。社交もしなくていい。王太子の子供を産まなくていい。聖女にはそんな雑用は免除されている」
つまり飼い殺しだ。
王弟である神官様はぽつりぽつりと外の情報を教えてくれる。
王太子様が三人の側室を娶ったと。
それは豪勢な結婚式だったと。
王子を産んだ側室が王太子妃になったと。
王太子が王になったと。
戴冠式は教皇様が執り行ったと
話してくれる。
ぶっちゃけどうでもいい話だ。
実際遠くの国のおとぎ話の様な事で、私には関係なかった。
私はただ家に帰りたかった。
普通なら見習い期間を過ぎると各地の教会に派遣されてその地で神に祈りを捧げる。
希望者は自分が生まれた土地に帰りそこで神に仕えるのだが。
私は【黒の聖女】の職のせいで王族に飼い殺しにされるのだ。
私は10年後に【黒の聖女】の意味を思い知る。
25歳になったある日、私はある事に気づいた。
始めにその異変は髪の毛に現れた。
髪の先が黒く染まっている。
嫌な感じがした。まるで瘴気の様。
私は浄化をかけた。
髪は直ぐに元の薄い茶色に戻ったが。
不安がどす黒く渦巻く。
暫くしてまた髪が黒くなった。
浄化をかけたが……
元には戻らず黒いままだ。
見る間に髪は黒くなり。
そして……瞳も黒くなった。
それだけではなく。
体のあちこちにホクロが現れた。
ホクロはどんどん広がって。
私は夏でも長袖を着るようになり、手袋も付けるようになった。
黒くなった髪はベールで隠す。
私の全身は黒く染まった。
身体も錆びついた鉄のように軋み。
声は擦れ喋る事も出来なくなり。
立つことも歩くこともままならなくなった。
もちろん神に祈る事も出来ない。
ある日私の部屋のドアが開き。
一人の男が入ってきた。
彼の後ろに一人の兵士もいたが……
もう私の目は霞んではっきり見えなかった。
私をあの村から連れ出した神官様だ。
付き合いが長いせいか、目が見えなくなっても彼の気配は分かる。
王弟である彼の名は何と言っただろう。
今となってはもうどうでもいい事だ。
私は粗末なベッドから起き上がる事すらできなくなっている。
王弟である彼も私の死を悟ったのだろう。
「何か願い事はあるか?」
静かに彼は私に尋ねた。
「帰りたい……アル……」
黒い粒子を吐きながら私は答えた。
伸ばした手が崩れ落ち黒い粒子になって消えた。
手が足が体が頭が次々と崩れ落ち。
私の体は見る間に黒い粒子となって消る。
私は死んだ。
その日の夕方に教会の鐘が独りでに鳴り響き。
【黒い聖女】の死を告げた。
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2019/11/14『小説家になろう』 どんC
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