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囚われ少女の未来予想図

7




 それからの放課後が大変で、どこへ逃げ回っても、あの五人組に見つかって、竃山さんのところへ連行された。


そんなことが一週間以上続いた。


 どれだけ断っても、竃山さんは「頷くまで説得は続ける」と譲ってくれなかった。


 お嬢様に相談するわけにはいかないから、竃山さんを巻き込んだ染井さんに、やっぱり自分にはお手伝いはできないと改めて断った。


 ただ、彼女は頬を掻きながら、困ったなぁという顔をした。


「ごめんなさい。須井さんの件には口を出すなって言われてるの」


「え」


「一応、須井さんが困ってることは伝えるけど……あまり期待しないで」


 染井さんは生徒会長だけど、竃山さんがそんな権威に屈するかというと、それは絶対にあり得ない。


「それに悪いことばかりじゃないでしょう?」


「そ、それは」


「須井さん、最近少し口数が増えたわ。私としては、それだけで嬉しいの」


 そう嬉しそうに微笑む染井さんに、それ以上は何も言えなかった。


 ただ、私としてはやはり二人からの誘いを受けるわけにはいかない。お嬢様の命令は絶対だ。こうして染井さんや竃山さんと繋がりを持つこと自体、よく思わないはずだ。


 だから早く諦めてもらいたいけど、あの竃山さんに「もういいわ」と言ってもらうにはどうしたらいいか、全然わからない。


 そんなことできる自信はなかった。




 中庭のベンチに腰掛けた竃山さんは、絵本の中から飛び出してきたお姫様みたいだといつも思う。


 綺麗な光沢のある金髪が宝石のようで、その白い素肌もまるでシルクみたい。碧眼は瞼で隠れてしまっているけど、本当に西洋人形に見える。


 その瞼がゆっくりと開いた。


「遅かったわね」


「あ、あの……約束は、してませんよ」


 そう、さっきまたあの五人組に連行されて来ただけ。


「いつものことなのだから、そろそろ素直に自分から来なさい」


 こういうところは、お嬢様以上に高飛車だと思う。


「それで、決心はついた?」


 いつもの質問。もう、余計な言葉さえつかなくなってしまっている。


 でも、私の答えも変わらない。


「で、できません」


「そう」


 なんてことないというように竃山さんはそう受け流した。


「なら、また次ね」


 やっぱり諦めてくれない。しつこいのは私なのか、竃山さんなのか。どちらにしてもこの意地の張り合いみたいなことは、まだ終わりそうにない。


「あ、あの」


「なに?」


「私は、お力になれません」


 多分、初めてじゃない言葉だ。竃山さんに諦めてもらうために、ここ最近、ずっと同じようなことを繰り返しているから、自分がどんな言い訳をしたかもわからない。


「他の方を」


「あたしがつけた値札に文句をつけないで」


 ぴしゃりと言葉を切断された。心外だとでもいうように不機嫌そう。


「あなたなのよ、そう決めたの」


 竃山さんはそれ以上言う必要がないと思ったのか、いつもみたいにブラシを取り出して、それをこちらに向けてきた。


 まだ言いたいことはあったけど、黙ってそれを受け取ってしまうのが、付き人として染みこんだ反応だった。


 彼女の背中に回り、その宝石の川みたいに綺麗な金髪をとかしていく。


 そうしていると、あることに気づいた。


「香り……」


「あら、よくわかるわね」


 髪からする香りが少しだけ変わっていた。


「以前使っていたシャンプーの改良版が出たの。母がそれを送ってくれたのよ」


「素敵な、香りです」


 ただ彼女は首を小さく左右に振った。


「あたしにはわからないわ」


「そ、そうですか」


「あなたが特別よ。鼻もいいのね」


 褒め言葉が素直に嬉しくて、竃山さんはこちらを向いてないのに、バカみたいに頭を下げてしまった。


だんだんと頬が紅潮していく。こんな褒め言葉、初めてもらった。


 だって、こういうのに敏感になってしまったのも、付き人として生きてきたから。


 些細な変化を見逃すわけにはいかなかったから。ただ、それだけ。


 そこからは会話はなくて、私は黙々と彼女の髪をとかしていった。もう何度もしているので、特徴も気をつけるところもわかってる。


 きっと、眠っていたってできる。それくらいの自信があった。


「あなた、卒業後はどうするの?」


 不意にそんな質問をされた。


「え」


「いちいち驚くのをいい加減やめなさい」


「す、すいません」


 竃山さんが予想外のことばっかり言ってくるからじゃないですか、なんて思ったけど、口には出せなかった。


 私は髪をとかしながら、ぽつりと話し始めた。


「決めて、ません」


「あら、あと半年くらいで卒業よ、あたしたち」


 そう、春が来れば私たちは卒業する。ただ、私にとって、それは他の生徒より大きな意味を持つ。


「……お嬢様のことは、知っていますか?」


「あなたと乙霧の関係なら、染井から聞いているわ」


「やっぱり……。その関係は、高校を卒業するまでなんです」


 これはずっと前から聞かされている、私とお嬢様の主従関係の期限。というより、私の両親と旦那様の契約期間。


 高校を卒業すれば、私は解放される。


もう両親の借金や、お嬢様に縛られることはない。


「……どうするの?」


「それが、わからなくて」


 今までずっと、お嬢様の付き人として生きてきた。だから、自分で自分のことを決めたことがない。進学先はもちろん、どこへ出かけるかさえ、私には決める権利がなかった。


 だから、春から好きにしろと言われても、どうしたらいいかわからない。


「大学には、行けないんです。お金がないので」


「なら就職ね」


「はい。でも、自分に何ができるか、わからなくて」


「やりたいことをすればいいでしょう」


「それも、わからなくて」


 できることも、やりたいこともわからない。だから、決められなかった。


 竃山さんは私の話を「ふーん」と、興味がなさそうに聞いていた。こんな話を他人にしたのは初めてだけど、彼女で良かったと思う。


真剣にアドバイスされるより、こういう態度の方が気楽だ。


「でも、楽しみでもあるんです。やっと、自分のことを、自分で決められるので」


 今は卒業後に、自分が何をしているのかを想像するだけで楽しい。


「できました」


 ちょうど、髪の手入れが終わった。竃山さんはそっと自身の髪を撫でると、満足してくれたみたいで、一度だけ頷いた。


 いつものようにブラシを返すと、急にその手を取られた。


「え」


 そしてグイッと引っ張られて、竃山さんとの距離がほぼゼロになる。


 目前に迫った彼女の顔と、その手の温かさにドキッと心臓が高鳴った。


「あたしはあなたが何をしたいかは知らないわ。それはあなたが、自分の意思で決めることだから」


 彼女は私の手を取ったまま、こちらを見上げながら言葉を続けた。


「でも、何をできるかは知っているわ。少しは、自分をちゃんと評価しなさい」


「は……はぃ」


 まるで先生みたいな助言だけど、とても言葉に重みがあった。それに先生と違って、言い終わるとぱっと私の手を放して、もう興味なさそうな態度に戻っていた。


 さっき竃山さんに握られた右手を、左手でそっと撫でる。


 まだ温かい……。

「できること」と「したいこと」の乖離が激しいことほど、辛いものはないですよね。

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