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どうしようもない大人たち

5




 染井佳乃が騒がしい弓道部の五人組に捕まったのは、夕日の差し込む廊下だった。


 今日は生徒会の仕事もなくて、校内の見回りをしていた。それが終わりかけていたときに、竃山祥撫に懐いていることで有名な下級生たちに囲まれてしまった。


「部長がすっごく怒ってます」


「いますぐに生徒会長を連れてこいって言われました」


「ですから、すぐに部室に来てください」


「あんまり部長を怒らせないでください」


「怒った部長も素敵なんですけど」


 五人組に制服を引っ張られながら、弓道部の部室に連れてこられた。


 部室の中にはソファーに座った祥撫が、不機嫌なオーラを纏いながら、足を組んで窓の外を見つめていた。


 五人は佳乃を座らせると「それじゃあ、これで!」と声を揃えて、逃げるように退室していった。


 残された佳乃はしばらく、外を眺めている祥撫の出方を待った。


 ただ、彼女は不機嫌そうに眉を八の字にしたまま、一向に何も言わない。


「……お呼びだったんじゃないんですか」


 同じ生徒会のメンバーでも、佳乃と祥撫は多くの交流はなかった。だから、この呼び出しが決して良い理由じゃないことは日の目を見るより明らかだった。


「……どういうつもり?」


「須井さんのことですか」


 その名前を出した途端、祥撫が佳乃の方を向いて、今にも怒鳴りそうな顔つきになった。


「あれはなんなの。知ってるでしょう、ああいうタイプが大嫌いなの、あたしは」


 いつもはマイペースにしか話さず、人を怒らせることはあっても、怒ることなんて滅多にない祥撫が珍しく感情をむき出しにしたことに、佳乃は驚いた。


 あわない二人だと思ったけど、ここまでとは予想を超えていた。


「ちっとも自分の意見を言わないの。どうかしているわ」


「……みんながみんな、竃山さんみたいに生きてるわけじゃないですよ」


「ただ『やりたくない』と言うだけじゃない。それを『できない』だの『無理だ』だの、苛々したわ」


「やっぱり、そうでしたか」


 佳乃としては、祥撫がここまで怒るということを除いては予想通りだった。


 須井芙蓉を生徒会のバックアップメンバーにしたいという願いは、佳乃の中でずっとあった。ただ自分ではどうにもできそうにないので、彼女と面識を持った祥撫に任せてみた。


 それでも芙蓉の答えは変わらないと思っていた。ただ、何か変化が起きたらと期待してのことだった。


「とにかく、あれは駄目よ。他に候補はいないの?」


「あ、選出は続けてくださるんですか?」


「引き受けたと言ったでしょう」


「ただ、私は須井さんしかいないと思ってます」


「だから」


「竃山さん、乙霧(おとぎり)さんをご存じですか?」


 佳乃はこのとき初めて、祥撫の言葉を遮った。


 ただその勇気を出した甲斐はあったようで、彼女の眉がピクッと、その名前に反応した。


乙霧蒼(おとぎりそう)?」


「よかった、ご存じだったんですね」


「さすがにね」


 祥撫は基本的に、この気ままな性格のせいで、人の名前を覚えない。佳乃だって生徒会長になって初めて覚えられた。


ただ、未だに生徒会の他のメンバーで名前を覚えてない生徒が多数いる。興味がないらしい。


 その彼女が知っていた。しかもフルネームで。


「須井さんは、乙霧さんの付き人らしいです」


「……付き人?」


「はい」


 そこから佳乃は、彼女が知る限りの芙蓉のことを教えた。


 芙蓉の存在を知ったのは、クラスメイトになった今年のこと。教室の隅で目立たないようにしている彼女に、声をかけたのが始まりだった。


 佳乃としてはそういうクラスメイトとも仲良くしたかったし、生徒会長としても無視できなかった。


 しかし、その後、別のクラスメイトから『彼女には関わらない方がいい』という忠告を受けた。


 彼女が乙霧蒼の付き人だからだという。


「須井さんのご両親は多額の借金を、乙霧さんのお父さんにしているそうです」


 そして、それが芙蓉を縛っている。


 彼女の両親は彼女が生まれる前から、とても自力では返済できない額の借金を背負って、それを乙霧の家に借りた。そして返済の見込みのないことから、住み込みで働き、少しずつ返していた。


 しかし、そんなことでは到底足りない金額だった。


そんな中、芙蓉が生まれ、蒼が生まれた。


 蒼の父親は、生まれたばかりの一人娘が何一つ不自由がないよう暮らして欲しいと願い、芙蓉の両親にこう持ちかけた。


『芙蓉を蒼の付き人にしろ』


 彼女の父親は、娘が常に余計な努力をしなくて済むように、それを肩代わりできる存在を求めた。そしてそれが、蒼と同時期に生まれた芙蓉だった。


 本来であれば、そんなことは了承できるはずもないが、借金のせいで芙蓉の両親は拒否できなかった。


 それに借金の返済だけではなく、かなりの現金も彼らには手渡された。


 芙蓉の両親は、娘を売った。


「以来ずっと、須井さんは乙霧さんの付き人で、どんな命令でもきいているそうです。子供の頃から、今までですよ」


 蒼は芙蓉を物のように扱い、彼女に絶対服従をさせていた。


 身の回りの世話だけではなく、彼女の行動にも制限をかけ、人と関わることや、出かけることさえ禁止している。


 明らかに歪な関係なのに、周囲に止められる人間はいなかった。


「乙霧さんの家、評判が悪いんですね」


「成り上がりの商売人で、評判のいい奴なんていないわ」


 この『お嬢様学校』には、本当の『お嬢様』と、中流家庭出身の子が混在している。佳乃は後者で、祥撫や蒼は前者だった。


「あの家に積極的に関わろうとする人間は少ないでしょうね。その父親の悪い噂も、聞かないわけではないわ」


「そうなんですか」


「黒い噂なんて、どこの家にもあるものよ」


 それは中流家庭出身の佳乃にはよくわからない感覚だったが、祥撫からすれば珍しくもないことなんだろう。


 祥撫は自分の金色の髪を、指に絡めて掬いあげると、ため息をついた。


「犯罪ぎりぎりの手口で色々しているらしいわ。うちは信頼の問題もあって、取引していないけど。それで嫌われているとも聞いたわ」


「……そうなんですか。まさか乙霧さんに何かされたり」


「ないわ。ま、すれ違う時に睨まれるだけよ」


 それはひどい話だと思ったけど、祥撫自身は全く気にしていないようだった。まるで「よくあることだ」とでもいう態度だ。


 だから佳乃は踏み込むのをやめた。


「須井さん自身、ご家庭のこともあって抗えないようですが……私は、見過ごしたくないんです」


「……だから、なんだというの」


「生徒会長として、彼女には少しでも、この高校に入って良かったと思って欲しいです」


 佳乃も芙蓉ももう三年生。あと半年ほどで卒業してしまう。きっと、芙蓉はこのまま卒業しても、高校の思い出は辛いものばかりだろう。


そんなの、あまりにひどいことだ。


 佳乃はキッと目をつり上げ、はっきりと口にした。


「それに――乙霧さんの横暴も、見過ごせません」


 今のところ、彼女は具体的に何かの問題を起こしたわけではない。いや、芙蓉に対する数々の仕打ちは罰するべきだけど、当人が被害を訴えていない以上、生徒会長といえど手が出せない。


 そんな佳乃の決意を、祥撫は面倒くさそうに半目で見ていた。


「それは、あたしには関係ないわ」


 そう言われるのはわかっていたので、佳乃も落胆はせず、クスッと笑った。


「ええ、わかっています。これは生徒会長として、私の問題です」


 そして椅子から立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。


「だから、バックアップメンバーのことはお願いします」


 そして顔を上げて、少し意地悪そうに笑顔を見せた。


「須井さん以外、私は候補をしりません。あとは竃山さんにおまかせします」


 祥撫はその答えや笑顔の真意を汲み取って、はぁとため息をついた。


 そして半目のまま、どこか恨めしそうに呟いた。


「借りなど、やはり作るべきではないわね」


 祥撫は基本的に人の命令なんて決してきく性格ではない。


 それでも今回、彼女が佳乃の頼みを聞き入れたのは、ちょっとした貸しがあるから。でも実は、佳乃自身はそれを貸しだと思っていない。


祥撫がそう感じているだけだ。


 ただ、今はそれが心強い。


 気ままで、傲慢で、強気な祥撫。そして卑屈で、臆病で、弱気な芙蓉。


 この出会いは、偶然じゃない。


 佳乃はそう確信していた。

今日はたぶん唯一、主人公の芙蓉が登場しないお話でした。


明日からは変わらず芙蓉の視点に戻します。

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