命令をください
4
放課後が一番、時間を持て余す。
お嬢様は部活で、その間、私は教室で待機するよう命じられているから。早く寮に帰ってしまいたいとは思うけど、部活が終わったお嬢様の荷物持ちという仕事があるのでそうもできない。
だから、誰もいない教室で座って、時間が経つのをじっと待つのが日課だった。
夕日が差し込む教室には誰もいない。この高校は全校生徒が、部活か委員会に所属することが義務づけられているから、放課後に暇をしている生徒なんて私くらい。
私も一応、お嬢様と同じ部活に所属しているけど、彼女から「お前は出なくていい」と出席を禁じられている。
あまりに暇で、今日の授業の復習でもしようとノートを開いたときだった。
「いたぁ!」
教室の入り口で、見覚えのない女生徒が私を指さしてそう叫んでいた。
「……へ?」
何が何だかわからず、そんな声を上げる私を無視して、彼女は廊下に向かって「いたよー! 全員、しゅうごー!」と号令をかけた。
すると、バタバタという足音がいくつも聞こえてきて、教室の前に五人の生徒が集まった。
「え?」
彼女たちは一挙に教室に入ってくると、座っている私を取り囲んだ。
「ずばり! 須井芙蓉先輩ですか?」
集合をかけた女生徒が、そんな確認をしてくる。先輩なんて敬称をつけられたのははじめてだ。
「そ、そうですけど……」
「よっしゃ!」
それだけの返事で彼女たちは声を上げて喜んだ。
そして急に私の手を取った。
「来てください! うちの部長がお待ちなんです!」
強い力で引っ張られて焦りつつも、私も踏ん張った。
「え、だ、だめです! 私、ここで待つようにって」
お嬢様に言われてるんですと続けようとしたけど、周りにいた生徒も一斉に加勢してきて、私を引っ張る。
「え、あ、ちょっと」
抵抗しようとするけど、数の力であっさりと負けてしまい、囚人みたいに抱えられて連行される。
「先輩すいません」
「私たちも命令で逆らえないんです」
「とりあえず来てください」
「悪いようにはしません」
「文句は部長に。言えるものなら」
そんなことをそれぞれ矢継ぎ早に言ってくる。彼女たちの目的はさっぱりわからないけど、彼女たちも誰かから私を連れてこいと命令されているようだ。
それがわかると、抵抗する力が弱くなってしまった。
そういう気持ちはよくわかるから。
連行されたのは弓道部の部室だった。
五人の彼女たちが部室の扉を勢いよく開けて、私の背中を押しながら中に入っていく。
「部長! お連れしました!」
部室の中には一人だけいた。広い部室の真ん中に用意されたソファーに座って、肘をついて私たちの様子を見ていたのは、あの人――竃山さんだった。
「……遅い」
そして私を取り囲む五人に対して、そんな手厳しい声を浴びせる。
ただし、それを気にする彼女たちではないようで、全員がぷぅっと頬を膨らませた。
「えー、がんばったのにぃー」
「褒めてくれてもいいじゃないですか」
「遅かったのは芙蓉先輩が抵抗したからしょうがないですよ」
「というか、まずはご苦労とか言ってほしいです」
「私は部長の言葉ならなんでも嬉しいですけど」
彼女たちがさっきのように矢継ぎ早に意見しても、竃山さんは「うるさいわ」と一蹴した。
「もういいから、早く部活に戻りなさい」
しっしっと竃山さんが手をパタパタさせると、五人は頷いた。そして部屋の隅に置かれていたパイプ椅子をソファーと向き合うように設置すると、それに私を座らせた。
「え、ちょっと」
竃山さんと向き合うように座るのが気まずくて、また抵抗しようとしたけど、五人全員に肩を押さえつけられた。
「では部長、これで」
「また何かあったら言ってください」
「芙蓉先輩、お帰りはご自分でお願いします」
「お茶も出せなくてすいません」
「でも部長と二人でお話できるなんて羨ましい」
言いたいだけ言うと、バタバタと足音を立てながら部室を出て行った。
喧噪から静寂に変わった部室に、私と竃山さんが残された。
「まったく、騒々しい……」
彼女たちが去って行った方を見ながら、竃山さんがため息をついた。
しかし、その視線をすぐに私に戻す。
「久しぶりね」
「え、あ、そう……ですね」
正直、竃山さんがどうして私をここに呼んだのか、まるでわからなかった。だから返事に困ってしまう。
「あ、あの、どうして私を」
「あの女がね」
こちらが質問しようとしたのを遮って、竃山さんは話し始めた。
本当にマイペース。
「あの女?」
「染井よ。染井が、急に私を呼び出したの」
忌ま忌ましそうに顔をしかめる竃山さん。生徒会のメンバーだから、会長に呼び出されるのは仕方ないんじゃないかと思うけど、彼女の出自を考えると、許しがたいんだろう。
「何を言い出すかと思ったら、あの女、生徒会のバックアップメンバー選出の責任者に私を任命したの」
「え」
「断ったのだけど……あれには借りがあってね、押し切られたわ」
自分の髪をさらさらと撫でながら、とても艶っぽいため息をついた。
そして、昨日と同じように半目で私を見つめる。
「あなた、染井から誘いを受けているそうね」
「……え、でも」
「染井にね、目をつけている奴はいないのかと聞いたら、あなたの名前を挙げたわ」
染井さん、一体何を考えているんだろう?
確かに、染井さんから生徒会の手伝いの誘いを受けていた。でも、それは再三に亘って断っている。今日も『諦めないから』と宣言していたけど、それに竃山さんを巻き込むなんて……。
今日の別れ際に見せた染井さんの笑顔が頭によぎった。
「それで、どう?」
「ど、どうって」
「生徒会の手伝いよ。やらない?」
首を横に振ろうとしたのに――。
「あたし、面倒ごとは早めに終わらせたいの。いいわよね?」
「だ、駄目ですっ!」
とんでもなく強引に了承をとられそうになったので、すぐに立ち上がって、首を左右にぶんぶんと振った。
竃山さんはそんな私を相変わらず半目で見ながら、首を小さく傾げた。
「なぜ?」
「な、なぜって」
「面倒だから?」
「ち、違います」
そんな失礼なことは思ってない。むしろ、この学校の生徒会はかなり優秀な生徒で構成されているから、それの手伝いができるなんて光栄なことだ。
だからこそ、あのお嬢様が自薦したんだから。
それに染井さんには色々とお世話になっていて、恩返しがしたいとも思ってる。
でも、できない。
「なら、なぜ?」
「……無理です。ごめんなさい」
彼女はその返答に満足せず、違うわと、首を小さく振った。
「あたしは、理由を聞いているのだけど」
「……できません」
「――なぜ?」
どうしてそんなに理由を聞きたがるのか、まったくわからない。できないって言ってるんだから、それで納得して欲しい。
罪悪感と恐怖心を抱えながら、私は俯いた。
「……他に、いい人がいると思いますよ」
実際そうに決まっている。世間からは『お嬢様学校』なんて呼ばれている高校だ。英才教育を受けてきた子がたくさんいて、生徒会の手伝いなんて大切なことは、その人たちに任せた方がいいに決まってる。
突然、ボスンッ! という鈍くて大きな音が室内に響いた。びくっとして顔を上げると、竃山さんが顔を伏せて、拳でソファーを殴っていた。
「……気にくわないわ」
「え」
「面倒だと言われれば、それまでよ。でも、あなた、さっきから『できない』とか『無理』とか、そんなことばかり。挙げ句には他をあたれですって?」
そんなきつい言い方をしたつもりはない。慌てて否定しようとしたけど、彼女に睨み付けられて、息が止まりそうになった。
「やりたいかどうかで答えなさい。あなたの意思で、喋りなさい」
竃山さんは断られたことよりも、私の曖昧で逃げ腰な答えに苛立っているようだった。
私の、意思……。
『お前の意見なんてどうでもいい』
ふいに、昼休みにお嬢様に言われた言葉が蘇ってきた。
今日だけじゃない。今までずっと、私の意見なんて求められたことなんてなかった。私はお嬢様の命令をきいていればいいだけなんだから。
「どうなの?」
黙ってしまった私に竃山さんが追い打ちをかけてくる。
やりたいか、やりたくないか。そんなの、答えは決まっている。
「――――っ!」
でもそれが言えなくて、急いで立ち上がると、走って弓道部の部室から逃げ出した。
髪を振り乱しながら、少しでもあそこから、彼女から距離をとるために廊下を全力疾走した。
あのままだときっと、本心を口にしてしまっていた。
でもそれは駄目だ。
そんな命令、されていない。
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