お前の意見なんてきいてない
3
「あいつら、私より他の連中がいいんですって」
お昼休みの食堂。和気藹々とした雰囲気の中、私とお嬢様の周りの温度だけが、冬のシベリアみたいに低かった。
「……見る目のない、くずです」
「繰り返して」
「見る目のない屑です」
さっきより淀みなく、力強く繰り返すと、お嬢様は満足したようで、唇をつり上げて笑った。
「お前よりはマシでしょうけどね」
そう貶すことを忘れない。
「はい」
「ま、お前のところは一族揃って屑ばかりだから、あいつらより圧倒的に上よ。お前は屑の血筋から生まれた、血統書付きの屑よ」
とても嗜虐的な笑み。子どもの頃からずっと変わらない、彼女が上機嫌なときの表情。
「……はい」
否定しない。言われ慣れたことだから。
彼女は従順な私の態度に頷いて、サンドウィッチを頬張った。ちなみに私の昼食はない。以前にお嬢様から『私の前では食べるな。気持ち悪い』と言われている。
普段は昼食の時間はお嬢様は友達と過ごすことが多いけど、今日はその友達が別のグループと食事をするらしい。
お嬢様はそのグループが嫌いなので、参加されなかった。
「ところでお前、あいつの誘いは断ったのよね?」
お嬢様が急に目つきを鋭くさせて確認してくるので、素早く頷いた。
「もちろんです」
「そう。あの下民、人の所有物を借りようだなんて、身の程知らずだわ」
ふんっと鼻を鳴らすと、お嬢様が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「生徒会長だかなんだか知らないけど、調子に乗って……まあ、困ればいいわ」
この高校では生徒会長はかなりの権限を持っていて、その一存で部活の存続、生徒の退学まで決められるらしい。だから、染井さんはみんなに一目置かれている。
でもお嬢様は染井さんのことを毛嫌いしていた。理由は、名家出身じゃないから。このお嬢様学校にも中流階級の家庭の生徒は多くいて、お嬢様は彼女たちを見下していた。
「下民は下民らしく、地べたを這いずり回ればいいのよ」
特にそういう出自なのに、生徒会長になっている染井さんのことは特に。
「学校行事だかなんだか知らないけど、どうしてそれに私が力を貸さなきゃいけないわけ? 知ったことじゃないわ」
「はい。私もそう思います」
「お前の意見なんてどうでもいい」
同意しないと怒られると思ったから口にしたけど、それがかえって駄目だったらしい。頭を下げて謝罪した。
「とにかく、あの女はしつこいから誘いは絶対に断りなさい」
「はい」
誘いを受けたのは生徒会の手伝い。
うちの学校の生徒会はかなり忙しい。そこで染井さんは、バックアップメンバーが欲しいらしく、それを私にお願いしてきた。
「というかっ!」
お嬢様がバンッとテーブルを叩いた。
「なんでお前なわけ! 私が手伝ってあげるって言ったときは、あいつ、断ったのよ!」
悔しさを表すようにテーブルを叩いた手が、ぎゅぅっと握られていく。
そう、それは春の出来事で、お嬢様がその生徒会の手伝いをしようと申し出たら、染井さんから「今は大丈夫」と断られた。
「はい、失礼な話です」
「そう! だから、絶対に断りなさい! どうしてもって言うんなら、あのときのことを土下座して謝罪してからよ!」
いくらなんでもと思うけど、お嬢様は本気だろう。屈辱を許す人じゃない。きっと染井さんが本当に土下座しても、許さないはずだ。
お嬢様が激情を爆発させたときだった。
校内放送を告げる鐘の音がして、すぐに放送が流れた。
『生徒会の竃山さん。至急、生徒会室へお越しください。繰り返します――生徒会の竃山さん、至急、生徒会室へお越しください』
染井さんの声だった。しかも、呼び出したのは例の竃山さん。
生徒会で何かあったのだろうか?
「偉そうに放送なんかして。不快だわ」
「……そうですね」
「それに竃山ですって? 下民は高利貸しが好きなのね」
「……高利貸し?」
「そう。竃山の実家は銀行よ」
お嬢様の話によると、竃山さんの父親は大手銀行の頭取らしい。しかも、誰もが聞いたことがある、日本を代表する銀行の一つ。
そして母親がイギリス人で、彼女は日本とイギリスのハーフ。
それを聞いて、全てに合点がいった。あの見た目も、髪も、そして態度も。
「あの方が」
そんなことを思わず漏らしたのがいけなかった。私の独り言をお嬢様が聞き漏らさず、目をつり上げた。
「は?」
「あ、いえ」
「誤魔化すな。お前、竃山と話したの?」
言葉に怒気が含まれている。まずい、これはかなり怒っている。
「い、いえ、あの、た、たまたま」
「はっきり言いなさいよっ! 愚図っ!」
お嬢様が今日一番の大声をあげて、またテーブルを叩いた。その威圧で身をすくめてしまう。
「……す、少しだけ」
どんなことを話したかなんて言えなかった。当然、髪をとかしたことも。
それでもお嬢様は許せないらしく、犬歯が見えるほどに奥歯を強く噛んで、体を震えさせていた。
そして、コップの水を私の顔に向けて、全てぶちまけた。
冷たい水が顔だけじゃなくて、前髪や制服の胸の部分までかかって、ずぶ濡れになった。顎先から、水滴がぽたぽたとスカートに落ちていく。
「勝手なことをするなっ! お前は私の命令に従っていればいいのよっ!」
お嬢様はそう怒鳴ると食べかけだったサンドウィッチをおいて、食堂から出て行った。
周囲にいた生徒たちが私たちのやりとりを遠目に見て、ひそひそと何か話している。
ただ、それら全部、どうでもよかった。
よくあることだから。
コップの水をかけるって、ドラマとかでよく見ますけど、やれたことあります?
あんまり、現実では起きませんよね。
僕はあります。




