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お前の意見なんてきいてない




「あいつら、私より他の連中がいいんですって」


 お昼休みの食堂。和気藹々とした雰囲気の中、私とお嬢様の周りの温度だけが、冬のシベリアみたいに低かった。


「……見る目のない、くずです」


「繰り返して」


「見る目のない屑です」


 さっきより淀みなく、力強く繰り返すと、お嬢様は満足したようで、唇をつり上げて笑った。


「お前よりはマシでしょうけどね」


 そう貶すことを忘れない。


「はい」


「ま、お前のところは一族揃って屑ばかりだから、あいつらより圧倒的に上よ。お前は屑の血筋から生まれた、血統書付きの屑よ」


 とても嗜虐的な笑み。子どもの頃からずっと変わらない、彼女が上機嫌なときの表情。


「……はい」


 否定しない。言われ慣れたことだから。


 彼女は従順な私の態度に頷いて、サンドウィッチを頬張った。ちなみに私の昼食はない。以前にお嬢様から『私の前では食べるな。気持ち悪い』と言われている。


 普段は昼食の時間はお嬢様は友達と過ごすことが多いけど、今日はその友達が別のグループと食事をするらしい。


 お嬢様はそのグループが嫌いなので、参加されなかった。


「ところでお前、あいつの誘いは断ったのよね?」


 お嬢様が急に目つきを鋭くさせて確認してくるので、素早く頷いた。


「もちろんです」


「そう。あの下民、人の所有物を借りようだなんて、身の程知らずだわ」


 ふんっと鼻を鳴らすと、お嬢様が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「生徒会長だかなんだか知らないけど、調子に乗って……まあ、困ればいいわ」


 この高校では生徒会長はかなりの権限を持っていて、その一存で部活の存続、生徒の退学まで決められるらしい。だから、染井さんはみんなに一目置かれている。


 でもお嬢様は染井さんのことを毛嫌いしていた。理由は、名家出身じゃないから。このお嬢様学校にも中流階級の家庭の生徒は多くいて、お嬢様は彼女たちを見下していた。


「下民は下民らしく、地べたを這いずり回ればいいのよ」


 特にそういう出自なのに、生徒会長になっている染井さんのことは特に。


「学校行事だかなんだか知らないけど、どうしてそれに私が力を貸さなきゃいけないわけ? 知ったことじゃないわ」


「はい。私もそう思います」


「お前の意見なんてどうでもいい」


 同意しないと怒られると思ったから口にしたけど、それがかえって駄目だったらしい。頭を下げて謝罪した。


「とにかく、あの女はしつこいから誘いは絶対に断りなさい」


「はい」


 誘いを受けたのは生徒会の手伝い。


 うちの学校の生徒会はかなり忙しい。そこで染井さんは、バックアップメンバーが欲しいらしく、それを私にお願いしてきた。


「というかっ!」


 お嬢様がバンッとテーブルを叩いた。


「なんでお前なわけ! 私が手伝ってあげるって言ったときは、あいつ、断ったのよ!」


 悔しさを表すようにテーブルを叩いた手が、ぎゅぅっと握られていく。


 そう、それは春の出来事で、お嬢様がその生徒会の手伝いをしようと申し出たら、染井さんから「今は大丈夫」と断られた。


「はい、失礼な話です」


「そう! だから、絶対に断りなさい! どうしてもって言うんなら、あのときのことを土下座して謝罪してからよ!」


 いくらなんでもと思うけど、お嬢様は本気だろう。屈辱を許す人じゃない。きっと染井さんが本当に土下座しても、許さないはずだ。


 お嬢様が激情を爆発させたときだった。


 校内放送を告げる鐘の音がして、すぐに放送が流れた。


『生徒会の竃山さん。至急、生徒会室へお越しください。繰り返します――生徒会の竃山さん、至急、生徒会室へお越しください』


 染井さんの声だった。しかも、呼び出したのは例の竃山さん。


 生徒会で何かあったのだろうか?


「偉そうに放送なんかして。不快だわ」


「……そうですね」


「それに竃山ですって? 下民は高利貸しが好きなのね」


「……高利貸し?」


「そう。竃山の実家は銀行よ」


 お嬢様の話によると、竃山さんの父親は大手銀行の頭取らしい。しかも、誰もが聞いたことがある、日本を代表する銀行の一つ。


 そして母親がイギリス人で、彼女は日本とイギリスのハーフ。


 それを聞いて、全てに合点がいった。あの見た目も、髪も、そして態度も。


「あの方が」


 そんなことを思わず漏らしたのがいけなかった。私の独り言をお嬢様が聞き漏らさず、目をつり上げた。


「は?」


「あ、いえ」


「誤魔化すな。お前、竃山と話したの?」


 言葉に怒気が含まれている。まずい、これはかなり怒っている。


「い、いえ、あの、た、たまたま」


「はっきり言いなさいよっ! 愚図っ!」


 お嬢様が今日一番の大声をあげて、またテーブルを叩いた。その威圧で身をすくめてしまう。


「……す、少しだけ」


 どんなことを話したかなんて言えなかった。当然、髪をとかしたことも。


 それでもお嬢様は許せないらしく、犬歯が見えるほどに奥歯を強く噛んで、体を震えさせていた。


 そして、コップの水を私の顔に向けて、全てぶちまけた。


 冷たい水が顔だけじゃなくて、前髪や制服の胸の部分までかかって、ずぶ濡れになった。顎先から、水滴がぽたぽたとスカートに落ちていく。


「勝手なことをするなっ! お前は私の命令に従っていればいいのよっ!」


 お嬢様はそう怒鳴ると食べかけだったサンドウィッチをおいて、食堂から出て行った。


 周囲にいた生徒たちが私たちのやりとりを遠目に見て、ひそひそと何か話している。


 ただ、それら全部、どうでもよかった。


 よくあることだから。

コップの水をかけるって、ドラマとかでよく見ますけど、やれたことあります?


あんまり、現実では起きませんよね。


僕はあります。

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