生徒会長からの誘い
2
休日が終わって、学校が始まっても私の日常に大きな変化はない。
もともと、私に本当の意味での『休日』なんてない。常にお嬢様の身の回りの雑用をこなすことが、子供の頃から続いていて、ここを卒業するまで終わらない。
教室の隅で、じっと一人で席に座って休み時間を過ごす。周りでは同級生たちが、笑顔で話に花を咲かせていた。
この校内で、好き好んで私に関わろうとする人は少ない。それは私が『乙霧蒼の付き人』ということが、認知されているから。
みんな、私に関わってお嬢様の機嫌を損ねるのを恐れている。
だから、休み時間であっても、私は一人でこうしていることがほとんどだ。
それでも、お嬢様とはクラスが違うから、このときだけは解放されている。
「須井さん」
そう声をかけられたから顔を向けた。
そこに立っていたのは、黒い髪を首くらいまで伸ばした同級生。着ている制服に、しわ一つなく、汚れもついてないのが、彼女の真面目さを表していた。
「染井さん……」
クラスメイトの染井佳乃さんだった。みんながあえて避けている私に堂々と話しかけてくる生徒なんて、このクラスでは彼女だけだ。
「隣、座ってもいい?」
染井さんは私の隣の席を指さした。ただ、そこは私の席じゃなくて、クラスメイトの席だから私には許可することなんかできない。
「さ、さあ」
「そ、そうだよね」
別に勝手に座ってもいいと思うけど、彼女は教室をキョロキョロと見渡して、机の主を探した。
ただどこかへ行ってしまっているようで、彼女は結果として、律儀にそのまま立っていることを選択した。
「あの、前にお願いしていた件なんだけど」
声を潜めて、周りには聞かれないようにそう切り出してきた。胸が詰まって、とっさに頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ! やっぱり、できないっ」
「え、でも」
「やっぱり、許可がでなくて……」
頭を下げたまま、そう説明すると染井さんは「そっか……」と落胆した。それにまた胸が締め付けられる。
肩に罪悪感がのしかかってきて、頭を上げることができなくなった。
「あのね、須井さん」
染井さんはしゃがむと、私の両肩を掴んで顔を上げさせた。
「前にも言ったけど、相談して。クラスメイトとしても、生徒会長としても、あなたと乙霧さんの関係は見過ごせないの」
さっきよりも声を潜めて、クラスメイトの誰にも聞こえないようにそう持ちかけられた。もちろん、即座に首を左右に振る。
そんなこと、できない。
染井さんはずっと、私とお嬢様の主従関係をよく思っていない。ことあるごとに、こう言われるけど、そんなことできない。
私はお嬢様のおかげでこの高校に通えている。もし、お嬢様が私のことをいらないと言えば、路頭に迷うだけだ。
「でも……」
「ありがとう……でも、できない、から」
もう何度目になるかわからない拒否をすると、染井さんは眉を寄せて難しい顔をした。
「わかった……」
そう言って立ち上がると、ため息をついた。みんなと同じように私のことなんていないように扱えばいいのに、真面目な性格のせいでそれができないんだろう。
だからこそ、生徒会長も務まっているんだろうな。
「でも、例の件は諦めないからね。須井さんしかいないんだからっ」
両手をぐっと握って、そう宣言してくる。
「そんなことないと思うけど……」
「ううん、そんなことあるの。きっと、須井さんが適任よ」
一体、染井さんが私の何をそんなに買ってくれているのかわからない。
「今日は諦めるけど、また来るからね」
染井さんが不屈の姿勢を見せてから踵を返したところで、私は「あの」と声をかけていた。
「え?」
私が彼女を止めるなんて初めてで、随分と驚かせてしまった。
それは私も同じで、まさか自分がこんな突拍子もない行動をとるとは思わなかった。
ただ、染井さんなら知ってるはず……。
「長くて綺麗な、金髪の生徒って……知ってる、かな? あの、えぇーと、ハーフだと思うんだけど」
あの人のことが気になっていたから、質問してみた。染井さんは生徒会長ということもあって顔が広いから、知ってるかもしれないと思った。
ただ私の質問に、染井さんは大きく目を見開いて驚いた。
「まさか、竃山さん?」
「え?」
「マイペースな人でしょう?」
間違いないと思って、こくんと頷いた。
「なら、竃山祥撫さんだと思うわ。知らない? 弓道部の部長で、生徒会の一人なんだけど」
どうやら校内では有名人みたいだけど、交友関係の無い私にはわからない。
「竃山さんがどうかしたの? というか、もしかして何かされたりした?」
顔つきが一瞬で真面目な生徒会長の顔になった。きっと私を案じてくれているんだと思うけど、とんでもない。
「ち、違うのっ。ちょっと、知り合って……名前、私のは教えたんだけど、聞けなくて……」
すると染井さんはまた驚いた顔をした。
さっきから、百面相だ。
「竃山さんが訊いてきたの?」
「え、う、うん」
染井さんはその返事に瞼をぱちぱちと開閉させていた。とんでもないことが起こったとでも言いたげだ。
「そう……」
そして顎に手をあてて、何か考えこむと、今度はにっこりと笑った。
「ありがとう」
それを言うのは私なはず。だけど染井さんは、なぜかステップでも踏みそうなほどの上機嫌で自分の席に戻っていった。
クラスメイトとはいえ、他人の椅子って座るの躊躇しません?
慣れ親しんだ友達ならいいですけど、あんまり話してないなってやつのは特に。




