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 辿り着いたのは、小さい頃によく遊んだ公園だった。今日は曇っているだけでなく、上空に冷たい空気が入り込んでいるそうで、かなり肌寒い。子供たちも昨日との気温差が大きいせいか、公園には一人もいなかった。


 小木君は「おっ、誰もいないな」と言いながら、公園に一つだけあるベンチへと近づいていく。ベンチの右端に座ると買ってきたお菓子の袋を開けて並べている。そして、ホットゆずを手に持って、私のことを見てきた。


「座らないのか」

「座るわよ」


 ひったくるようにホットゆずを受け取って、私はお菓子を挟んで左端に座った。「どうぞ」というから、遠慮なくスティック菓子を取り、口に入れた。しばらくは黙ってお菓子を食べた。


 お菓子を取るついでにチラチラと様子を伺うけど、小木君はお菓子を食べながら、懐かしそうに公園内を見ていた。


「あのさ」


 突然小木君が話しかけてきた。私はびくっと身構えたけど、続きの言葉が聞こえてこない。訝しんで小木君のことを見た。


「何よ」


 つい可愛くない言い方をしてしまった。本当は最後のチャンスかもしれないのだから、もっと違った言い方をしたいのに。でも、条件反射のように小木君に対してはこうなってしまう。この三年間に培ったスキル……ではないけど、デフォルトと化してしまっていた。


 フッと小木君が笑ったようだ。


「ほんと、佳乃(よしの)は三年間ブレなかったよな」

「何よ、それ」


 ムッと眉間に力を入れて、不機嫌な顔を作る。でも、内心は名前を呼ばれたことに対して嬉しさと、それから訳の分からない焦りを感じていた。


「怒んなって」

「怒ってないわよ。小木君が訳の分からないことを言うからでしょ」


 ムッとした口調で言葉が飛び出した。ああ、また、可愛くない態度を取ってしまう。私は左の拳をぎゅっと握りしめた。それなのに。


「佳乃、名前で呼んで」

「……小木君」

「佳乃」

「何よ、意味わかんない」


 訳の分からないもどかしさに、ベンチから立ち上がる。そのまま歩き出そうとして、右手を掴まれた。


「佳乃」


 座っているから上目遣いになっている小木君。小さな頃、私に頼みごとをする時によくした顔。あの頃は天使のようにかわいくて、ついなんでも聞いてしまったっけ。現在(いま)の間延びした顔は精悍さが加わってきていて、同い年の男の子達の中でも抜きんでた格好よさがある。


 声だって、子供特有の高めの声から、いつの間にか低くて心地よい男の人の声に変わっている。


 違うのに、小さい時とは違うのに、その表情はあの頃と同じ……。ずるいよ……。


「翔真」


 小さな声で名前を呼んだら、嬉しそうに破顔した。


「もう一度座って、佳乃。話があるんだ」


 促されるままに、腰を落とした。だけど、翔真は掴んだ手を離そうとはしなかった。


「ここに誘ったのは、もう一度見ておきたかったのと、佳乃とここで話がしたかったんだ」

『なんか大仰じゃない?』


 そう言いたかったのに、声にはならなかった。


「告白をするのならここでって、決めてたからさ」

『告白……』


 言葉にならない呟きがもれた。


「僕は佳乃のことが好きだった。佳乃は僕の初恋だよ」


 翔真の言葉に嬉しさが込み上げたけど、それと共に『待った』と心の中で声がした。翔真はいま……。


「だった……って、もう好きじゃないというの?」


 声が震えていた。翔真にとって私への気持ちは過去のものになっているのだと、悲しくなってきた。

 それなのに翔真は「ん?」と言って、少し考えこんでいた。それから「ああ」と納得したように頷いた。


「ごめん、ごめん。言い方を間違えた。佳乃のことを好きだよ」

「じゃあ、なんで『だった』なんて、過去形で言ったのよ」


 詰め寄るようににじり寄ろうとしたけど、お菓子の袋や飲み物が邪魔をした。


「だってさ、告白して両想いだったとしても、付き合うわけにはいかないだろう」

「それは……」


 翔真が当然のように言うことに、反論しかけて言葉に詰まった。理由は……明白だもの。だから私も、離任式の日にけじめのつもりで言うはずだったのに……。


「でさ、佳乃も知っているように、僕も父さんたちのところに行かないとならないだろ。最初は言わないでおこうと思ったんだ。けど、これが最後かもしれないと思い直して、告白をしておこうと決めたんだ」


 一度言葉を切ると翔真は真剣な顔をして、私の顔を見てきた。


「佳乃、僕は君と出会えたことを奇跡だと思っている。こんな外国人丸出しの僕と、友達になってくれた。母さんも佳乃のお母さんのおかげで日本になじむことが出来たと言っていたんだ。父さんの転勤で佳乃と離れることになった時、寂しくて悲しくて仕方がなかった。それが中学に入って、また父さんが転勤になったおかげで佳乃と会えた。とても嬉しかったんだ。……去年の秋、あんなことになるとわかっていたら、もっと早く告白しておけばよかったと思ったりしたよ。だけど今は付き合ってなくてよかったと思っているんだ。別れを切り出さなくてすんでよかったと、ね」


 私は何も言えずに唇を噛みしめた。


「それでも三年間同じクラスだったから、思い出はいっぱいできた。ほんとにさ、今回もただの父さんの転勤だったら、遠恋も考えたんだ。だけどさすがに同じ国にいられないのに、佳乃を縛るようなことはできないだろう」


 真直ぐに見つめてくる翔真。こんなところも小さい頃と変わってなかったのかと、私の目には涙がせり上がってきた。


 ◇


 翔真と始めて会ったのは、マンションの中のこの小さな公園だった。幼稚園の年長の時で、翔真の家族は隣の部屋に引っ越して来た。公園に現れた翔真と翔真のお母さんは、キラキラの金髪だったこともあり、女神様と天使に見えた。あまりにも人間離れして見えたから、私はついそばに近づいてジーと見つめてしまった。それに気がついた母がそばに来て、マシンガントークで私の頭を押さえて謝り倒していた。最初はそれに面食らっていた翔真のお母さんだったけど、少し落ち着いたところで、英語で話しかけられていることに気がついた。


 そこからお隣ということもあり、母親たちがすごく仲良くなったのよ。幼稚園も最初は違うところにするつもりで見学に行っていたのに、うちの幼稚園に変えてしまって。小学校も国際的なスクールを希望していたはずが、ふつうに公立の小学校になった。だけど転勤が多い会社に勤めていた小木家は小三に上がる時に、引っ越して行った。


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