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武 頼庵(藤谷 K介)さま主催の「第二回初恋・春」企画に参加作品です。
卒業式の日の夕刊に、異動する教職員の記事が載っていた。マーカー片手に、異動になった先生の名前を探す。その中に見つけたくない名前を見つけてしまった。
「うそ~、園先生が異動だなんて……」
少しの間自失していた私は、すぐに携帯を持ち、メッセージを書いて送信した。すぐに一人目から返事が返ってきて、次々にメッセージが増えていく。
みんなとのやり取りが終わり、園先生へ寄せ書きを贈ることが決まったのでした。
◇
「ふん ふん ふ~ん」
調子っぱずれの鼻歌を歌いながら、私は機嫌よく手を動かしていく。
サシュ サシュ
ハサミで形を切り抜いたものが、かなりの数出来た。
そろそろこれくらいでいいかな~。
ヌリ ペタッ
配置を考えながら、糊をつけて貼っていく。
「ふんふん ふふふふふ~ん」
鼻歌の終わりと共に、私が作成していたものが出来上がった。
「できた~!」
「本当~? 見せて~、見せて~」
「わあ~、いいじゃん。これ~」
「きっと喜んでくれるよ~」
「渡すのが楽しみだね~」
女子たちが近寄ってきて、私が作成した『桜』のできに見入っている。
「それじゃあ、後はみんなのコメントを張り付けなきゃだね」
「それは俺たちに任せろ」
「えー、あんたたちに任せるのは心配だってば」
集めたコメントをどの順番に貼るのかを、話しあっていた男子たちも近寄ってきた。
「そんなことを言うなよ。大丈夫だからさ」
「失敗するわけにはいかないんだからね」
「だ~か~ら~、なんで失敗するのが確定みたいに言うんだよ~」
女子たちの駄目出しに食い下がる男子たち。
いつものじゃれ合いに目を細めて見ていると、親友の真智がそばに来た。
「これも離任式で最後だね」
「そうだね~。私達も卒業しちゃったしね~」
「離任式の時には桜は満開かな?」
「どうかな? 開花宣言は今日か、明日くらいでしょう。そこから一週間らしいからねえ」
「一週間なら満開になるんじゃないの?」
「わかんないよー。その後の気温次第みたいだし」
「そっかー。それじゃあ、入学式の時には散っちゃっているのかな」
「それもわからないねえ」
そう答えたら真智は色紙に咲いた満開の桜を見つめた。
「園ちゃん、喜んでくれるかな?」
「どうだろう」
「こら! そこは『喜んでくれるよー』でしょ」
顔を見合わせてふふっと笑い合う。
「泣くかな?」
「泣くでしょう。泣かせるために園先生が好きな桜をチョイスしたんだからさ」
「おぬしも悪よの~」
どこぞの時代劇の悪役みたいなことをいう真智のことを、呆れたようにみつめてやる。
でも本当は、私達は解っている。
卒業式で私達の名前を、声を詰まらせながら、読み上げていた園先生。
私達の卒業を、本当に喜んで泣いてくれた。
はじめて担任した卒業生だということもあったかもしれない。
笑って、怒って、笑って、泣いて、笑った、一年だった。
そんな園先生だから、離任式の日にこれを渡されたら、泣くに決まっている。
「ねえ、終わった後、みんなで、桜の木をバックに写真を撮らない?」
「おっ! いいじゃん」
「そんなら俺、園ちゃんの隣~!」
「ずるーい! 私が園ちゃんの隣よ」
「え~、私が隣だってば!」
「あー、それじゃあ、みんなで撮る時は委員長たちが、園先生の隣ということで!」
「賛成~!」
意見がまとまったところで、離任式の日に渡す色紙作りの作業に戻る、みんな。
私は桜を作るために広げていた、色紙を片付けに入った。
ひらり
一つ貼り損ねた桜の花が舞い落ちた。
私が手を伸ばすより早く、その花を拾い上げた人がいた。
「薄いピンクが綺麗だな」
小木君はそう言って私に差し出して来た。受け取ろうと手を伸ばしたら、小木君は花を掴んだまま離してくれない。
「ちょっと、離してくれないかな。片付けられないじゃない」
「これってどうするんだ。もう色紙の桜は出来たんだろ」
「そうよ。だから片付けるのよ」
「もしかして捨てるのか」
「使い道がないからね。……ねえ、もしかして欲しいの、これ?」
何気なく聞いたら「バーカ、そんなわけあるか」と、言われてしまった。
◇
場所提供の宮崎さんの家を出る。離任式の日に会う約束をしてみんなと別れた。隣を歩くのは小木君だけ。今日集まれた中で同じ方向に帰るのは彼しかいないのだから仕方がない。
黙ったまま二人で肩を並べて歩く。
本当は言いたいことや聞きたいことがあった。でも、なんとなく言えなくて、口を噤んでいた。
「なあ、柿崎」
「なに?」
「……なんか怒ってる?」
「別に怒ってないよ。どうして?」
「いや、その言い方! どう見ても怒ってない?」
「怒ってないってば」
「いんや、怒ってるだろ」
「しつこい!」
小木君の顔を睨むように見たら、小木君は目元を緩ませた。それが笑ったのだとわかって、私は眉を寄せた。
「ちょっと、何がおかしいのよ」
「いや、おかしくないから」
「うそ、笑ったじゃない」
「意味が違うって。柿崎がやっと俺のことを見てくれたことが、嬉しかったんだ」
そう言って小木君は立ち止まった。つられて私も立ち止まる。
「柿崎、まだ時間あるか」
「時間? もう少しなら」
私の答えを聞いて小木君は歩き出した。そのままそばのコンビニに入っていった。
慌てて後を追うと、彼は飲み物を選んでいた。
「柿崎は何飲む?」
「私は暖かいものがいいから」
そう答えてから私は暖かい飲み物が置いてあるところに移動した。ホットゆずを選んで手に持ったら、小木君はもうレジのところにいた。お菓子をいくつか買うようだ。
「柿崎、それも」
ホットゆずを取られて、小木君は会計を済ませてしまった。そしてそのままコンビニから出て行った。私は出しかけた財布をしまうと、慌てて彼の後を追いかけた。
まるで私のことを置いていくかのように、ずんずんと歩いて行く小木君を、追いつかない距離を保って私もついていく。どうやら向かう方向は私の家がある方向とは少し違うみたいだ。そのうちに向かう先になんとなく見当がついた私は、懐かしさが込み上げてくるのを感じた。