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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無色のキス

作者: 鑑光あみか

 中二の夏、友達が自殺した。


 いや、彼女のことは友達と言っていいのか……

 小学校のときに一度だけ同じクラスになって、一度だけ家に遊びに行ったことがある程度の関係だった。


 ただでさえ五クラスもあった小学校に、もうひとつの小学校が合流して、中学校は九クラス。

 一度も同じクラスにならないままの子も少なくないこの大型住宅地の中学校。

 私のクラスでも、その子知らない……という人ばかりだった。

 おとなしい子だったし。

 全校集会でそれが明かされたあと、クラスでひとりだけ号泣している子がいた。

 私はそのとき、涙も出なかった。


「一度だけ家に遊びに行ったことがあるよ」


 涙も見せずそう言った私は、他の子にどう映っただろう。





 時間を少しだけ戻そう。

 中学生になったくらいからのことかな。


 私は陽キャの友達が多い。

 一緒に登校してる幼馴染が運動部のエースだったり、小学校低学年のときからの親友が学年一の不良娘になっちゃったりしたから、だいたいその繋がり。

 私はオタク寄りの優等生なので、生活面は彼女たちという虎の威を借りてる。持つべきものはスクールカーストの高い友達だ。


 そんな中にもトップクラスの陽キャといえる子がいた。

 瑞樹ちゃん。背の高いかっこいい女の子で、いつも取り巻きの女の子を五人くらい連れていた。

 瑞樹ちゃんはいつも堂々とこう言ってたんだ。

「私、女の子が好きなんだ!」


 瑞樹ちゃんは、困ったやつだ。

 クラスは小学校のときに一度一緒になった。そのときは普通の友達だったんだよ。

 でも中学一年で再び同じクラスになったときは違った。


「ああ、かわいいよぉ」

 捕まった私は背の高い瑞樹ちゃんに頭を撫でまくられる。

 私はチビでひ弱だ。一度捕まったら抵抗もできない。


 瑞樹ちゃんのテンションの高い声が聞こえたら私はダッシュで逃げるのだが、大抵追い詰められて子犬のように扱われる。私のどこがツボにきているんだろう? 男子にはかわいいなんて言われたことないよ!

 そんな私と瑞樹ちゃんの様子は当然学年のみんなに見られていて、レズビアンに追いかけられるノンケというある意味ひとつのエンターテイメントになっていた気がする。

 いちばんそれを面白がって見てるのは例の取り巻きの五人だけどね。


 瑞樹ちゃんのターゲットはもうひとりいた。

 先生になったばかりの若い女性、後藤先生だ。


 後藤先生はうちのクラスで、例えば授業が終わって黒板を消しているときによく瑞樹ちゃんに抱き着かれていた。後藤先生と瑞樹ちゃんとはほぼ身長が同じだったから、キスしようと、胸を触ろうとする瑞樹ちゃんを後藤先生は「やめなさいー!」と半ば悲鳴を上げながらも阻止できていた。


 瑞樹ちゃんは頭がいい。

 私にはキスも胸へのタッチもない。

 体格に差のある私にそんなことをしたら、ただの強姦になるのがわかっているんだ。


 それに私は思っていた。瑞樹ちゃんのその性癖はただの作られたキャラなんじゃないかなってこと。

 ギャラリーがいるときは襲ってくるけど、ふたりきりのときは手を出してこないんだもん。

 


 二年になり、クラスは別々になった。

 それでも変わらず瑞樹ちゃんは廊下の遠くからでも私を見つけたら、大声で私の名字を呼び捨てにしながら走ってくる……!

 クラスが変わっても私と瑞樹ちゃんの関係は変わらなかった。

 お約束が決まっているプロレスは、楽しかった。



 二年の一学期もだいぶ経ったころだろうか。

 昼休み、私はトイレに行った。

 そうしたらちょうどトイレからひとりの女の子が出てきた。

 小学生のときにちょっとだけ遊んだことのある、彼女だった。


「あ、久しぶりだね」


 私は思ったことをそのまま口に出した。

 中学生になって以来、はじめて顔を突き合わせたと思うし。

 しかし彼女は一言も返さず、真顔のまま。


 私の頬にキスをした。


 びっくりした。

 そして、後になってどんなに思い返しても、私は不快な態度は取っていなかったと思う。思いたい。

 ただただ、びっくりしただけだ。

 そしてそんな私の驚愕の表情を見て、彼女は悲しそうな? それとも残念そうな? そんな何とも言えない表情を浮かべて、無言のまま立ち去った。


 なんだったの……?


 いつか理由を言いに来るかな?

 こちらから聞きに行くのは、ちょっと違うな。

 真面目でおとなしい彼女が久しぶりに会っていきなりする冗談にしては、あまりにもツッコミづらいよ。



 しかしその日は来なかった。

 一か月後くらいだろうか。

 彼女はある夏の朝、登校前にビルから身を投げた。



 うちの学校はわりとしっかりしていて、先生たちは一生懸命その原因を究明しようとしている。

 いじめはなかったらしい。

 不登校でもなかった。

 何か思い当たることがある生徒は申し出てほしい、と先生は言っている。

 

 いたずらを先生に強くとがめられたと生徒の間では噂になったが、それはおとなしい彼女がやりそうな内容のものではなかった。


 たまたま幼馴染が彼女と同じクラスだったので「本当にいじめはなかったの?」と聞いたら、涙目で「あるわけないじゃない!」と強く断言された。


 全校集会当日号泣していたクラスメイトを慰めていた子にそれとなく聞いてみたら、その子は運悪く登校時、落ちていく人影を見てしまったらしい。こう言ってはなんだが、彼女のための涙ではなかった。


 私は、「思い当たること」を申し出ることはなかった。




 そんな事件があっても瑞樹ちゃんは私を追いかける。私は逃げる。プロレスは続く。

 きらきらしすぎてる瑞樹ちゃんは、おとなしく静かな彼女と関わることはなかったのだろう。

 瑞樹ちゃんは何も変わらなかった。


 私も変わらなかった。


 ただ、ひとりになると、想う。

 彼女が私にどういう感情を持っていたのかはわからない。

 レズビアンごっこをさせられている私に、何を求めていたのだろう。

 あのキスと、あの瞳は、何を訴えたかったのだろう。


 私に悪いところがあるとは思えない。

 あえて言えば…… 誰にも言えなかった「思い当たること」が、彼女にとって侮辱なのか、誤解なのか、差別なのか、あるいは救いなのか、私が一生理解してあげることができないことだろうか。


 ああ、少なくとも彼女には間違いなく悪いところがある。

 私に悪い感情は持っていなかったんでしょう?

 そんな私に、こんな気持ちを植え付けて、一生の心の重石にして。

 私にそこまでの罪があるというの?


 私はあなたのためには涙を流さない。

 私の涙が欲しいのならば、ちゃんとあのキスの理由を、話してくれるべきだったんだよ。



 私はずっとこのことを口にすることがないまま大人になり、そして幾度目かの夏を迎える。 

 夏になるとふと、古い記憶の中の彼女のキスを思い出す。


 甘酸っぱくも何もない、無味無臭の、無色なそれを。

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