男と女
敵を全滅させ、休憩がてらに側にあった切り株に山吹は腰をおろした。すると一緒にいた綾子が膝の上に乗って、細い腕を首に絡めてきた。
綾子はいつもはこんなことをするような性格ではないので何か理由があるのだろうが、いかんせん、この体勢はいかがなものかと思う。
年頃の娘が血縁でもない男に体を密着させるなど、破廉恥極まりないと思うのだが。
それでもその細い腰に手を回してしまうのは男の性というもの。
すると耳許で何か囁いた。
「敵がいるかも」
何故こんな体勢をとったのか納得した。確かにこうした体勢を取れば男女がただいちゃついているようにしか見えない。敵の背後を取るのに大事なのは、敵に気付いてることを気付かれないようにすることだ。
その為にはこうして口の動きで読まれないように、口を余り動かさず小さい声で言うという手段を取ったのだ。そすうると、必然的に囁くような色っぽい声になってしまうわけである。
とにかく、この体勢をどうにかして欲しい。女にここまで密着されて何も思わないほど山吹は枯れていないし、耐えられるほど理性が強いわけではない。
「…お前は襲われたいのか」
すると綾子はきょとんとした顔をした。予想外の発言だったようだ。
「てっきり女には興味無いのかと。」
綾子より遥かに年を上回る山吹は全くと言っていいほど女の気配がない。
正統派な美形というわけではないが、彫りが深くて、この手の顔を好む女は一人や二人いるはずだし、ましてや神話の時代から生きているのだから出会いも少なからずあっただろう。
性格も真面目で真摯だし、少し堅物で厳しいかも知れないが、だからといってそれがモテない原因ではないだろう。
そもそもモテないのではなく、モテているが結婚をする気が無いのかもしれない。
一條家の仕事でいっぱいで恋愛をする暇が無いというほど仕事は詰め込んでいない。その証拠に、綾子の授業参観に行ける時間はあったのだから。
よって、女には興味がなく、むしろ男に興味がある─つまりゲイ、の可能性も考えていた綾子だった。
そして、山吹より遥かに年下の12歳の自分に欲情するはずがない、と何処からきたのかわからない自信があった。
「そんなこと一言も言った覚えは無いのだが。」
女に興味は一応ある。なのに女の気配がない。となるともしや─
「まさか使えない訳じゃないよね?」
「ならば試してみるか?」
「え?」
いきなり腰に回された腕が力強くなり、より体が密着する。
背中を撫でる手付きは、子供をあやすようなものではなく、明らかに男女のそれだ。
ちょっとからかいすぎたかも、と急に危機感を感じ、腕から抜け出そうとして身動ぎさるが、やはり相手は男。女の綾子の力では到底敵うはずもなく、状況は変わらない。
「そう焦らずともよい。女の扱いぐらいは心得ている。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
背中を撫でていた手が、今度は顎をがっちり掴み上を向かせる。
目の前には鼻と鼻が擦れ合いそうなくらい近くに山吹の顔があった。
綾子は頬を赤らめてぎゅっと目を固く瞑り、下を向こうとする。プルプルと震えている綾子を見て、あれだけ言っておきながら案外初な反応をするのだなと山吹は思った。
ドキドキしながら次の瞬間を待っていた綾子だが、次の瞬間は全くの予想外だった。
「み”ゃ!?」
綾子の鼻に山吹がカプリと噛みつき、おかげで変な声をあげてしまった綾子は、山吹に急いで膝の上から降ろされた。
「今日はこれくらいにしてやる。」
色々羞恥心で穴があったら入りたい気分の綾子を置いていき、足早に山吹は家に戻ってしまった。
綾子はしばらく熱くなった顔が冷めるまで待っから家に戻ったのだが、いざ山吹の顔を見るとまた熱くなってしまうのだった。