3~こんなことって~
俺の教室に女が入ってきて早一週間。いや、まだ一週間。
この一週間は俺にとってめちゃくちゃ長く感じいるのだ。
大人が一日を長く感じる、と言うのが分かった気がする。
駅から続く桜並木を抜け、真新しい校舎が見えてくる。
ここが俺の通う高校だ。
共学化に伴い、新校舎を設立。学校名も『武漢高校』といういかにも男感が漂う名前から『星のように翔ける』というキラキラ感満載の『星翔学院』に変更したのだ。
そうまでして生徒を入れたいのか、この金の亡者め!
と、正門の横にある理事長の像を睨み、俺は教室へ向かう。
俺の席は窓側の一番奥。
そこまで向かうために俺はなるべく女のいない、安全ルートを通って目的地に向かう。
そして本日も何事もなく着席。
ふぅー、と息を吐き、肩をなでおろす俺の頭上から聞き馴染みのある声が降ってくる。
「おーす、臣」
「おぉ、タイガ。おはよ」
この坊主頭の青年は中等部からの仲で毎日ほぼ一緒に遊んでいた、中野大河だ。容姿を見れば分かるようにタイガは野球部だ。俺も中等部までは野球部に所属していたが高等部に上がると野球部の強さは他の中学校から有力な選手を集めることから、桁違いに跳ね上がる。
その為、中等部のやつでそのまま高等部の野球部へエスカレーター式で上がったとしてもレギュラーになれる可能性はほぼ皆無。年に二,三人いたら良い方だ。
それで今年、高等部の野球部に入ったのはタイガ一人だ。
「どうよ練習は?」
「いやー、中等部の時と比べもんにならないくらいきついし、人数も倍以上で埋もれそう」
野球部は中等部は三学年で三,四十人だが、高等部は百二十人を超える人数で活動している。
「そりゃご苦労さん」
「そんなことより聞いてくれ!」
タイガは野球の話をするとき以上に瞳を輝かせる。
「ど、どうした?」
タイガから来る、圧に少し押されながらそのわけを訊く。
「何か、超絶金持ちで超絶可愛い女子がいるらしいぞ」
「それが?」
俺は興味なさそうに短く答える。
だってマジで興味ないもん。
だいたい可愛い女子ってのは心は腐りきっているのが当たり前で、それに金持ちときたら人間性底辺野郎に違いない。
「『それが?』じゃなくてだな…………」
「だって、マジで興味ねぇもん」
「お前やっぱりゲイ――――」
「違えから。ゲイでもホモでもねぇから」
俺はタイガの顔を睨みつける。
「冗談だって。お前マジで睨むとやっぱヤクザって感じだな」
「うるせ」
俺の家がそういう仕事だということを知っているのはこの学校でタイガくらいしかいない。
それくらいタイガには俺は心を開いているということだ。
絶対本人には言わないけどね。
「話を戻すけど」
タイガは「んっ」と一つ咳払い。
「で、その可愛い子ちゃんってのは今日初めて登校したらしいよ」
「もう入学式終わって一週間経つのにか?」
「あぁ、風邪でも引いてたんじゃね?」
なんてタイミングの悪いやつだ。
「話によると、黒塗りの高級車で登校しているらしい」
なんてまあ、ベタな金持ちアピール。
「なんとその娘のクラスが――――――」
教室の扉が勢い良く開く音がタイガの言葉を遮るついでに教室にいるやつらの目線も集める。
扉の前には腰のあたりまで伸ばした黒髪。その髪の色は黒と言うよりも漆黒だ。端正な顔立ちが遠く離れた俺からもその雰囲気でわかる。
クラスの視線が集まる中、その女子が教室へ入る。
彼女が歩くたびに視線が動く。
「そこ私の席なんだけど」
俺の席の前に座るタイガのところまできて、彼女が言った。
タイガは「ごめんごめん」と言って席を立つ。
彼女の顔は近くで見れば見るほど美しかった。
「な? 可愛いだろ?」
俺の耳元でささやくタイガ。
まあ、可愛いことには可愛いが問題は中身だ、中身。
人間、いくら見た目が良くとも内面がダメでは意味がないのだから。うん、そうに違いない。
チャイムが鳴ると同時にこのクラスの担任である女教師の、新倉麻衣子が入って来る。
新倉先生は中等部の担当だったが共学化に伴い、高等部に上がってきたのだ。男子校にいたせいか、だんだんと性格が男っぽくなって行っているらしい。
御年、二十九歳。いろんな意味で勝負の年だろう。
「今日初めて学校に来たやつがいるから。鬼嶋、自己紹介よろしく」
キジマと言うのか。
俺の席の前に座っていた黒髪ロングの彼女は「はい」と凛とした口調で言って席を立ち、みんなの前へ移動する。
新倉先生が黒板に漢字で大きく彼女の名前を書く。
「鬼嶋桜子です。よろしくお願いします」
そう言って彼女は軽く会釈して席へ戻る。
それから少ししてホームルームは終わる。それと同時にまるで転校生の扱いを受けるように鬼嶋の周りには人だかりができる。
当然俺は関わりたくないのでその場から離脱。
「大人気だね~」
「タイガ、お前は行かなくていいのか?」
「俺をあんなやじ馬どもと一緒にしないでくれ」
電車で横に座ってきた女の子に「こいつは俺に気があるから俺の横に座ってきた」とかアホなことを言っていたタイガが可愛い女の子を見て騒がなくなったか。
大人になったな。
「みんながいなくなった後に一人で行くよ」
行くことは行くのね。
変わってなかったわ。
「臣、それにしてもお前ってやつはあんな美人な子を見てもときめかないとは」
「いいかタイガ。前にも言ったが俺は、心が清らかで、誰に対しても平等に優しく、他人の悪口なんて言ったことないような上品な人が良いんだ」
「そんな人がヤクザの家には嫁がねえよ」
「そんなのわからんだろ」
「そもそもいないか、そんな人」
「だな」
虚しく終了した会話と同時に一限目の授業が始まる。
黒髪美少女、鬼嶋桜子の周りには授業が終わると同時に人だかりが出来る。
だが鬼嶋はどんな質問にも「うん」や「そう」というように短くしか答えない。
怒っているのか? 不機嫌なのか?
鬼嶋の周りに集まるクラスのやつはだんだんと減っていった。五時間目の授業が終わるころには鬼嶋の周りに集まるやつはゼロに。
思っていた感じと違ったのだろう。
鬼嶋は少しがっかりとした表情だが、俺は関わりたくないのでスルー。
六時限目は体育だった。
そして俺は教室へと変える時に新倉先生に捉まり、授業で使う資料を特別教室へ持って行ってほしいと言われて、絶賛パシられ中。
えーっと、第三社会科準備室は…………ここか。
社会科準備室って三つもいるか? という疑問を持ちながら俺はドアに手を掛ける。
ドアを開け、準備室の中に入ろうとする俺の目にはとんでもないものが映りこむ。
『開いた口が塞がらない』とはこのことか。
状況を一つずつ整理していこう。
準備室の電気は消えていたのにその中に人がいた。
その人は髪が腰のあたりまであることから女性ということが分かる。
そして、着替え途中だったのだろう。上下とも薄ピンク色の下着姿であった。
いかにも柔らかそうな胸にどうしても目線が行ってしまう。そうすると必然的に肩にある桜吹雪が舞い散る中にいる般若の刺青にも目線が――――
肩にある桜吹雪が舞い散る中にいる般若の刺青!?
俺が眺める景色の時空が時を止める。
「いつまで見てんのよ‼」
彼女の怒号と共に飛んできた分厚めの本が俺の頭に直撃してやっと我に返る。
「あんた、私の席の後ろの…………」
鈍痛が頭に走る中、俺は声のする方を見上げる。
そこには涙目で俺を睨む鬼嶋桜子の姿があった。
「き、鬼嶋?」
「ねえ、見たでしょ?」
え? どっちを? 下着姿はもちろんのこと、肩にお住いの彼《般若》の顔まではっきり見てしまったのだが。
質問の問いに困る俺へビシッと人差し指の先を向ける。
「見たからにはただじゃおかないわよ!」
下着姿まで見た上に鬼嶋の秘密である刺青まで見てしまった俺へ怒りをぶつける。
仁王立ちしている鬼嶋は応急処置と言った具合でワイシャツだけを着ているということもあって、ハリ感の良い生足が丸見えだ。
普通だったら「ありがとうございます!」と言う状況なのだが今は訳が違う。
なんせ、彼女の秘密を知ってしまったのだから。
俺と同じ家柄ということを。
「頼む! 何でもするから命だけは!」
俺もヤクザの息子なら「上等だ! やってやろうじゃねえか!」と食って掛かるのが良いのだろうが俺にそんな肝っ玉はない。
何とかこの状況だけも乗り切らなければ。
俺は必殺ジャパニーズスタイル『土下座』で窮地を脱しようと試みる。
「何でもって言った?」
「あぁ、何でもする! だから今回だけは見逃してくれ!」
「わかった」
鬼嶋は桃色の唇を小さく動かしながらそう言った。
助かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
安堵する俺に鬼嶋は再び口を開く。
「じゃあ、私に協力して」
「へ? 協力?」
鬼嶋はコクリと首を縦に振る。
ま、まままままままさか、人一人殺したからその濡れ衣を被れ、的なやつか。
俺は恐る恐る口を開く。
「そ、そそそそれは一体どんな?」
「それは――――――」
それは俺が想像していたよりもさらに嫌なことだった。
「私の友達作りに協力しなさい!」
準備室の窓の外では桜の花びらたちがきれいに宙を舞っている。
まさか同じ学校に、しかも女子で。肩に桜吹雪を靡かせているほどの割とガチの同業者がいるなんて。
開始から一週間で平穏に過ごしたかった俺の高校生活は音を立てて崩れることとなりそうです。
こんなことって普通ある?




