第五話 ジギスムント帝立学院3 ―その男、普通にあらず
【お知らせ】
この話以降、連日投稿をする場合には前書きに「本日の話を一話目とし、明日も投稿します」などと表記します。それ以外の場合には、後書きに次にいつ投稿するかの予定を表記するようにします。
テオが落とした言葉の爆弾に、まるで世界から音が消えたような静寂が学院長室に訪れる。
一拍を置いて発言の意味を理解すると、学院長は鋭い視線をテオに向ける。エリーさんは色をなして抗議しようとするも、学院長が手を挙げて止めていた。
「確か、テオ・ユンカーさんといいましたね。申し訳ありませんが、質問の意図が分かりかねます。どういう意味での発言ですか?」
「これは失礼しました。あなた方にも理解できるように、お話ししましょう」
ちょっと、どうしたんですかテオさん。
そんなあからさまな挑発をするなんて貴方らしくないですよ。
いや、本当に勘弁してください。
ほら、学院長達の顔がすごいことになってるよ。
「まず、こちらの書類をお渡しします。この書類は、私が新たに作成し、我が国のギルドマスターから承認をもらったガルクブルンナーの全ギルドにおいて通用する正式なものです」
そう言うと鞄から俺がサインした『義務書』を出し、学院長に渡した。
学院長は、渡された書類の内容を確認するとわずかに首を捻る。
「これは、ハーンさんが当学院に採用された場合には、長期休暇期間は必ずシュラフスに帰る事を義務付けたものですね。これがどうかしましたか?」
「お分かりになりませんか?本来、伐剣者は、自己の判断に従って行動する自由な存在であるはず。ギルドに対し登録・離籍の義務はあるが、必ず帰る事を義務付ける事は異例なこと。それは、ここジギスムントの民ならば子供でも理解できるのではありませんか?」
テオがそう言うと、学院長はハッとなって再び書類に目を落とした。
そう、普段はあまり意識していなかったが、本来伐剣者は自己の判断に従って行動する自由な存在である。
以前、カティが、「ギルドの見立てでは、学院は金以上のランクの伐剣者を招聘しようとしているが集まらないだろう」と言ったのは、この伐剣者達の自由意思によって拒否という選択がなされることが分かっていたためである。
自国は勿論の事、他国からも伐剣者は集まらないことから、ジギスムントのギルドはどうするか悩んだ。
結果、アロウズが言っていたように依頼という形で伐剣者を動かそうとしたのだが、逆に言えば依頼という形でしか伐剣者達に干渉できないことをギルドも認めている事になる。
つまり、この『義務書』の存在は、そんな伐剣者の自由意思を侵してでもレオンハルトをシュラフス、ひいてはガルクブルンナーに帰国させる事を目的とする異常なモノといえる。
それを理解した学院長は震える手で書類を持ちながら、俺の方を見る。
何故だか、突然竜種の魔獣が目の前に現れたかのように、恐れを含んだ眼差しなため居心地が悪くなる。
「どうやら、私が短絡的な性格かと問うた理由が多少はお分かりいただけたようですね?」
学院長は、その問いに頷き、立ち上がると座っている俺に対して深々と頭を下げ、謝罪の言葉を述べ始める。
「先程は、確かに私が短絡的に物事を捉えていたようです。どうか、君という人間を深く知らないにも関わらず、僅かな情報で判断を下し、失礼な物言いをした私を許して欲しい」
えっ、あの、急にそう言われても、どう言えばいいのか。えっと、許すって言うのも偉そうな感じだし…そうだ!!
「学院長。どうか、頭をお上げください。私達は、生まれた国も違うため有している常識も価値観も異なります。そのため、たまたま行き違いがあったのであって、これからもっとお互いを知り合えば良いではありませんか」
慌てて立ち上がりながらそう言うと、学院長も安心したのか、席についた。
「ありがとうございます、ハーンさん。しかし、ガルクブルンナーのギルドはこの書類を作るほど、貴方の事を重要視している。その訳を、教えては貰えないでしょうか?」
教えて欲しいと言われても、サインした時は内容を知らなかっただけなんだよなぁ。
「実は、その」
「それについては、私がお答えしましょう。レオンハルトは、その理由について、体験しているが理解していないため上手く語れないでしょうから」
言いづらい事を、意を決して話そうとするも、テオが被せてくる。
ちょっとちょっと、テオ。騙しただけじゃなかったのかよ。
「その前に、ここで話すこと見たことは他言無用に願いたい。例えジギスムントのギルドマスターに対してであっても、秘密を守るとお約束して頂く」
テオがそう確認すると、学院長は少し悩んでから頷き、エリーさんもそれに倣う。
「ありがとうございます。では、順を追って説明させて頂きます。彼は、確かにSSランクの伐剣者として十分な戦闘能力を有しています。ただ、それでも我が国のSSランクの中では中程度というもので、護衛能力や交渉能力は可もなく不可もなくと言ったところですか」
なんだろう。自分の成績を言われているようで落ち着かない。しかも、学院長とか教職の人がいるから、三者面談みたいで嫌な思い出が溢れでてくる。
学院長とエリーさんは怪訝な顔をしてテオの話を聞いている。
そうだよな。話だけ聞いていると普通というのも変だが、SS伐剣者というもので、あの書類を作るほどのものじゃないもんな。
「そのため、これだけであればあのような書類を作る必要はありません。しかし、ただ一点。ただ一点の事情から、彼を完全に国外に放出するわけにはいかなかったのです」
テオが、一旦言葉を区切ると部屋は沈黙に包まれる、って何度目の沈黙空間だよ!!
いや、本当に、こういう空気は辛いんだって!!もう、なんでもいいから、早く続きを言ってくれ!!
「ギルドが、その存在する魔獣の種類・生息数によって危険領域を設定していることはご存じの事でしょう。危険領域は脅威であると同時に資源が豊富で、国に対する恩恵も非常に大きいため伐剣者はその領域の探索をも依頼されている。…彼は、非公式ながら、その危険領域『深部』での『単独活動』の最長記録、資源採取の記録を『最年少』で塗り替えたのです」
「えっ、そんな記録俺が持ってたか?……ああ、あの時の事か。えっ、あれってそんなに大事になってんのかよ?」
思わずで出た発言に、学院長とエリーさんは目を見開いて俺を見る。
こっ、怖い。
「いや、失礼。確かに、危険領域は最深部に行けば行くほど希少価値の高い資源が多くあります。そのため、そこでどれだけ活動できるかは、伐剣者の探索能力に大きく関わってくる。しかし、ユンカーさん。そんな記録があれば、ここジギスムントでも彼の名は響いているはず」
「だから、非公式と申し上げた。そもそも、ガルクブルンナーのギルドはこの記録を公に出来ない事情があるのです。と言っても、私の言葉だけでは信じられないでしょう」
そう言うと、鞄から書類の束を取りだし、学院長に渡す。
「これは?」という問いに「シュラフスの街での、レオンハルトの履歴並びに功績です。見終われば、返却願いますが」と答える。
書類のをめくる学院長の手は徐々に早くなっていき、読み終えるとこめかみを押さえて考え込んでしまった。
「これは本当の事なのですかな。いや、ギルドの正式な書類である以上、疑うことは失礼ですね。しかし、分からない。本当なら、これほどの伐剣者を国から出すはずがない」
「それこそ、完全に伐剣者の自由意思を侵害することなり、伐剣者達の信頼を失う事になります。だから、義務書に書いた内容が、ギルドから課せられるギリギリのラインなのですよ」
いや、それアホみたいに内容を確認しないでサインしちゃっただけなんですよ。
「しかも、彼はそれだけでなくこのような書類にまでサインをしてくれました。最も、一つには学院の許可が必要ですが」
そう言うと『依頼書』と『誓約書』を取り出した。
それを受け取り、書かれた内容を確認した学院長は驚き、そして悲痛な顔になった。
「まさか、これほどの覚悟を持って、我が学院の教員に応募してきていたとは。貴方の覚悟のほどを見誤り、同時に能力を見抜けなかった我が身の不明を恥じるほどです」
いや、それも内容を確認しないでサインしちゃっただけですよ!!
てか、後ろから一緒に見ていたエリーさんなんて涙ぐんでるし。
「分かりました。貴方を教員として採用させて頂きたい。勿論、この依頼書の方も許可させて頂く。どうか、生徒達に貴方の技術を教えてやってください」
こうして、俺は、晴れてジギスムント帝立学院の戦闘技術の教師になれたのだった。
次回は4/15 12時頃に投稿します
2017.6.25 形式面のみ修正しました。
◇◆◇◆◇
【ギルド契約】
ギルドは、依頼や契約によってある程度、伐剣者達を縛ることができる。
ただ、その内容によっては、伐剣者達は契約をしない自由を当然に有しており、契約をしないからといって例外を除いて罰せられることがない。
一度交わされた契約は、双方の合意によらなければ解約することはできない。