第三話 自分に正直過ぎると、時に怪しく見えるらしい
皆様、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
重く感じる扉を開くと、そこは街明かりに照らされ、仕事を終え家路へと急ぐ人が行き交う、見慣れた道だった。
中には、これから食事なり遊戯などの娯楽を楽しむために、歓楽街へと行くものもいるだろうが、とにかくそこは息つく暇もないほど張りつめた空気などない、ごくごく普通の場所だった。
「だぁ、疲れたぁ」
その光景を目にしながら、少し歩くと胸の内に溜まっていたような空気ごと吐き出すように、大きく息を吐きながら声を出す。
帝都ラザフォスに着くと、シュラフスから小馬竜車を操り送ってくれたユーリ達と別れ、伐剣者ギルドに帰ってきた報告と在籍届を出したところまではよかったのだが、何故かギルドマスターのアロウズさんと事務総長のクララさんに捕まった。
何でも、俺のガルクブルンナーでの立ち位置。どういった評価を本当は受けていたのかといったことから、自分の経歴や編み出した魔術の行使法などを洗いざらい話すことを要求される。
もう、ガルクブルンナー時代に力を入れていた事、いわゆる学生時代に力を入れていた事や自己PRにも似た内容だったので、これは就職活動かと突っ込みたくなるような事を聞かれ、ほとほとに参ってしまった。
一応、自分の認識している範囲での自己評価と客観的評価を簡単に述べ、預かっていたテオからの手紙を渡すとともに、近い内に彼が直接に出向くので、詳しくはその時に話しましょうと言ってみる。
今の俺の胃袋は、久しぶりのジギスムント料理と酒を求めているのだ。今さら、その予定を変えるつもりは断じてない。
その予定のために、客観的評価についてはテオの奴がジギスムントに来てからの方がしっかりと分かるだろうし、俺の言った自己評価についても補足なりなんなりしてくれるはず、という建前で覆い隠して伝える。
建前を全面に出しつつ、自己の欲求を必死に隠してアロウズさんとクララさんに問う。このままもう少し話すのか、話す時期をテオが来た時に先延ばしするのか、と。
今話すより、待った方がいいメリットは説明はした。その保証としてテオの手紙というオプションは渡した。さらに、簡単にだがアロウズさんの求めるままに、自己評価と客観的評価を話して、俺はあなた達に対してオープンですよという姿勢も示した。
そして、ここまでして、選択権をあなた達に委ねた。
小さな合意は積み重なっている。
胸襟を開いて接する態度は見せた。
そして、これらの情報からどういった選択をするのかを見る、俺の、ディータやクラウディアの目がある。
なら、もはやアロウズさんの口から出る言葉は一つだけ。
「仕方ないのぉ。まあ、現段階で知りたいことは、お主の口から直接に聞けたしのぉ。まあ、最低限じゃが。…そうさの、あとはテオ君が来てからかな」
イエス!!
「分かりました。では、そのようにします。ただ、レオンハルトさん。テオさんの手紙で不明瞭な点があれば、まだお呼びしますのでよろしくお願いします」
イエス、イエス、イエス!!
よし、これで煩わしい話を終えて、飯と酒を飲みに行ける。
正直、俺の頭と胃袋はそれを求めて限界だったんだ。
よーし、あとは学院に行って帰ってきたことを伝えるだけだし、刀の製法を記した写本をオットーさんに渡すのは明日でいいだろう。
そう思うと、喜びの感情を抑えて対面を取り繕うと、ディータとクラウディアを連れてギルドマスターの部屋を出ていった。
「上手いことやりますね、彼は。真っ先にテオさんからの手紙を出さずに、一つ一つ丁寧に質問に答えて、私達の納得を取り付ける。そうすることで、少しずつ合意を取り付けてから、最後の最後に大きなまとめに持っていく話し方は、実に交渉に長けたやり方です」
「うむ。それに表情を取り繕う事も上手いの。やはり、彼の経歴に何か隠しているものがあるのか。それとも、この場に長く留まっておくと不都合な何かがあったのか。一応、彼がガルフブルンナーに帰っている間に、学院での評判と接点を持った人間から話は聞いたのだろう。何か怪しい点はあったか?」
「いえ、特になにも出てきませんでした。評判も上々のようで、学院の教師としても、一人の伐剣者としても好人物とのことです。また、私共が監視を強めているギルド職員並びに伐剣者との接触を図るという事もありませんでした」
「ふーむ。となると、彼を通してここジギスムントで何かするというのは、考えなくともよいか。ただ、ギルドは別。ガルクブルンナーのギルドの新しい試みとやらが怪しい、か。そもそもが、その試みとやらが、ジギスムントから有望な伐剣者を引き抜くのが目的かもしれんしな。…よし、ギルドの方でもガルフブルンナーギルドの情報収集を強化することにするかの。あとは、国にはまだ報告は控えておくとして、学院には改めて言っておいて、注視しておいてもらうかの。全く、ギルド間の綱の引き合いも困ったもんじゃ。近い国ならいいんじゃが、遠いと色々と下準備にも時間がかかるし、だだでさえ今は足りてない人手をどう振り分けるか。やはりギルドマスターなんぞ面倒でやりたくはないのぉ」
レオンハルト達が部屋を出ていった扉を見ながら、アロウズとクララは先程の話し合いを思い出しながら所見を言い合う。
初めてテオとレオンハルトの二人に会ったときの事と、クララが学院の事務員から聞いた話を思い出すも、先程のレオンハルトの態度には怪しい点はなかったように思う。
なかったからこそ、あれだけ準備万端に説明を用意していた感じを見せられると余計に怪しく見えてしまう。ただ、レオンハルトが、関わっている生徒の数の少なさや、ラザフォスに二人の生徒を残していることが引っかかる。
情報の少なさ、レオンハルトの学院での勤務態度や生徒の自主性に任していることなどから、やはり考えすぎかとも思うが、だからといって疑わなくていい問題でもない。
そう悩んでいると、部屋の扉がノックされ、一人のギルド職員が一枚の書類を持ってアロウズとクララに意見を聞きに来た。
二人は、渡されたその書類を見ると、先程の自分達の考えがあながち間違っていないのではないかと、疑念を深めることになった。
深めると同時に、これをジギスムントでの保護者である貴族に、どう報告するかに迷う。クララにいたっては、帰ってくるなり面倒くさい問題を持ってきやがってと、少しだけレオンハルトへの好感度を落としたほどだ。
二人の渡された書類にはこう記されていた。
『Dランク伐剣者 クラウディア・ベルタ=ラヴクラフト
ジギスムント帝国 ギルド本部ラザフォスに在籍す』
ガルフブルンナーで伐剣者ギルドに登録し、ランクを一つ上げた状態で帰ってきたクラウディアという学院の生徒について書かれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さーて、俺はこれから学院に行って、帰ってきたことを伝えてから、飲みに。んん、食事に行ってくる。一応、ここで解散にするけど、いいかな?」
「いや、別に言い直さなくても、飲みに行くって分かるよ。先生さ、結構のんべいだよね。俺には、全く旨さが分からないけど」
「まあ、色々あるのだろう。私も、夜会で嗜む程度だが美味しいとは思ったことはありませんが」
二人から、見も蓋もない言葉をもらうが、それで俺の行動が変わるわけでもない。一つ笑うと、「それじゃあ、次は後期の授業始めに」と言ってから二人と別れて、学院へと向かって歩いていく。
シュラフスからの荷物は、ギルドに一旦預けたし、テオからの手紙も渡した。まあ、今回みたいに荷物を持ち帰ったり、学院でも似たような授業をするなら、月極でギルドの倉庫の一角を借りておいてもいいかな。
そうだな。その辺はどうなってるのか、そのうち学院の事務で聞いてみるかな。
色々と予定を組み立てながら歩くと、学院へと到着したので事務課の方に向かうが、扉はガチャリという音をたてるだけで開く気配がなかった。
あれ?何時もは、まだ空いてる時間のはずなんだが、閉まってる?…もしかして、夏期長期休暇中は時間が開いてる違うのか。
あちゃー、帰るときにそこら辺を聞くのを忘れてたな。まあ、しょうがないか。帰ってきた報告は明日にするか。
一つため息をつきつつ、学院の門が開いてたから、まだ誰かしらはいるだろうと、念のためと教職員室へと向かう。
これで、誰も居なかったら何のために来たんだか。そうぼやきつつ、教職員室の扉を開けると、薄灯りの中でなにやら書類に目を通しているヨーゼフ先生がいた。
すでに人の気配を察していたようで、扉が開くと同時にこちらの方を向いて俺の姿を確認する。すとる、眉に刻まれていた皺がその顔から取れていった。
「おお、こんな時間に誰かと思ったら、レーヴェではないか。なんじゃ、ようやく帰ってきおったか」
「ええ。それで、帰ってきた報告がてら学院に来たんですが、生憎と事務課が閉まってたんで、こっちの方に来たんですよ」
「そりゃあの。なんせ夏期長期休暇期間じゃ。いくら、あと三日ほどで、新学期が始まるとはいえ、仕事時間は短縮されておるからの。今の時間じゃと閉まっとるじゃろうな」
「やっぱりでしたか。まあ、しょうがないんで、明日改めて事務課の方には向かいますよ」
少し肩を落として言うと、ヨーゼフ先生は「まあ、学院での規則やら時間はややこしいからの」と笑いながら返してくる。
そうしてから、軽く雑談をしていると、ふと先程の発言で気になったところを問いかけてくる。
「しかし、こっちに来たということは、何か用があったのかの?」
「ええ。この後は、特に用事もありませので、ジギスムントに帰ってきた事だし、せっかくなら弓削の三日月で飲もうかと思ったんですが、一人では味気ない。だから、もしヨーゼフ先生やレオ先生がいればと思いまして」
「なぬ、酒とな。そうかそうか。いやー、お主の方はやはり出来た男よな。よし!!では、早速に行くとするか」
俺が飲みに行こうと誘うと、喜色満面になって先程まで見ていたと思われる書類を鞄にしまいながら、帰り支度を始める。
前期を通して授業準備なんかをしているところを見てきたが、それに比べても遥かに早くキビキビと用意している。
俺の誘いに間髪入れず動き出したヨーゼフ先生に呆気に取られたが、ハッと気付き、先程まで眉に皺を刻んでまで書類を読んでいたのを思い出す。
えっと、何か大事な仕事があったんじゃないのかな?
「いや、ヨーゼフ先生。いいんですか?俺が部屋に入ってきたとき、何かの書類を見ていませんでした?大事な仕事なら一段落つくまで待ちますよ?」
「ん?ああ、別に構わんわい。ジグムンドの奴から、読んでおけと言われて渡されたんじゃが、後でじっくり読んでおけば大丈夫じゃろ」
「はあ、そうですか」
ジグムンドって誰だ?学院にそんな先生いたかな?
まあ、俺としても学院のすべての先生を知っている訳じゃないから、知らない名前があっても当然か。
まあ、ヨーゼフ先生の仕事について、外野の俺がとやかく考えてもしょうがない事だし、ヨーゼフ先生が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。
そう、自分なりに納得する。
「そういえば、レオ先生はいないんですか?もし、いるのならせっかくだし誘おうかと思うのですが」
そう切り出すと、キビキビと動いていたヨーゼフ先生の動きが止まる。
そうして、さっきまで笑顔だったのが、真剣な顔になって俺に視線を合わせると、静かに口を開く。
「レオの奴はダメじゃ。あやつは。あやつは狗に成り果ておった」
「…いや、ヨーゼフ先生。何を、言っているんです」
思いのよらぬ、ヨーゼフ先生の言葉に、言葉が出てこない。
狗。恐らくだが、ヨーゼフ先生の顔を見ていると、この場合の狗は、スパイや回し者ということだろう。
そこまで考えていると、一つ思い当たる言葉が頭を過るが、まさか、そんな。
体を強ばらせ、まるで部屋から一切の音が消えたかのような緊張感のなか、ヨーゼフ先生の次の言葉を待つ。
「あやつは、儂が妻に隠れて飲みに行った事をチクリおっての。おかげで、儂は大目玉を食らうはめになったわ。そういう時は、相談があってご一緒してましたとか、なにやら学院の教員から悩みを聞いていましたよとか言って、助け船を出してくれてもいいじゃろに。儂らは、同じ釜の飯を食った仲間じゃったはずじゃのに、ひどい裏切りじゃ!!」
全身から一気に力が抜ける。
真剣に聞いていたのに、このオチはひどい。いや、本当に蹲る寸前までいったよ。
でもまあ、俺の想像と全然違ってよかった。前期の間とはいえ、ある程度親しくなっているのに、実は違いましたなんて悲しいしな。
…ん?てか、これって、そんな事があったのに、ヨーゼフ先生を誘っている俺は、実はヤバイ橋を渡ってるんじゃ。
「ヨーゼフ先生。すみません。用事があったことを思い出しまして、飲みはまた今度というこ」
「待てぇい。男が一度口から出した言葉を引っ込めるもんではない。それに、お主、この後は特に用事はないとか言ってたじゃろ。まあ、そうでなくとも今回は儂の方からも、ちと相談というか聞きたいことがあっての。酒の席は、丁度渡りに船じゃたんじゃよ」
そう言われても、さっきの話を聞いたからには、思わずジト目になってヨーゼフ先生を見返してしまう。
俺のその視線を受け、「本当なんじゃよ」と必死に言ってくるところを見ると嘘ではないようだ。多分。
「はぁ、分かりましたよ。ただ、あるかは分かりませんが、もし俺の方に奥さまからの詰問が来たら、嘘は吐けませんよ?」
「もちろんじゃ。いや、だから、本当に儂からお主に聞きたいことがあるんじゃって」
そう言いつつ、荷物をまとめ終わったのか、鞄を肩からかけてこちらの方にやってくる。
一応、信じるけど、大丈夫かな。
「さっ、飲みに行くぞぉ!!」
嬉しそうに言うヨーゼフ先生に続いて部屋から出ると鍵を閉め、弓削の三日月へと繰り出していく。
…いや、本当に大丈夫かな。
少しの不安と、多分大丈夫だろうという根拠のない安心感を胸に、歩き出す。
ただ、自然とため息が出たのはしょうがないんじゃないかな。
第二話から、間が開きましたが、第三話となります。
意味の分からない忙しさで、執筆時間が取れず、遅くなってしまい申し訳ありません。
恐らく、一月も忙しさが続くようなので、次話まで間が空くことが出てくると思いますので、その点どうぞご寛恕のほどを。
末筆となりますが、本年も皆様の健やかなる日が続きますことを、お祈り申し上げます。
改めて、本年もどうぞよろしくお願いいたします。




