第二話 帰路・騎士・久しぶり?
ロッホスさんからの激励の手紙を読み、何かあれば使えとの意味で乗せられているのであろう双猿王の素材を見たことで奮起したディータとクラウディアに付き合うこと二日。
屋形の中では俺が今まで培ってきた伐剣者としての心得を説き、中継地での休憩や宿泊時にはそれを実践するというか、ほぼほぼ模擬戦闘さながらの訓練をして過ごしてきた。
いやー、本当にやる気に満ちた二人の相手をするのは楽しかった。そう、次からは絶対に、積んである荷物は何であるかはチェックしようと心に誓うほどに楽しかったなぁ。
たとえ、出発の時間がズレたとしても、シュラフスから帰るときには一から確認しよう。
拳を握り固く誓いを立てたところで、そう言えば今日中にはガルフベルンに到着するだろうという事に思い至る。
このペースだと、上手くいけば夕方近くには着いているだろうし、生徒達とギルドに行って在籍届けを出せば、飲みに行くには丁度いい時間だ。
となれば、ギルドで解散して、今までの疲れを取るために一杯ひっかけるのもありだな。
そうだ。一人で飲みに行くのもなんだし、どうせ学院にも帰ってきた報告はしなくちゃならないんだ。行った時に居ればだが、ヨーゼフ先生やレオ先生でも誘ってみるかな。それで、もはや俺も行きつけになった、弓削の三日月にでも繰り出そう。
いい考えだとばかりに、二人の質問に対して自分なりの考えを説明しつつ、色々と予定を考えていると、あと少しでガルフベルンに着くであろうというところで、小馬竜車の速度が落ちているのに気付いた。
「何かあったのかな?」
思わず呟いた俺の言葉に反応するように、二人はピタリと質問を止めて、俺の視線を追うように窓の方を見る。
小馬竜車は、その速度から他の道とは別の専用の道を走っている上に数がそれほど多くない。だから、道で事故があったというのは考えにくい。
となると、他に考えられるのは、道が破壊されているか、はぐれ魔獣が前を塞いでいるかなんだが、それなら竜車を操っている者から何か言ってきそうなもんなんだがな。
不審に思いつつ、確認のために屋形の前の方。御者が交代で休むための空間がある方へ向かい、仕切りにある戸板を叩く。
すると、戸板がスッと横にズレて、シュラフスから付いてきてくれている、御者が顔を出した。
御者と言っても、今回は俺をジギスムントに送った後に帰る必要があるので、シュラフスの街の伐剣者が勤めていた。まあまあ実入りのいいバイト感覚でやってくれている顔馴染みの伐剣者に、何かあったのかを聞いてみる。
「ユーリ。何かあったのか?」
「すみません、レオンハルトさん。リュシカが言うには、何やら前方に影があるようでして。何かは、まだ分かっていないのですが、人だった場合には直ぐに止まれるよう、速度を落としています」
「影?それは、大型の獣か。それとも、魔獣なのか?」
「いえ、距離があって、それもよくは。リュシカの千里眼の魔術、その範囲外みたいです。一応、大丈夫とは思いますけど、何かあった時の準備だけはしておいて下さい」
「了解。準備はしておくから、何か分かった時点で教えてくれよな。頼んだぞ」
そう言って二人のところに戻ると、ユーリから聞いたそのままを伝えて、準備だけはしておく。
まあ、俺はともかくとして、ディータとクラウディアは少し準備に時間がかかるので手伝っていると、程なくして小馬竜の馬とは違う嘶きが聞こえたかと思うと、竜車は完全に停止してその動きを止めた。
竜車を囲んでいる気配は感じるが、それは魔獣のような荒々しいものではなく、いたって普通の人の魔力だな。
外からは戦闘音とかは聞こえてこないから、俺達に敵意があるって訳ではなさそうだし、するとなんだろうか。
そう考え、俺も降りた方がいいのだろうかと悩んでいると、竜車の外から、「レオンハルトさん。ちょっと降りてきてもらえませんか」とユーリがこちらに言ってくる声が聞こえた。
ユーリの言葉に、いいタイミングだと思いながら扉を開けて外に出てみると、ユーリとリュシカ、そして十数人の騎士が何やら話し込んでいた。
さて、ここはジギスムントの国内で、目の前にいるのはジギスムントの騎士達だろうが、何があったのだろうか。
こういう場合、責任者に聞くのが一番手っ取り早いのだが、誰がどういった地位にある人物か全然見当がつかないぞ。
「先生。あの、鎧の上に青い軍衣を着てる人が責任者っぽいよ」
どうしようかとキョロキョロと回りを見回していると、一緒に降りてきたディータが一人の騎士を指差しながら教えてくれる。
そう言われて、指された方を見てみると、幾人かは鎧の上に軍衣と呼ばれるものを着ているのだが、その中で一人だけ色の違う軍衣を着ている人物がいた。
軍衣。馴染み深い物で言えば、日本の陣羽織。いや、少し袖があるから、陣胴服みたいなものだな。
へぇー、ジギスムントでは、ああやって誰がどういう位階にいるかを知らしているのか。まあ、確かに騎士という階級の中で、誰がどういう地位にいるかの判断には、耳で聞くより視覚的に訴えかけた方が有事、特に戦闘時には分かりやすいか。
そう納得して、ディータと続いて降りてきたクラウディアを伴って、青の軍衣を着ている騎士に近寄っていき、「すみません」と声をかけると、俺の声に反応して話していた騎士達からこちらの方に視線を向けてくる。
その立ち姿は、流石に騎士達を纏める者だけあって、緩さの中に何があっても即座に対応できるだけの軸があった。
「あの、何かあったのですか?私達は、南のガルクブルンナーからジギスムントに帰ってきたところでして、昨今の事情には疎いのです」
実際、夏期長期休暇のほとんど、二ヶ月近くをシュラフスで過ごしているので、ここ最近の情報は何も持っていないことを伝えつつ聞いてみる。
あと、暗に何か事件があったとしても、それは預かり知らぬ事というのも匂わせる。
すると、俺の言わんとしていることが伝わったのか、俺から見るとだが、大袈裟と言えるほど驚いて見せてから、話を切り出してくる。
「ああ、いや先生。さっき、ユーリ君とリュシカさんだったかな。彼等から、うちの国の学院で教師をしていると聞いたので、そう呼ばせてもらいますな。別に、先生達を疑っているなどということはありません。ありませんが、私どもとしましても、確認だけはせねばならんのですよ。これも宮仕えの辛いとこでして、一つご理解下さい」
「はぁ、それでは学院からの書類とかをお見せすればいいですか?それ以外だと、ギルドタグぐらいしか私達の身分を保証するものがないのですが」
「それで構いません。いやー、こうも話が分かる方ばかりだと、私どもの仕事も楽でいいのですがな。いや、下らない戯言です。お時間を貰っているのに、申し訳ない」
そう言って一つ頭を下げる男にどうにもやりづらさを感じながら、ディータとクラウディアに「悪いけど、俺の鞄に入っている書類、取ってきてくれるか?」と頼む。
そうして二人を竜車の方に向かわせてから、改めて同じ質問をする。
「えっと、それでなんですが、何があったのです?あと、貴方の名前を教えてもらえるとありがたいのですが」
「これは失礼を。私は、ハインツ・ベルカンプといいます。見ての通り、国から青布を授かった騎士の端くれです。どうぞ、お見知りおきを」
そう青の軍衣を軽く持ち上げながら、挨拶をしてくる
ハインツさん、ハインツさんっと。よし、顔と名前は覚えた。
「で、何があったかと言いますと、ここで大型の獣の死骸が見つかったのですわ。それも、肉食で狂暴なヤツでして、その死骸が数十頭もそのまま放置されてるという知らせを受けましてな。私達が慌てて駆けつけて、死骸の処理と付近の調査。あとは、報告もせずに放置した馬鹿者を探しているという訳です」
「それは…」
大型の獣で肉食といえば、確かに人にとっても脅威となるし、それが数十頭も死んでるとなれば、調査も必要だろう。
血の臭いに誘われて、別の大型の獣が来るかもしれないし、下手をすれば魔獣をも呼び込むことになる。だから、狩ったなら狩ったと報告が必要なんだが、それを怠るとは、なんて馬鹿なやつなんだ。
そう思い、ハインツさん越しに森になっている方を見ると、他の騎士達が忙しなく出入りしている。
なるほど。それなら、これだけの大所帯で周囲を調査、警戒しているのも当然か。
「それは大変ですね。ただ、私達は小馬竜の引く屋形に乗ってまして。あの速度だと、外を確認して怪しい人物を見分けるというのは難しいんですよね」
「そうですか。いや、速い速いと聞くには聞いているのですが、残念ながら私は小馬竜車に乗ったことがないので。それで、もしやと思ったのですが、残念です。しかし、あれですな。人に馴染みのある竜種とはいえ、流石に貫禄のある姿を見ると、騎士としてその背に乗って駆けてみたい思いが沸々と湧き上がってきますな。やっぱり、屋形の中にいると外で見る分より速く感じるのですか?」
「アハハ、その気持ちはよく分かります。ただ、仰るように居心地のいい屋形の中に居ても、やはり外を見ると速く感じますね。それに、何故か竜車を引くことは我慢しても、背に乗せることは嫌がりますから。あの速さと小馬竜のご機嫌を取る事からも、背に乗って駆ける自分を想像することで我慢すべきでしょう」
「うーむ。それなら、この地位と引き換えにしても、隠れて小馬竜に乗ることは諦めた方が良さそうだ。地位には未練は無いのですが、小馬竜のご機嫌を損なうのは避けたいですからな。あっ、いや。うちのカミさんのご機嫌を損なうから、地位に未練は無いとか言ってはいけませんな。今の話は、くれぐれもご内密にお願いしますね」
そう言って、口に指を当てながら笑うハインツさんにつられて俺も笑い返す。
うん、確かに奥さんのご機嫌は損なったらダメだな。しかし、なかなかに茶目っ気のある人だと思っていると、話が切れたいいタイミングで書類を取りに行っていた二人が戻ってくる。
そうして、書類一式をハインツさんに手渡して中身を確認してもらう。ウンウンと頷きながら書類を見るハインツさんを前に、ただ待つだけというのは少し暇だなと思っていると、横から驚いたような声が聞こえた。
「あっ!!」
「ん?」
声がした方を向くと、若い騎士が俺の顔を見て驚いていた。
はて、どこかで会ったような会わなかったような。なんとなく、見覚えがあるのだが誰だったかな?
「なんだ、アレク。こちらの方を知っているのか?」
「あっ、いえ、…はい、ハインツ隊長。以前一度だけお会いしたことがあります」
アレクと呼ばれた若い騎士は、ハインツさんの問いにそう答える。やはり、以前に会っているようだが、まったく覚えがないんだよな。
ジギスムントに来てから会った人物になると本当に限られているから、覚えていてもいいはずなんだが…。
そう、頭を捻りながらなんとか思い出すために、その騎士の顔を凝視していると、睨まれていると思ったのか、少し固い顔になってこちらを見返してくる。
…あっ、この顔は、もしかして。
「お久しぶりです。と言っても、お会いしたのは、レオンハルトさんがギルドの方とジギスムントに来たときの一度きりですから、変な感じですが。あの時は、名乗ることはなかったので、ここで改めてご挨拶します。自分はアレクシス・シュラットといいます。以後は、お見知りおきを」
そうだ。ジギスムントに来たときに、一番初めに会った人物。あの時は、衛兵の格好だったが、今は立派な騎士鎧に身を包んでいて、気付くのが遅れてしまったが、確かにこの顔はあの時の青年の顔だ。
いやー、懐かしいな。あれは、もう半年以上前になるからか、雰囲気も少し変わっていて分からなかったな。うん、正に男子三日会わざればなんとやらだ。
「ほぉ、珍しいなアレク。人の名前と顔を覚えるのが苦手なお前が、キッチリ間違わずに言えるなんて。よっぽど、印象深い出会いだったんだな」
「隊長。自分はそんなに物覚えは悪くはないですよ。ただ、少なくとも、自分にとっては印象深い出会いだったのは間違いありません」
確か、俺に二つ名を名乗らないなんておかしいと、本当にSSランクの伐剣者かと怪しんだんだよな。これは、ガルクブルンナーに帰る時に、ディータもどうにも引っ掛かってたみたいだし、やっぱり肩書きとそれに付く社会でのイメージってのは重いな。
かといって、今さら二つ名を名乗ったところで、本当に今さらなんだよな。
「あの時は、俺もジギスムントに来たてで時間も余りなくバタバタしてたので、ここで改めて名乗っておきますね。今はジギスムント帝立学院で教師をしているレオンハルト・ハーンだ。よろしく、アレクシスさん」
「そうですか。…無事、帝立学院の教師になられたこと、おめでとうございます。では、後ろにいる二人が生徒さんということですか?」
「そうなりますね。あと二人いるのですが、今回はジギスムントに残っています。その二人と、この子達が、私が受け持つ最初の生徒ですね」
そう紹介すると、ディータとクラウディアもハインツさんとアレクシスさんに挨拶をする。
すると、挨拶を受けた二人は少し考える風になって、ちょっとの間があってからピンと閃いたようにディータの方を向いて驚く。
「ランダウというと、もしかして“疾風迅雷“の息子さんかい。いやー、うちの国が誇るSS伐剣者の息子さんに教えているなんて、大したもんだ。ということは、先生もかなりの腕をお持ちで?」
「…疾風迅雷の息子」
二者それぞれの反応が返ってくるが、最後の方には俺に視線が集中され、少したじろいでしまった。
てか、ランダウという姓から即座に二つ名が出てくるのか。ジギスムントって国が持つ、伐剣者に対する信頼というか好感度を久しぶりに目の当たりにした。
「ええ、まあ。そこそこの腕はあると自負していますよ」
「ハハハ。謙遜はいけませんな、先生。出来ないことはともかく、出来ることに対しては自信を持って言ってほしいですな。それに、その子は。ディータ君はかなり先生を信用しているように見受けられる。先生が生徒さん達を見ているように、生徒さん達も先生を見ているのです。その生徒さんの目から見て、先生は信用に足る伐剣者と映っているのですよ。そんな人が、そこそこの腕などと言っては、生徒さん達もやりづらいでしょう」
そう言って笑われると、こちらとしても苦笑いしかでない。
周りからも、そうだという視線を受けるし、これは俺が久しぶりにやらかしたな。
「ハハ。いや、面目ない。ついつい癖で出てしまう言葉でして。直そう直そうと思っていても、まだ出るようです」
「先生は、ガルクブルンナーという国の方らしいし、その時の癖なんでしょうな。まあ、追々と言ったとこですかな。さて、私としてはこんなに楽しい方との会話が出来て、望外の喜びですが、これ以上足止めしては悪いですな。書類も見せていただいて不審なところは無かったですし、残りの道中もお気をつけて。まあ、小馬竜車なら、ほんの一瞬でしょうが」
嬉しそうにそう言って、書類を返してくれるハインツさんから、書類を受け取ると挨拶をして、小馬竜車の方に戻るために一歩だけ後ろに下がり踵を返した。
さてと、直前でちょっとだけゴタついたが、ハインツさんの言うように、小馬竜ならこの程度ほんの小さな差でしかない。ジギスムントに戻ってからも、当初の予定通り動けるだろう。
そう思っていると、後ろから少し大きめの声が聞こえてきた。
「先生、申し訳ない。あと一つだけ。先生は、学院で教える以外に、ギルドでも依頼を受け持っておられますか」
「いいえ。今の段階では、学院の授業だけです」
「そうですか。ありがとうございます。それでは、また」
簡単に答えれる質問だったし、戻るのも面倒くさかったので俺も声を張って返して、今度こそ小馬竜車に戻っていった。
その道中、俺の両脇に来た二人が思い思いの感想を言ってくる。
「先生。ハインツさんて、なんて言うか人当たりのいい人だったね」
「騎士としては固い言い回しをする者が多いのですが、あの方は仕草といい話し方といい好感が持てるかたでしたね」
「そうだな。流石は、ジギスムントで一隊を任されるだけあって、個としての強さはもちろんだが、それよりも隊の統率に秀でている感じの人だったな」
俺がそう言うと、二人は少し首をかしげる。
ん?何か、引っかかることを言ったか?
「えっと、意識してなかったけど、あの人の強さがどれくらいかなって思ってさ」
「それに、隊の統率に秀でると」
「うーん。実際のとこは知らないけど、俺が受けた印象では、対人に関してはかなりの腕があると思うぞ。それに、あの隊の動きを見ていると、かなりの練度じゃないかと思うんだ」
俺が、そう言うと二人は驚いたように俺の顔を見上げる。
うん。まあ、多分だけど。俺の所見だが、大きくは外していないと思うな。
竜車に戻り、先程の場所へと腰を下ろすと、向かいに座った二人に続けて言う。
「そうだな。俺と話している時でも、あの人の軸はぶれることなく常に中心を通っていた。だから、俺が変な動きでもしようなら、即座に組伏せようと動いたろうな。それに、ハインツさんと話している時に、周りの騎士が常にこちらを注視していたし、一声かければ直ぐに囲めるように位置取りしていた。かなりの練度とハインツさんに対する信頼、隊としての一体感がある感じだったから、それをまとめるハインツさんの統率力はあると判断したんだ」
「へぇー」
「なるほど」
ジギスムントではどういう基準で昇進していくかとか、青布とかいうのがどれぐらいの地位なのかは知らないけど、かなりの人物だろうな。
そういう思いを込めて、俺がどういうところを見ていたかを二人に言うと、納得したような、感心したような声が上がる。
「なるほどねぇ。そういやさ、あのアレクシスって人?ハインツさんとは違って、先生に少し感じが悪かったね。何かあったの?」
「ああ、彼は俺の伐剣者タグを見てるからな。俺が二つ名を名乗ってないことを知ってるんだよ」
「あっ、そりゃしょうがないか。それに関しては、俺も人のことは言えないから、何にも言えねぇや」
そう両手を後頭部で組ながら言うディータに苦笑を返していると、緩やかに竜車は進み始める。
さてと、それじゃあ残り少ない帝都ラザフォスまでの旅程をのんびりと過ごしましょうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「行きましたね、ハインツさん」
「ああ、行ったな。しかし、面白い先生だったな。俺の他愛ない雑談にも愛想よく応じてくれたし、人との接し方をよく知ってる。それに、常時自然体でこちらに対峙しているとこを見ると、ガルクブルンナーって国でSSランクの伐剣者をやってたってのも間違いなさそうか」
先程の伐剣者。レオンハルトという男の風体を思い返しながら、アレクシスの言葉にそう返す。
最初、竜車から降りてきた姿を見ると、目付きの悪いどことなく人付き合いの悪そうな男に見えたが、なかなかどうして人は見かけによらないものだ。
それにあの格好。魔獣の革で出来た前で交差するタイプの軽装と、ヒラヒラとしたスカートのようなズボンを身に纏っていたな。あの上に、魔獣の甲鎧から作られた鎧なんかを着るのだろうが、どういった物か完成図が上手く想像できない。
少し考えてみるが、俺の知る鎧とかでは、おかしな結果になったので、一つ頭を振って我ながら上手く出来た面白い想像を外に放り出す。
さてと、阿呆な事を考えてないで、動き回ってくれている部下達に、改めて何か分かったことがあるかを聞きに行くとしますか。
歩き出そうとしたとき、横にいるアレクが何やら考え込んでいるようで、その場から動かないでいた。
「どうした、アレク?」
「その、ハインツさん。ハインツさんは、あのレオンハルトという伐剣者を評価しているように見えましたが、本当にそれほどのものなのでしょうか?それに、生徒達からも信頼されているって、本当なんですか?」
そう悩ましげに顔を曇らせて聞いてくる。
…そういや、印象深い出会いだとか言ってたが、あのレオンハルトという男に何かあるのか?
「いえ、その。あのレオンハルトという伐剣者は二つ名を名乗っていないということでして。ジギスムントでは。いえ、私は伐剣者という職にあるものをランクに関わらず尊敬しています。騎士の家に生まれ、父の背中を見ずに育てば、伐剣者を志していたかも知れないほどに。その伐剣者達の誇りの一つが二つ名であり、それを名乗れるように切磋琢磨しながら、自らを鍛えているのを、私は知っています。だから、あえてなのか、二つ名を名乗らないという行為に、ついつい忌避感が出てしまうのです」
俯き拳を握りながら、そう自分の心情を吐露しながら悩むアレクの姿に、先程から見せていた普段とは違う固い空気の理由に納得がいった。
いったが、この物言いは気に入らない。ああ、まったく気に入らない。
「アレク。言葉を飾って、簡単に伐剣者の誇りなんて言葉を使って、自分の意見を正当化しようとするな。例え、それがジギスムント一般の考え方だとしても、ただオウムのように繰り返すだけでなく、自分の理屈をつけて話せ。つまり、お前は、『アイツは、自分の大切に思っているモノを、無自覚に踏みにじる行為をしながら平静に接してくる。その態度が気に入らないし、嫌なやつに見える』って思ってるんだな?」
「そこまでは、…いえ、そうかも知れません」
図星を突いたのか、俯いていたアレクは俺の顔をチラリと見ると肩まで落として立ちすくむ。
自分がどう思っているかを自覚できたなら、もういいだろう。
そう思い、厳しく引き締めていた顔の筋を緩める。
「で、だ。嫌な感じがすれば、それを我慢しろなんて言わん。意見を直ぐさま翻せとも言わん。ただ、それは彼と言葉を交わし、彼をもう少し知ってからにしろ。そのための場は、俺が用意してやる」
「は?」
「だから、彼を知るための場は、俺が用意してやる。話してみて、外面のいいだけで自分勝手のどうしようもない奴、自分が強いと傲っているだけのただの馬鹿なら、付き合う必要もない。アレクの考えていた通りの、人の気持ちも図れん愚物として、これまで通り接してよし!!」
「は?」
これだけ説明しているのに分からん奴だな。
嫌なやつは付き合わんでいいとまで言ってるのに、何でそんなに呆けた顔をしながらこっちを見るんだ。
「その、また会うので?」
「彼と別れるとき、ちゃんと『それでは、また』と言っただろ?」
「えっと、それはなぜ?」
「大型の獣を狩って報告もなく放置していくなんてのは、春頃にもあったが一時期止んでたろ?それがまた、始まったのはここ最近。学院の夏期長期休暇と重なる。それに切り口が荒いとこを見ると、まだ未熟な者。つまり、学院生である可能性が高い。だから、学院に行くんだよ。その時に、アレクも付いてくればいい」
「それ、さっきは言ってませんでしたよね?」
「当たり前だ。第一印象だけで相手を信用して、一から十まで話すなんて馬鹿なことを俺がするかよ」
そこまで言うと、アレクは思いっきり息を吸い込むと、一気に吐き出す。
このまま、頭を掻きむしりそうな雰囲気を出しているが、大丈夫か?
そう思っていると、どこかスッキリとした顔を上げて俺の目を真っ直ぐに見返してきた。
「お供します。その際は、どうぞよろしくお願いします」
「おう。しっかりと彼を見て話しておけよ。そうすれば、さっきの質問の答え。彼が本当に強いのか。生徒に慕われているのかも分かるだろう」
直立しハッキリと言葉を出すアレクに笑って応じると、いい加減、部下達に指示をしに行かなくてはと歩を進める。
「上手くいけば、誰がやったか分かるだろう。もし学院生なら、その時は少しキツメのお灸を据えてやらねばな」
「隊長の少しはかなりキツイですからね。仮に、学院生がやったなら、その学院生に同情します。馬鹿なことをしたな、と。そう言えば、学院に行ったとしても、伐剣者なんですから、彼はいない可能性がありませんか?」
「ん?それも、さっき聞いただろ。『先生は、伐剣者として依頼を受けていますか』ってな。受けていないって言ってたから、学院の授業専属だろう。確か、官僚学部以外は自分の専門だけを教えるから、授業のない日の方が多いはず。その時に、すこーしだけ手伝ってもらうさ」
そう言ってやると、「そういう意味だったんですか」とか呟いているが、それ以外にあんな質問しないさ。
しかし、アレクはというと、どうにも納得できなさそうな顔で俺の後ろから続いて歩いていた。
「そうだ。お前に、一つ金言を教えておいてやろう」
「は?はい、ありがとうございます」
突然思い立って話が飛んだせいか、アレクは目を白黒させてから、聞く姿勢になる。
金言という言葉に、何やら教訓めいた事を言われるのかと、固くなったアレクは、やはりまだまだ若いな。その、若さに少しだけ懐かしさを感じながら、口の端を上げると言葉を紡ぎだす。
「『仲のいい夫婦は議論する。不仲な夫婦は口論する』だ。よく覚えとけよ」
「えっ?夫婦?その、…ありがとうございます?」
俺の言葉に、しきりに首をかしげるアレクを尻目に前を向いたまま歩いていく。
要は、愛し合い固い結び付きが出来た者同士でも、自分の意見を一方的に押し付けず、感情や偏見によらない話し合いを繰り返す必要はあるってとこだな。
さて、この若者は、次にあのレオンハルトという男に会ったときに、それが出来るか。ちゃんと、俺の言葉の意味を自分で考えているか。
そこのところも、じっくりと見させてもらおうか。
立ち止まり、帝都ラザフォスにまで続いている空を見上げると、集まって来た部下達に指示を飛ばしていく。




