間奏 結婚式、参加するのは紳士と淑女?
街を一望できる小高い丘に佇む教会。
国の玄関口として北部有数の街。人が行き交う交通の要衝たる街。その誇りと、刻んだ歴史を表すかのように厳然たる風格を漂わせていた。
ただ、今日この時は普段とは異なり、柔らかく温かい空気に包まれていた。
「うー、なんか緊張してきた」
「別に、ディータが式の主役って訳じゃないんだから、そこまで緊張することないだろ」
「いや、何て言うの。今までこういう場に縁がなかったから、どういう風にしたらいいのか分からなくって。変じゃないよね?やっちゃダメなことしてないよね?」
「ああ、ディータは結婚式に参列するのは初めてか。格好は貸衣装でバッチリと決めてるし、伐剣者業をやってるだけあって姿勢も綺麗だから問題ないさ。後は、そのソワソワとした態度だけ直せば完璧だ。ほれ、クラウディアを見てみろ。落ち着いたもんだ」
貸衣装である黒の礼服に身を包んだディータだが、どうやら慣れない場と空気に少し当てられたようで、ソワソワと体を動かす。
思えば、ディータも大人びてきているとはいえ、まだ十六歳。多少過ごしたとはいえ、慣れない国で周りはほとんど知らない大人達ばかり。そんな中で結婚式という国、地域ごとに独自の礼儀を求められる儀式に初めて参加するのだから、多少緊張するのも当たり前といえば当たり前か。
まあ、祝いの場なので最低限の礼儀さえ守ってればとやかく言われないだろうし、後は胸を張って堂々としていればいい。
そう思い、俺達の横で実に堂々としているクラウディアに水を向けて、参考にするように促す。
「てか、何でクラウはそんなに自然に出来てんだ。やっぱり、貴族だけあって、こういう儀礼的な場に慣れてるのか?」
そう言って、緊張を紛らわすように隣にいるクラウディアに話し掛ける。
今日のクラウディアは結婚式ということもあって、手には扇を持って、派手過ぎず華美にならないようなドレスに身を包み、艶然とした微笑みを浮かべていた。
「ディータさん。そんな事はありませんわ。私も緊張しております」
「さん?わたくし?プッ、アハハ。どうしたんだよ。そんな深窓の令嬢みたいな喋り方して。クラウらしくないぞ」
あー、見事に最悪な返し方をして、クラウディアは怒るぞ。
そう思い、溜め息をつきつつクラウディアの方を窺うと、…あれ、怒ってない?むしろ、満面の笑みなんだが。
「ディー。少し黙ろうか」
やっぱり怒ってたぁ。
顔は満面の笑みなんだが、声は固く少し低い。
その声と何とも言えない迫力にディータばかりか俺まで背筋に寒いものが走る。
「全く、こういう場でくらい、自分を飾ることが出来ないのか。高位の伐剣者になれば、各種礼典や祭事に呼ばれることもあるのだぞ。そのためにも、こういう身近な儀式から、喋り方においてもキチンとしておけ。それと、深窓かは置いておいて、私は正真正銘の令嬢だ」
言ってることは至極まともで、淡々としているが、…怖い。口調と顔が一致せずに、ディータに対してこんこんと言い聞かすように喋る姿は、普段を知っているだけに余計に怖く感じる。
俺でさえそう思うのに、直接に言われているディータは、その怖さを直に感じてるだろう。固まったまま、クラウディアの言うことに、クルミ割り人形のようにただ頷いているだけだ。
「あー、クラウディア。ディータも反省してるだろうし、折角の祝いの場だ。その辺にしておこう、なっ。ただ、クラウディアもそんな畏まったような話し方をしなくても大丈夫だぞ。一応、普通の結婚式だからさ」
流石に場が場がなので、何時までも見ているだけとはいかず止めに入り、そうクラウディアに提案してみる。まあ、普段から固い言い方をしているから、どちらでも良いといえば良いのだが、もし変に肩肘張ってるのなら無理にしなくてもという程度の提案でしかない。
「申し訳ありません、ハーン教諭。少々熱くなってしまって、場を弁えていませんでした。ただ、先程の喋り方は続けたいと思うのですが」
「いや、クラウディアがいいならそれでいいんだけど。その、大丈夫か?」
「それでは、お言葉に甘えて。…ええ、問題ありませんわ。普段は使っていない言葉遣いですから、定期的にお話ししておかないと、忘れてしまいそうになりますの。そういう点で、この様な儀式的な場所は日常と離れた非日常ですから、この喋り方でも不審な目で見られることがありませんし、誰からも疑われませんわ」
そう言って扇で口許を隠すのだが、いかんせん他でもない俺自身が不審な目でクラウディアを見そうなんだが。
いや、まあクラウディアがそれでいいならいいんだけどさ。
「しかし、驚いたな。やっぱり、クラウディアのその喋りは貴族としての教養として習うのかな?」
「その通りですわ。本当はこの様な話し方は好まないのですけれども、私の場合はお姉様から覚えておきなさいと繰り返し繰り返し言われてしまって。あと、たまにですけど、言葉遣いや仕草のチェックがありますから、仕方がなしにしてますの。ただ、嫌々にしてましたから、あまり覚えていない部分については、はしたない言葉になりますけども、お姉様の猿真似ですわ」
「そうか。厳しいお姉さんなんだな。仕草もってことは、さっきの、笑顔で怒るとかいうのも、怒り顔を見せるのがダメとかいう理由なのかな?」
先程の笑顔で怒るとか、なかなかに器用なことをしていたので、ついつい貴族の仕草としてあるのか興味本意で聞いてしまった。
まだ、ほんの数ヶ月前まで、この街で伐剣者として働いていた時は、もちろん貴族やらと付き合いもあったし、何度か私的な場にも赴いているが、ああいうのは見たことがない。
だから、軽い気持ちで聞いたのだが。
「どうなのでしょう。私が不勉強なのか、貴族の教養としては聞いたことがないので、よくは分からないのです。ですが、お姉様曰く、将来殿方とお付き合いした時に必ず役に立つから、絶対に身に付けておくようにと言われてましたし、もしかしましたら教養の一内容としてあるのでしょうか」
「将来男と付き合った時に役立つ?」
「ええ、殿方とお付き合いした時に」
……お姉さん。それって、もしかして男が浮…、ゴホンゴホン。他の女性に目移りしないようにするテクニックの一つじゃないですか?
人は感情と行動が一致した人については、何を考えているかを読みやすい。
怒った時に怒ってる行動をすると、男はその女性の考えが手に取るように分かる。だから、反対に怒った時に笑顔など真逆の行動を取られると、女性が何を考えているか分からなくなるから自分の行動を慎むようになるとかなんとか。
いや、まさかな。多分、クラウディアが忘れてるだけで、本当は貴族の教養の一つなんだろう。きっと、感情を読まれないよう、怒れば笑い、悲しければ怒るとかのための訓練の一貫だろう。それをお姉さんは冗談めかして言った。うん、そうに違いない。
…この話は、もう止めておこう。これ以上話していると、変なことを聞きそうだし、何より結婚式の場にふさわしくない気がする。
もっとこう、結婚式らしく、夢と希望に溢れた話の方がいい。具体的には思い浮かばないが、その方が遥かにいいはず。
いやそれよりも、そろそろ式自体が始まってもいいだろう。むしろ、始まるべきだろう。司会は、何をしてるんだ。
始まれ~と強く念じていると、教会にいるだけに天に通じるのも早いのか、後ろから声が掛かった。
「レーヴェ。それに、ディータ君にクラウディアちゃんも。少し早いけど、そろそろ中庭の方に移動しておきましょうか」
年相応の落ち着いた礼装に身を包んだお袋が、親父にエスコートされながらこちらの方にやってくる。
強面で機嫌が悪いように見える親父と笑みを浮かべて優しそうに見えるお袋という美女と野獣夫婦。その後ろには、テオとカティという別の美女と野獣コンビもいて、親父達と一緒になってこちらに来ていた。いや、兄妹なんだから、この場合は美女と野獣じゃあ、しっくり来ないか。
何か面白い、もとい、いい表現はないだろうか。
「失礼なことを考えているだろう」
「いや、別に」
お前はエスパーか。なんで俺が考えてる事を、あっさり読めるんだよ。相変わらず、よく分からん男だな。
「仕事をしている時なら無理だが、私事ではお前の顔色は読みやすいからな。むしろ私には、公私をそうまで器用に分けれるお前の方が分からんよ」
「んぐっ。あー、俺は顔色に出やすいですよ。たくっ、もうちょっと俺に優しくしてくれてもいいだろうになぁ、カティ。とっ、悪い悪い。その衣装、よく似合ってるな。うん、普段より一段と可愛いぞ」
「ありがとうございます。少し大人っぽいかと思っていたんですけど、お兄ちゃんやレーヴェさんがそう言うなら大丈夫そうですね。あっ、レーヴェさんも格好いいですよ。普段の伐剣者としての装備、和装でしたっけ?それもいいですけど、今の服装もどこかの紳士と見間違えるほど格好いいですよ。ふふ、ごめんなさい。やっぱり、付き合いの長い幼馴染みなんですね。褒め方がお兄ちゃんとそっくりなので驚いちゃいました」
笑いを堪えるように、俺の格好について言うので、どこかおかしいかと自分の服を見ていると、カティが小さく笑って理由を教えてくれた。
くれたのだが、テオの奴とそっくりって…。兄貴なら、親しい他人の俺と違って、もうちょい別の褒め方があるだろうに。
そう思って、テオの方を見るもフイっと目を逸らされてしまう。って、おい。その目逸らしは、どういう意味だ。
「えっと、その。カティさんの衣装、よく似合ってます。その、とても綺麗です」
「ええ、ディータさんの言うように、よくお似合いですわ、カティさん」
「ありがとうございます、ディータさん。クラウディアさん。お二人もよくお似合いですよ。ディータさんは、レーヴェさんに負けないくらいの紳士ですし、クラウディアさんは流石です。言葉遣いから所作まで、立派な淑女ですね」
ずっと固まったままで、さらに別の事で固まっていたディータだったが、しどろもどろになりながら一息になんとか言い切っていた。
そうして、三人で会話に花が咲いていたが、さっきはそろそろ始まると呼びに来てるんだから、移動を開始した方がいいかな。
「式が終わってからも時間はあるんだし、そろそろ行こうか」
「あら、いけない。ついつい話し込んじゃったわね。そうね、そろそろ中庭に行きましょうか。ああ、それとクラウディアちゃん。さっきの話、式が終わったら、もうちょっと詳しく教えてあげるわ。後、使える技も、ね。カティちゃんも聞いておきなさい。将来役に立つわよ」
聞こえてたのかよ。
不味い相手に聞かれたと、苦虫を噛んだように顔をしかめる俺に対して、よく分かってないという顔で、軽く首を傾げながら何となく返事をするクラウディアとカティ。それを見て、満足そうに頷くお袋。
止めた方がいいのだろうが、どう切り出す。
まだ、二人には早いと言えば、どうしてと聞かれるのは必定。そうなった時に、上手く返せるかと言われれば、返せないだろうなぁ。
そう考えて、言おうか言わまいか躊躇っている間に、気づけばお袋は二人を連れて中庭の方に向かっていた。
はっきり言って俺がお袋を止めれる自信はない。そう、全くと言っていいほどない。お袋を止めれる可能性があるのは、親父ただ一人なんだが。
チラリと見ると、一応やってみるとのアイコンタクトが返ってくるが、…自信無さそうだな。
はぁ、しょうがない。不味い方向に話が進んでいったら、最悪俺が体を張ってでも話をはぐらかすか。それでも、あまり自信がないし、いざとなったらテオの奴も巻き込むか。
カティが絡んでいるから、きっと協力はしてくれるだろう。戦力になるか分からないけど。
そう、親父に期待しつつも、無理だった場合の対処を考えながら、皆の後を追って俺も中庭の方に小走りになって続いていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
参列者が見守るなか、登場を今か今かと待ち望んだ本日の主役が、ゆっくりと中庭中央に設置された鐘へと歩み寄っていく。
黒のテールコートを着た新郎パルタザルと純白のドレスに身を包んだ新婦クリスタの二人。
二人が鐘の前に立つと、儀式の始まりにして最初の見せ場に、参列者は皆一様に柔らかな視線を向ける。
その視線のなか、互いに互いの手を取り合って、教会の中庭に設置された小さめの鐘の紐を引き絞ると、高く澄みきった鐘の音は二人の祈りを乗せて青空へと響き渡った。
パルタザルがクリスタの肩をそっと抱き、二人で寄り添うようにしながら打ち鳴らしたその鐘の音は、自分達が夫婦となり二人支え合いながら地にしっかりと立つことを空へと届ける誓いの音色。
最初の鐘の音が空へとけていくと、続けて二度、三度と鐘を鳴らす。そして、最後の鐘の音が消え、こちらに向き直り二人で参列者に挨拶をすると、ワッと歓声と拍手が響いた。
参列者に見えるように、しっかりと握り合う二人の手。その薬指には、パルタザルの作った指輪が陽の光を受けて煌めいていた。
新郎新婦のすぐ目の前に立つ親族、そして仕事がら世話になっている先輩の職人達とは少し離れた場所に位置どっているこの場からもハッキリと分かる。陽に反射して黄金に輝く中にあって、存在を誇示するように煌めく桃色の光。
千纏の桃花。
雑食であるテンワカが食した様々な鉱石と動植物が混ざり合い、魔獣の魔力を吸収しつつ体内で圧縮され出来る宝石。
そして、ゴズァーテン・ベァークにおいて、ディータとクラウディアが初めて討伐した魔獣から得た極上の戦利品。
「綺麗ですね」
「そ、そうですね。やっぱり、花嫁さんは綺麗ですね」
「ふふ。それもですけど、パルタザルさんとクリスタさんの指輪にある千纏の桃花。お二人が採ってきたものですよね」
「そうですわ。私とディータさんが討伐したテンワカ。そこから、得た物に間違いございません。やはり、カティさんも美しき宝石は気になりますか?」
花婿花嫁の指の宝石を見て、カティとディータ、そしてクラウディアの三人は盛り上がる。
生徒達にとっては、死闘を掻い潜り獲得した思い入れのあるもの。また、それを報告書を読んで知っているカティは、二人がどの様にして得たものかを知っている。
だからだろうか、千纏の桃花の話題は、三人にとって一つ共通の話題として話を広げられるんだろう。
そう思って微笑ましく見ていると、ディータの様子が少しおかしくなってきているように見える。
何というか、一段とソワソワしてるというか、言いたいことを言おうとして何度も飲み込んでるというか。どうしたんだ?
「お…俺、必ずSSランクにまで上がって、魔獣を討伐して人の安全を守れるような伐剣者になります。だから、その。もし、その時に千纏の桃花やそれ以上の宝石を得ることが出来たら、カティさんに贈りますよ」
結構な勇気を振り絞っていったのか、ディータは顔を真っ赤にして少し詰まりながらもそう言いきった。
場所は教会。目の前には幸せそうな花婿と花嫁。そんな状況で、ああいう事を言うって事はそうなんだろう。
さてさて、面白くなってきたぞ、…って。
「ディータ君。若者として将来の展望を大きく語るのは良いことだ。だが、レーヴェが昔言っていたのだが、『十五にして学を志し、三十にして立つ』という。君は今、十六歳で自らが志した伐剣者としての入り口にたったばかりだ。まだまだ、余所見をしている暇はないのではないかな?」
「テ、テオさん」
さっきまで俺の横にいたと思ったら、いつの間にか三人の前に立っていた。
いつもに増して迫力のある顔で、ディータの右肩に手を置きながら話しかける姿を見ると、我が幼馴染みながら情けない。
とんだ兄バカ野郎だなアイツは。それに、最初に会った、ほぼその場で呼び捨てになってたのに、なーにがディータ君だよ。まったく、無駄に迫力のある言い回しをしなくても、普段から十分に迫力あるっつぅの。
しかもなんだ、俺が昔に言ったっていうけど、どんな状況で言ったか覚えてないぞ。まあ、あっちの世界の古典の一節だから、言ったのは間違いなさそうだが、だからといって無駄に俺を持ち出すんじゃない。
「もぅ、お兄ちゃん。ディータさんは、社交辞令で言ってくれてるんだから、そんな風に返したら失礼だよ。ねぇ、ディータさん」
あっ、撃沈した。
カティ自身は全くの善意だろうが、少なくとも今の言葉はディータの心にクリティカルヒットした。
勇気を振り絞って言った言葉を社交辞令として、真に受けていないというのは、まあ来るものがあるわな。
普段から軽薄な伐剣者や男どもから、似たようなことを言われ慣れてる受付嬢としてのスルースキルの悪影響だろうなぁ。
もう、ディータにはドンマイとしか言いようがない。
とは言っても、この後には聖堂内に移って誓いの言葉と誓約書を交わすと儀式は続くのだし、このまま放っておく訳にはいかないか。
さて、どうやって声をかけてやろう。
距離は短いなか、頭を振り絞って、少しだけ肩を落としているディータの方に向かって歩いていく。
シュラフの教会。
神の恵みのように、陽光が燦々と降り注ぐ、午後の一コマ。
幸せそうな花婿と花嫁、そして祝う参列者達に等しく与えられるなか、俺は歩みを続ける。
あー、神さん。たまには、俺に対する優しさとか、そういったもんも恵んでくれないかな。
以前、間奏の内容として、主人公とは異なる物語の登場人物達が一つの話を奏でるものと書いていましたが、…今回はガッツリと主人公視点ですね。
早速にぶれてますが、第二章三十四話があまりにも駆け足だったので、ここで少しばかり補完の意味も込めて書かせてもらいました。
この後は、ジギスムントを舞台とした間奏を一話ばかり書きまして、第三章に移る予定です。
引き続き、変わり者の伐剣者をよろしくお願いします。




