第三十二話 ハーン式訓練(本家)、魔獣討伐1
親父の言葉で"何言ってんだ、このおっさんは"と一瞬呆けてしまったが、言葉の意味がじわじわと理解できてくるとキッと親父を見返す。
「親父。ここに来る前に、万が一魔獣に出会った場合は無茶はさせないって言っただろ!」
「ああ、確かにそう言ったな。だが、こうも言ったはずだ。お前に、伐剣者に教えるという事はどういうことかを伝えたいとな。だから、改めて聞いているんだ。お前は、この子達は戦闘技術だけならCランク相当と言った。そのお前から見て、四頭全部ではなく分断した一頭なら相手に出来るのか。出来るなら、それは無茶じゃない。そうだろう?」
そう言ってくる親父の顔を見ながら思い出すと、確かにギルドで打ち合わせをしている時に俺は親父達にそう言っていた。ああ、確かにそう言ってたよ。
「で、どうなんだ?」
「ディータ。クラウディア。テンワカという魔獣についての情報をどれくらい知っている?」
親父の質問に答えずに、後ろにいるディータとクラウディアの二人に話しかける。
テンワカの方に注意を向けながらでも、俺と親父の会話を聞いていた二人は突然話を振られて言葉に詰まったが、「鼬覇は知ってるけど、纏岩って種類は知らない」と答える。
まあ、準備にそれほど時間があった訳じゃないから、もとから知ってなければ調べる暇は無かったろうし、知らなくともしょうがないか。
ただ、この答えで親父に正確に返答することができる。
「覇種の魔獣との戦闘経験と事前知識の無さ、何よりこの暗闇とそれからくる足場の確保の難しさから、魔力感知能力がないディータとクラウディアには二八で不利だ」
二八で不利。勝つ見込みが二というのは、伐剣者にとっては運が良ければ勝てるかもという数字でしかない。
こう言えば、流石に二人に相手させるなんて言わないだろうと、視線をテンワカに戻す前に足場周りを照らすカンテラと焚き火を見る。二人が魔獣を相手するのに、この広い採掘場にあってはなんて頼りないことか。
「なるほど。それなら、視界の悪さを無くせば、少なくとも普段通りの動きができるだろうから、そこは問題にならないな。魔獣の情報と戦闘経験がないのが確かに不安だが、危なくなれば今回はお前という保険もある。ここまでの条件が整っていれば、やらせてみてもいいと思うが、本当にお前が相手するか?」
その言葉にピクリと反応して、おもわず親父の方に視線を向けてしまう。
視界の悪さを無くす?
いや、確かにそれが出来て、俺が万が一に備えて控えていればディータとクラウディアでも一頭なら…。
一度だけでなく二度、テンワカの群れから視線を外したことで俺が自分達に恐れを抱いた格下と認識したのか、威嚇の唸り声を上げるだけでなく気の早い一頭がこちらに向かって襲い来る。
…が、その瞬間、影が傍らを抜けてテンワカの前に立ち塞がり、その足を止めさせた。
「今こっちで大事な話をしているから、もう少し待ってもらえるかしら。そうすれば、直ぐに貴方達の相手をしてあげるから…ね」
瞬時強化で一瞬の内に魔獣の前に立ち、テンワカを自身の剣域に収めながら、こちらにまで届く魔力を含んだ裂帛の気合をもってお袋が対峙する。
久しぶりに肌を刺すようなお袋の本気の気迫を受けて、衰えるどころか更にパワーアップしてるじゃないかと、思わずブルリと身震いしてしまった。
あっ、昔の記憶が虎と馬に乗ってやって来た。
ま、まあ。あっちの方はお袋がしっかりと押さえてくれていることだし、こっちはこっちで話をつけてしまおうか。
「親父。本当にそんな事が出来るのか?」
「ああ、俺だって何もせず無駄に年を重ねてきた訳じゃないさ。幸い魔力をそれほど消費することもなかった今なら大丈夫だ。もっとも、明るくなった分の熱さと時間の制限ってのはあるがな」
そう言うと、どうするという視線を向けてくる。
相手にするのは一頭。それに視界が確保されて、それ以外は親父達が押さえるので意識を割く必要がない。
ディータとクラウディアもいずれは通らなければならない道だ。なら、最良に近い状況が揃っている今なら、やらせてみる方がいいのか…。
「先生さ。俺達にやらせてくれないかな?」
「私からもお願いします、ハーン教諭」
「二人とも…」
悩みを見せていると、当事者の二人から"やる"という意思表示を受ける。
その言葉で、その真摯な視線を受けて、俺の中で揺れていた天秤が完全に一方に傾いたのを自覚する。
「ククク。さて、レーヴェ。これで全ての条件は整ったぞ。この子達の意気にどう答える?」
「親父も人が悪い。もう分かってんだろ?―――やってくれ」
「おう!!」
金砕棒を地面に突き刺し、両の手から青く燃え盛る焔を発現させると、焔は流れ、重なり、絡まりながら巨大な蛇のように地を這っていく。
これは、焦熱の縛縄か。いや、焦熱の縛縄は魔獣を縛り燃やすという魔術のはず。
それに分断すると言っていたのに、拘束が主目的の魔術をこの場面で使うとも考えにくい。
なら、俺の知らない新しい魔術か。
「言っただろ。無駄に年を重ねてきた訳じゃないってな。ヴァネサ、右に避けろよ!!」
「了解!!」
両手から焔が完全に落ち、完成した魔術を放ちながらながらお袋に叫ぶと、自身も武器を構えて突進していった。
「レーヴェ、時間は三十分だ!!その時間が経過すると魔術は消える。それまでに片がつかなかったら、その時はお前が判断して行動を起こせよ」
魔術を発動させた親父は、こちらを見ること無く、言葉を残して焔とともに駆けて行く。
最初は親父と並走していた青い焔は、まるで意思を持っているかのように途中で枝分かれし、お袋と群れから突出していた一頭の方に向かう。地を這う焔に、身を踊らせ逃げるテンワカだが、親父の魔術の方が速い。
逃げ道を限定するかのように動きを誘導し、俺達から十分に引き離すと燃え上がる炎壁となってお袋と共に閉じ込める。
同じく、群れの残りに親父が突っ込みそれに反撃するように行動した二頭を引き付けると、後を続くように走っていた焔が囲うようにして燃え盛る壁となった。
これは、追尾と炎壁で戦う場を作るための魔術。それに、今回は視界の確保という面も持っているのか。
親父達は親父達で新しい魔術を、新しい戦い方を模索し続けてるって訳か。
たくっ、その年になってまだ学び成長してるなんて敵わないな。
「ディータ!!クラウディア!!場のお膳立ては出来た。後は、君達がやるだけだ!!」
青く燃え盛る焔によって産まれた影が踊る中、そうディータとクラウディアに声を掛ける。
さあ、初めての覇種の魔獣"討伐"に挑もうか!!
◇◆◇◆◇◆
「その一歩を踏み出す前に伝えておく。君達はアイツと"やる"と言った。俺はギリギリまで、本当に危なくならない限り手を出さない。未知の相手、場も決して良好とは言えない。だからこそ、この状況でどこまでやれるか、思う存分自分の力を試してこい」
こちらを背にし、唸るテンワカの動きを抑えるように睨みながらハーン教諭は言ってくる。
当たり前とはいえ、こんな状況でも普段と変わらない落ち着いた声だか、言葉の意味が分かってくると自然と体が固くなっていく。
私とディータだけで魔獣の相手をする。私達が言った通りにするだけではないか。それなのに、一体なにを固くなっているんだ私は。
「そうだな。一応助言というほどでもないが、学院でやった訓練を思い出しながら、基本となる動きを雑にしないようにすること。後は、今から相手するヤツは纏岩鼬覇テンワカ。纏岩という特異があるから並の覇種より手強いとはいえ、群れをなさない一個体でははっきり言って弱い。それはなぜか。固定観念を捨ててアイツの動きをよく観察し、考えながら戦うこと。そうすれば、二人ならなんとかなる…かもしれない」
学院で行った訓練。
身体能力強化は全開にして、硬化は武器だけでなく鎧や盾にも掛け続ける。それと、コンビとなるディータの動きを邪魔せずに動く。
あとは…。
そう思い返していると、カチャカチャと微かな音が聞こえる。
なんだ、この音は?
音につられるように視線を下げると、情けなくも小刻みに震える自身の腕。
くそっ、こんな時に何を震えてるんだ。震えるな!!止まれ!!
強く剣を握り直すと、震える音を意識外に無理矢理追い出しながら顔を上げて、こちらの方を窺っている青い焔に照らされ牙を鳴らす一頭の魔獣を見つめる。
しかし、倒すべき相手を見据えても、体は固く恐怖からくる震えは止むことはない。
"しっかりしろ"と自分を内心で叱咤していると、横からディータが話し掛けてきた。
「クラウディア。行く前にお願いがいくつかあるんだけどさ。閃光の魔術を使うときは、出来れば一声掛けて欲しいだ。流石に、いきなりやられたんじゃ、俺まで動きが止まっちゃうからさ」
「無論だ。それで、他にはなんだ?」
「ああ、これが一番大事なんだけど…危なくなったら助けてくれよ?」
声は固くどことなく震えて聞こえるのに、そう笑顔で言ってくるディータがどこかおかしくて、こちらも頬が緩む。
助けてくれか。そうだな、さっきも思い返していたじゃないか。私は一人でアイツの相手をするんじゃない。ディータと共に相手をするんだ。
そうして、自分の右手に構える巨盾を見つめ、力強く返事をする。
「ああ、任せておけ。見習いとはいえ、曲がりなりにも守護騎士だったんだ。この盾に誓ってアイツの牙はディータには届かせない。だから、私からもお願いする。私が危なくなったら助けてくれ」
「もちろんだ。じゃあ、これ以上話していてもなにも進まないし、そろそろやろっか。俺は右から行く。クラウディアは左からでいいか?」
「承知」
体の固さや震えがなくなったわけではないが、それでもさっきに比べると幾分か和いだように感じる。
これなら少なくとも不様な戦いにはならないはず―――。
「行きます。ハーン教諭」
「よし。行ってこい!!」
どうなるかは分からない。けど、やれるだけの事はやってやる。
力強い声に後押しされるように、ディータとほぼ同時に駆け出す。
この足場のなか、自由に動かれると今の私では対処できないかもしれない。なら、まず狙うは右前足。
「だりゃぁぁ!!」
不安を。恐怖を払うように、腹の底から声を出しながら剣を振るうも相手に動きはない。私達の動きに目が追い付いてないのか?
とにかく、それなら好都合。まずは、その足を貰うぞ!!
身体能力強化も武器の硬化も十分。
イケる。
そんな思いとともに、私のありったけの力を込めて振り下ろした剣は右前足を捉え、そして――――僅かにテンワカが動いたことによって弾かれる。
「なっ!!」
確かに、捉えたはずだった。それなのに、こんな簡単な動きだけで弾かれるなんて。
ありったけの力、それをそのまま返されバランスを崩すも、足に力を込めてなんとか踏みとどまる。
「ちょっ!!」
渾身の一撃だったのに通じなかったことに驚いていると、私と同じように左前足を攻撃していたディータも驚きの声を出しながらたたらを踏んでいるのが視界に入り、同時に左から地を這うように迫る影が映る。
考える間もなく反射的に巨盾を斜めに構え、衝撃に備えるように身体能力強化を強めた瞬間、盾に影が激突するギャリと鈍く甲高い音が響く。さらに、受け止めず流したはずなのに、体の芯を貫くような凄まじい力に顔を歪ませながら影の正体、テンワカの鋭く尖った尻尾を見つめた。
その瞬間、ゾッとする。
反応が僅かでも遅れていたなら。
真っ正面から受け止めようとしていたら。
私は、受けきれただろうか…。
「クラウディア!!」
ディータの声にハッとすると同時に全力で体を伏せる。
間一髪。頭上を岩を纏ったテンワカの爪が通りすぎていく。
くっ、覇種の魔獣を前に何を考えている。
相手は、大型の獣ではない。魔力秘め、知能を持った魔獣だぞ。
一時たりとも、相手から気を逸らすな。
そう自分に言い聞かせ、立つ勢いそのままに、眼前に居たテンワカ目掛けて剣を振るうも空を斬る。
影も残さず一瞬のうちに回り込み、剣を振り上げた姿勢のままの私を狙って振るわれる岩に覆われた太い爪。
地に伏せたのは、ほんの一瞬なのに、その一瞬を音もなく移動できるだと!
避けるべきか?受けるべきか?
一瞬のうちに迫られる選択肢。
今、体が上に伸びている以上、回避は間に合わない。
なら、盾で受けるか。…いや、先程受けたテンワカの力を考えると、この状態で受ければダメージを流せず、下手をすればこれ以上の戦闘が続けられないかもしれない。
なら、一か八か!!
伸びた状態の体に無理をさせ、僅かに膝を曲げると飛び上がり、盾をテンワカの方へ向ける。
そうして、全身の力を抜き、直ぐにやって来るであろう衝撃に備える。
「ぐっ…」
盾は鈍い音を響かせ、骨は軋み痛みは全身に波のように広がる。
だが、受けた。受けきったっぞ。
吹き飛ばされ、普段は絶対に感じることのない浮遊感のなか、足場を確認すると、全力で身体能力強化を足にかけ着地する。
来るか!?
どう攻められても対応できるように盾を構えるも、追撃はこない。
その事実にホッと一息つき、前方を窺う。
助かったぞ、ディータ。
視線を上げた先には、私とテンワカの間に割り込み、テンワカの動きを巧みに牽制しているディータの姿があった。
魔力を帯びて輝く赤と青の双槍を縦横に振るいテンワカの纏う岩を削りにかかっているその背に、感謝の念を送る。
が、ディータの武器でも、纏岩を前には決定打に欠けるようだ。
やはり、まずはどうにかしてアイツの纏岩を剥がさなければならないか。
その為には、私の剣では足りない。となると、魔術だが…。
「ディータ。魔術を使おう」
「っとと。やっぱ、それしかないか」
ディータの元に駆け戻りながら、声を大にして言う。
テンワカの爪牙を交わしつつ返事があったが、問題なのはここから。
「私の持ってきた触媒で使える魔術は火と土だ。ディータは?」
「俺は、火と雷だな。持ってくる触媒の選択マズったかな」
やはりか。纏岩を剥がす、少なくともそのキッカケを魔術に頼ろうと思ったのだが、果たしてどれ程の効果があるのか。
火…は、恐らく通じないだろう。となれば、私の土とディータの雷か?
「ちぃ」
悩み、動きが雑になった瞬間を的確についてくるな。
考える暇さえない。盾で受け流したテンワカの爪を忌々しく思いながら、内心悪態をつく。
「悩んでてもしゃーないか。今の状態だと武器が通じないし、魔術を使うっきゃないんだから、やってみようぜ」
「分かった。私は右から行く。左は任せた」
「了解っと」
同じように、テンワカの尻尾を避けながら言うディータに頷いたのを合図に左右に散る。
そうして、懸命に攻撃を避けながら触媒に魔力を通し、尖岩弾を発現させようとテンワカから距離を取ろうとバックステップにて距離を開ける。
すると、私が魔力を通していることが分かったからなのか、ゲオルグ殿の魔術、燃え盛る炎壁から遠く離れた位置にまで大きく飛びすさり、牙を剥き唸り声を上げてこちらを注視する。
今までにない行動にたたらを踏んだ瞬間、唸り声を切り裂くように、低く響く轟く雷の音。
ディータが、時間差で魔術を撃ってくれたか。
ただ、アイツは人が攻撃系の魔術を使おうとするのが分かるのか、だがディータの魔術には反応できなかった。なぜだという疑問が出てくる。
しばらく考えるも答えは出ない。だが、出来ないと判断するには甘いかと結論付け、出来るとして動き出す。
ただ、私から意識が外れたテンワカに対して、再び尖岩弾を準備し放っていくも、纏岩に当たっては砕ける結果を見ていると、本当に効いているのかと自問したくなってくるな。
岩と雷が飛び交うなか、魔術の性質が分かったのか、一転して身を翻し私とディータを攻め立てるテンワカの動きに翻弄されながら、位置どりを考えながら動くが、魔術の行使を大分制限される。
近すぎれば、触媒に魔力を通すために集中力を余分に割くため、こちらの分が悪くなる。
遠すぎれば、テンワカ相手だと早さでやや劣るため魔力を無駄に消費するだけ。
だからこそ、適度な距離を保ちつつ魔術を行使するのだが、それがこんなに辛いとは。
再び鋭さと魔獣としての動きを増していくテンワカからの攻撃に対応しながら必死に考える。
テンワカの爪が、牙が飛び交うなか、不利にならないように足場を確認しながら頭を懸命に働かせるが…。
くっ、段々と押されてきた。打つ手がないと、こうも一方的になるものなのか。
視界が確保されてなかったら、ハーン教諭の言うように本当に手も足も出なかったな。
…まて、視界が確保されている理由は、ゲオルグ殿の魔術。
ヴァネサ殿と対峙していたテンワカは、這い回る焔から逃げるように動いていた。そして、私達が魔術を使った時、一度大きく避けたが、その時も炎壁の方には避けなかったような…。
その判断に至った瞬間、直ぐさま触媒に魔力を通し放った紅蓮の炎。その火炎の魔術を、テンワカは今まで一度も聞いたことのない鳴き声を出し弾けるように避ける。
私と同じ結論に至っていたのか、ディータも火炎弾の魔術を使いながら声高に吠える。
「ちくしょう!何で、岩に炎なんだよ。おかしいだろうがよ!!」
気合いを入れるためかと思ったが、単なる八つ当たりの方か。
まあ、その気持ちも分かる。最も効果がないと思っていたものが、まさか有効だとは夢にも思わなかったな。
だが、ジリジリと私達が消耗するだけだった状況は打破できた。後は自分との、自分の限界との勝負。
攻撃の手段は見つけた。体力と魔力に関しては少し不味いかもしれないが、集中力は乱れていない。
だから、ここからが本当の勝負だ、テンワカ!!
◇◆◇◆◇◆◇◆
【魔術情報12】
・尖岩弾[ラグボルト]
魔弾系において、最硬度を誇る魔術。
込めた魔力の量によって、礫から岩石まで幅広く使えるため、応用力に富むが、大きさに反比例し弾速は落ちる傾向にある。




