第二十七話 ゴズァーテン・ベァークへ
夏の陽射しが降り注ぐなか、軽快に走るライナックの引く鳥車に揺られながらとぐろ巻く大山への道を進む。
初め、パルタザルとの交渉依頼は長引くかと思ったが、意外とすんなり話は纏まったため、荷物をまとめるとそのままの足で鳥車へと向かい乗り込むことができた。
念のため、交渉が始まる前に二人に契約する前の交渉をしたことがあるかと確認したのだが、その返事は無いというものだったのでいざとなれば横から口出しするつもりだったが余計な心配だったようだ。
とは言うものの、いくつか助言なりをして考えてもらいたい部分もあった。
例えば、交渉はまずクラウディアからいくつかの提案をしたのだが、残念なことにやや強引というかこちらと相手の都合を考えない通りいっぺんの要求を提示したこたか。
これは、交渉が纏まってから確認してわかったのだが、クラウディアには個人間で契約を結んだ経験がない事が原因だったようだ。
あと最近は忘れがちだが、クラウディアは貴族の令嬢。この手の交渉では相手が気持ちを斟酌して条件等を提示していた経験しかないため、対等の相手との交渉は難しかったのだろう。
そのため、自分達が駆け出しだということを考慮して、同じ依頼を通常依頼や指名依頼で受けた場合の報酬額より安い報酬額を分けて支払うか、一部を金銭一部をパルタザルの作った装飾品で支払うという叩き台となる提案を交渉のテーブルの上に乗せてパルタザルの意見を聞き始めたのだった。
一見すると中々いいのではと思うが、ここで問題になるのが同じ依頼という部分だ。
本来であれば、ゴズァーテン・ベァーク等の準危険領域はCランク以下は滅多に立ち入らない場所で、それは自身の実力と噛み合っていない場所であるため割に合わないと、下手をしたら怪我だけではすまないからである。
それに、そもそもそんな場所を選んだのはそっちの都合だろうと言われるであろう部分をいかに丸め込んで、言い換えるなら説得して相手にも利があると見せるかというのが腕の見せ所だろうか。
事実、交渉の初めからそんな提案だったのでパルタザルは難色を示したが、その顔色を見てすぐさまディータからのフォローというか別の提案がされる。
まず、依頼料はパルタザルが予定していた金額よりやや低めでいいとして、ゴズァーテン・ベァークで取れた品質の高い鉱石類を高く買い取ってくれる店の紹介、品質は劣るが装飾品に使える価値があるものについてはパルタザルが優先的に買取りできるというものはどうかと聞いた。
意図してはいなかったろうが、クラウディアの無茶な提案があった後に、自分が有利に見える提案が出てきた事で、思わずパルタザルの口角が微かに上がる。
それを確認したのかしてないのか、さらにパルタザルが求める宝石の種類を出来るだけ探して見つけるように努力すると追撃すると、苦笑したようにしてディータの意見で合意して交渉が纏まったのだった。
報酬は自分の能力次第と割りきった提案と今回の依頼の要点、結婚相手に贈るという部分を突いた事で思わず苦笑となったのだろうが、俺から見ても上手いなと感心するものだった。
まあ、重箱の隅をつつく感じでいけばまだまだ粗はあったが、それはこれから経験なりを積んでいけばより強かな交渉も出来るだろう。
それに下手に慣れないことをさせるより、今回上手いこと北風と太陽的な交渉が出来たので、もしかしたらこの方向で育てていくのもアリかもしれないな。
もちろん足りない部分を補いつつだがな。
「しっかし、クラウディアにはビックリしたよ。まあ、あのお陰で俺の提案がすんなり通ったんだから万々歳なんだけどさ」
「むっ、そうか。だが、それほど無茶な提案をしたつもりはなかったのだがな」
で、早速とばかりに交渉が纏まってから鳥車に乗り込んでから、先程の交渉依頼の意見交換ならぬ反省会をしていた。
「いやいや。パルタザルさんお金がないっていってたじゃん。それに、先生がさゴズァーテン・ベァークに行くって言ったら泡を食って止めてたから普通通りの言い方ならご破算になってたって」
「ディータ君の言うとおりかもね。でも、クラウディアちゃんが高めの要求をしたから、ディータ君の提案がすんなり通った面もあるから、私から見てもいいコンビだったとは思うわよ」
「なるほど。熟練の伐剣者から見ても私の提案は厳しめの要求だったのですか」
そう言って、腕を組むと難しいとばかりに眉にシワを寄せて考え込んだ。
まあ、こればっかりは慌てても身に付くモノではないし、練習や交渉自体を何回か繰り返したりの積み重ねだからな。
まっ、焦らずにいこう。
「そういや、クラウディアは騎士団にいたって言うけど、その時には交渉役の人についてみたりしたことは無かったのか?」
ふと思い付いて聞いてみたのだが、そう聞いた瞬間にシワを寄せて悩んでいた顔から少し悲しそうな顔になった。
ただ、それも一瞬の事ですぐに普段の固めの顔に戻る。
「そうですね。実は私は騎士団に居ましたが、それほど長く在籍していなかったので交渉等の対外関係の仕事はほとんどと言っていいほど経験がないのです。まあ事情については、その…」
「あっ、いやそうか。それならしょうがないな。アハハハ…ハ」
そう言って口ごもり微妙な雰囲気が漂う。
ディータはあからさまに視線を逸らすし、お袋は半眼で呆れたようにこっちを見てくる。
いや、だって生徒達の事を私生活含めてそれほど知らないんだもん。
特にマイナス面については、俺からも相手からも聞いたり言ったりする事はまったくといっていいほど無かったんだから。
唯一ルディについては知っているけど、それでも深く知っているってほどじゃないんだよ。
「あー、そういやさ。これから行くゴズァーテン・ベァークってどんなとこなの?俺達っていうか、俺とアニータはまだ駆け出しだから準危険領域になんて行ったことなくってさ」
「あっ。ああ、ゴズァーテン・ベァークな。そうだな。これから行く場所だし、最低限の知識はあった方がいいな。よし、それじゃあクラウディアも聞いておいてくれよ」
視線を逸らしていたディータが、思い付いたように聞いてきたので俺はそれに飛び付いた。
それが少々あからさまだったかもしれないが、いいタイミングで入れてくれたフォローだ。これを利用しない手はない。
「そうだな…。ゴズァーテン・ベァークは中央の山を中心に、そこからとぐろを巻くように山が連なっている場所を言うんだ。だから、中央部に行くにつれて所々盆地のように開けた場所があって、一応そこにギルドや国の設置した無人の家屋が用意されているんだ」
「へぇー、面白いね。ジギスムントにもとぐろを巻くようなってのはないけど似たような場所があるよ。最も、そこは危険領域に指定されてるけどさ」
ほう。なら、他の生徒達も実力がついたらゴズァーテン・ベァークに連れていって山での活動の練習をするのはいいかもな。
ガルクブルンナーのゴズァーテン・ベァークを練習場所にして、将来的にはジギスムントでの危険領域に挑めるようにして、国を跨いだ連携を取れるようにするってのも面白いかもしれない。
後でテオに提案しておいて、学院に戻ったらフリッツさんなりに話をしてみるかな?
「でだ。ゴズァーテン・ベァークは鉱石類を多く産出するってんで宝石や触媒となる鉱石なんかの採取依頼が結構ある。例えばだけど、俺達がよく使う身体能力強化のための触媒とかな」
「なるほど。それは、伐剣者だけでなく国からの依頼も多そうですね。しかし、盆地の地形があるのならそれ以外にも依頼がありそうですが、そこら辺はどうなのです?」
「一応あるにはあるが、あまり多くないかな。盆地にあるとしても、薬草類や触媒になりそうな木材とかだけだし、他にも豊富な場所があるから特にここでというものはない。むしろ、ゴズァーテン・ベァークの盆地で採取するのは、一般的には依頼のついでの小遣い稼ぎ的なものに留まってる」
まあ、駆け出しでは依頼をこなした上に小遣い稼ぎとはいかないから、中堅クラスの伐剣者からってのはあるかな。
えーと、これで場所の説明と産出されるものの説明が終わったな。あとは、どんな魔獣がいるかの説明とそこに行くの目的の説明くらいかな。
「それじゃあ、ゴズァーテン・ベァークに棲息する魔獣の説明をするか。一応、準危険領域という事で魔獣はそこかしらにいる…と思って行動してくれ。次に、魔獣の脅威度で言えば、一番上で魔種ついで覇種となっている。もちろん、魔獣ではないが大型の危険な獣もいる」
「えっと、俺達が採取するって場所でも魔種は出るの?」
やる気と不安を合わせたような口調で尋ねてくるが、表情は真剣なものでじっと俺の眼を見て離さない。
ふむ。ディータとクラウディアが魔種の魔獣に遭遇したのは、俺の下について二度だったか。
一度目はジギスムントでの牛魔。二度目はガルクブルンナーでの猿魔の群れ。
そのどちらでも動けなかったのに、今度は同種の魔獣が棲息するなかで活動するというのだから、不安になる気持ちも分かるし、やってやるという気持ちを持つのも分かる。
分かるのだが…。
「いや。俺達が採取する場所は準危険領域の中でも表層に位置する場所だから、魔種の魔獣が出てくることはない。魔獣が出るとしても覇種止まりだろう」
そう言うと、ディータだけでなくクラウディアも安心したような残念だというような、ごちゃ混ぜの感情を表したような顔になる。
うーん。俺だったら危険なことがないって安心した顔になると思うんだが、二人は違うようだな。
いや、むしろこのくらいのやる気がある方が伐剣者としてはいいんだろうな。
「あー、残念がってるところ悪いが続きを説明するぞ。ここゴズァーテン・ベァークでは、群れを成すという魔獣はいない。というか、見たことがない。だが、二三頭で行動するモノはいるので十分な注意が必要となる。そこでだ、今回の訓練では…」
最後にゴズァーテン・ベァークでの訓練の説明をしようとしたところで、ライナックの嘶きが聞こえ御者席にいて手綱を操っていた親父から声がかかる。
どうやらタイムアップみたいた。まあ、あとは目的だけだったし採取場所に行きながらの説明でなんとかなるか。
そう思うと、ディータとクラウディアに訓練目的は行きながらなと言って荷物をまとめると、お袋を先頭にして鳥車から降りていった。
―次回投稿は9/19 18時頃を予定しています。




