第二十二話 義母ヴァネサ
「何よ。ロッホスは鈍ってるとか言ってたけど全然やれるじゃない。まあ当然よね。何せ、私とゲオルグが鍛えたんだもの」
「ちょっ、目を狙うの禁止。お袋、聞いてる?お願いだから、取り決めを守って!!」
「大丈夫よ。現に余裕綽々でかわしてるじゃないのよ」
「こっちは必死で避けてんだよ!!」
事務長室に乗り込んできた義母ヴァネサに半ば強引に連れられ、城門の外にて手合わせという名のガチバトルを繰り広げている真っ最中。
ここで断っておきたいのだが、ギルドやシュラフスの街にもジギスムント帝立学院でいうところの修練場のような場所はある。
あるのだが、そこだと全力が出せないと言ってここまで連れてこられた事で、我が母ヴァネサの意気込みといというのが分かるのではないだろうか。
――――――そもそも、いつの間に俺の事を聞いたのか疑問に思っていたが、どうやら短時間で出来て割りのいい依頼がないかとギルドに行くと掲示板の前に人だかりを見つけ、うまい話かと確認した事が発端のようだ。
人だかりを一睨…見つめていると、依頼書の前で話していた伐剣者達が場所を譲ってくれたのでお礼を言いつつ依頼書を見てみると、普段の自分もよく行く場所に王種の魔獣が出没した事が書かれていた。
そして、依頼人には自分もよく知るロッホスの名前が書かれていたので、これは本人を締め上…本人に直接聞いた方が早そうだとギルドをグルリと見渡すと、ギルドに到着したばかりの本人を見付けこれ幸いと話を聞き出したらしい。
素早く本人に詰めより、どういうことかと問いただすヴァネサ。
笑いながら暗き森であったことを滔々と語るロッホス。
その様子は始めの内は和やかだったようで、へぇーとかふぅーんとか適当な相槌を打ちつつ聞いていたのだが、話が俺の事になった瞬間、場の空気が固まる。
いや、俺が双猿王の一対ルーガルを討伐したというところまでは機嫌がよかったようだが、その後に続いた言葉、それが気に食わなかったようだ。
「しかし、ちょっと見ない内に随分と鈍っていたな。それに、甘ちゃんなのは変わらないし、制度も違えば初めての生徒とやらを持ったことで、もしかしたらどうすればいいか分かってないのかもな」
「ちょっとあんた。家のレーヴェに随分と言いたい放題言ってくれてるけど、どういうつもりよ」
さっきまでの和やかな空気は裸足で逃げ出し、険悪な空気がスキップしながらやって来る。
その険悪な空気に、聞き耳を立てて情報を得ようとしていた伐剣者達は、安全第一とばかりに離れていった。
「そりゃそうだ。どっかのなんだかんだ子供に甘い伐剣者じゃ厳しい事は言えないだろうからな。欠けている点に気付かないままじゃ、せっかくの教えも無駄になるだろ?」
「あ゛?その子供に甘い伐剣者とやらは誰のことかは分からないけれど、アンタも偉そうな事を言えるようになったもんだね。逃げ足ばかり鍛えてたら、たまたまSランクになった<逃走>さん」
「…ほう?まあ、子供を危険領域に連れて行ってはぐれるという間抜けをさらした大馬鹿にいくら貶されようと毛ほども痛くないがな」
「……」
「……」
二人は軽く睨みあっていたと思ったら、次の瞬間にはニコリと笑って拳を固め構える。
一触即発。不穏な気配、ここに極まれり。
お互いの隙を探りながら牽制しあっていると、様子見をしていた事務職の男性や受付嬢が慌てて飛び出し二人を止めに入る。
男女であっても、そこは伐剣者同士の問題である。
普通なら、殴り合い程度ならば放置しておけばいいのだろうが、大昔に殴り合いから武器や魔術を使っての死合いにまで発展した事があったので、初期対応として本気の殴り合いになりそうなら止めに入るという取り決めがされていた。
また、遺恨が残って人の目のないところでの闇討ち等を防ぐために伐剣者タグに色々と仕掛けを施す徹底ぶりである。
とにかく、そんな理由からロッホスさんには男性職員が、ヴァネサには受付嬢が飛び付き何とか押さえる。
「ロッホスさん。依頼の人数が集まったので、直ぐにでも暗き森に行けますよ。そうですよ。暗き森で待ってるベティーナさんを、早く迎えに行ってあげてください」
「そうだ。一応、事務長にシュラフスから出る報告に行きましょ。ねっ、そうしましょう」
「あら~。同世代に相手にされないからって、まさか年下をタラシこんでるの。イヤねぇ~モテない男は」
「勝手にモテないとか妄言を吐くなんて現実との区別もつかないほどボケたのか?それに、少なくともベティーナはお前みたいに短気でもないし嫌みったらしいことは言ってこない分はるかに魅力的だな。まったく、ゲオルグさんも女のおの字もないお前のどこが気に入ったのか」
そう必死に呼び掛け、何とかこの場を収めようとしたのだが、ギルド職員の言葉尻を捉えて、ヴァネサが煽っていく。
それにロッホスが乗り子供の喧嘩並みに下らない言い合いが繰り広げられるが、何とか二人を引き離しロッホスを事務長室に上げたのだった。
後は、ロッホスが事務長室に報告に来て、出掛け際にヴァネサにレオンハルトが上にいると伝えると駆け上がって行って連れ出したという流れになる。
一応、義両親に教えを請い直すつもりだったので、いちいち話す手間が省けたのだし、軽い気持ちで受けたのが失敗だった。
まさか、ここまで本気で掛かってこられるとは思ってみなかったので、振るう剣を必死に避け、いなしながら間合いを図りつつ動き回るのだが。
くそっ、子供の頃からさんざん訓練されているので、俺の微妙なクセまで把握して先回りしてくる。
隙を突くような緩急織り混ぜた連激を凌ぎ打ち返すものの、怯むことなく前に出つつ避けるという攻撃的な姿勢に、ついつい俺の方が怯んでしまう。
「ほらほら、レーヴェ。いくら身内であっても、打ち倒すつもりで攻めてきなさい。一旦対峙するとなったら、親しいからといっても躊躇しちゃダメよ。その一瞬の隙が命取りになるんだから気持ちを切り替える」
「いや、分かってるんだけど、そう簡単には切り替えれないって。って、おわっ!!」
「うーん。腕は良いのに勿体ない。戦う心構えが出来るまでに少し時間がかかるところが玉に傷よね」
そう言って苦笑するが、攻撃の手は一向に休ませないで攻め続けてくる。
いや、魔獣ならともかく人相手、特に親しい間柄であってもに一瞬で切り替えれる方が凄いと思うんだけどな。
まあ、お袋の言うように、俺がスロースターターであることは変わりない。
そう思って、意識して徐々に切り替えていくと俺の姿勢も変化していき、鋭さが上がっていった。
さっきまでは、正面から打ち込まれれば、後ろに引きつつ隙を探るといった消極的な姿勢のみだったが、それとは別。
前に出て受け止める事で隙を作らせるといった積極的な姿勢をも加えていく。
「そうそう、良いじゃない。やっと準備が整ったってところね。それじゃあ、ここからが本番て事で…いくわよ」
「了解。受けてたつよ」
ヴァネサの剣との鍔迫り合いをしながら宣言され、それを受けると途端に俺の顔めがけて炎が吹き上がる。
同時に、鍔迫り合いしていたはずの剣が離れ、炎で視界を遮った死角から振られた。
瞬時強化。
炎が上がった瞬間、足に魔術を重ね後方に一気に離脱し、すぐさま前方に横凪ぎに刀を振るう。
それで、炎をかき分け直進してきたヴァネサは一旦足を止める事になるが、振られ終わった瞬きほどの硬直時に詰め寄ると突きと同時に魔術を使ってくる。
足下の地面、それも片方の足部分のみがへこみバランスを崩しかけるがもう片方に力をこめ何とか踏みとどまるが、そこにタイミングよく迫る突き。
腕と上半身の力で踏みとどまった足を軸に強引にグルリと回りかわすとその勢いを保ったまま斬激に移り、お返しとばかりに俺も少し抑え気味の岩山の霊槍の魔術を使う。
横軸と縦軸からの同時攻撃に流石に後ろに引かれるが、すぐに瞬時強化を発動し体勢を建て直しかけているところに追撃していく。
そうして、俺の刀を今度は義母が剣で受け、再び鍔迫り合いになった。
「やっぱり、キッチリと切り替えれると強いわね。でも、流石に岩山の霊槍はひどくない?」
「いやー、昨日から魔術触媒を変えてなくてさ。でも、抑え気味に使ったしお袋ならあの程度余裕で避けれるだろ?」
おどけながら言ってくる義母ヴァネサに同じ調子で返事をするとニッコリと笑われる。
そうして、おもむろに力を抜いてくるので、俺の方も力を弱めるが、決して隙は作らない。
だって、まだ終わりって宣言がなされていないのに、気持ちを緩めて攻撃されるなんて事になったら目も当てられない。
「……気持ちは切らないか。うん、良い感じね」
「あー、よかった。下手に気を抜いていたら大目玉を食らうところだったよね?」
「当たり前よ。相手が気を緩めたからってこっちもそれに合わせたんじゃ痛い目を見るのは自分なんだから。さてと、それじゃあお昼も近くなって来たことだし、これくらいにしてシュラフスに帰りましょうか」
「了解。しかし、もう昼か。本当に時間がたつのは早いな…ん?」
もう昼?
いや何か昼について何かあったような気がする。
……あっ。そういえば、昨日昼過ぎまでギルドにいるとディータとクラウディアに言ってたんだ。
「あちゃー、しまった。お袋。急いでギルドに戻ろう」
「えっ、何?何か依頼でも受けてたの?」
「いや、俺の生徒達に昼過ぎまでギルドにいると思うって言ってたんだ。もしかしたら、ギルドに来ているかもしれないんだよ」
そう慌てていうが、お袋は不思議そうに首を捻る。
いや、だからもしかしたら来ているかもしれないから、早く戻ろうって。
「ちょっと落ち着きなさいレーヴェ。そもそも、もしかしたらってだけで確実な約束でもなんでもないんでしょ?それなら、急ぐのはいいけど、そこまで慌てることはないわよ。もしかして、ロッホスの奴が言ってたのって。………そう言えば、なんだかんだあってアンタの生徒達には会ってないわね。よし、良い機会だし、せっかくだし昼食でも一緒にとりましょう」
「えっ?いや、別にお袋は来なくてもいいよ」
「いいからいいから。さっ、話も決まったし、シュラフスに戻るとしますか。ほら、急ぐわよレーヴェ」
あれ?さっきまで俺が急かしていたと思ったのに、何で逆に急かされてんだ?
訳が分からないまま立ち尽くしていると、早くしなさいという声で我に返り、先を行く義母ヴァネサを追って駆けていく。
ってか、お袋早くね?!
―次回投稿は8/31 18時頃を予定しています。




