第二十一話 慌ただしい事務長室
「失礼しますよ。人数が集まったのでそろそろ出させてもらいます。っと、なんだもう来てたのかレーヴェ」
「ええ。昨日、色々と言われてたかもって思うと気が気でなかったんですよ」
「ククク。お前がそんなタマかよ」
いやいやいや、俺ほど打たれ弱くて繊細な人間なんてそうそういないですって。
現に今も、ちょっとしたことでうじうじと悩んでるんですから。
「さてと、お前と話すってのも楽しいが、少しでも早く行ってやらなきゃベティーナの奴が拗ねるからな。そんな訳で、人数も揃ったので出ますよ」
「うむ。お前には余計な事かも知れんが気をつけてな。ああ、そうだレーヴェ。一応、そこにも書いているが、シュラフスにいる間ロッホスと、ベティーナの二人をお前に付けようかと考えているのだが、異論はあるか?」
なにっ?!そんな事書いてたか。
慌てて一から読直していくと途中に書かれていた。
耳に痛いことが続いていたから、無意識の内に俺の目はストライキを起こしていたようだ。
しかし、ロッホスさんとベティーナが俺について一緒にディータとクラウディアを見るか。
……悪く言えば、俺の教え方ではディータとクラウディアを一人前の伐剣者にすることは出来ないと言うことか。
ただ、ハッキリ言ってしまえば俺の事はどうでもよくて、これで二人が成長できるなら良いのではないかとも思える。
ギリッ。
骨に響くように、微かな音が聞こえるとハッとする。
そうして、自分が知らず知らず歯を強く噛み合わせていた事に気付いた。
悔しいと思っているのか?
いや、この場合は情けないってのもあるか。
伐剣者としてある程度の実力がつき、自分なりの理念に基づいて教えている自覚があるのに、それでは足りないと暗に言われている事の悔しさ。
また、そう思われる教育しかしていない、俺自身に対する情けなさ。
それが無意識の内に出てしまったのか。
「事務長。そのお話なんですが、辞退させてもらってもいいですか?」
内心忸怩たる思いを持って書類を見ていると、突然自分から辞退するという言葉が飛び出した。
その言葉に弾かれるように顔を上げるとロッホスさんはニヤリと笑ってテオに向き直る。
「なに?」
「ついさっきまで。部屋に入った時点までは俺を含めて受けてもいいかな、なんて思ってたんですが気が変わりました。というより、その必要が無くなったといった方が早いですかね」
「理由を聞いてもいいかな」
「そうですな。事務長がついてやれと言ったのは、俺の言った伐剣者擬きができるって言葉に配慮したと思うんです。ですが、もうその心配はなくなりました。やはりレーヴェも伐剣者だった、それが理由です」
説明になってない言葉に、訳が分からないといった顔になるが、これ以上は説明する気がないのか「失礼します」と言って、さっさと部屋から出ていってしまう。
残された俺とテオの間には微妙な雰囲気が漂うが一つ咳払いをして、何とか場を戻す。
「あー、テオ。その、なんて言うか」
「ああ、分かっている。伐剣者というのは自分の信念に従う、本当に素直な奴等だよ。従いすぎて、何を考えているのか時に理解できなくなるがな」
いや、そんなにこめかみをヒクヒクと痙攣させながら言わないでくれるかな。その顔、地味に怖いんだよ。
大丈夫。俺も伐剣者なんだけど、なんでロッホスさんが引いてくれたのか訳が分からないから。
何度か深呼吸し、ようやく溢れ出そうだった気持ちが鎮まったのか、ゆっくりとこちらの方を向いた。
「ロッホスをお前に付けようといった理由はさっき彼が言った通りだが、彼曰くその必要はなくなったそうだ。また、お前の教育方法も大体のところが分かったし、もうこの話はいいだろう。一応、好きにやって良いが、少なくともシュラフスにいる間はどんな事をしたか報告してくれ」
「あ、ああ。了解した。だけど数日、少なくとも二日ほどは休養日にしようかと思っているから、それ以後からの報告でいいか?」
流石に、休日に何をやったかの報告まではしたくない。
それに、俺がどんな休日を過ごしたかなんて、テオも時間を作ってまで聞きたくないだろう。
「なるほど。あの子達も連日の依頼で疲れがたまっているだろうし、ここで数日の休みをとるのも良いかもしれないな。ただ、そうなるとお前の手が空くわけだが、何か考えはあるのか?」
「ああ。せっかく休みにして時間が空くんだ。その時間を使って自分を見つめ直すために、久しぶりに昔話と当時の訓練を受け直してみようかと思ってな」
昔は嫌でたまらなかった訓練。
しかし、その訓練を今は俺が生徒達に教える立場に回ったため、内容だけでなく本質的な部分も知っておかなければならない。
そのため、どんな風に親父とお袋が考えていたのか詳しく聞いて自分なりの芯を入れ直すと同時に、一度義両親達と手合わせをしつつ訓練してみようかと考えたわけだ。
やはり、時間も限られているなか自分を見つめ直すなら、その原点に立ち返るべきだよな。
ただ、何故かシュラフスにいた時もジギスムントから戻ってからも義両親に教えを請い直すということは思い浮かばなかったんだけど、…もしかして自己防衛本能か?
そう思いつつテオに説明するのだが、俺の説明を聞くと何故かテオは考えるように顎に手を当てる。
あれ、分かりにくい説明だったかな?
「レーヴェ。そういえば昨夜、ロッホスと話をした時に…」
テオが何か言いかけたときに、廊下をドタドタと走る音が聞こえ、部屋の前で立ち止まったなと思った瞬間に扉がバンと開かれた。
事務長の部屋をノックなしで入るなんて何かあったのかと思い振り返ると、そこにはひどく見慣れた顔が一つ。
「あー話の続きだが、ロッホスにお前に付けるかと聞いたときに、それよりも先に動く人がいると言っていたんだ。その時は、俺自身も何故か頭にも浮かばなかったのだが、そういえば今目の前に立っている人がいたな」
ああ、テオお前もか。
もしかして、昔俺ん家に遊びに来たときに俺の訓練に巻き込まれたトラウマから、記憶を封印していたとか?
「失礼するよテオちゃん。レーヴェ。話はロッホスから聞いたよ。水くさいじゃないか、ハーン式訓練法で分からないことがあるなら私やゲオルグに聞いたらいいのにさ」
その言葉を聞いて、先程ロッホスさんが言っていた俺を含めてと言った事が理解できた。
そう思いながら、今やシュラフスのギルドの事務長になったテオをちゃん呼びしながら俺に語りかけてくる義母、ヴァネサ・ハーンを見るのだった。
―次回投稿は8/28 18時頃を予定しています。




