第十九話 伐剣者という奴は
しばらくテオを見ていると、何か言っておくことがあったような気になる。
確か、ロッホスさんが暗き森に来たときに……あっ。
「おい、テオ。ロッホスさんに聞いたが、なんで俺に黙って跡をつけるように言ったんだ。それも、ご丁寧に隠形魔術の触媒まで渡して徹底するなんて、一体どういうつもりだ」
こういう俺の何が問題なのかは知らないが、仮にもシュラフスの街に所属する伐剣者であるのに、同じ所属の伐剣者であるロッホスさんに跡をつけさせるなんて俺を疑っているということか?
思い出すと腹が立ってきて、テオを睨みつけるように見る。
テオは書いていた書類から顔を上げると、俺の視線にも動じずじっと見返してくる。
しばらく睨み合う、と言っても俺が一方的にキツイ視線を向けているのだが、それに根負けしたのか、はたまた譲ってくれたのか一つ息を吐くと机の引き出しから手紙を出して俺の方に差し出す。
…手紙?
怪訝に思いつつ受け取り、三つ折にされている手紙を開いて中を確認すると、几帳面な性格を伺わせるような筆跡で書かれた文面が目に入ってくる。
なになに、えーと簡単な挨拶から入って、中身は…俺の学院での事についても書かれているな。
って、なんで俺のことがテオ宛の手紙に書かれてるんだ!!
慌ててその部分を読んでいくと、結構チクリとする事が書かれていた。
『私はジギスムントでも注目を集めつつある身体能力強化と向上の重ね掛けをレオンハルトさんが使えるとか聞いてませんし、可視化の魔術はギルド目録では安全確保のためとしか書かれていないのにまさか人の魔力検査に使えるとは驚きです』
もしかして、帰ってくるときに渡されたガルフベルンのギルド事務総長クララさんからの手紙ですか?!
「……」
「何か言いたいことがあるなら聞くが、どうだ?」
「いや、あの。この程度なら問題ないかと…思ってたんだけど、マズかった…かな?」
俺が恐る恐る答えると、特大のため息を吐いて額を手で抑える。
「お前は俺に、伐剣者業に疲れたからそれから離れてみようかと思ったんだと言ったよな。それに、ジギスムントでの面接でのやり取りや、その後にくそ面倒なギルド本部とのやり取りも話した。その状況で、なんでポンポンと自分から情報を渡していくんだ」
「いや、その可視化の魔術については生徒のためにどうしても必要だったし、瞬時強化については…生徒達に教える上でいいかなぁーと思っちゃったんだよね。アハハハ」
そう誤魔化すように笑うのだが、今度はテオの視線が厳しくなっていった。
「あのな。ギルドに勤めてる職員、それもギルドマスターや事務総長くらいになってくると、政治的やり取りもしてくるんだぞ。国の一部には、伐剣者も戦力として見ている奴等もいるんだし、下手をしたらお前の取り込みに掛かるかもしれない。それなのに、お前ってやつは……」
「いや、本当にごめん。お前にも色々と骨を折ってもらってたのに軽率だった」
ギルドの上の方がそんなドロドロとしているのは、俺の義両親の処分の時に知っていたはずなんだが、それ以降関わる事がなくなると、どこか他人事のように意識しなくなっていた。
迂闊と言えば迂闊だし、脇が甘かったな…ただ。
「いや、でもさ。そんなドロドロした政治的なものに教育が左右されるなんてあってはならないし、生徒の事を考えるとここは引けない一線だったんだよ」
「ああ、お前がそう言う理由でどこまで教えるか考えてなかった俺が甘かったという点もある。だから、ロッホスに依頼してお前の教育方法とやらを確認していたというわけだ。少しでも知っておかなければ、お前の言うドロドロとしたモノに慣れている狸どもとやりあえないしな」
…すみません。そんな理由とは露知らず、勝手に怒ってました。
いや、なんだろう。こう俺のしたことのフォローに動いていると言われると、それを知らずに勝手に判断している俺は、まだまだ人間的に未熟という感じがして本当に恥ずかしくなる。
「そんな理由があるなら、言ってくれれば同行なりなんなりしてもらうのにさ」
「さっきも言っただろう?お前は周りの視線に敏感だと。言ってしまっていたら、自分では気づかない内に抑制するだろうし意味がなくなるだろ」
あー、いや本当によく俺の事が分かってらっしゃる。
特に、ギルドの視察とか言われたら、教える内容は同じでも発言が変わってくるかもしれない。
「この手紙を渡されたってことは、ジギスムントのギルドで少なくとも俺に対して不審がっているという遠回しな意思表示だろう。事実、手紙の最後に時期を指定した上で是非お越し下さいなんて書いてあるしな。その時はお前にも同席してもらうぞ、レーヴェ」
「あっ、はい」
そう言って返事をすると、手を差し出してくるので手紙を返すと、肩を落としてロッホスさんの立っている場所まで戻る。
本当に同い年かと思うほどテオはしっかりしているな。…いや、前世を加えるなら俺の方が圧倒的に年上なんだが、なんだかなぁ。
「今回の事で、他に何か報告することはあるか?」
「いや、何もないよ」
「ありませんな」
自己反省をしながら暫く待っていると、書類を書き上げたテオが顔を上げて聞いてくるが、これ以上は何も思い出せなかった。
ロッホスさんも、それは同じようだったので同様に答える。
「そうか。なら、疲れているだろうし、下がって休んでくれ。ああ、ロッホス。君は少し残ってくれないか。一応、レーヴェに言っておくが、これからロッホスから依頼でのお前の様子を聞くので、これからどうするかは明日伝える」
「了解した。ただ、お手柔らかに頼むよ」
「それは報告内容次第だな」
心からのお願いをすると、ニヤリと笑ったテオとロッホスさんを残して部屋から出ていく。
いや、フリじゃなくて本当にお願いしますよ。
◇◆◇◆◇◆
レーヴェが出ていくと、ロッホスは途端に表情を無くしてこちらの方に近づいてくる。
まったく。コイツは自分の気に入った人間が視界からいなくなると途端に感情を表に出さなくなるな。
そこら辺は、どんな状況でも変わらないレーヴェを見習ってほしいものだ。
「さて、色々とあったようだが、報告を聞きたい。もちろん、君の私見を交えてもいいので一から話してほしい」
「そうですな。一からということは、ジギスムントに向かえに行った時の事から話しますか」
ジギスムントに向かえに行った時から?
まさか、そんな前からレーヴェの奴は何か問題を起こしていたのか?
怪訝に思ったのだが話を聞くと、なるほどと納得できた。
と同時に生徒からいかにレーヴェの奴が慕われているのかということが分かり、自分の事のように嬉しくもなる。
どうやら、聞いた内容だけでもレーヴェは向こうでもよくやっているようで、生徒らが慕うのも無理はないだろう。
さらに、ロッホスからの話を総合すると、恐らくだがレーヴェは自分の持てるすべての技術を伝授するつもりなのだと、漠然と認識した。
「なるほど…な。君の意見を少し聞きたいのだが、レーヴェの教え方は同じ伐剣者としてはどう思っているんだ?」
「甘いの一言ですな。確かに、技術だけであれば三年もあれば使えるまでにはなるでしょう。しかし、使いこなせるかと聞かれれば、恐らく無理と答えるしかないですな。加えて、伐剣者としての芯が出来るかも怪しい。はっきり言えば伐剣者擬きの劣化品が出来るのではないですか」
えらく貶した言い方に驚いてロッホスを見るも、表情が動くことはなかった。
伐剣者擬きの劣化品。…ここまではっきりと侮辱的な事を言うのには、何か理由があるのだろうか?
そう思い、黙って続きを促す。
「ディータとクラウディアしか見ていませんが、レーヴェは教えすぎるきらいにあるようです。そのため、二人は自分で試行錯誤するという事ができない。完成品を見せられ、その模倣しかしないのでは良くて同じになるか、または劣化するの二択になって越えることはないでしょうな」
「しかし、最初の内はそれでもいいのではないか?レーヴェも学ぶとは真似ぶという事で模倣から入るのは悪いことではないと、以前から言っていたと思うのだが」
「確かに、その点については初めて聞いたときには感銘を受けました。が、模倣にも試行錯誤しながら繰り返すのと漫然と繰り返すのとでは大きく違います。俺から見ると、二人は後者に属している、それも悪い点があっても即座にレーヴェが注意するってんで自分で考える暇がないためでしょうが。まあ、その注意を疑わずにただその通りに繰り返すのも、それだけレーヴェが大きく見えているってことでもあるんでしょうね」
なるほど。そういう見方もあるのか。
ここら辺は、実際に伐剣者としてある種の壁を越えたものでないと分からないことかも知れない。
「次に甘いと思ったのは、ディータとクラウディアを危険に晒さないように安全に注意を払って教えてることですかね」
「それの何が問題なのだ?君達でも、弟子をとった時にはそのようにするのではないか?」
「全然違います。俺達は、弟子を危険に晒して、かつ安全を確保するんですよ」
危険に晒してとは、また頭の痛くなる言葉が出てきたな。
地方の一ギルドを預かる身としては、あまり聞きたくないのだがな。
ロッホスは、それに気づいてか気づかないでか、なおも言葉を続ける。
「伐剣者ってのは厄介でね。大人しそうに見えても、心の中には譲れない確固たる物があるもんなんですよ。それで、たまーに暴走して自分の実力以上の事をしたがる。まあ、大概は返り討ちなんですが、その理由の多くは恐怖で体の自由を奪われるってことが多いんですな。ならどうするか。危険な場所に連れてって、恐怖に馴染ませてやればいい。そうすりゃ、幾分かの生き残る目が出てくるってもんです、特に今回のような場合にはね」
なるほど。伐剣者ならではの理屈と言われれば、こちらとしてもあまり強くは出れないか。
しかし、恐怖…か。確かに、上位の魔獣を前にすると身体が縮こまるのも無理はない話だろう。
「理屈は分かった。……話を聞くと、レーヴェの奴にある程度制限して教えろと言うのはもう遅いだろうな。それならば、思いっきりやれと伝えることにする。ロッホス、君のいう適度にという付言を添えてな」
「それがいいでしょうな。はっきり言ってしまえば、上の考えなんて俺達伐剣者にとっては預かり知らないところですし、悪事でない限り何をやろうがいちいち文句を言われる筋合いはない」
ああ、お前たち伐剣者にとってはそうだろうな。私の方は、これからのギルド本部とのやり取りやジギスムントでの会談を考えると気が滅入っているというのに。
さて、どういう理屈で相手を納得させ、レーヴェの引いてはシュラフスの利益を守っていくか…悩みどころだな。
「ああ、それとレーヴェの奴に少し助言もしてやってくれないか。何だかんだと言って、ヘコんでいるようだったからな」
「その必要なないでしょう。アイツは自己評価が極端に低いですが、それでも自分なりの確固たる理屈ってやつは持ってます。一時は迷っても自分で解決法を考え出して、すぐに元通りになるでしょう。それより怖いのは……、まあ、これは当分先のことでしょうし、今は関係ありませんね」
どうやら、私とロッホスではレーヴェに対する評価に大きな隔たりがあるようだ。
それに言葉を濁したが、ロッホスはロッホスで別の懸念を持っているようだが、…問い詰めても話さないだろうな。
「話は分かった。これはまだ仮の話だが、レーヴェについてディータとクラウディアを見てやれと言えば君は受けてくれるかね?」
「それよりも先に動く人がいそうですが…どうしてもと言われレーヴェ達が了承すれば、俺としては異存はないですよ。何せ、ディータだけでなくクラウディアって嬢ちゃんもなんやかんや言って気に入りましたしね。ただ、受けるにしても、申し訳ないが少し待って頂きたい。暗き森にベティーナを置いてきてるので、向かえにいってやらなきゃ…拗ねます」
アッサリと受けられた事、さらに気に入ったという言葉が出たことに驚く。
この、人物評価にクセのあるロッホスに気に入られるとは、あの二人にも私には分からない何かがあるのだろうか。
まあ、いい。先に動く者がいるというのも気にはなるが、受けてくれるというなら今はそれで良しとしよう。
「話は分かった。それなら、君に少しでも休んでもらうためにも、ここまでにしておこうか」
「それはどうも。それなら、早速失礼して休ませてもらうとしますよ」
まったく、本当に伐剣者というのはクセのある人間が多いな。そういう意味ではレーヴェも伐剣者といえるか。
表情を変えることなく部屋を出ていったロッホスにため息をつくきながら、目の前にある今の話の要点を書き出しておいた紙を見る。
まったく、これからの化かし合いを考えると嫌になる。その点、まだはっきり言う分ロッホスのようなクセのある人間と話している方がマシだったか。
そんなとりとめの無いことを考えながら、二人が出ていき静まり返った事務長室でこれからの事を考えながら報告書を書き上げていった。
―次回投稿は8/23 18時頃を予定しています。
2017.8.22 誤字脱字、文章の修正をしました。
少し予定が入ってしまったため、間が空いてしまい申し訳ありません。
それとまったく関係がありませんが、サブタイトル(第何話~)を考えるのは本文を考えるより難しいと思う今日この頃です。
何十、何百と話が続いているのに、サブタイトルもキチンとある小説は尊敬してしまいます。




