第十六話 グサッと来る言葉
俺とディータ、そしてクラウディアはロッホスさんと共にシュラフスへと一路駆け戻っていた。
なお、魔種だけでなく王種の魔獣が危険領域外に出現したことの調査をする必要があることから、打ち倒した双猿王の遺骸を獣や魔獣に荒らされず確実に回収するため、ベティーナには暗き森に残ってもらっていた。
一応、持って行っていた獣避けの香はありったけ渡したし、危なくなったら逃げるように言われているのでBランクの伐剣者であるベティーナならなんとかするだろう…多分。
それに全力で走っているし、上手くいけば明日の昼までにはギルドの職員が伐剣者を連れて暗き森に到着するはずなので、一夜と少しの辛抱と言えばなんとかなるはず。
それよりも、俺やロッホスさんの全力なのでディータやクラウディアにはかなりきついと思うが大丈夫だろうか。
そう思ってチラチラと事あるごとに振り返りながらかなり後を走る二人の様子を見ると、やはり相当きつそうだった。
「アイツらはやると言ったんだ。そう何度も振り返るくらいなら、周囲の安全をしっかりと把握しておいてやれ」
意識をディータとクラウディアに割きすぎだとの注意を受けるが、周囲の警戒もしてますから大丈夫です。
そう思って、倒れでもした場合に備えて後を見ることをやめず疾走を続ける。
◇◆◇◆◇◆
ロッホスさんとベティーナが隠形の魔術まで使って後をつけていたこと、それを伝えられていなかったことに加え腑抜けとまで言われると、流石の俺も一言言わなければ気がすまなくなる。
「俺のどこが腑抜けているって言うんですか。ロッホスさんに手伝っていただいて助かった面も確かにありますが、魔種と王種の魔獣相手でも確実に討伐していたじゃないですか」
そう語気を強めながら主張するも、ロッホスさんは首を振りながら大きなため息を吐く。
「そう思っているなら、本当に救いようがないな。いいか。お前はルーガルとの戦闘で岩山の霊槍の魔術をいきなりぶっぱなしたようだが、その使い方は一撃で決めようという焦りからか非常に雑なものだった。さらに言うなら、その判断も今までのお前ならしない悪手にも等しいものだったぞ」
「そうは言いますが、王種の甲鎧を砕きその下まで攻撃を通そうと思うと、手持ちの手札の中で最高威力のものは岩山の霊槍なんですから、それを軸にするのは当たり前じゃないですか」
「ああ、その考え方は当たり前だな。だが…なぁレーヴェ。お前の軸にすると言うのは、中心に据えるんじゃなくて行き当たりばったりで動くことをいうのか?」
行き当たりばったりという言葉で、俺の気勢が少し削がれる。
あの時、俺は考えうる中で一番早く倒せる順に行動していたはずなのだが、他者からは行き当たりばったりの行動に見えたのだろうか。
「俺が知っているレーヴェなら、まずは斬撃で相手をある程度消耗させてからトドメに魔術を使う。そう、最後にお前がとった行動を先にしていただろうに、それを後回しにして一番最後に見せるべき手札から順に披露した。それは、お前が二人に害が及ぶ前に倒さなければという余計な意識を持って挑んでいたからだろう?」
「でも、ディータとクラウディアは学院の生徒ですし、まだ戦う術が身に付いていない。もしかしたらまだ魔獣がいるかも知れない状況で放っておくこともできません」
「あの二人は駆け出しとはいえ伐剣者だぞ、レーヴェ。学院の生徒?戦えない?そんなものは一度依頼を受け街から出ればなんの関係もない。自分の身は自分で守る。守れないならせめて邪魔にならないように逃げる。恐怖で体がすくんでいるのなら、頬をはたいてでも喝を入れる。それだけの事なのに、守るだなんだと余計な考えで自身の行動を雑にするなんざ、マヌケもいいとこだとは思わないか?」
そう言いきられると、グッと言葉に詰まった。
確かにディータとクラウディアは伐剣者として登録している。しかし、同時に二人は学院の生徒、つまり学生だという認識があるから、どうしても無理をさせられないという思いが先に立ってしまう。
それに対して、ロッホスさんは伐剣者であるという事を前面に出し、伐剣者として依頼を遂行している時には、それに付随する危険も覚悟しておかなければならないとの考えのようだ。
いや、この考えの方がこっちでは当然の常識だったか。
「今までお前は、その年に似合わないほど論理的に物事を考えて行動を決めていた。だからこそのSSランクと言えるのだろうが、今回のお前の動きはそれとは真逆。慣れ始めた伐剣者が犯しがちなミスの連続だった。それを見て腑抜けていると言ったのだが、どこか間違っていたか」
その言葉が胸に突き刺さる。
それは暗に、お前はジギスムントに行って伐剣者としての覚悟を忘れてしまったのかと問われているようだった。
ロッホスさんの言葉を聞いて、改めて先程の戦いを思い返してみると、確かに一撃に拘りすぎていたところがある。
あの時はゴリ押しと思ったが、かつての俺はそのゴリ押しでも、もっと緻密にやっていたのではないか。
「とまあ、これが俺の感想だ。お前があの坊主と嬢ちゃんに伐剣者のいろはを教えるって言うなら、もう一度しっかりと自分自身を見つめ直す必要があるんじゃねぇか?」
「…そうですね。確かにロッホスさんの言うことにも一理あります」
「そっか。ほんじゃまあ、ここで王種が出たって報告もしなきゃならないし一旦シュラフスに帰るとするか」
笑いながらそう言うと、話は終わりだとばかりにディータやクラウディアの方に向かって歩いていく。
自分を見つめ直せか。
どうなんだろうな。俺が教師になった理由は伐剣者を止めたいという思いから、言葉は悪いが逃げるためになったんだよな。
でも、結局は伐剣者の枠から完全に抜け出したと言えないような事をしているし、むしろ俺がしっかりとした考えを持って教えなければならない立場になった。
それなのに、ロッホスさんの言葉を借りると、慣れ始めた伐剣者と同じようなミスをする。
これじゃあ、伐剣者としても教師としても中途半端なままじゃないか。
…そこまで考えて、ふとロッホスさんの言葉が気になる。
―――お前があの坊主と嬢ちゃんに伐剣者のいろはを教えるって言うなら。
然り気無く言っていたが、普段のロッホスさんならここまで駆け出しの伐剣者達の事を気にするだろうか?
「お前は本当に顔に出やすいな。そうだな…嬢ちゃんの方はまだ何とも言えないが、少なくともあの坊主の方は気に入っている。単純な理由だよ」
そう苦笑して言われると、何故かすごく納得できた。
こういう人だったと納得したのがまた顔に出たのかさらに苦笑されてから、待ちくたびれているようだしさっさと戻るぞと重ねて声を掛けられる。
…しかし、そんなに顔に出やすいかな?
不思議に思って頬を手で擦りながら、ロッホスさんに続いて歩くスピードを速めていった。
ディータとクラウディアの方に行くと、ひどく疲弊しているベティーナが今にもへばりそうになっている。
「ナバラ三頭を相手に立ち回れるとは、お前も成長したな。いや、素晴らしい。師匠として誇らしいぞ」
ベティーナを見ながら拍手をして誉めるのだが、ベティーナの方はジト目になりながらロッホスさんを見返す。
まあ、そりゃそうだ。今のベティーナにはおそらく限界ギリギリの戦いだったろうし、その後にディータとクラウディアの護衛まで任されたのだし余力を残す必要もあったろう。
そういった意味でも、神経を尖らせて色々と考えながら戦う必要があったんじゃないかな。
神経を尖らせて考えながら戦う…そうだよな。
つまり集中すれば対処可能な範囲で任せている、相手の限界を見極めながらそれにあった教育をしていると言ってもいい。これこそが、教えるってことじゃないか。
そこまで考えが及ぶと、俺よりロッホスさんの方がしっかりとした伐剣者のための教えを実践している事に気付き、少しへこんでしまう。
「それで、震えて縮こまっていた坊主と嬢ちゃんはどうだった?これがおそらく目指しているであろう到達点、危険領域での日常だ。それをこんなとこで体験できるなんていい勉強になったな」
本当にそう思っているようで、満面の笑顔で二人に語りかけるが返事はない。
俯いたまま微動だにしないままの姿を心配し俺からも声をかけようとするが、それより先にロッホスさんがさらに言葉を続ける。
「なんだなんだ。返事も出来ないほどビビっちまったのか?」
ビビる。
伐剣者をやっていて言われたくない言葉のランキング上位のものをぶつけられると、流石に二人はキッと顔を上げてロッホスさんを見返す。
ただ、その後にすぐ目を逸らしてしまった。
腹は立つ。腹は立つが、その言葉が事実であるから言い返せない。
こんなところかな。まあ、俺も親父やお袋にもう少し汚い言葉で言われた時と全く同じ反応をした記憶があるし、気持ちは分からなくない。
「ククク。その目が出来るなら大丈夫そうだな。じゃあ、ギルドに報告しなくちゃならないし、シュラフスに戻るぞ。それでいいかレーヴェ先生?」
「あっ、はい。依頼品の採取も出来てますし、戻っても大丈夫です」
二人の様子を見てある程度の満足したのだろう。
俺に改めて聞いてきたロッホスさんの目は優しいものに変わっていた。
「レオンハルトさん。ロッホスさん、どうしたんです?あんな激励とも取れる言葉なんて滅多に言わない人なのに」
普段のロッホスさんを知るベティーナは違和感を感じたようで、いつの間にか俺の横に来ると小声で俺に聞いてくる。
まあ、そう思うのも当然ちゃ当然かと思い、先程ロッホスさんが俺に言った言葉を教える。
「そんな。まさか…まさかロッホスさんが少年少女愛好者だったなんて」
…俺は気に入っているとしか言ってないのに、なんでそっちの方の思考に走るんだろうね?
軽くよろめきながら口に手を当てて驚愕しているベティーナを、半眼で呆れながら見る。
ロッホスさんも、何時からかこちらの方を窺っていたようで、俺達の様子を見ていた。
………それも、先程より遥かにいい笑顔で。
「よし、ベティーナ。お前は、ここに残って双猿王とナバラの遺骸を見ていろ」
「え゛!?いや、ちょっとそれは。…そう、触媒になりそうな部分だけ取って帰れば大丈夫じゃないですか」
「あの巨体だぞ?せっかく多くの素材が取れそうなのに一部ってのは余りに勿体ない。何、全力で駆け戻るから明日の朝には向こうからギルド職員と伐剣者が向かうさ」
「いやいやいや。だって、まだ魔獣がいるかもしれないんですよ?それもレオンハルトさんの魔力感知に引っ掛からないって、私じゃ対処できないですって」
「大丈夫だ。その場合には、全力で逃げていいぞ」
少しずつ近づくロッホスさん。じりじりと退くベティーナ。
しかし、とうとう追い詰められるとポンとベティーナは肩に手を置かれてしまう。
「何が大丈夫なんですか。か弱い私一人をぉぉぉぉぉぉ。痛い、痛い、肩が抉られる!!」
「ベティーナ。俺は師匠としてお前の実力を信頼も信用もしている。その俺が言うんだからきっと大丈夫だ、なっ?!」
「何ですかその根拠は。そんな信頼も信用もいりませんんん、イダダダ!!痛い、痛いですって!!クゥゥゥゥゥ…分かりました。ロッホスさんの弟子であるこのベティーナに任せてください!!」
あっ、ついに折れた。
結構粘ったのに、やっぱりダメだったようだな。
魔獣の皮革で作られた鎧を身に着けているにも係わらず、それを通す力が加えられていた手を離されるとベティーナは涙目になりながら肩を擦る。
いや、本当に口は災いの元だな。俺も気を付けよう。
「さて、ベティーナも快く引き受けてくれたことだし、さっきも言ったように全力でシュラフスに戻るとするか。坊主と嬢ちゃん、それでいいか?まあ、無理だと思うならここでベティーナと待っていてもいいぞ」
挑発的な言葉を投げ掛けるが、俺の生徒達には通用しませんよ。
だって、ジギスムントで俺がオットーさんに使って見せてるんだし、その後に二人にはそんな交渉の在り方もあるって教えてるんだからな。
しかし…。
「問題ないよ。全力なんだろうが、食らい付いて行くさ」
「私もディータに同じですね。そこまで言われたら、引くわけにはいきません」
あれ、乗るの!?
俺の驚きとベティーナの結局私一人かという呟き、ロッホスさんの満足そうな笑顔。
ここ暗き森での終わりは、三者三様な反応を残して幕を閉じるのだった。
―次回投稿は8/10 18時頃を予定しています。




