第十五話 暗き森5 ―森での激闘
「あー、レーヴェ君。頼りになる先輩の手助けは必要かな?」
「ちゃんと頼りになる後輩もいますよ~」
暢気に俺に声をかけるロッホスさんの後ろから、ヒラヒラと手を振りながらベティーナまで顔を出す。
「…もしかして、ここに来るまで付かず離れずで追いかけてたのってロッホスさん達ですか?」
「おう。一応、お前さんがどんな教え方をしているのか見てくれって頼まれてたからよ」
「でも、森の中では俺の魔力感知に引っ掛からなかったですよね?」
「そりゃ、あれだ。お前さんが危険領域で生き残ったときに見つけた隠形の魔術を使ったからな」
俺の質問に淡々と答えると、手の平を開けながらこちらに見せ、そこには大粒大の鉱石が握られていた。
隠形の魔術は、その使い方を悪用された場合の事を考慮して、魔術触媒は厳しく管理されており、さらにギルドの閲覧可能魔術目録には書かれていない代物だ。
つまり、それを使っているってことは…テオの差し金か。
だぁー、追ってきているのがあんた達だと分かってれば、ディータとクラウディアを逃がす方を優先したのに、なんで隠形の魔術まで使って隠れてついてきてんだよ!!
てか、それならそうと俺に一声かけておけよ。報・連・相がなってないぞ、テオ!!
「まあ、俺も坊主からの話で思うところがあったし、それより詳しく報告を受けた事務長に何か思うところがあっても不思議はないんじゃないか?それよりいいのか、目の前まで来てるぞ」
肩を震わせながら睨み付けるように見ていたのだが、明後日の方を指差し呆れながら指摘されるが、しっかりと魔力感知で動きを把握しているので問題ない。
俺が視線を外しロッホスさん達の方を見ていたので、隙だらけと思ったのか逸った二頭のナバラが襲いかかって来ているのだが…。
今、大事な話をしてんだから邪魔すんじゃねぇ!!
振り下ろされる二本の腕をバックステップで避けると、勢いを前方に戻し目の前にいる一頭を袈裟斬りに、残りを下から突き上げるような刺突で仕止める。
そうしてから、改めてロッホスさんの方を見るが、今は邪魔物も多いし、これ以上ここでの話し合いをするよりかは、さっさと終わらせてから落ち着いてする方がいいか。
「後でじっくりとお話しましょう。それで、わざわざ出てきたって事は手伝ってはくれるんですよね?」
「頼りになる先輩としては当たり前だろと答えよう。ただまあ、出来れば双猿王に集中したいことだし、ベティーナ。お前に残りのナバラは任せるぞ」
「え゛っ!!いや、流石に私一人だとナバラ五頭は無理ですって!!せめて、三…いや二頭にして下さいよ」
「よーし。最初に言いかけた三頭をお前に任す。終わり次第、坊主と嬢ちゃんの護衛をしてろ」
そう言うやいなや、鬼ぃと叫ぶベティーナを残して俺と共に二種一対の巨猿、双猿王ルーガルとヴィルガルの方に駆け出していく。
しかし、同時に動いたはずなのに僅かだが俺の方が遅い。
風に舞う灰のような移動術は、<灰走り>という二つ名の通りだな。
久しぶりに見る移動術に感心しながらその背を追い、進路上にいたナバラを一頭ずつ仕止めると、双猿王の間合いに侵入していく。
「レーヴェ!!ルーガルの方は任せた」
「了解!!」
そう言って、ルーガルより前に出ていたヴィルガルに肉薄すると、勢いそのまま飛び上がり背負っていた大剣を振り下ろす。
その一撃は、その下の皮膚に届く前に腕を払われるが、受け止めようとした腕の甲鎧を砕く。
繊細な移動術に比べて、攻撃手段は相変わらず豪快な人だ。
ロッホスさんの一撃で警戒すべき相手と見たのか、俺に対する注意が散漫になった隙に脇を駆け抜け、腕と足に能力向上の魔術を掛け腕力を増強するとルーガルの足を横凪ぎに斬る、…が。
ちっ、感触からして甲鎧のみを斬った感じだな。
出来れば甲鎧ごとその下まで攻撃を与えたいんだが、今あるこっちの手札でそれが出来そうな魔術は岩山の霊槍…か。
ただナバラの時とは違い、間断なく振られる腕を避けなければならないので、ルーガルにも意識を割かざるを得ないのでやりづらいが他に選択肢は思い付かない。
まあ手札が限られているし、やるだけやってみるしかないか。
そう考えると腕を避け、ルーガルの腕力によって簡単に折れ倒れる周囲の木を避け、変化していく地形に対応しながら準備を整えていく。
しばらくして十分に魔力が行き渡たると岩山の霊槍を発動するのだが、ルーガルに当たる直前、甲鎧が赤褐色に輝くと俺の魔術で作られた円錐形の岩が粉々に砕け散る。
コイツ、さっき俺が魔力を流して準備をしているところから見てやがったな。
あれで覚えて、魔術に合わせて自分の甲鎧を強化することで打ち勝ちやがった。たくっ、王種以上の魔獣はこういう知恵があるぶん本当に厄介だ。
となると、もう刀で甲鎧を斬り取り、その後に一気に骨まで断つというゴリ押しくらいしか戦法はない…か。
ヴィルガルをロッホスさんが相手してくれてて良かったと内心で感謝して、戦法を瞬時強化による高速戦闘に変更すると、ルーガルの視線、重心、体勢などあらゆる情報を読み取りながら攻撃を避けつつ足を止めることなく甲鎧を斬り裂いていく。
振り下ろし、斬り上げ、横凪ぎ。
円の軌道を描きながら休むことなくあらゆる角度から刀を振り続けると、少しずつ甲鎧が剥がれ落ちてくる。
途中、何度も腕や体を使って反撃をしてくるが、瞬時強化を使う俺には遅すぎる。
「ふう、ようやく大方の甲鎧は斬り落とせたか。さて、ここからが勝負だなルーガル」
そう言ってルーガルの方を見るも、いまだ目は爛々と輝き闘争本能に一点の曇りもなかった。
流石は王種の魔獣。たかだか、甲鎧を落とされたくらいで引くことはしないか。
瞬時強化により速度を上げて間合いに踏み込むと、甲鎧の剥がれた右足の付け根を狙い振り下ろす。
しかし、これは読まれていたのか飛び上がり避けられ、逆に上から勢いのついた爆撃のような拳が返ってきた。
甲鎧を剥がされ安全ではないという状況がルーガルの動きにキレを出すのか、先程とは体の動きが明らかに違う。
くっ、完全にスイッチが入ってやがる。スピードだけじゃなく、一撃の重さも重くなってる。
ルーガルの場合は一撃を貰ったとしても戦闘は継続可能だが、俺の場合は竜種の素材とはいえ所詮は皮革製の防具、その時点でおしまいだ。
その事をあえて意識することでより集中力を高め、相手の動きをじっくりと見て行動を予測し動く。
右、後、左…なかなか前に出れない状況が続くが、自身の動きは決して緩めず相手の隙が出来るまで動き続ける。
数回、十回、数十回と避け続け、ついにルーガルの攻撃が大振りになった瞬間。
それを見逃すことなく、瞬時強化を全開にし一気に詰め寄ると撃ち込まれた左腕に、重心の乗っていた右足に連撃を繰り出して斬り裂く。
手応えあり!!
そう思い距離を取りつつ振り返ると、駆け抜けざまに斬りつけた左腕と右足の両方ともに十分な傷を残せていた。
あれじゃあ、もうさっきまでの動きは出来ないし、拳を振るうことも出来そうもないだろう。
ただ、ルーガルの目はまだ死んでいない。あんな目をした魔獣に不用意な攻めをすると、今度は俺が手痛い反撃を受けることになる。
そのためにも、出来れば次で決めた方がいいのだが、俺の刀では一撃で命を断つには長さが足りない。
……甲鎧も八割がた斬り落としたので相手の防御はほとんどない。なら、さっきより魔力を込めた最大威力の岩山の霊槍をぶちこんで決める!!
そう決断すると魔力を地面に流すのだが、同時に刀でも斬りかかる。
ナバラで一回、さっきで一回の計二回の岩山の霊槍を発動前から見ているルーガルには、普通にやったのでは片足を使えない今の状況でも避けられるおそれはある。
ならば、刀を振るうのに全力でいるという姿を見せておき、魔術を使う事はないと思わせておかなければならない。
そう考え、前後左右あらゆる方向から、もう片方の足を狙い斬撃を繰り出すが、相手もそれは分かっているのか体の向きを変えつつ対応してくるのだが…。
分かっているか?上手くかわしているつもりでも、その場に釘付けにされている事を。
計画通りに事が運んでいる事を確認して、しっかりと地面に魔力を通して準備が整うと、最大威力で岩山の霊槍を発動し同時に飛び上がってルーガルに斬撃を放つ。
さっきまでは、前後左右あらゆる方向からとはいえ下からの攻撃だったのに、急に視線が上に変わったことでルーガルの反応が少し遅れる。
その一瞬の遅れが命取りになり、真下から勢いよく突き出る円錐形の岩に対応できず、防御することなく正中線を下から上まで貫かれた。
微かな呻きを残し行動が停止するのを見届けてから意識をルーガルからヴィルガルの方に移すと、そこには既にロッホスさんに倒され横たわっている姿を確認できた。
そうしてから、肩の力を抜きホッと一息つく。
最初、ナバラに双猿王が出たときには絶望的な気分になったものだがなんとかなったか。
俺一人なら、流石にディータとクラウディアを守りつつ無事に暗き森から出ることは難しかったかもしれない。
そう思うと、ロッホスさんとベティーナには感謝しなきゃならないな。
危険は去ったし依頼の品も採取し終えているし、とりあえず今は二人を連れて森を出るかとロッホスさんに声をかけようとするのだが。
「レーヴェ。お前、ジギスムントにいた二ヶ月近くで随分と腑抜けたな」
厳しい視線と固い声で、叱責とも取れる言葉を投げ掛けられてしまった。
―次回投稿は8/7 18時頃を予定しています。
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【魔術情報11】
・隠形[フォシュテーン]の魔術
自身の気配、魔力を限りなく零にすることが出来る魔術。
視界に入ると存在の認識が可能であるものの、それ以外の場合にはほぼほぼ気付かれることがないため、その利用は厳しく制限され、触媒情報は秘匿され一般の魔術目録には記載されてはいない。
なお、使用に関してもそのギルドや国の責任者の許可をもらうことが必須である。




