第十話 準備は大事です
初日にした配達の指定依頼は、二人にとって有意義なものだったようで、翌日からの指定依頼に何かを学んでやろうという姿勢が現れていた。
まあ、依頼を受けている途中にやる気からの空回りもあったが、商売の手伝いや二人の希望するような鍛冶の手伝い、調合の手伝い等をこなしていると、早くも予定していた一週間が経とうとしていた。
「一応、今日で街中での指定依頼は粗方こなしたことになるから、明日からは町の外に出ての指定依頼を受けようと思う」
最早、習慣となった指定依頼終了後のまとめ会とでも言うべき場で俺がそう発言する。
たった今まで、お互いの意見をぶつけ合って疲れていた二人もその言葉に顔を輝かせてこちらを見る。
「やった!!で、先生さ。一体どんな依頼を受けるつもりなの?」
「そうだな。探索術を主に教えるつもりと前から伝えていたし、それだと採取依頼とかがいいんじゃないかと思ってるんだ」
勢い込んで問いかけてきたディータだったが、俺の答えにそうだったと少し落胆する。
それはクラウディアも同じだったようで、二人してそう落ち込まれると、どうにもやりにくい。
「まあ、町の外に出るんだ。おそらく魔獣は出ないにしても危険な獣は出るかもしれないし、しっかりと準備はしていこうか。それと、今回については二つほど選択肢を用意しているはずだから、せっかくだし依頼を受けるところから君達自身に決めてもらおうかな」
簡単に準備しようと言ったが、街中での依頼に比べて外に出るとなると結構難しいものだし、少なくとも最初の内は俺自身が失敗したこともあった。
当たり前のようだが、依頼の準備とは伐剣者として必要なものと受けた場所によって必要なものの二種類があると俺は考えている。
前者は大体が決まっており、例えば武器等の装備と依頼中に賄う食材、火や飲み水を確保するための魔術触媒等であるため、悩むことはあまりない。
対して、後者で言えば場所の数だけ、伐剣者の経験の数だけ種類があるため、各々が考えて持っていくものを選別する事になる。
例えば採取依頼を受けたとして、傷を治すハロン瓶はどれ程持っていけば或いは持っていかなくてもいいのか、魔力を回復させるゲーヴァ瓶や毒を治すゲェフト瓶とかは持っていった方がいいのか等、今回の依頼には必要であるかの判断は自分でしなければならない。
そのため、二人にはどこで依頼を受けるかを決めるところから自分で考えながらやってもらうことにする。
そこで、もし俺が足りないと判断すれば二人に提案して取捨選択をしてもらう。
まあ、仮に二人が持っていかないという選択をしても、念のため俺が人数分の準備をするというフォローは入れるつもりだ。
そう思いつつ、二人を促してカウンターの方に行くと、たまたま空いていた受付にはカティが座っていた。
「こんにちは。でも何時もなら、この時間は三人で訓練をしているのに、今日はどうしたんですか?」
「あっ、えっとその。僕は…」
相も変わらずカティの前だとポンコツになるな。
確かに、フォロー入れるつもりだったし、何かあれば口を出す気でいたが、まさかここからとは考えてもいなかった。
つまり何が言いたいかというと、この時点では一切の口出しはしないから、俺の方を見るんじゃない。
そう思って静観していると、ディータに任していたのでは話が進まないし、俺も口を出す気がないと分かったのだろう。
クラウディアが、街の外の指定依頼を受けたいと告げ、どのようなものがあるのかを聞き始めると、カティはポンと手を叩き、リストを取ってきますと一言断わって一旦席を離れていった。
すると、しばらく待ってからクラウディアは直ぐ様ディータの方を向きなにやらボソボソと耳打ちをする。
「お待たせしました。えっと、街の外の指定依頼についてはこういうものが用意されています」
「カティさん、ありがとう。それじゃあ、さっそく見せてもらうよ」
…あれ?微妙にわざとらしい言い方をしてはいるが、ポンコツディータから普通のディータに戻ってる。
クラウディアがさっきしていた耳打ちのおかげか?まあ、復活してくれたのなら問題はないしこのまま見守ろう。
「やっぱりハーン教諭の言うように採取依頼が主ですね。ただ、その場所がよく分からないので、教えてもらえますかカティ」
後ろから覗き込んだ紙には、薬の素材の採取依頼や鍛冶に使う鉱石の採取依頼などが書かれており、場所もテオと話し合ったように暗き森か群生の広野になっているようだった。
そう思っていると、クラウディアから質問を受けたカティは、もちろんですと笑顔で答えると詳しく説明を始める。
どういう生態の獣がいるか、魔獣がいるとしてどれ程の脅威度でどこを生息領域にしているかから始まり、それぞれの場所特有の事情を説明していく。
二人はその内容を一旦メモにとり相談をした後、分かりづらかったところやもう少し詳しく聞きたい所をさらに質問していく。
そうして、納得がいったとして、暗き森に生えてる薬の材料となる茸の採取依頼を受けることに決めたようだ。
「先生さ。俺達、この依頼を受けようかと思ってんだけどいいかな?」
「いいも何も、さっき言った通り二人に任せるさ」
そう、この依頼については徹頭徹尾、生徒の主導でやってもらおうと考えている。
そうだな…、俺の立場は言うならアドバイザー的なポジションになるのかな。
「分かりました。取りあえずは私達が自主的にやるとして、適宜助言はしていただけるのですよね?」
「それは当然するさ。ただ、依頼を達成するための道筋は君達が考えてほしい。一応今までの指定依頼で考えるという下地は出来ていることと、ディータはこういう依頼を一度経験しているから、二人で相談すれば大丈夫だという思いもあるんだけどな」
街中での指定依頼が終わると二人で意見を戦わせていたことから、物事を多面的に見る下地は出来ているだろうし、後はそれを実戦で高めていく行程に入ってもいいだろう。
それにディータは、国が違えど一度は経験していることだし、もう一度基礎固めという点から、じっくりと学び治すのもいいだろう。
そうして、採取依頼を受けると三人で必要な準備を整えるために街へと繰り出していくことにした。
◇◆◇◆◇◆
ギルドから出てしばらく歩いていると、先程クラウディアがディータにした耳打ちの内容が気になった。
どうしようかな。凄く気になるのだが、耳打ちしているってことは俺には聞かせないような配慮だろうし、聞いても教えてくれないかもしれない。
ただ、一旦気になり出すとなかなか頭を離れないので、ダメ元で聞くだけ聞いてみることにするか。
「あー、クラウディア。そういや、さっきディータに何を耳打ちしたんだ?あれで、ディータもカティに普通の対応をしだしたから、気になってさ」
「ああ、あれですか。なに、ディータには、そんな腑抜けた姿を見せていたのではカティは幻滅するぞというような事を言ったまでです」
なるほどね。そう言われりゃ、流石のディータのピッとするか。
しかし、クラウディアも上手いこと言うようになったな。
「フフ。これも指定依頼での学びの成果というものですよ。それに腑抜けでは、ハーン教諭を見て目の肥えているカティには余程だらしなく見えることでしょう」
…はい?
いや、確かにカティを前にしたディータは腑抜けているような状態だけど、そこに何で俺が出てくるんだ?
「この前の宴の時でしたか。ハーン教諭が離れている間にカティとも話したのですが、何でもカティはハーン教諭をテオ殿と同じように兄として慕っているとか。それならば、カティの伐剣者を見る目も肥えていると思ったので、そうディータに言ったのです」
前から何度も思っているけど、本当にクラウディアの俺への評価はどうなってんの?
兄として慕っているとして、何でそれが伐剣者を見る目が肥えるということになるんだろう。明らかに繋がっていないし、論理の飛躍があるだろうよ。
「そういえば、ハーン教諭は職員の方や伐剣者達とどんな会話をしていたのですか?ハーン教諭のいる壁際に代わる代わる人が行っていたので、よほど慕われていたのですね」
グハッ。
純粋に聞いて来ているのかわかるだけに、どう答えたらいいのか。
さっきから話に出てるカティへの騙り行為を聞き付けた皆に鉄槌を受けてたんだよとは、流石に言えない。
「ちょっとちょっと。どこまで行こうとしてんの二人とも!!もう最所の店に着いてるよ!!」
どう答えようか迷っていると、後ろから声が聞こえてくる。
どうやら、雑談していて店を通りすぎたようで慌てて戻ると、クラウディアとディータは依頼のために必要な準備に入ったため、さっきの話は一旦棚上げとなったようでホッとする。
俺も安堵しながら後に続いて行くと、二人は伐剣者として必要なものについて、さっさと買い物を済ませていく。
魔術触媒だったり、食材だったりと迷う事はなく即断即決していく。
また、向こうで依頼品の茸が見付からなかった場合を考えたのか、簡易テントも用意している所はしっかりしているなと感心もした。
そうして必要な物を揃え終わると、次は場所によって必要なもの、今回で言えば暗き森に行くに当たって必要となるものを揃える必要があるのだが、ここで二人の意見が割れ始めた。
「いや、だからハロン瓶とゲーヴァ瓶だけじなくてゲェフト瓶も必要だって。カティさんも言ってただろ。暗き森には毒の爪を持った大猿がいて、依頼品の近くに生息しているおそれがあるって」
「それは確かに言っていたが、記録によれば過去十年は遭遇の報告もないのだから必要ないのではないか。後、今回の暗き森は陽の光が当たらないような場所が多いようだし、外套の類いに移動中にも暖を取れるような魔術触媒なりを用意した方がいいのではないか?」
薬の瓶については、薬師が研究を重ねて一本の容量を大分少なくすることができており、前世でいうところの理科の実験に使っていた試験管の半分程度の大きさであるため、かさ張るということはない。
では何故こんな話が出てくるのかというと、多くの伐剣者は腰に弾帯のようなベルトを着けており、そこには約十二本の瓶を差して携行することができた。
いざ薬が必要になったのに、拠点に置いてきましたとなれば話にならないことから、携行するという考えは至極当然であるが差せる数は決まっているため、何を用意するかは伐剣者のスタイルや依頼によって赴く場所によってじっくりと吟味する必要があった。
拠点に置いておけるならば、用意しておいても構わないのではないかとも言えるが、薬効があるのは大体が二週間ほどであるため、買いだめしておくという事が出来ず、不必要なものまで揃えたのでは赤字になってしまう。
今回は、クラウディアが駆け出しの伐剣者がどのように生計を立てているか知りたいとの事で、指定依頼で蓄えた依頼料で代金を賄おうとしているので、余計に真剣になっていた。
一方の、外套なり暖なりを取れる魔術触媒についても、今は夏であるため必要がないと思っているのだろか。
陽が当たらないという事が気温にどれ程の影響を与えるかという経験がなければ判断がつかないため、それもしょうがないだろう。
まあ、結論からいうと両方必要だというのが俺の判断だ。
確かに遭遇報告は上がっていないが、今回も遭遇しないという保証はなく、体が資本の伐剣者としては万が一に備える事も大事だ。
また、暗き森は陽が当たらない事から本当に夏かと疑うほどに冷える。特に、この時期でも夜の寒さは体の芯まで冷えると言っても過言ではないため外套なり暖を取れるような準備は必要なんだよな。
今のところは助言も求められていないことだし、どんなことを考えているのかを聞きながら、口出しせずにのんびり待つか。
まあ、買わないという選択をしても俺が人数分の準備をするから、その時は失敗したという経験を積んでくれ。
そこまで考えながら、二人のいつ終わるとも知れない長い長い話し合いを見ているのだった。
―次回投稿は7/24 18時頃を予定しています。
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【ハロン瓶(治療瓶)】
いくつかの薬草や茸などを煎じて液状にしたものを詰めた瓶。
薬効としては、傷を塞ぎ元の状態に戻すほどのものだが、その強すぎる薬効と傷を塞ぐために細胞が活発に動いていることから、身体の硬直が起こる。
硬直時間は傷の程度に比例するので、大体は安全を確保してから飲むのが普通である。
なお、ハロン瓶を越える回復手段も一応は存在する。
【ゲーヴァ瓶(方理瓶)】
危険領域の表層で取れる薬草などを煎じて液状にしたもの。
それによって、失った魔力を強制的に回復するものだが、その回復量によっては極度の疲労感を感じるようになる。
そのため、一瞬の油断が命取りになる危険領域での依頼では、魔力に余裕がある段階から使われることが多い。
【ゲェフト瓶(解毒瓶)】
解毒作用のある薬草や毒性のある素材を使うことによって、自身の身体に侵入した毒素を払う事ができる。
あらゆる毒を払うのではないが、Aランクに上がるまではこの瓶で十分に対応できる。
そのため有用性がかなり高いが、えげつない味と喉に絡み付くような感じからあまり人気は高くない。
これを飲まなくていいように腕を磨けという、遠回しのメッセージなのだろうか。




