第八話 お使いクエスト2 ―荷物の配達依頼
大通りに入る前に、クラウディアには周りをよく見て自分の歩く道筋をキチンと把握しておくように伝える。
コツとしては、正面から来る相手の少し奥を見ていると以外とどこを歩けば大丈夫かが分かるんじゃないかな。
それでもダメならディータの後についていって歩き方を見て覚えるように言う。
まあ参考程度にしてくれればいいやと思っていたら、しばらく俺の言葉を反芻しながらブツブツと呟いた後に、意を決したようにキッと視線を上げて大通りの方へと歩き出した。
後ろから見ていると、先程伝えた通り実践しているのか、来るときほどには急停止するということはなく、無事に大通りを進みきることができた。
「なるほど。こういう歩き方もあるのですね。ハーン教諭は、この歩き方をどうやって身に付けたのですか?」
大通りを過ぎ、人通りが減った道をメモを片手に手紙の配達先に向けて歩いていると、クラウディアは不思議そうに問いかけてきた。
うーんと、前世の日本の通行量の多い道、例えば某スクランブル交差点を通ったりして身に付けたんだよ。
あそこまで人がサッサッと歩いてるところだと目の前の相手だけを見ていたのではぶつかってしまうため、必然的に視線の向け方を学ばざるをえなかった。
このやり方は、一旦身に付けると結構無意識でも出来るから、さっきの大通り程度なら問題はないのさ。
…こう言えたら楽なんなだが、そんな説明をするつもりはないし、たとえ言ったとしても分からないだろう。
「そうだな。例えば伐剣者の仕事で視界の悪い場所に行くこともあるから、そこでたまたま気付いたというところかな。その証拠にディータも出来ていたろう」
「そっだね。俺も依頼で先生の言うような場所にいくことがあったから身に付いたかな。でも、さっき先生が言うまで特に意識してなかったな。こういう場面でも同じような理屈で動けるんだね」
「なるほど、伐剣者ならではのやり方というわけですね」
分かりやすく伝えるために、伐剣者の仕事に繋げて話したが腑に落ちたようでなによりだ。
それに、知っている事を改めてやり直したことで、ディータの視野を広げることができた。
基本的に、知識や論理というものはスライドして使うことが出来る。
Aという場合にはAの知識を、Bという場合にはBの知識をというのではなく、Aの場合にもBの知識を使えることがある。
今回で言えば歩き方だが、一見すれば人混みを避けるためのものなのだが、安全を確保しながら移動するという伐剣者の仕事にも通じるものが潜んでいる。
そのスライドするという柔軟さを知ってほしかったのだが、少しのキッカケで自分で気づいてくれたようだ。
今のところ指定依頼を通して二人に考えて欲しい、知って欲しいと思っていた事が上手く嵌まっていることにほくそ笑む。
俺も少しは教師らしいことが出来ているなと、満足げに進むと目的地に到着したようで、二人は扉の前に立ちドアノッカーを叩く。
そうして出てきた受取人に手紙を渡し、確認書にサインを貰うことで手紙の配達依頼も無事に達成できたようだ。
よし、これで後は荷物の配達依頼だけだな。
◇◆◇◆◇◆
次の荷物の配達依頼のために依頼書に書かれた場所に向かう。
その際、またもや大通りを通過することになるのだが、今度は時間も時間なので人通りは少なくなっていた。
俺としてはやはり通行量が少ない方が歩きやすいのでその状況は歓迎なのだが、一方のクラウディアは歩き方の練習ができないと呟くと肩を落として心なしかションボリとしていた。
いやいや、確かに学んで欲しいとは思ったが、そこまで生真面目にやることはないんだよ。
ただまあ、そんなクラウディアは珍しいので、ディータと二人して目を合わすと苦笑してしまった。
そうして、比較的スムーズに荷物の配達の依頼人である工鉱望という鉱石関係の品物を扱っている店に到着する。
…って、もしかして、ここってあいつの店じゃないか?!どうしよう、このまま二人を連れて回れ右して帰ろうかな?
そう悩んでいる内に、ディータとクラウディアはさっさと店の中に入っていってしまう。
しょうがなく二人の後に続いて店に入ると、そこには思った通りの人物がカウンター越しにこちらを見ていた。
「すみませーん。ギルドから荷物の配達依頼を受けて来ましたー」
「待ってたよ~。っと、あれレーヴェじゃん?えっ、アンタとうとう駆け出しの伐剣者がやるような依頼を受けなきゃならないほど降格したの?」
「なんでだよ!!ってか、久しぶりに顔を合わせた旧友にいきなり何言ってんの」
工鉱望の店の中、カウンターに肩肘をつき、さっきまでボーッとしていた旧友の失礼な問いかけに大声で反論する。
それを見て、キャハハと笑い声を上げるこいつは、学園時代からの腐れ縁クリスタという。
「えっと、また先生の知り合い?」
「ふむ。ディータよ、この場合はハーン教諭の顔が広いと見るべきではないか?」
二人がそう話しているのだが、その言葉にハッとなり一つの事実に思い至る。
指定依頼の選別はテオの奴に任せていた。つまり、依頼人が俺の知り合いを多めにすることも可能である。
あの野郎。ミラ姉の時はちょっと感謝したけど、何でこいつの依頼まで入れてんだよ。
「先生…。そういや、ジギスムントで教師になったんだってね。しかし、アンタが教師ねぇー。まあ、学園の授業を真面目に受けてたようだし、そういう方向の適正はあったのかな?」
「何で、俺の顔を見ながら聞いてくるんだ。しかも、語尾が上がって疑問系ってどういうことだよ」
「いやー、教えられるのは得意でも、教えることが得意とは限らないじゃん?」
なんだよ、その謎理論は。
一流の選手ではあるが、一流の監督ではない的なあれか?
いや、こいつの事だから適当に思い付いた事を、ただただ喋ってるだけかもしれん。
「もういいや。依頼の話をさせてくれ。俺達は何を配達すればいいんだ?」
「ああ、そうだった。えっとね、ダーリンがお弁当を忘れたので届けて…」
「さっ、二人とも帰ろうか。丁度いい時間だし昼飯を食って、ギルドで別の依頼を見てみよう」
何時かは知らないが、ギルドに依頼を出しに行ってるのに、何で今日の弁当が配達依頼になってるんだよ!!
「ああ、ウソウソ…いや、ホント?とにかく、配達して欲しいのは装飾用の宝石で、ついでにダーリンのお弁当もなのよ」
「最初からそう言え。てか、本当にダーリンがいたのか?」
誰だ?こいつの事を好きになるような物好きな奴は。
いや、待てよ。こいつは結構しつこいから、相手を口説きまっくて、無理矢理首を縦に降らせたか?
そこまで考えると、勘が鋭いのかジトっとした視線を俺に向けてくる。
「何か失礼な事を考えてたでしょ。たくっ、アンタも知ってる人よ。ほら、パルタザルよ。パルタザル・ゲッツェ」
パルタザルって、学園時代の同級生だった、あのパルタザル?
学園時代の友人を挙げてみろと言われたら、テオとパルタザル、後は不本意ながらクリスタとあと数人の名前が出るだけだろう。
つまり、それだけ親しい間柄だったのだが、…えっ、お前らって付き合ってたの?
「鈍いアンタは知らないかもしれないけど、結構前から付き合ってたのよ。ただね、結婚は一人前になるまで待って欲しいって言われてたの。でね、アンタがジギスムントに行ってちょっとした頃かな。ようやく一人前と認められたのよ。そうしたら、ダーリンがこう私の手を取って愛してるって言って…口付けして…結婚しようって」
そう言いきると、キャーと両手を頬に当てクネクネと変な動きをする。
どうしよう。物凄くこのまま放置して帰りたい。
「話が弾んでるとこ悪いんだけどさ。さっきから何度も出てきてるダーリンって何?」
げんなりとクリスタを見ている俺に、ディータが質問を投げ掛けてくる。
普段であればキチンと対応できたのに、クリスタの気持ち悪い動きと面倒くさいという気持ちで一杯だったせいか反応が遅れる。
そのせいで、俺より早くクリスタが反応してしまった。
「えっとね。レーヴェが言うには、愛し合う男女の呼び方の一つなのよ。男の人をダーリン。女の人をハニーって呼ぶの。結構、響きがいいから使ってるのよね~。レーヴェって意外と乙女な…」
「だぁー。頼むから、俺の黒歴史をペラペラと喋らないでくれ」
確かにその言葉は俺が教えたよ。
でも、学園時代にピンクのオーラを放ってるカップルを見ていたら、「ダーリン、ハニーって言ってそうだな」と、ついつい出ちゃっただけなんたよ。
その言葉を聞き付けたこいつに、懇切丁寧に説明したのだが、それが今になって仇となるとは。
あの時、しつこさに根負けせずにキチンと断っておけばよかった。
「いや、ハーン教諭。面白そうなのでもう少しクリスタ殿の話を聞いてみたいのだが」
何でこういう時に限って食いついてくるかね、クラウディアさん。
学ぶ意欲があるのはいいんだけど、そんなことまで学ばなくていいよ!!
「あー、それはまた別の機会にしとこうな。今は、依頼をこなすことを優先しようじゃないか」
「残念です。しかし、伐剣者の仕事は流動的なのですね。依頼書に書かれていないこと、言葉は悪いですが雑用のような事もするとは、少し驚いています」
ナイスだ、クラウディア!!
よし、いい具合に話が流れそうだし、この話題に全力で乗っかるのはいいとして、質問自体にはどう答えたものか。
確かに、見ようによっては雑用のような事だな。
それに、依頼書に書かれていないことなので、ギルドとの契約という面からすればやる必要のないことだ。
ただし、伐剣者は民の生活に根差した存在で、民と共にその歴史を歩んでいる。
生活に根差すという言葉は色々な意味にとれるだろうが、俺としては民と幸せを共有しあえることであると考える。
だからこそ、普段の何気ない問題やちょっとした頼み事についても、依頼としてあるいは依頼のついでに受けるという、この小さい気遣いの積み重ねがやがて大きな幸せに繋がるのではないかと思う。
まあ、あくまでも俺個人の考えなので、反論や異論はあるだろうがな。
とにかく、このような事を言葉を選びつつ答えると、クラウディアだけでなくディータとクリスタも感心して聞き入ってくれる…が。
「アンタ。そこまで思ってながら、何で教師になってんのよ!!」
いや、伐剣者の民の生活に根差した存在という理念は素晴らしいと思うし、共感もできるよ。
でも、高位ランクになるにつれ、体を酷使して命までかける依頼ばっかになるんだもん。
流石に、それだけを続けてたら燃え尽き状態にもなるよ。
そう。すべては危険領域が、危険領域での依頼が悪いんだ!!
「まあ、俺にも色々とあるんだってところかな」
「何、格好つけた言い方してんのよ。単に燃え尽き状態になったからでしょ」
「知ってんなら聞くなよ!!」
て言うか、俺が燃え尽き状態になったことって、どれくらい広がってんだ?
いや、でも今は教師に専念しているけど、一応伐剣者は兼任してる状態なんだよ。
だから、危険領域以外での依頼は、生徒達の成長度合いによってはするかもしれないんだから、とりあえずは良しとしておいてくれ。
…さてと、そろそろ依頼に戻った方が、俺の精神衛生上のためにもいいだろうな。
そう思うと話を打ちきり、クリスタに依頼品の宝石と弁当を持ってくるように言う。
もう少し話そうよぉと言われたが、これ以上ここにいたのでは、俺の学園時代の話が出てきてしまうかもしれないし、他にも余計な墓穴を掘りそうだったので断る。
そうして渡された依頼品をディータ達が受け取ると、二人を促してパルタザルが働いているという場所に向かおうとすると、忘れてたというノリで後ろから声がかかった。
「そうそう、近い内に結婚式をすると思うから、アンタも来なさいよ。それと、生徒さん達も招待するから良ければいらっしゃい。歓迎するわ」
外に出かかった俺達の背にそんな言葉が掛けられたので、片手を上げて答えると、今度こそ工鉱望を後にするのだった。
―次回投稿は7/18 18時頃を予定しています。
◇◆◇◆◇◆
*歩き方については、作者の経験に基づくものなので、もっと別のやり方もあるかもしれません。
*聞きかじった話なのですが、ダーリンやハニーで男女を分けるのではないので、普通に男性に対してハニーという場合もあるそうです。
しかし、作者としてはやはりダーリンは男性に対して、ハニーは女性に使いたいので、作中のような書き方にしています。




