第五話 懐かしの顔、後はポンコツと
街道を疾走していた小馬竜車は、徐々にスピードを落とし始めたのか外を流れる景色が緩やかになっていく。
もうそろそろ着くのかなと思っていると、微かな嘶きとともに小馬竜車はその動きを完全に止めるのだった。
「さて、着いたみたいだし降りるか。ディータ、クラウディア、準備はいいか」
「大丈夫。それよりも、早く降りようよ」
「私も同じです」
気が逸っているのかソワソワと俺と扉の方を交互に見ながら、そう元気よく答えてくる。
それを微笑ましいものとして見ながら、ロッホスさんとベティーナの方を向く。
二人とも苦笑しているが大丈夫そうだし、早速降りるとするか。
小馬竜車の引く屋形の扉を開くと、そこには懐かしの城壁が広がっていた。
高さは帝都ガルフベルンのには劣るものの、危険領域が近いことから厚さに関してはこちらの方が勝るだろう。
ディータとクラウディアも興味深く見ているところをみると、俺の考えもあながち間違っているということは無さそうだ。
「ディータ、クラウディア。これから幾らでも時間もあるのだし、後でじっくり見てくれ。とりあえず入国の検査とギルドに報告に行くぞ」
そう声を掛けられた二人はハッとして俺のあとに続いて小馬竜車から離れて、城門の方に向かう。
ガルフベルンとは違い、少し離れた場所に停留所があるので歩く必要があるのだが、何でなんだろうな。
異国を知って、普段見慣れていたはずの風景に疑問をもつとは
、俺も何気に成長しているな。
そんな事を考えていると、城門が近づいてきてそこに佇む衛兵の顔が見えてくるが…。
ものッすごい見覚えのある顔なんだけどあの人。
「よう、レーヴェ!!お帰りと言ったところだな」
「…お久しぶりです、ミューランさん。今日はまた何でこっちの方の城門に居るんです?」
義父母の友人でありってこれはもういいか。とにかく、ウォルフさんの問いかけに、顔がひきつりながらも返事をする。
「何。テオから、お前がそろそろ帰ってくるって聞いていたから、ここの担当の奴と代わってもらってたんだ。それで、後ろのがお前の生徒達か?フフフ、こりゃ賭けは俺の勝ちだな」
「そうだったんですかって、賭け?」
さては、俺が生徒を連れて帰ってこれるかで賭けてたのか。
そう呆れていたら、ミューランさんは思わず口を出た賭けという言葉に反応する。
「おう。俺とゲオルグの奴は連れて帰ってくるで大穴狙いだな。でだ、ヴァネサとテオ含めた大多数が連れて帰ってこないだったな。何せ、お前の子供の頃は人見知りの引き…」
「ダァァァァァァァァ!!ストップ、シャラップ、黙らっしゃい!!!!」
生徒達の前で俺の子供の頃の事を言うのは禁止。ダメ、絶対。
ルディに話したときも、これからの事を考えてだったのに、それ以外の生徒に話したら、あるか知らないけど俺の威厳が減るでしょ。
「おおぅ、ビックリした。いかんぞ、レーヴェ。人の話の途中で大声を出して独自言語を叫ぶなんて」
諭すように言ってくるが、いやいやミューランさんが俺の子供の頃の話をするからでしょ。それさえ無ければ俺も黙って検査だけ受けてさっさと中に入れるんですよ。
いや、悪気がないのは分かるんですよ。親戚のおじさんのノリで、軽く昔話をしようとしてるのは分かるんですけど、そこら辺はお口チャックでお願いします。
「しかも見ろ。お前の生徒達も驚いているじゃないか」
そう言われ、ハッとして後ろを見ると、ディータとクラウディアがビックリした顔をして停止しているのが見えた。
いかん。普段の俺は親しみの中にも落ち着いた雰囲気をまとってるつもりなのに、こんな大声を張り上げるなんて…。
「黙らっしゃいは分かったけど、ストップやシャラップってなんだ?クラウディアは分かるか?」
「いや、分からない。しかし、ミューランという人の話だとハーン教諭の独自言語みたいだし、私達が分からないのも無理はない」
内心でアワアワとしていると、二人はネジが巻かれるように動き出し、そうヒソヒソと顔を付き合わせて話し合うが…聞こえてるよ?!
しかも、そのまた後ろではロッホスさんとベティーナが腹を抱えて笑っていた。
「さて、それじゃあ検査するか。ほらほら、俯いてないで伐剣者タグを出して見せてくれ」
まだ何もしていないのに異様に疲れた。
ただ、うまい具合に検査の流れになったので、ミューランさんの気の変わらないうちにさっさと済ませることにする。
ノロノロと俺の伐剣者タグを見せるとともに学院からの書類を見せ、一通りの確認を済ませると、揃ってシュラフスな城門を抜ける。
その時に、また後でなとミューランさんが言ってきたが、後でなにかあるのか?
…まあ、いいか。その時になれば分かるだろうし、何より知っていることで心の準備が出来る。
とにかく、今はギルドに行って在籍届などの手続きを済ませてから、これからの事を生徒達と話し合うとするか。
そう思うと、ほんの少し前までは日常の一部として歩いていた道を、一人でなくディータやクラウディアと進んでいく。
…ロッホスさんとベティーナが、何やら後ろから待ってくれとか言っているがほっとこう。
別に、さっき腹を抱えて笑っていた事を根に持っている訳じゃないぞ。
◇◆◇◆◇◆
シュラフスの街はガルクブルンナーの玄関口であるため、結構な賑わいをみせている。
また、その町並みもガルフベルンとは違った雰囲気なためディータには物珍しいのではないだろうか。
時々飛んでくる質問に答えつつのんびりと歩いていると、シュラフスのギルドが見えてくる。
かつては嫌というほど見ていた建物だが、久しぶりに帰ってくると懐かしさが込み上げてくるもんだな。
「さっ、着いたぞ。ここがシュラフスの街の伐剣者ギルドだ」
そうディータとクラウディアに言うと、ギルドの扉を押し開けて中へと入っていく。
一歩中に入ると、懐かしい匂いというのだろうかを感じ、シュラフスに帰ってきたんだと実感する。
そうして、ギルドカウンターの方に向かうと、さらに懐かしい顔があった。
「ただいま、カティ。今帰ってきたんだけど、テオの奴はいるかな?」
そう声をかけると、パッと顔を上げてこちらの方を見てくる蒼い瞳とかち合った。
カティは俺を見ると、ビックリした顔から徐々に笑顔になっていく。
「レオンハルトさん、お帰りなさい!!」
元気よく俺の名前を呼ぶ声も変わりはないところをみると、なぜか嬉しいものだな。
そうして、俺の後ろにいる生徒達の事を思い出す。
これから、ここのギルドを拠点とするんだし、紹介だけでも先に済ませておくかなと考え、二人を俺の隣に呼ぶ。
「カティ。この二人が、ジギスムントでの俺の生徒になる。これから、ギルドを通して依頼を受けることになるかもしれないから、よろしく頼むな」
「お二人が、レオンハルトさんの生徒になるんですね。私は、カティ・ユンカーといいます。よろしくお願いしますね」
「ご丁寧に痛み入る。私は、クラウディア。クラウディア・ベルタ=ラヴクラフトという。これから、約二ヶ月半の間よろしく頼む」
カティの挨拶に、クラウディアがカッチカチに固い挨拶を返す。
その固い挨拶に、普段は伐剣者の相手をしているカティはビックリしているが、俺がクラウディアは騎士出身なんだよとフォローを入れることで、戸惑いながらも頷いた。
年も近いし女の子同士だから、出来れば仲良くやってくれるといいな。
それでクラウディアも、もうちょっと対応に柔らかさを持つと尚いいんだが、そこまでは期待しすぎかな。
さて、それじゃあ後はディータだけだなと思っていると、なかなか挨拶が始まらない。
クラウディアと一緒に訝しみながら横を見ると、そこにはポーと呆けている顔をしたディータがいた。
まさかと思いつつディータに声をかけると、壊れかけの機械のようにギギギと鈍く再起動する。
「あっ、その。…おっ、俺は、いや違った。僕はディータ・ランダウって言います。一応Dランクの伐剣者で、レオンハルト先生の一番弟子をしている十六歳です。よろしくお願いします」
いつの間に俺の一番弟子になったよ。
それに、そのお見合いみたいな挨拶はなんだ。
ここまでポンコツなディータを見たことがないため、思わずツッコミを入れそうになったが、グッとこらえる。
クラウディアも心底呆れたという目でディータを見ていたが、ディータは気付かずにずっとカティの方を見ていた。
「あー、そんな訳でこの二人を連れてテオの奴のところに帰ってきた報告に行こうと思うんだけど、今アイツはいるか?」
「はい。今日あたりに帰ってくるだろうと、予定は空けていますから大丈夫そうですよ。うーん…そうですね。レオンハルトさんなら、直接事務長室に行ってもいいでしょうし、ご案内します」
少し悩んだ様子を見せたがそう結論付けると、受付から立ち上がり他の受付嬢達に声をかけてから、こちらへどうぞと先にたって案内してくれる。
取り次いでくれるだけでもいいんだけどなと思ったが、これも一つの形式かと考え、二人を促して事務長室に行くことにした。
しかし、クラウディアは直ぐに返事をくれたのに対して、いくら声をかけてもディータはカティの後ろ姿を目で追っているだけで動く様子はない。
いや、目だけじゃなくて体も動かさんかい。
まさかディータ相手にここまでツッコミをいれる日がくるとは思ってもみなかった。
でもまあ、このまま此処に放って置くわけにもいかないし、ため息をつくとディータの肩に手を置きゆすって現実に戻すことにする。
「ほら、ディータ。カティが案内してくれるらしいからさっさと行くぞ。おーい、聞こえてるかー」
「うん。聞こえてるよ先生。大丈夫だって」
そう返事をしているが、心此処に在らずといった体だな。
ダメだこりゃと、ディータの手を引っ張りながらクラウディアと一緒に二階に上がるための階段の方に向かっていく。
幼子のように手を引いている姿はインパクトが強かったようで、受付嬢や丁度よくギルドに戻ってきたロッホスさん達が珍妙なものを見るような視線を向けてくるのだが、ディータが再起動しない限りどうしようもない。
そのため、せめて一刻も早く二階へと上がろうと、クラウディアと二人早足になっているのも、しょうがないことだ。
頼むから、さっさと何時ものディータに戻ってくれ!!
そう願いながら、三人でカティの後に続きながら事務長室に行くために進んでいく。
なんだろう。
シュラフスに戻ってきたばかりなのに、気疲れすることが多いような気がする。
―次回投稿は7/11 18時頃を予定しています。




