間奏 鉄の声
刀作りを依頼してから、一週間ほどが経過した。
あれから、ほぼ毎日のようにホフマイスター工房に通いつめ、新しく置く設備や工程の確認など、うろ覚えの知識を搾り出しながら説明する。
そうして、かなり漠然とした俺の説明を聞いて試行錯誤しながら作られた設備に、鉄をぶち込み溶かし不純物を取り除く作業はすでに完了しており、いくつかの素材の試作品が出来上がる。
そこから、さらに破砕・選鋼した物を並べると、俺の意見を求められた。
「どうだ、レーヴェ坊。オメェさんの最初の刀に使われていた物と違いはあるかい?」
「そうですね。多分ですけど、同じものじゃないですか」
ハッキリしねぇなと言われるが、勘弁してほしい。
俺に出来るのは、素材に魔力を通してみて、その感じから同じか違うかを判別する程度なのだから、確信を持って断言などできない。
「まあ、後はやりながら色々と工夫していくか。ディルク、この前の製図を持ってきてくれや」
「この前の製図って、ルディの木刀を図ったやつだよね。えっと、確かこの辺に…あったあった」
鍛冶場内にある長机に置かれたいくつかの紙から、目的のものを見つけるとそれを持って来て、改めて確認する。
「あー、長さは六十九センチで、反りは…レーヴェ坊。反りはこの通りにしなきゃならねぇのか?」
「そうですね。刀ってのは、案外反りによってクセとでも言うんですか、振るときの感覚が違うんですよ。ですので、可能な限りその図の通りにしてほしいんです」
なるほどねと頷いているが、この通りに反らすのは意外と難しい。何せ、組み合わせる鉄の割合と鉄を打つ加減によっては、あっという間に反りが深くなってしまう。
そのため、ここら辺は刀工の腕と経験にかかっていると言っても過言ではない。
「まあ、オメェさんがガルクブルンナーに帰るまで約一ヶ月と少しある。それまでに、出来れば一本は作って感想を聞かせてもらえれば御の字か」
「えーと、そうですね。逆に、それくらいの期間しかないんですけど大丈夫ですか?」
確かに、俺が帰るまで一ヶ月と少しあるにはあるが、果たしてそれで出来るのだろうか。
前世では、結構な時間が必要だったと聞いたような気もするが、やはり魔術があれば製作の工程は短縮できるのかな?
ジィオン爺さんの場合は、理由は忘れたが刀という武器について説明したら、いつの間にか作ってくれてたんだよな。だから、こっちの世界での基本的な日数については知らないままなんだが、こんな事ならキチンと聞いておけば良かった。
そんな事を思っている俺の方を見ると、ニヤリと笑って大丈夫だと請け負ってくれる。
「とりあえず、今聞くべきことはこんなところか。また、何かあれば学院の方に連絡をいれるから、そんときゃ頼むぜ」
「分かりました。まあ、ちょくちょく顔を出すと思いますので、その時に何かあれば言ってください」
オメェさんも律儀だねぇと言われるが、俺としては当たり前のことなんだけどな。
まあ、それで好印象になるのなら構わないかと思い、それじゃお願いしますと言ってから帰路についた。
◇◆◇◆◇◆
それから数日の間は、学院での授業や溜まっていた書類仕事に精を出していたため、なかなか時間が捻出できなかった。
あれから、ホフマイスター工房には顔を出していないが、もしかしたら何らかの進展があったかもしれないと思い、今日あたり行ってみることにする。
その際、何か手土産でもと思い、なにがいいかと色々考えた結果、無難な酒にすることにした。
こう、火の近くで仕事する鍛冶師だし、仕事終わりに冷たい酒をキューとする方が喜ばれるよな。
無難と言いつつ、完全に俺の好みと勝手な憶測による選出になったが、まあ大丈夫だろう。
そうして、酒屋で買った幾つかのビール瓶を片手にホフマイスター工房の扉をくぐり、奥の鍛冶場の方に呼び掛ける。
「すみませんー、レオンハルトです。調子はどうか、伺いに来ましたぁー」
しばらく待つと、奥からディルクさんがやって来て、片手をあげて挨拶してくる。
「やっ、レーヴェさん。お久しぶり」
「お久しぶりです。あっ、これは手土産ですので、仕事終わりにでも皆さんで飲んでください」
悪いなぁと言いながらも、顔を綻ばして受け取ってくれる辺り、俺のチョイスもまんざら外れではなかったようだ。
「それで、調子の方はどうですか?」
「ああ、親父が言うには良いらしいよ。まっ、実際その目で見てみてよ」
そう言って、ビールをカウンターの後ろにおいて、触れるべからずという張り紙をしてから鍛冶場の方に案内してくれる。
ディルクさん、別にそこまでしないでも誰も取りませんて。まあ、それよりも調子はいいって言ってた事の方が重要だ。
なんとなくでやって来たが、これは期待ができるかもな。
ディルクさんの案内で入った鍛冶場は、この前来たとき同様に火が発する熱で暑いくらいだった。
その中で、黙々と鎚を振るう老人の顔は、笑顔を覗かせてはいるものの、鎚を振るって出る火花が体に当たるのもお構いなしに、ただひたすらに鉄を打ち付け、どこか鬼気迫るものがあった。
「悪いね。親父のやつ、今ノリに乗ってるみたいだからもう少しだけ待って頂戴よ」
横からそう言われるが、眼前の状況に圧倒されており、ただただ頷くだけでしか返事が出来なかった。
そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか、オットーさんが鎚を打つ手を止めて鉄の具合をつぶさに見たかと思うと、そっと金床に下ろして顔を上げる。
「おお、レーヴェ坊じゃねえか。なんだい、来てたんなら声を掛けてくれればいいじゃねえか」
「いやいや親父。そうは言うけど、集中している時に声を掛けられても気付きもしないじゃないか」
ディルクさんがすぐさま言い返すと、違ぇねえと言ってカラカラと笑った。
そう掛け合いをしてはいるものの、さっき見た姿が以前とは違いすぎて、頭がついていってなかった。
「それで、今日はどうしたいレーヴェ坊…おいっ、レーヴェ坊!!」
「あ、その…すいません。以前剣を打つ姿は見せてもらっていたんですけど、今日は全然違いましたね。なんと言うか、鬼気迫る雰囲気に呑まれてしまいましたよ」
俺の言い方が面白かったのか、オットーさんとディルクさんは顔を見合わせると大声で笑う。
どうにも鬼気迫るという言葉がツボにハマったらしく、ひとしきり笑うと、悪い悪いと言って片手を上げてヒラヒラと振る。
「いやよぉ。オメェさんの言うとおりに鉄を打っていると、なかなか声が聞こえなくてな。それで、これでもかこれでもかってな具合に打ちつけてたもんで、そう見えたんだろ」
「鉄の声…ですか?」
鉄の声ってなんだ?まさか、ファンタジーのように鉄の妖精がいて、打ち付けることでその声が聞こえるようになるとか?いやまさかな、この世界で二十六年間生きてはいるが、いまだに妖精なんて見たことはないぞ。
「ああ、レーヴェさん。親父が言っているのは、比喩だよ比喩」
真剣に考えていたのが可笑しかったのか、笑いながらそう指摘される。
どうも、オットーさんは鉄の強度や伸びなど、その鉄の限界が叩けば叩いただけ分かるというのだ。
その感覚を、鉄の声という風に表現しているに過ぎなかった。
そうだよな。この世界が、ファンタジーに近いといっても妖精とかまではいないよな。さよなら、俺のファンタジー。
「それで、どんな感じですか?ディルクさんは、いい調子だと言っていたんですが」
「おう。まあ、ぼちぼちってな感じだな。慣れないうちは、声も聞こえずにやりづらかったが、ようやくコツというか目処みたいなものは立ってきたってところだ」
そうして、俺にかかればこんなもんだと腰にてを当てて豪快に笑った。
おお、流石は剣匠。もうそんな段階に至っているのか。
そう感心していると、横から呆れたような声が掛けられる。
「よく言うよ。ここ数日まともに寝ないで、鉄を打ち続けてるじゃないか。レーヴェさん。こう見えても親父のやつ、かなり頭を悩ませてたみたいだよ」
「馬鹿野郎。そういうのはな、言わぬが花ってなもんだ」
オットーさんは大したことないぞと言っているが、まさか寝る間も惜しんで打ち込んでいてくれているとはビックリだ。
「その、オットーさんには無理をさせているようで…すみません」
「あん?オメェさん、何を言ってんだ?」
どうやら俺の言葉に引っ掛かりを覚えたらしいが、どこか変な言い方をしたか?
それから、少し考えているとオットーさんは、分からねぇのかいと作った拳で俺の胸を軽く叩く。
「オメェさんが依頼して俺が受けた。そう、他の誰でもない俺が、俺自身の意思で受けたんだよ。それに、例えそれが俺の本意でなかったとしても、俺の口からやるってな言葉が出たんなら、言葉通りの仕事をこなすのは当たり前だ。だからな、オメェさんの言うような無理をさせるってことにはならねぇんだよ」
そう言ってカラカラと笑った。
なるほど、俺の無理をさせているという言葉に対する違和感か。確かに、そう言われてみればそうなるか。
「なるほど。これは俺が考え違いをしていたようです。では改めて、大変かも知れませんがよろしくお願いします」
「おうよ。任せときな!」
互いに真顔でのやり取りに、どちらとも知れず笑い出す。
そうしてひとしきり笑い終わると、今出来たやつを見てってくれと促されたので、金床に置かれた鉄に目を落とし、じっくりと見る事にする。
俺の目に映るその鉄は、これからの工程が上手くいく事を保証するかのように、赤く仄かな光を発していたのだった。
―次回投稿は7/1 12時頃を予定しています。
◇◆◇◆◇◆
これにて、第一章は完結となります。
そうして、人物紹介を挟んで、次話からは第二章「教師生活一年目―夏季休暇」が始まりますので、これからも「変わり者の伐剣者」をよろしくお願い致します。
―ご意見ご感想をお待ちしております。




