間奏 興味と好奇心
ジギスムント帝立学院にある自分の研究室。そこには、学院の授業で使う触媒の他に、趣味で集めていた物も多くあった。
使われていない子達についても、ギルドで閲覧できる魔術目録を見ながら勉強をしているが、やはり感覚に頼る部分もあるためなかなか捗らない。
そうしたある日、レオンハルト・ハーンという教師が現れたことにより、一つの転機が訪れる。
「あの、ナイツェル先生。もし兎魔の目を持っていらしたら、お借りすることはできますか?」
「兎魔の目ですか。確か、私の研究室にあると思いますが、それで何をなさるのですか」
私が、教職員室で授業で使う資料を作成していると、今戦闘技術の授業をしているはずのレーヴェ先生が駆け込んでくる。
そうして、私を見つけるとホッと息を吐き、兎魔の目を持っているか聞かれた。
兎魔の目?確か、魔術触媒になるという話を聞いて、伐剣者に依頼を出して取ってきてもらった物があったはず。
しかし、私には使い方がわからずに、まだ研究途中の代物だったので、何に使うか興味があったので聞いてみることにした。
「いえ、今度私の生徒になったルディって子がいまして。その子が、どうやら身体能力強化の魔術を使えないらしく、ちょっと魔力検査をしようかと思いまして」
「魔力検査?あれは、危険領域で魔獣等の探知に使うとギルドの魔術目録には書いていましたよ?」
魔力検査?あれを使って人の魔力を検査する?どうやって?
面白い!!ギルドの魔術目録にも書かれていなかった情報だ!!
「あれ、それしか書いてませんでしたか?もしかして、書くのを忘れたか?」
書くのを忘れた?もしかして。
「ギルドの魔術目録に記載したのは、レーヴェ先生なのですか?」
「え?ええ、私がそう記載したのですけど、どうやら面倒く…忘れていたみたいですね。ハハハ」
フフフ。そう、そうなんですね。
あの目録は、魔術の使い方を見つけた者に作成義務があったはず。ということは、レーヴェ先生が使い方に最も精通しているとになる。
益々面白くなってきましたわ!!
「分かりました。ただ、私からもお願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」
「えっと、お願いですか?まあ、私に出来る事でしたらさせていただきますが」
フフフ。言質は取らせていただきました。それでは、早く授業に戻らなければならないでしょうし、早速研究室に行きますか。
私は、レーヴェ先生を促し研究室に向かうことにする。
レーヴェ先生の授業が終われば、また一つ新しい魔術を知ることが出来る。
その喜びのせいか、足取りは羽が生えたように軽やかだった。
――――――レーヴェ先生の授業が終わり、教職員室に帰ってくると、直ぐ様詰め掛ける。
「ありがとうございました、ナイツェル先生。お陰さまで、魔力け」
「その話はあとで聞きます。さっ、早速に兎魔の目の使い方を教えて下さい」
そんな戸惑った顔をしていないで、早くしてください。私が、どれだけ待ったと思っているのですか!!
私の熱意が伝わったのか、レーヴェ先生は魔力を触媒に込めながら、可視化の魔術を使うと言ってくる。
可視化の魔術。確か、目録にもそう記載されていたはずだし、それがなぜ魔力検査に役立つのか。
暫くすると、レーヴェ先生の周りが薄い銀色に光っているのが見えてくる。
それから、私にも魔力を触媒に込める感覚を持ってみて欲しいと言われたのでやってみると、私の周りも薄紫に光っていることが分かる。
「それじゃあ、魔力を出した状態で、俺の魔力に触れてみて下さい」
そう言って、魔力を出している右手を出してくるので、銀色に光っている魔力部分に触れてみる。
緩やかに流れているけど、硬い?魔力に硬いなんて事があるのだろうか?
「なんじゃ?こんなところで逢い引きとは、随分大胆じゃな!!」
私とレーヴェ先生の魔力を確認していると、授業を終えたヨーゼフ先生とレオ先生が教職員室の扉を入ったところに立っていた。
逢い引き?何を言っているのだろうと前を向くと、この状況は私がレーヴェ先生の手を握っているように見えた。
慌てて手を引っ込めると、その様子を見ながら大声で笑いながら、さらにからかってくる。
「なんじゃ。もうやめるのか?ん?」
分かっているのか、ニヤニヤしながらそう言うヨーゼフ先生。
くっ、この爺…ダメ、ダメよイリス。今の私は淑女なのよ!!落ち着きなさい。
「ヨーゼフ先生。悪乗りが過ぎますよ」
深呼吸しながら落ち着こうとしている私に、さらにいい募ろうとするヨーゼフ先生に対して、レオ先生が奥さまに言いますよと言って止める。
「お主、それはズルいじゃろう」とか言ってるが、是非奥さまに言いつけて欲しいところだ。
とにかく、これ以上からかおうものなら本当に奥さまに言いつけられると思ったの、何をしてたのか話題を変えてくる。可視化の魔術を試していたというと、儂にも掛けて欲しいとレーヴェ先生に言ってくる。
結局、私を含めてヨーゼフ、レオ両先生の魔力が見えたことによって、それぞれの魔力を確認し合う事にした。
ただ、期待していた割には、あまり違いは無いように思っていると、人の魔力には普通はあまり違いはありませんよとレーヴェ先生が教えてくれる。ルディ君のような例は、ガルクブルンナーでも珍しいらしい。
そう言われると確かめたくなるが、今までの経緯を考えると、もう少し待ったほうがいいのだろうか。
これからの計画を立てていると、そろそろ教員寮の応募に行きたいとレーヴェ先生が出ていこうとする。
引き止めたかったが、それなら仕方ないとして、まだ可視化の魔術については分からないところもあるので、後日また時間をとってもらう約束を取り付けることにとどめる。
フフ、レーヴェ先生には、私の知識欲を満たす面白い話が聞けそうだという予感があるのか、自然と頬が上がるのを自覚し、その背を見送った。
◇◆◇◆◇◆
学院の休みの日、私はギルド本部で事務総長をしている学友クララ・イェッセルの下を訪ねることにする。
一つは習慣になっているギルドの魔術目録を閲覧すること、そしてもう一つは、好奇心からレーヴェ先生について聞いてみようと思っていた。
ギルドに入ると、まずは閲覧室に入り魔術目録を写していく。
その際、レーヴェ先生がガルクブルンナーの出身であったことから、私が使えない魔術でガルクブルンナー発の魔術を優先的に書き写していく。
この中で、もしかしたらレーヴェ先生が使える魔術があるかもしれないという希望的観測によるものだが、知らなくても損はないし構わない。
そうして、七割ほど書き写した段階で、ふと人の気配を感じて顔を上げると、目の前に目的の人物が立っていた。
「イリスじゃないの。今日も、魔術目録を見に来たの?」
「ええ、そうよ。ただ、今日はクララに聞きたいこともあるのよ」
私からクララに話を聞きたいことが思い付かないのか、栗色の毛をさらりと薙がしながら、軽く首を捻っていた。
「へぇ、珍しいこともあるものね。それじゃあ、せっかくだし外でお茶でも飲みながら話さない?」
「いいわね。でも、今いいところなのよ。あとちょっとで区切りがつくから、待ってくれないかしら」
急いで書き上げるとクララを伴って、ギルドを後にする。
そうして、ギルドから見て南にある時計屋に行くことにした。
ギルドから出て少し歩くと、目の前に見知った顔が見える。確か、学院の事務課に勤めているエリーさんじゃなかったかしら?
「エリーさんじゃないですか、こんにちは」
「あっ、ナイツェル先生こんにちは」
一人でブラついているようにも見えたので、何をしているのかつい聞いてしまった。
何でも、約束していた友人に急に仕事が入ったらしく来れなくなったが、せっかくの休みを家にいたのでは家業を手伝わされそうだったので出てきたという。
特に目的もなさそうだったのでクララに確認をとってから、せっかくなら一緒にお茶をしないかと誘ってみると、いいんですかと逆に聞かれる。
もちろんと答え、改めて三人で時計屋に行くことにする。
その店は、時計屋という名前の通り、店の壁にマスターが趣味で集めた幾つもの掛け時計が掛かっており、中央には店内のすべての席から時間を見ることが出来る柱時計がある面白い喫茶店である。
また、店の外には数席のオープンカフェスペースがあるが、そのテーブルの上にも小さな置時計が置かれるという念の入れようであった。
「ここに来ると学院生だった頃を思い出すわね」
「フフ。あの頃のクララは、ここなら時間がキッチリ分かるから予定が立てやすく勉強が捗る、なんて言ってたわね」
そう言うと、何を当たり前なという顔でこっちを見てくるけど、貴女は少しキッチリしすぎなのよ?
ほら、エリーさんなんて、軽く引いてるじゃない。
旧友の相変わらずの様子に苦笑すると、天気もいいことだし学院生時代にお気に入りだった外の席に座ることを提案して席に付き、三人とも珈琲を頼むことにする。
そうして、運ばれてきた珈琲に砂糖とミルクをたっぷりと入れるクララを見て、雰囲気とのギャップにエリーさんは驚いていた。
彼女は昔からそうなのよと笑いかけながら、私はそのまま飲むとやや頬を膨らませたクララが本題を切り出してくる。
「それで、私に聞きたいことってなんなのかしら?」
「そうそう。レーヴェ先生について聞きたいのよ」
レーヴェ先生と、誰のことだか分かってないようなので、レオンハルト・ハーンという伐剣者だと言うと、ああと手を打ち合わせる。
「何、もう愛称で呼んでるの?あんまり、男の人を愛称で呼んでると旦那さんが嫉妬するわよ」
「あら。そこら辺は大丈夫よ。私は彼にぞっこんだし、彼も私にぞっこんなんだから」
なんだろう。そう言うと、クララは惚気やがってとかブツブツ呟いている。
最近、こんな風になることがあるみたいだけど大丈夫かしら?
「あー、もう。で?そのレーヴェ先生とやらの何が聞きたいの?」
「そうね。ギルドから見たレーヴェ先生について聞いてみたいのよ。ほら、ギルドでは在籍届を出すときに一通りの事は聞くでしょ?」
そう言って、レーヴェ先生が可視化の魔術を使ったことを説明するとクララの顔色が変わる。
「ちょっと、待ってくれるかしら。確か、可視化の魔術ってここ最近発見されたものじゃなかったかしら?それをどうしてレオンハルトさんが使えるの?」
「え?彼が発見したって聞いたけど…知らなかったの?」
「知らなかったわよ!!」
そう言うと一息に珈琲を飲み、おかわりっと大きな声を出した。…熱くないのかしら?
「ま、まあ、聞かれなかったから答えてなかっただけかもしれないし、それはいいじゃない。それより、在籍届を出した時の質問ではどういう評価だったの?」
「何を子供の言い訳みたいなこと言ってんのよ。えーと、確か戦闘技術はSSランクの中でも普通で、その他については可もなく不可もなくってとこだったかな?何が普通よ!!新しい魔術を発見したってだけでも十分報告事項じゃない。あのテオって男、かなりの食わせものだったわね」
ダメね。何を言ってもクララが怒っちゃうだけみたいだし、レーヴェ先生も後々大変かもね。
…テオ?テオって誰だろう?
「ねぇ、テオって人は誰なの?」
「あっ、その人はシュラフスの街のギルド事務長ですよ」
クララからの返事よりも早く、エリーさんがそう教えてくれる。エリーさんが知っていることに驚いたのは、私だけでなくクララも同じだ。
「あの、その、私もレオンハルト先生が面接に入らしたときに、その場にいたので聞いてたんです。はい」
二人して凝視したためか、恐る恐るそう言うと珈琲に口をつけコクりと飲んで一息ついた。
「ねえ、クララ。伐剣者が他国に来るときって事務長程の地位の人が付いてくるの?」
「いいえ。普通はあり得ないことだわ。だけど今回は新しい試みをするらしく、それを学院に説明するために来たって言ってたわね」
「ええ、面接の時にもそう説明してましたよ」
なんでも、長期休暇中に学院生を連れてガルクブルンナーに戻るとかなんとかの制約が付いているとか。
普通、伐剣者にそんな制約を付ける?しかも、教師になったってことは、レーヴェ先生はそれを受け入れたってことよね?
私の知らないことが何かあるのかしらと思っていると、エリーさんの顔が強張っているように見える。
それにクララも気付いたようで、軽く目を合わせてからエリーさんに話を振ってみる。
「そう。それじゃあ、その面接の時に他には何か言ってなかった?」
クララが怖い顔をして聞いてみると、少し考えてからさっきクララさんが言ったのと同じだと答える。
ただ、その際目が泳いでいたのを私達は見逃さない。
「ねえ、エリーさん。本当にそれだけなの?」
「ええええっ、ええ。ほ、本当にそれだけですよ」
この子、嘘はつけない性格のようね。
さっきといい、直ぐに顔に出るみたい。ただ、口は固そうでこれ以上聞いても答えは返ってこないでしょうね。
クララも諦めたようで、深く追求する気は無さそうだ。
「まあいいわ。イリスほどじゃないけど、私も少し興味が湧いたわ。それに…」
「ええ、学院の教師をしていれば、その力を見る機会はいくらでもあるものね。例えば、後期になってからのアレとか」
そうクララと一緒に微笑みながら頷く。
あの人は今日写した魔術についても何か知っていると、私の勘が告げている。
上手くいけば私の知らない知識を知ることが出来る。そう思えば、これからの日々がさらに充実したものになるでしょう。
あー、本当に面白い人材が学院に来てくれたものです。
―次回投稿は6/22 18時頃を予定しています。
◇◆◇◆◇◆
閑話とは―《ムダ話》《静かに談話すること》…あれ?
前話において、閑話を挟むと書いていましたが、書きたいものを書いているうちにかなりの分量になりました。
そうすると、閑話という表記に違和感を感じてしまい、他に何かないかと考えた結果、主人公とは異なる物語の登場人物達が一つの話を奏でるという意味で、歌劇などで使われる『間奏』という表記を用いたいと思います。
【お知らせ】
前話の後書きにて、序章も含めて見直しますとお知らせしたことと思います。
その際、少し書き忘れがあったので、ここで連絡させていただきます。
見直した結果、単に句読点や誤字の修正にとどまるものと、加筆修正をすくんだものに別れると考えております。
そこで、加筆修正を含んだものについては、見直しが終わった段階で最新話の後書きにまとめて書かせていただきます。
例えば、【加筆修正を含んだもの】序章一話二話…といったようになるかと思います。




