第三十一話 来る夏と生徒にとって嫌なもの?
戦闘技術の授業、そしてホフマイスター工房に通うという忙しい日々を過ごしていると、あっという間に前期末が近づいていた。
この時期だからか、魔導学理論を教えているイリス先生や魔動力学を教えているフリッツ先生は、生徒の提出したレポートだろうかに目を通す作業で忙しそうに手を動かしている。
やっぱり座学の授業を持ってると大変そうだなと、そんな先生方を横目で見ながら自分の予定を消化していると、フリッツ先生から「すみません。ちょっと来てもらえます」と呼ばれる。
何かあったかなと思いながら席を立って向かうと、紙の束を俺に差し出してくる。
「えっと、それは何ですか?」
「レーヴェ先生が担任として受け持っている生徒達の点数表と授業態度などを記したものです」
そう言われたので受け取った紙を捲っていくと、薬学や魔導理論などの成績や授業態度が記されていた。
はて?何故これらを俺に渡してくるのか?
「ああ、説明してませんでしたか。レーヴェ先生はディータ君にアニータさん、ルディ君にクラウディアさんの担任ですので、その紙に書かれた点数等を考慮して成績簿を付けて欲しいのです」
そこまで言うと、机の引き出しから四枚の紙を出して渡してくれる。成績簿と書かれた紙には、例えば授業理解度―優秀、良好、普通、要努力に落第など五つの段階が書かれており、それにチェックを入れていく方式になっていた。
へぇ、この世界というか、ジギスムントでの成績簿はこうなってるのかって、落第なんてのもあるんだな。
だが、成績簿の項目を最後まで目を通すと、学院が指定した項目だけが書かれており、それ以外には余白を含めて何もなかった。
そういや、ジギスムント帝立学院の立ち位置ってどうなってんのかな?
初級者コースまでは学院に通ってる子が多いみたいだし、ここまでが義務教育みたいな感じで、中級者コース以降が高等教育になるのかな?
でも、学部ごとに分かれてるってのは、大学のように専門分野を学ぶって考え方があるのかもしれないし、何とも判断し難い。
まあ、前世とは考え方も仕組みも全く違うのに、そのまま当てはめるなんてナンセンスなだけだな。
「後、座学についての評価段階は点数によります。これが、その目安になる資料ですので、よろしくお願いしますね」
「これですね、分かりました。それと、確認の意味で聞きたいのですけどけど、成績簿ってこれだけなんですか?他には、何もないのですか?」
さっきまで前世の事を考えていたからか、意識せずに通信簿に関する疑問が口を出てしまった。
俺の質問を受けると、フリッツ先生が自分が担任をしている生徒用の成績簿に目を落として読んでいく。
そうして、何度か視線を上下させた後、特に問題がないと思ったのか不思議そうに顔を上げる。
「見た感じ、何も問題無さそうに思うのですが?」
「えっと、問題はないんですけど、そのなんと言いますか…」
どう言えばいいのか、フリッツ先生の質問に口ごもってしまう。
いやー、前世っていうんですか?その記憶では、日本という国にある教育施設で貰える通信簿は、もっと色々と書く項目があったので不思議に思ったんですよ。あっ、でも大学なら秀から不可までの成績簿くらいだったので、ほとんど同じ感じなんですけどね、ハハハハ。
…こんなことを突然言い出したら、頭のおかしい男と思われてしまう。
「そう言えば、レーヴェ先生はオリエンテーションでしたか。とにかく面白い事を考え付く方ですし、何か思うところがあるようですしょう。そうですね、担任として出来る範囲内であれば、レーヴェ先生の好きなようにして下さい。ただ、出来上がったものは、確認しますので見せてくださいね」
どう言ったものか悩んでいると、そうフリッツ先生が提案してくれる。
あれ?それって話したことがあったかなと思っていると、オリエンテーションについてはレオ先生から上申書という形で上がっており、来年度から試験的に試してみようかという話になっているらしい。
俺の知らない間にそこまで話が進んでるってどうなんだとも思うが、前世の記憶由来のモノとはいえ、行った授業が評価されるというのは嬉しいものもあるので複雑な気分になる。
とにかくそういうことなら、受け入れられるかは分からないけど、とりあえずやってみるかな。
◇◆◇◆◇◆
あれから、性格等の記載や担任の所見、保護者欄を盛り込んだ別紙を書き上げたのだが、その評価は芳しいものではなかった。
曰く、何故結果やそれに向かう過程とは関係のない事柄を記載するのか。それに、ここに記載されているものは保護者たる者の責務であって、それに対して学院が口を挟むことはどうなのか。
と、このように学院では学力あるいは技術取得数、努力の有無、態度に対する評価を記載する成績簿にとどめる考えたのようだった。
まあ、確かに学院の言うことにももっともで、前世の英米でも日本の通信簿のような記載はされていないと聞いたことがある。
そのため、俺が書いた別紙を生徒に渡すのは止めようかと思ったのだが、フリッツ先生が試しに渡してみて感触を確かめてみてはどうかと勧めてくれる。
「私の評価はあくまでも私の経験に基づく考え方から出てきたもので、絶対ではありません。それに、教育については、これこそが最善であるということもありません。私よりもレーヴェ先生のやり方が生徒の成長に繋がることもありますし、試してみてはどうですか?」
そう後押しも貰ったので、フリッツ先生とも相談して、今回は教師からの私信という形をとり、学院の印の入った用紙で作り上げる作業をしていると、とうとう前期授業の最終日を迎えることになった。
その日は雲一つない快晴で、前期を締めくくるにはまたとない日であった。
やや暑さを帯びた日差しの下、いつも通りの授業を行い、少し早い目に切り上げると、生徒を集めて締めの挨拶をすることにする。
「皆、今日で前期の日程をすべて終える事になる。初めて教師として教えることになり、色々と拙い部分も有っただろうが、よくついてきてくれた。また、後期からもよろしく頼む」
そう挨拶して生徒を見渡すと、やや苦笑した顔が目に写った。
「いや、先生らしいなって思ってさ」
「うん、本当にそうだね」
ディータの言葉に、皆が皆頷きあっているが、一体なにがらしいんだろう?
気にはなる。気にはなるが、詳しくは聞きたいと思わない。聞いたら、絶対にへこむことになりそうだ。
「ゴホン。えー、ではお待ちかねの成績簿を渡していくぞ。あと、同意書があれば提出してくれ」
そう言って、生徒達一人一人に俺作成の私信付き成績簿を渡していく。
本来であれば、紙一枚分であるところ、俺の私信があるため、封筒に纏めて入れており、ディータ達は初級者コースの時との違いに戸惑っていた。
さらには、クラウディアもその様子に気付き、何かを言いたそうにこっちを見ている。
「その、ハーン教諭。ジギスムントの中級者コースでは、成績簿はこのような形式なのですか」
「ん?クラウディアの言う形式ってのはよく分からないが、今渡した成績簿は、俺が考えた新しい試みが詰まっていてな。それで、少しかさ張っているものだと思ってくれ」
俺の言葉に、揃って嫌そうな顔をして、目の前で何やらヒソヒソと話し出した。
「あー、先生さ。嫌な予感がひしひしとするから、その新しい試みってなんなのか教えてくれない?」
「フフフ。それは、帰ってからのお楽しみだ。是非、親御さんと一緒に見てくれ。ついでに、後期の始まりに感想とか意見とか聞きたいから、よろしく頼むな」
フリッツ先生は後押ししてくれたが、やはり保護者がどう思うか知っておきたい。その感触によっては、止めるか改めて作り直すかを考えよう。
「なんだろう。今の先生の言葉で、すっごく渡したくなくなったな」
「…僕も」
別に不幸の手紙とか呪われた手紙ってな訳でもないのに、失礼な。…いや、生徒にとっては不幸な手紙になるのかな?
「まあ、その話は後期にでもまた聞くとして、俺がガルクブルンナーに帰っている間、君達はどうする?一緒に来るなら同意書を貰いたいし、来ないなら夏期長期休暇の間の予定を立てる相談に乗るぞ」
やや強引に話を変えて、夏期長期休暇の予定を尋ねることにする。本当であれば、私信の部分について話した方がいいのだろうが、俺の考え方という予断も偏見もない真っ白な意見を聞きたいので、今回ばかりは目を瞑ってもらおう。
やや呆れた目で見られたが、これ以上聞いてもしょうがないと諦めたのか、振った話にディータとクラウディアが同意書を提出してくる。
「あー、俺は先生についてガルクブルンナーに行こうと思ってる。はい、これが同意書ね」
「私もついて行こうと思っています。同意書も、もちろん用意しました」
渡された二枚の同意書に目を落とし、必要な記載がされているかの確認をする。
そうして、不備が無いことを確認するとアニータとルディの方を見た。
「えっと、今提出しないということはジギスムントに残るってことでいいのかな?それとも、もう少し待った方がいいのかな?」
「あの、僕はやっぱり刀が出来るまで立ち合いたいと思います。その、本当はついていった方が勉強になるとは思うんですけど、えっと…」
そう言い淀んだが、その選択をしたとしても間違いではないぞ。むしろ、自分の現状をキチンと認識できて、しっかりと考えていることが分かる。
いや、この場合には俺の方がやらなければならない事を放り投げて、結果のみを求めていると言ってもいい。
「いや、ルディの思うままに行動してくれていいんだぞ。それに、俺の方こそ最後まで居れなくてすまない。この埋め合わせは、後期になってからキチンとさせてもらうよ」
本当にすまない。シュラフスでした契約がなければ、義務書と誓約書がなければ最後まで居れたんだが…いや、何を言っても無責任なことには変わりない。
「いえ、先生は悪くないです。だって、刀を作る必要があるなんて普通でしたら予想も出来ないことです。それに、僕のためを思ってしてくれたのに、謝ることはないです」
そう言われると少しは気が楽になるが、やはり後で埋め合わせはする方がいいだろう。
「そういう訳で、私はルディに付き合おうかと思います。それに、木刀を一人で振るより、相手がいた方がより実戦を学べますよね」
アニータが、自身が残る理由をそう説明する。
なるほど。それじゃあ、それを踏まえて、夏期長期休暇中のルディとアニータの予定を立てることにしますか。
それと、暫くはジギスムントに帰ってこれないのだし、皆で集まる機会は当分先になる。
そう考えると、どうせなら予定を立てながら皆で晩御飯を食べないかと提案すると、顔を見合わせ賛成と嬉しそうに言ってくる。
このままの格好で行くのもなんだし、一旦家に帰り竜人の広場で待ち合わせることにして、集まったところで皆で晩御飯を食べに繰り出した。
しばらくといっても、夏期長期休暇は二ヶ月半ほどあるので、当分の間は会えなくなる。
普段から一緒にいることが当たり前になりつつある生徒達は、それが寂しいのだろうか、今までの事、これからの事を料理を肴に盛り上がる。
そうしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
季節は夏。
騒がしくも楽しい時間を過ぎて、新たな季節の訪れと共に、俺にとっては故郷での日々が始まろうとしていた。
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これにて、第一章は終了し、第二章へと物語は続いていきます。
ただ、直ぐに第二章になるのではなく、その前に閑話という形で、話の都合上飛ばしていた部分を二話か三話ほど書こうと思っています。
さらに、登場人物も増えたこともありまして、第一章三話辺りから用意していた「人物紹介 ―【注意】ネタバレ&裏ネタを含みます」、こちらの方も閑話の後に投稿させて頂きます。
また、序章及び第一章を見直して、表現や文章を訂正又は修正していこうかと思います。
例えば、武器防具を準備しろって、戦闘技術の授業は丸一日使うのにディータ達はどんな格好で来てるんだ?まさか、某女神の闘士のように鎧を箱に入れて背負ってきてるのかとか。
または、重ね掛けを後期に回して、前期はハーン式訓練法とか基礎訓練をするって生徒に伝えてないよねとか。
さらには、ホームグラウンドと言っている第三修練場の描写が少なくて、中の様子が分かりにくいといった部分でしょうか。
後は、自己主張の強い句読点には抑えてもらい、行方不明になっている読点は連れ戻す等々形式面についても見直してみます。
ただ、何れもが作者の目を欺いてきた猛者どもでして、一筋縄にはいかないと思います。そのため、時間は掛かるかも知れないということをご了承下さいますようお願い致します。
最後になりしたが、題名から興味を持って読んでいただいた皆様、多少なりとも物語を気に入ってブックマークしていただいた皆様、当作品にポイント評価をしていただいた皆様にお礼申し上げます。
まだまだ、先は長くなりますが、これからも「変わり者の伐剣者」を、どうぞよろしくお願い致します。
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―次回投稿は6/20 18時頃を予定しています。
2017.6.30 修正をしました。
(フリッツ先生の受け持ち授業の間違いの訂正など)




