第三十話 刀作りの始まりと過ぎていく時間
オットーさんとの約束の日、十時少し前に工房前に着くとすでにルディとクラウディアが待っており、なにやら話していた。
あれ?なんでクラウディアがいるんだ?
「あっ、おはようございます先生」
「ハーン教諭。おはようございます」
俺に気づいたルディが挨拶をすると、クラウディアも続いて挨拶をしてくる。
しかし、前世からの癖で、約束の時間十五分前行動を心掛けている俺より早いとは、この二人なかなかやる!
「二人ともおはよう。しかし、なんでまたクラウディアがいるんだ?」
「今ちょうど、その事をルディに話していたところです。私も刀作りに興味があったので見学を希望したいのですが、よろしいですか?」
そりゃ、隠すもんじゃあるまいし、別にかまわないけどさ。
普段はそんなそぶりは見せてないけど、休みの日にわざわざ来るなんて、鍛練が好きとは聞いていたが武器にも興味があるのか。
俺がいうのもなんだけど、もうちょっと女の子らしい趣味を持った方がいいんじゃないかな?
「それと、ディータ兄ちゃんとアニータお姉ちゃんから伝言があります。二人は、昨日から伐剣者の仕事をしてるみたいで、依頼が終わってから合流するそうです」
そう教えられ、俺は戦慄する。
平日は学院で学んで、休日は伐剣者の仕事をするって、どんだけストイックな生活を送ってるんだ。
休日はダラダラ過ごす派の俺との違いに、軽く頬が引き攣るのを自覚したが、なんとか押さえて笑顔で「そうか」と答えて、中に入るように提案する。
五日ぶりに来るホフマイスター工房は、休みの日だというのに、鍛冶場の方から鎚で金属を打ち付ける音が響いていた。
カウンターには誰もいないところを見ると、工房にこもって鍛造を続けているのかな。
前に来たときに、オットーさんが直ぐに刀作りに入ろうとしていたが、今入っている注文をディルクさん達で捌ける訳がないって言われていたし、きっと忙しいんだろう。
「すみません!!以前約束していた、レオンハルトです!!刀作りのために、お伺いしたのですが聞こえてますか!!」
とにかく、鍛冶場の方に勝手に入るわけにもいかないため、工房の入り口から声を張って呼び掛けると、暫くして同世代の男性が手拭いで汗を拭きながらこちらの方にやって来た。
確か、オットーさんの息子さんだったかな?顔形は似てないが、纏っている雰囲気はどことなく似ている。
それに、この人も工房主の一人ということは、かなりの腕をもっているのだろう。
「やっ。待たせちゃって悪かったね。えーと、確かレーヴェ先生だったかな。それと、ルディとそちらのお嬢さんもいらっしゃい」
どこか人懐っこさを漂わせた笑顔で爽やかに挨拶されたので、こちらも簡単に挨拶を返しておこうか。
「ディルクさん。今日はよろしくお願いします」
「レーヴェ先生。そんなに堅苦しい喋り方をしなくていいよ。見た感じ、同い年くらいなんだからさ…だよね?」
「えっと、俺は今年二十六になりますね」
爽やかさが消え、やっちまったかといった感じで聞いてくるので、反射的に年齢をいうと安心した顔になった。
しかし、オットーさんと違って、表情がコロコロ変わるな。まあ、俺が言うのもなんだが、彼もまだまだ若いし、その内親父さんのようになるのかね。
「あれ?俺より一個上なんだ。それじゃあ、こっちもやりにくいし、もっと砕けた話し方をして欲しいかな」
そう言われても、初対面にほぼ近い状態でフレンドリーに接することなんて、まず無理だって。
こんな時は、前世の記憶が邪魔で仕方ない。この記憶がなければ、記憶に引っ張られずに、もっとこっちの世界の流儀に馴染んでいただろう。
まあ、逆に記憶があったお陰で、プラスの面もあったし、トントンといった感じなので、何とももどかしく思う。
とにかく、直ぐ様フレンドリーに接することは出来ないことには変わりない。そこで、返事を曖昧に暈し別の話題、カウンターに誰もいなかったことに話を反らすことで、暗に忙しいんですねという話題に持っていくことにする。
ただ、この話題は俺にとって地雷だったようで、言って直ぐ様後悔することになろうとは思いもしなかった。
俺の話題転換に、ディルクさんは破顔すると、嫁さんが妊娠して受付を休んでると嬉しそうに返事をしてきた。
え?ディルクさん…あんた、俺より年下でもう結婚してるのかよ!!しかも、一児の父になる日も近いって…
予想外の回答に、自分が思っている以上にダメージを受け、肩をお年ながら案内に従って工房の中に入っていくことになるとは…不覚。
工房は、かなりの大きさで汗を流しながらところ狭しと男達と少しの女性が鎚を振るっているのが見える。
へぇ、女性も男達に混じって鍛冶仕事をしているのか。頭にタオルを巻いて、一心不乱に鉄を打ち続ける姿は格好いいな。
いかんいかん。今日来た目的を思い出せ。
そう思い、目的の人物を探していると鍛冶場の奥まった場所、その中の一角に、今日も上半身裸で鎚を振るう老人、剣匠オットー・ホフマイスターがいた。
鎚を打つ手を止め、剣の出来を確かめたかと思うと、直ぐ様横に設けられている水床に突っ込むと、鋼の持つ熱が水を蒸発させ、水煙をあげた。
そして、しばらく待って引き抜くと、金床に置いて一息つくように息を吐き出した。
もう大丈夫かな?そう思って、ディルクさんと一緒に近づいていくと、こちらに気付きニヤリと笑って手を軽く挙げる。
「おう、レーヴェ坊にルー坊、それに前も来ていたお嬢ちゃんも一緒か。とにかくよく来た、歓迎するぜ」
そういや、さっきも、お嬢ちゃんと呼ばれていたなと考えると、名乗っていないことを思い出す。
うーん、ここは教師の俺が紹介した方がいいのかな。
「あっ、彼女はクラウディアと言って、私の生徒でディータ達の同級生になります」
「そうかそうか。それじゃあ改めてよろしくだな、シィア嬢ちゃん」
そう呼ばれたクラウディアは目を白黒させるが、よろしくお願いしますと返事していた。
「さてと。それじゃあ、早速に刀作りについて話そうじゃないか」
鼻息荒く前のめりになりながら、そういうオットーさんを宥めながら、まずはルディが持ってきている俺作の木刀を出してもらう。
「まずは、これを見てください。素人の作ですけどこれからの参考になるのではないかと思います」
「ふむ。これはオメェさんの刀を似せて作ってあるものか?なかなかどうしていい作りじゃないか!!」
受け取った木刀を持って素振りして感触を確かめると、そう評価してくれた。
「それでですね。これから作る刀の完成形はこの木刀を基準に考えてもらいたいのです」
「基準ってこたぁ、多少はズレても構わないってこったな?」
まあ、初めて作るのだし、木刀より変わることもあるだろうが、出来るだけ近づけるようにはして欲しいかな。
「まあいい。とにかく、やってみないことには始まらないってな!!じゃあ、一丁どうやって作るか知ってることを教えてくれや」
◇◆◇◆◇◆
刀について、前世の俺が知りうる全ての情報を伝えると、いくつか設備を増やさなければならないということになり、それについては今日中に手配することで話がまとまった。
剣匠と呼ばれるまでになっても、まだ知らない武器が存在し、それを一から作り上げる興奮があるのか、オットーさんは童のように顔を綻ばせている。
鉄を鍛え上げる、ただ一つの事に対して直向きである姿は、職が違えど学ぶべき点の一つだな。
しかし、久しぶりに前世の知識を思い出すしたから、頭を使い過ぎて疲れたな。
出来ればここらで休憩を挟んで貰いたいと思っていると、表から「こんにちはー」という、聞きなれた声が聞こえる。
「ん?あの声はアニータかな?ちょっと、出てくるね」
そう一言断ってから鍛冶場から出ていったディルクさんは、暫くしてディータとアニータを連れて戻ってくる。
「あれ?もしかして、今日はもう終わっちゃいました?」
オットーさんが鎚を持つ手を止めているし、目の前の金床には何も置かれていないからか、そう聞いてくる。
「いや、正確にはまだ始まってすらいないよ。言うなら、簡単に手順の話と必要な設備についての話が終わったところかな」
「おうよ。レーヴェ坊の話とガルクブルンナーでジィオンっう鍛冶師がどんな風に作っていたのか聞き終わったところだな」
俺としては意外だったが、オットーさんは形から入る、もっと言うなら、ジィオン爺さんを模倣することから始めるようだった。
普通、国の最高峰の鍛冶師である剣匠としての意地から、他人の後追いともとれる手段を採らなかったら、もし最初から自分のやり方を貫こうとするならばそれとなく口を挟む気でいた。
しかし、オットーさんにはそんな心配は杞憂であって、むしろこちらの方が知ってることをすべて吐き出せとせっつかれてしまった。
「大体のやり方は知れたことだし、あとは出来上がりまでにどれ程の時間が掛かるかだが…夏が終わるまでにはってとこだな。まあ、オメェさんにもちょくちょく手助けしてもらうことになるが、よろしく頼むわ」
「あっ、その事なんですけど、私は夏の長期休暇にはガルクブルンナーに帰らなければならないんです」
そう言うと、生徒達まで驚いて俺の方を見る。
そうだな。丁度、生徒達が全員揃っていることだし、ここで話してしまおうかな。
「えっ。先生、前期だけ教える契約だったの?」
「ああ、違う違う。これには、海よりも深い理由があってな」
また変な言い回しをしているという顔で見られるが、気にせず詳しく話していくことにする。
伐剣者ギルドの契約で、夏期と冬期の長期休暇にはガルクブルンナーに戻ることと、その際には生徒達を連れて帰ってもいいという話をすると、生徒達とオットーさんは難しい顔をして考え込む。
まあ、いきなりそう言われても戸惑ってしまうだろうし、一応学院の事務課で保護者への同意書が貰えるという話をして、俺が申請書を出すまでに渡してくれればいいと締めくくる。
「ギルドとの契約なら、しょうがねぇか。しかし、そうなると、夏期休暇が始まるまでには、俺自身がある程度、刀の形になるものを打ち上げておかなきゃならねぇな」
「いや、こちらから話を持ちかけてながら、本当に申し訳ないです。ただ、俺に出来ることなら、何でも協力しますので、どうかよろしくお願いします」
そう言って、軽く頭を下げると、オットーさんがニヤリと笑い「ほう…何でもな」と呟いた。
自分の迂闊さを呪いながら、「それじゃあ、ある程度形になるものが出来るまで、ほぼ毎日工房に来てくれや」というオットーさんのお誘いを受けるしかなかった。
くそ、戻れるなら、軽口を叩いた数分前の自分をドついてでも止めるのに。
しかし、一旦吐き出した言葉を変えることはできず、肩を落としながら頷くしかなかった。
こうして、生徒達に戦闘技術を教えつつ、ホフマイスター工房に通う日々を過ごしていると、前期は瞬く間に過ぎていき、夏の足音が聞こえて来たのだった。
―次回投稿は6/17 18時頃を予定しています。
2017.6.30 修正をしました。




