第二十八話 形稽古…だけじゃ終わらせない
工房に行った翌日、俺は学院の教職員室の机に座り、オットーさんとの約束の日までに挟まっている授業、この時の授業内容をどうするか考えていた。
刀ができるのは早くても後期が始まってからという予想は変わらないが、その間何もしないのでは職務怠慢もいいところだ。
何かないかと考えた結果、一つだけいいことを思い出す。
そのためには必要な材料を買う必要があるため、学院の事務課で多くの木材を扱っている店はないか聞いてみる事にした。
事務課から教えてもらった店は、俺が考えていたよりも多くの木材を扱っており色々と目移りしてしまう。
時間を掛け、いくつかの木材を物色した結果、硬く魔力伝導率の高いという赤樫の原木を丸々一本買うことにした。
買った原木を身体能力強化の魔術で担いで学院に戻ると、魔導工学を教えているフリッツ先生に工場を借りて作業を開始する。
日曜大工よろしく木を切り分け削り、手早く目的のものに形を整えていく作業はなかなかに骨が折れた。
なにせ、ルディに合う適切な長さなどが分かっていないのだから、一本だけ作るのでなく反りや長さを変えながら何本も作らなければならないのだから、頭を使いながらの作業になる。
ただ、最後の方は楽しくなってきて、色々と手を加えて完成した得物を持って掲げると、我ながら素晴らしい出来に感動してしまう。
これなら大丈夫だろうと満足して、借りた工場の片付けをして教職員室に戻っていく。
いやー、次の授業が楽しみだな。
◇◆◇◆◇◆
カラッと晴れた授業の日の朝、俺と生徒達は毎度お馴染みの第三修練場に集まる。
なんだろう。こう何度も授業で使っていると、もうここが我がレオンハルトクラスのホームグラウンドであるかのような妙な安心感が出てきたな。
「みんな、おはよう。さて、今日も張り切って授業をしていこうか!」
「え、はい。頑張り…ます?」
せっかく元気に挨拶したのに、どうも生徒の反応がいまいちだな。それに、俺が背負っている包みに視線が集中しているし、どうしたんだ?
「先生さ。その、背中に背負ってるの…なに?」
「これか?これはな、今日の授業のために頑張って作った自信作だ」
フフフ、よくぞ聞いてくれたディータ君。
いやー、やっぱり気になっちゃう?なっちゃうよね。では早速、俺の自信作の数々をお目にかけよう!!
背負っている包みを下ろし固く結んだ結び目を解いていく。
「見よ。この美麗にして機能的な木刀の数々を!!」
形や長さが違う十二種類の木刀と俺が使うための木刀を広げて見せる。
「これは、ハーン教諭が使っている刀を木で模したものですね。ということは、ルディの訓練用のものですか」
一応、ルディの身長に合うように長さが違うものが三本、長さが同じでも反りが違うものをさらに三本用意した。
そして、ちょっとした仕掛けをした同じものを用意しているのでこの数になったのだ。
念のため、切り分けられた木を買うんじゃなくて、原木一本丸々買っておいたお陰で、足りないということはなくてよかったよ。
ただ、こんな買い方をする人は普通はいないだろうから、木材屋の店主さんには変な目で見られたけどな。
学院の授業で使うと言うと納得してくれて、上客に見えたのか最後にはまたどうぞって納得してくれたからよかった。
「まあ、最初にこの手前においた六本の木刀から、使いやすいものを選んでいくことから始めよう。あと、皆には悪いがその間、待っていてくれないか」
授業中に、一人の生徒のために時間を割くのだから一言断ったのだが、皆分かったと言いって興味津々で木刀を見つめていた。
一方、そう言われたルディは、おずおずと木刀に手を伸ばした。
まずは一番短い木刀を持つと、一振りして感触を確かめてから次の木刀に手を伸ばそうとする。
そこで俺が待ったを掛けると、驚いてこっちを見る。
「あー、悪い。最初にちゃんと伝えていなかった。この中で、自分に合う物を選ぶついでに形稽古をするつもりだったのに忘れてたよ。この形稽古は武器の種類に関わらず出来るから、これからの授業でも取り入れようと思っているんだ」
「形稽古?」
いかんいかん。木刀のお披露目に気を取られ過ぎて、肝心な事を伝え忘れていた。
「うーんと、何て言うのかな。刀の使い方、その基本となる正確な動作を学ぶこと…かな。ほら、最初の内は教えてもらった事を繰り返すことは、皆もやっただろ?」
そう言って、同意を求めるように見学している生徒達に尋ねると、揃って首を傾げられた。
…あれ、やらないの?いやいや、落ち着け。
俺の時はどうだったかを思い出せば、きっと周りもやっていたはずだし、もっと上手く説明できるだろう。
………全く記憶にない。
そもそも、ガルクブルンナーでは、この学院のように伐剣者学部なんてなかったし、俺自身も義両親から伐剣者としての技術を直接叩き込まれた口だ。
それじゃあ周りはどうだったかといえば、組手や模擬戦をしている人達ばかりだった。
そのため、俺が棒を振って所作を確認しているときも、奇異の目で見られていたような気がする。
「あのー、先生。それって、大事なこと何ですか?私達は、実戦で自分なりのやり方を覚えていけって言われてたんですけど」
昔を思い出して固まっていると、アニータがこの世界での常識を口にする。
「そうですね。私も国の騎士団に所属していたときは、どちらかと言えば先輩や同輩との模擬戦が主で、形のみを稽古することは無かったかと思います。」
そういえば、前世でも形稽古に重きを置いていたのは、世界全体で見ても、ごく一部の地域に限定されていたような気がする。
例えば、古くは日本の剣術に柔術、芸事で言えば能もそうだし、あとは中国武術の套路なんかが形稽古と言われて出てくる有名なものだろうな。
これはあやふやな記憶だが、形稽古という概念が一気に広がったのは、グローバル化が進んで西洋でも空手や柔道なんかが広まってからだったような気もする。
しまったな。そうすると、この世界では形稽古という概念はないということも分かりそうなものなのに見逃していた。
「だいたい分かった。しかし、剣や刀といった武術全般に言える事だが、応用するにせよ基礎となる部分を繰り返して、しっかりと身に付けることは大事なことだ。形稽古は、これを目的にしたもので大事な訓練だと俺は思っている」
「えー、なんか形っていうの?そんな動作だけを繰り返すのって、自分のやりたいように出来ないっていうか、窮屈な感じがするんだよね」
確かに、それは一面を見れば最もなことだろう。ただひたすら同じ動作を繰り返すことほど大変なことはない。
なにせ、達成感もなければ自分が上達しているという実感もないのだからな。
だけど、個性の発揮や優れた技術は、基礎となる土台がしっかりしていればこそ、より上手く扱えることが出来るはずだ。
「そうだな。ディータの言うことも分からなくはない。しかし、形稽古は、教えを守りしっかりとした形を作ってから、それを壊して自分なりの理屈に離れていく上で重要な指針となるんだよ」
生徒達は、そんなもんかなぁと呟いているが、大筋では間違っていないはず。
ただし、この形稽古をする上で問題もあったりする。
「と、偉そうなことを言ったんだが一つ問題がある。それは、俺が刀以外の武器の基本となる形については、詳しくない…んだよね」
そういうと、えぇーと声が上がる。
本当に面目ない。いや、だってみんなも形稽古をしていると思うじゃん?
授業を通してみても、かなりの実力が付いているように見えたから、試行錯誤しながら形を繰り返してるんだろうな勝手に思ってました。
しかし、俺がそう思っていたからといっても、基本となる形を知らなくて教えることが出来るのかという疑問が、生徒達から当然に出てくるだろう。
こう言っては自信過剰に聞こえるかもしれないが、今生で十三年ほど伐剣者として活動しできており、前世を含めるとその倍以上の鍛練してきているので、一流と言っていいほどの腕は身に付けているつもりだ。
そのため、形をある程度身に付けているものが、それとは違う動作をしたときに生じるズレみたいなものについては、十分に認識できると自負している。
しかし、その元となる形自体がないのなら、俺にそのズレを認識できるか自信はなくなるんだよな。
はい、言い訳です。本当にごめんなさい。
しかし、困ったな。これじゃあ、今すぐに授業に組み込むことは断念するか。
しょうがない。今は、ルディに関しては一から学ぶという事で、俺が形を教えていくことに留めておくか。
「すまない。俺の見通しが甘過ぎた。ただ、さっきも言った通り形稽古は重要なものだから、なんとか授業に組み込めないか考えてみるよ」
どうにかして、上手く授業に組み込めればいいが今の段階では何とも言えない。
この問題を一旦棚上げして、本来の目的であるルディの木刀選びに戻ることにする。
「さっきも言ったように、刀の基本的な使い方、これから形と言うが、それを教えながら自分に合う木刀を選んでくれ」
そう言って、正眼から始まり上段、下段、八相、脇構えと見せて同じように素振りをしてもらう。
一度だけでなく何度か素振りをすると、しっくり来るというものが分かったのか、一番長い刀で反りもキツくないものを選んだ。
「あの、多分ですけど、これが一番使いやすかったです」
そう言って見せられた木刀は二尺三寸のもので反りも五分ほどのものだった。
ええっと、それと同じのは…これか。
「じゃあ、次はこれを使ってみてくれ」
「あれ?それには、丸い柄がついてますね」
柄?…そういえば、剣では柄と鍔を厳密に分ける言い方はしないんだったな。
「これは、鍔という部位だな。刀は剣と違って、結構厳密に部位が分かれているから、出来れば覚えておいてほしい」
「えっと、鍔ですね。分かりました」
ここは鍔、ここは鍔と言いながら受けとると、これもしっくり来たようで嬉しそうに頷いている。
「良さそうだな。それじゃあ、刀を持ったまま、その鍔に魔力を通してみてくれないか。そうだな…鍔に手が当たるように柄を握って、魔力を通すことはできるか」
ひどく分かりにくい表現になったが、ルディは少し手間取ったものの、上手く魔力を通すことが出来た。
刀身部分が淡く光るのを確認すると、この触媒で魔術が発動できたことに安堵する。
なにせ、身体能力強化の魔術の時には違う触媒が必要だったので、上手くいくか実際に見るまで結構不安だったりした。
以前、そこまで魔力の質がそこまで違うことはないという判断は間違っていなかったな。
「先生。あの、これは?」
「それは、斬刃の魔術だな。簡単にいうと、刀身にある魔術回路を通って、木刀で斬ることが出来るようになる魔術の一つだな」
これが、俺が木刀を作るときにした、ちょっとした工夫の一つだ。
伐剣者の武器は、普通はランクに見会ったものを用意しているので斬り負ける又は打ち負けるという事はない。
そのため、武器が破損することを防ぐための硬化の魔術を掛けることはよくあるが、斬ることが出来るようになる魔術を使う事はないため、あまり馴染みのない魔術の一つである。
「俺も、刀が出来るまで木刀でなんとか真剣と同じ訓練ができないかと色々と魔術について調べたことがあったんだよ。これは、その時に見つけた魔術なんだ」
俺も始めの内は剣を使っていたが、ジィオン爺に刀を打ってもらえると分かってからは、早くから木刀での訓練に切り替えた。
その時、どうしても斬るという作業を確認したくて、辿り着いたのが、この斬刃の魔術である。
一応、武器の形に合った切れ味を付加してくれるので、劣化版の刀ってところかな。
「まあ、刀それ自体の切れ味には数段劣るが、ルディが引き切るということを理解する訓練には役に立つだろう」
「ありがとうございます!」
大分気に入ってもらえたようだし、これからはこの二本の木刀を使って授業をしていくことにするか。
「よし。それじゃあ、今日も張り切って授業をしていこうか。各自、模擬戦用の武器を持って集まってくれ」
「はい!!!!」
元気な返事をした生徒達の声は、第三修練場に響き、今日一日の授業の出発としては最高のもののように思えた。
―次回投稿は6/13 18時頃を予定しています。
◇◆◇◆◇◆
【魔術情報10】
・斬刃の魔術[トゥンキリンナ]
物に切れ味を与える魔術。これを使えば、木の棒で合ったとしても切れ味を持つことができる。
ただ、熟練以上の鍛冶師の作った武器や魔獣の素材を使った武器に比べれば格段に切れ味が落ちるため、伐剣者で使用する者はほとんどおらず、認知されていないと言ってもいい魔術である。
◇◆◇◆◇◆
【形稽古について】
作中にも書きましたが、作者自身西洋での武術の形稽古が存在するのか、あったとして何時くらいからあったのか、曖昧な部分があります。そのため、色々と調べてはみたのですが、これといったものがなく、この話のような書き方になっています。
【寸尺表記】
*一尺=約30㎝、一寸=約3㎝、一分=約3㎜、一厘=約0.3㎜
→ルディの木刀は約69㎝、反りは約1.5㎝となってます。




