第二十七話 帰り道のヒトコマ
俺も手伝えって、そりゃオットーさんの言うとおり言い出しっぺなんだから付き合うことには異存はない。
しかし、しかしだ。こんな笑顔をしている人間には、簡単にハイと言ってはいけないと過去の経験上断言できる。
「どうしたい。オメェさんは、協力してはくれねぇのかい?」
笑顔のまま、なおもいい募るオットーさんに、どう返事をしていいか悩む。
ただ、依頼のためとはいえ、剣匠相手にあそこまで言ってながら嫌ですと言うのは格好が悪すぎる。
そんな格好の悪い姿を生徒達がいる前で見せることは、絶対に避けるべきだろう。
「…分かりました、どこまで力になれるか分かりませんが、お手伝いしましょう」
「よし、話は決まった!!」
そう言って俺の腕を掴むと、早速とばかりに工房の方に連れていかれそうになる。
え、手伝うとは言ったけど、今から刀作りを始めるの?
「ちょっと待って、父さん。他にも注文を受けているんだから、直ぐには無理無理。せめて、ある程度の仕事が終わってからにしてくれよ」
「えーい、離せディルク。そんな、ありきたりな仕事はお前や弟子達に任せる。だいだい、こんな面白そうな仕事を後回しに出来るか!」
「だぁー、俺らだけでさばける量じゃないでしょが!!そこの先生。えっと、レーヴェさんっていうんだったかな。とにかく、一週間…いや五日後にまた来てくれや」
オットーさんを羽交い締めにして、工房の方に大声で呼び掛けると、屈強そうな男が三人ほど出てくる。そして、御輿のように担ぎ上げると、四人で協力して鍛冶場の方に連れ戻していった。
「五日後か。結構早く受けてくれることになりそうだ。よかったね先生、ルディ。」
あまりの光景に、俺とルディ、そしてクラウディアはポカンとしていると、ディータの声で我に返る。
どうやら、ディータとアニータにとっては、あのようなことは見慣れた出来事のようで慣れているらしい。
これが日常茶飯事って、あの人本当に剣匠なのか?
とにかく、五日後にまた来てくれと言われている事だし、これ以上ここにいても意味はないか。
「あー、じゃあ刀作りを依頼することが出来たことだし帰るか」
まだ少し吃驚しているが、気を取り直して店の扉を開けて外に出る。
ここにやって来たのが夕刻というのもあって、すでに辺りは真っ暗になっており、街灯の明かりが夜の闇の中で温かな光を発していた。
もうすっかり暗くなってるし、大丈夫だとは思うけど生徒達を家…または家の近くまで送っていくかなと思い家の場所を聞いてみる。
どうやら聞いた感じだと、ディータとアニータ、ルディの家が一番近いようだし、先にそっちから行くかとそちらの方に足を向け歩き出す。
「ねえ、先生。後期から刀を使うつもりなら、わざわざラザフォスで作らなくても、ガルクブルンナーから送ってもらっても、変わらなかったじゃないかな」
「そうですね。わざわざ、剣匠相手にあんな挑発的な事を言ってまで作ってもらう必要があるのか、私も不思議に感じました」
街灯に照らされる石畳の道を歩いて雑談に興じていると、さっきのやり取りを思いだしたのか、アニータとクラウディアは不思議そうに聞いてくる。
「んー、作ってもらった後の調整の必要やこれからルディが刀を使っていく事を考えると、ラザフォスで刀を作る技術を確立しておいた方がいいと思ったんだよ」
「えー!そこまで考えてながら、あんな頼み方をしたの?」
あんな頼み方っていうけれども、ああいう職人気質のタイプの人はストレートに頼むより、対抗心を煽った方が上手くいくことが多いんだ。
まあ、俺がいままで伐剣者としてこなしてきた経験に基づく交渉術の一つだな。
「まっ、実際にやるかは別として、ああいう交渉の仕方もあるって知っておいて損はないぞ」
そう言うと、うーんと唸っている生徒達を見ながら笑って話を打ち切る。
こういう、戦闘技術以外の技能を教えるのって担任の仕事だったよな。それなら、課外演習と合わせて教えてみるのもいいかもしれない。
色々と教え方をどうするか考えながら雑談を続けると、ディータ達の家が近づいたようで、三人からここまででいいよと言われる。
「おう。それじゃあ、次の授業で会おう。気を付けて帰れよ」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ。それじゃ、バイバイ」
「先生、さよなら。クラウディアもまた薬学の授業で」
「さようなら」
手を振って去っていく三人を見送ると、後はクラウディアだけだなと二人連れだって道を進んでいくが、重大な問題に直面する。
話題がなにも思い付かない!?
三人と分かれてからしばらく経つが、お互いに無言になってしまっていたので妙に気まずい。
…どうしよう。今まで、生徒全員での行動しかしていなかったので、特定個人と話すネタが何もない。
何かないかと、記憶をほじくり返していると鍛練の時間を優先しているという、先程の言葉が真っ先に出てくる。
夜道で若い女の子とする話じゃないが、他に話題もないことだし、これをネタに話を広げていくか。
さて、どう話を持っていくかと考えていると、先にクラウディアから声がかかった。
「ハーン教諭は、なんというか凄いですね」
「凄い?」
えっ、いきなりどうしたの?
突然の褒め言葉に、なんと返せばいいのか分からず、目をぱちくりとした俺が可笑しかったのか、クスリと笑って続きを話始める。
「オリエンテーションで私達と戦い勝てるほどの戦闘技術を持ち、ルディの問題を解決するために色々と動いている様子を見ると、なんて凄い人なんだろうと思ったんです」
なんだろう。この時、誉め殺しという言葉が浮かんで、そのまま頭の中を飛び回る。
そうしてから、ここまで純粋に誉められると、声を出して走りたくなる衝動が鎌首をもたげてきた。
いかん。今までこんな風に言われたことがなかったので、なんと言えばいいのか…
「ま…まあ、それなりに伐剣者として経験を積んできているからな。それに、俺よりも凄いやつなんて、この広い世界には一杯いるぞ?そいつらに比べたら俺なんて大したことないさ」
「フフフ。ハーン教諭でも、そんな悪癖を持ってるんですね」
あっ…しまった。あまりの誉め殺しに、思わず謙遜した言い方をしてしまった。
あちゃー、フリッツ先生に初めて会った時にも注意してくれって言われてたのにな。
しかし、言ってしまったものはしょうがないし、これからリカバリーすればいいやと開き直って続ける。
「それにだ。俺が出来るのは、教えてもらったり経験して学んだことだけだぞ。まあ、それなりに工夫は加えているけどな」
「教えてもらったり経験したとはいえ、それを実際に出来ることは、十分に凄いことだと思いますよ」
クラウディアはそう言うが、どうなんだろう?
最初の内は、教えてもらった事を素直に受け入れ、定着させていくことは普通な事と思うんだがな。
それに、前世でも最初から俺は出来るなんて言ってる奴は見たことがないぞ?
「まっ、クラウディアはまだまだ先がある。焦らずにしっかりと学べば、すぐに俺くらいのことは出来るようになるさ。なんたって、俺が教えてるんだからな!!」
そう自信満々で言ってのけると、今度はクラウディアがポカンとした顔になるがすぐに笑い出す。
「さっきは謙遜していたのに、今度はそんなに自信に溢れた言葉を語る。ハーン教諭は、本当に面白い人です」
しばらくお腹を抱えて笑っていたが、普段と全然違う雰囲気とここまで受けるとは思っていなかったから、言った本人としては吃驚するわ。
しかし、クラウディアの笑いのツボが分からない。
まあ、普段は大人びた固い言葉遣いをしているとはいえ、まだ十七歳だったかな。箸が転がってもおかしい年頃なんだから、今の俺が考えて分かれという方が無理だな。
「あー、面白い。こんなに笑ったのは久しぶりです」
「そ、そうか。いや、面白かったならいいんだよ」
若干引いていたので笑顔がひきつっていないか不安になったが、クラウディアの反応を見ると大丈夫そうだな。
「それでさっきの話ですが、私は本当にハーン教諭に追い付けますか?」
俺くらいのことは出来るようになるって話か?
戦闘技術に関してはこのまま伸ばしていけば大丈夫そうだし、騎士に必要な技能はどうなんだろう。
確か、以前の課外演習でドゥミバーズ遺跡に向かう途中の鳥車の中で、護衛や交渉が騎士の本分の一つと言っていたな。
根が真面目だから、そこら辺は大丈夫だろうし、経験を積めば自分なりのやり方も見えてくるだろう。
「焦らす怠らず勉めれば、俺くらいの技能は持てると思うぞ」
「そうですか。鍛練を続ければ、いずれはハーン教諭に追い付けますか。そう言われると、やり甲斐もあるというものです」
そう言って微笑んだクラウディアの顔は、夜の影と街灯の光によって映し出され、とても美しく輝いていた。
―次回投稿は6/10 12時頃を予定しています。
2017.6.30 重複していた言葉等の修正をしました。




