第二十六話 剣匠・挑発・作成依頼
この小柄な老人がオットー・ホフマイスターさん?
親父さんの代からの知り合いって聞いてたから、壮年くらいの鍛治師と思っていたんだが違ったようだな。
「オットーさん。今日は、頼みたいことがあって来たんです」
「おう、アーニ嬢ちゃんやディ坊の頼みなら、大抵のことは聞いてやるぞ。もちろん、ルゥー坊もだぞ」
そう言って笑う。ガハハハハハハと笑いっている姿が様になるな。
「もう、何時までも子供みたいに呼ばないでくださいよぉ。先生、この人がここの工房主のオットー・ホフマイスターさんです」
アニータが、そう紹介してくれると、オットーさんも俺の方に目を向けた。
「はじめまして。私は、学院の伐剣者学部で戦闘技術の教師をしている、レオンハルト・ハーンと申します。本日は…」
「そんな馬鹿丁寧な挨拶はいらねぇよ。しかし、長い名前だな。俺も年だし覚えられっかな」
「あっ、じゃあレーヴェと呼んでください」
「おう。それじゃあ、レーヴェ坊って呼ばさしてもらうわ。オメェさんも、もっと砕けて話してくれて構わないぞ」
レーヴェ坊ってあんた、俺もいい年なんだし流石に恥ずかしいんだけど。ま…まあ、気さくな感じがして話しやすいという点では、よかったか。
「話し方については追々直していきますので、とりあえず用件を聞いてもらえますか」
「そうにや、アーニ嬢ちゃんも言ってたな。で、頼みたいってことはなんなんだ」
刀を作ってくれって言っても、なんだそりゃと言われるかもしれないし、実物を見せて頼んだ方が話も早いかな?
「店の中ですけど、武器を抜いてもいいですか?」
「その腰に指してる曲剣か?別に構わねえよ」
お許しも出たことだし、鯉口を切るとすらりと引き抜く。抜き身になった刀身は、店の明かりに照らされてキラリと光った。
その光と刀身をみた瞬間、オットーさんの目が真剣なものに変わる。
まるで、刀その物の本質を見極めようとするかのような目は、まさに熟練の職人のものだった。
「なんだ、その武器は。……曲剣に似ているが、本質は全く違っている。剣より遥かに多くの素材によって組み立てられているが、全体的に調和は取れているようだな。それに、片刃の方にうっすらと波打っている模様のようなものが見えるな。…もしかしたら、剣とは使い方が違うのか?」
一目で、それだけの事が分かるとは。腕がいいとは教えてもらっていたが、想像していたより上の腕を持っているんじゃないのか?!
「すまねえが、ちょいと手に取って確認したい。その武器、貸してくれねえか?」
そう手を出しながら聞いてくるので、刀身を横に向けて、柄をがっちりと持てるようにして渡す。
刀を受けとると、しげしげと刀身を見つめたかと思うと、軽く素振りをして感触を確かめていた。
刀身から持ち手の部分まで、時間をかけてじっくり観察し終えると、顎に手をやり何やら考え込んでしまった。
「オットーさんは凄いな。一目見て刀の本質を見抜いたようだし、武器に対する眼力が人並外れているようだ」
「それはそうですよ。国から功績が認められて、剣匠の称号も貰っているんですから、武器に関しては人並外れているのも当然です」
オットーさんの邪魔をするのも悪いと、生徒達と少し話ながら待つかと思っていたら、とんでもない単語が聞こえたぞ。
剣匠っていったら、国が認めた最高位の鍛治師に贈られる称号じゃないか。
えっ、俺はそんな人に、何のアポイントもなしに刀を作ってくれと言いに来たの?
「いやー、先生に腕のいい鍛治師を知ってるかって聞かれた時には、オットーさん以外には思い浮かばなかったよ」
そりゃそうだろ。最高位の剣匠以上に腕のいい鍛治師なんて、普通はいないんだから。
「国が変われば常識が変わるとはよく言ったものですね。私の国だと、剣匠ほどの高位の鍛治師には礼節を持って依頼するのが当たり前でしたから、事前の連絡も無しにいきなり押し掛けたことに驚きを禁じえません」
大丈夫だ、クラウディア。その常識は間違っていない。
というか、地味に俺の精神をゴリゴリ削るような言い方は、お願いだからやめてくれ。
俺が腕のいい鍛治師としか言わなかったのが悪かったの?気付けと言われても、普通はSS伐剣者でも剣匠ほどの鍛治師に武器を作ってもらうなんてそうそうないからね?
それに、ディータやアニータも作ってもらってるって聞いてたから、そんな可能性は頭を過りもしなかったわ!
どうしよう。今からでも菓子折りを買ってくるべきか。
いや、この世界には、そんなものはなかったし、それなら封筒に金一封って書いて渡すべきか。あれ、封筒ってあったかな?
「レーヴェ坊。この武器、誰に作ってもらった?」
今更ながらに聞かされた事実に焦っていると、刀からようやく目を離したオットーさんから声がかかる。
「この武器は、とんでもない代物だ。魔獣の素材を軸にして、ここまで丹念にならしていることに、俺ぁ驚いちまったよ」
「えっと、それを作ってくれたのはジィオンさんていう他国からガルクブルンナーに流れてきた鍛治師です」
俺がまだBランク伐剣者の時に縁があって助けることになった爺さんで、なんだかんだあってシュラフスに居着いたんだよな。
今渡している刀は、俺がSSランクに上がった祝いとか言って、俺がランクアップ試験で討伐した竜種の素材を使って作ってくれたものだ。その前には、鋼鉄製の刀を作ってもらったこともあったっけ。
「ガルクブルンナー?オメェさんはジギスムントの出じゃなかったのか。まあ、それはいいとして、ジィオン…ね。聞かねぇ名前だな」
世界は広いってことかと呟いて、納得したのか刀を返してくれる。
刀を受け取り鞘に納めると、そろそろ今日来た目的に移ることにする。
「それでですね。今日は、この刀って武器を作ってもらいたくて、お願いに来たのです」
「あん?オメェさんは、そんな上等な武器を持ってながら、もう一本欲しいっていうのかい?」
「あっ、いえ。私ではなく、ルディに作って欲しいんです」
そう言ってルディを手招きし、横に立たせてから続きを語る。
「学院の方で一通りの武器を試したのですが、ルディに合っているという物がありませんでした。それならば、まだ使ったこともなく可能性があると思った武器を試してみようと考えたのです」
「可能性があるねぇ。眉唾な話だか、まだ続きがあるんだろ?全部言っちまってくれや」
オットーさんは、ルディの方を見たあと、器用に片方の眉を上げ、続きを促してくる。
いや、話を遮ったのは貴方じゃないですか…
「この刀という武器は、オットーさんなら分かるかと思いますが、特殊と言ってもいいものですし、雑な作りではその性能を発揮できません。そのため、腕のいい鍛治師に一から作ってもらいたいのです」
「特殊なというのも、雑な作りがいかんというのもわかる。しかし、それを一から作れるようになるまでには、かなりの時間がかかると思うぞ」
そうだろうな。
俺自身、刀の作り方なんてものは大雑把にしか知らないし、どういう素材がいいなんてのも分からない。そこら辺は、本当に鍛治師の腕に頼る他ない。
この人が剣匠というほどの腕を持っているのならば、是非ともこの人に依頼したいのだが…普通に依頼したのでは、忙しいからと断られるかもしれない。
そう考えて、少し危険かもしれないが、職人などによく使っていた交渉術を使うことにする。
「ええ、最悪後期の授業がまでに作ってもらえれば御の字だと考えています。それまでに、貴方が作るのが無理というなら、ガルクブルンナーに手紙を書いて俺の刀を作ってくれた鍛治師に依頼するだけのことです。どうしても無理だというのなら断っていただいても結構ですよ」
そう言ってニヤリと笑うと、狙い通り食い付いてくれる。
「ほう…俺には作ることはできないかもってか?おもしれぇ、少々あからさまだが、その挑戦受けてやるよ。まあ、それがなくても俺の知らねぇ武器があることが気に食わねぇってのもあるから、受けることには変わりねぇがな」
その返事を受け、上手く話がまとまってよかったと思っていると、今度はオットーさんがニヤリと笑って質問してくる。
「ただ、俺が作るとなるとたけぇぞ?支払いはルー坊が親父に言って支払うのか、それとも…レーヴェ坊。言い出しっぺのオメェさんが支払ってくれるのかい?」
俺のした挑発にそう返してくるか。
あからさまとはいえ遠回しにした挑発に、お前に支払えるのかと、どストレートに挑発し返してくるなんとも愉快な展開になったが、そんなものは刀を勧めたときから決めている。
「もちろん、私が支払いますよ」
「ほぅ」
それからしばらくの間、お互いに満面の笑顔で笑い合っていると呆れたような声がした。
「なかなか鍛冶場に戻ってこないと思ったら、何してるんだよ父さん。…あれ、ルディじゃないか。それにディータにアニータもいるじゃないか。ああっと、とにかくいらっしゃい」
声のした方に視線を向けると、これまた俺と同じくらいの男性が立っていた。
って、オットーさんの事を親父っていってたけど、えらい年が離れて見えるけど息子なのか。
「おお、ディルクか。いやな、面白い注文を受けていたところだ」
「え゛!?」
オットーさんが嬉しそうに言うのと反対に、その返答を聞いたディルクさんは嫌そうに顔をしかめる。
「なんだ。その顔は?」
「いや、父さんが面白いって言うときは、大抵物凄く面倒くさい時なんだよね」
面倒くさいといえばその通りなので俺は黙っていたが、その物言いにオットーさんが噛み付いた。
それから、しばらくの間はぎゃんぎゃんと親子喧嘩が続いたが、何時ものことなのか適当な所でオットーさんがこちらを向くとさっきの話を続ける。
「ところで、レーヴェ坊は刀の作り方をある程度は知ってるのか」
「ええ、大雑把でしかありませんが知ってますよ」
俺がそう言うと、ディルクさんはよかったとばかりに安堵の息を吐き出す。
取っ掛かりがあるのとないのとでは、作業手順から大きく違うから、安堵するのも分かる。
「そりゃよかった。作業に入る前に参考までに聞かせてくれないか。あっと、その前に、材料は何にするつもりなのかから話してくれるか」
そういや、材料を何にするか言ってなかったな。お試しってところもあるし、最初は鋼鉄でするのが無難だろうな。
「そうですね。材料は鋼鉄製ののものにして下さい」
「おう、鋼鉄製だな。それじゃあ、作り方を教えてくれや」
それならなんとかなるかなと、ディルクさんも嬉しそうに呟いている。
「材料は、三種類の鋼鉄です。えーと、熱して叩けば伸びる物が二つに、熱しても叩いても伸びない物が一つです」
「ほぅ、三種類の鋼鉄を使うのか。面白いな」
まあ、普通は一種類あるいは二種類の鋼鉄を使うのが一般的だからな。そう思うと、刀って結構贅沢な作りをしているよな。
「そうですね。刀は、折れず曲がらずを信条としていますから、それを追求した結果です。えっと、それで材料を細かく割って積み上げて熱したら、それを叩いて伸ばしてから、折ってまた叩くんですよ。で、柔らかい方を心鉄にして固い鉄でくるんでから、また叩いて伸ばしていって刀の形に仕上げていきます」
「ちょっと待て。その説明だと、どの鉄をどれくらいの割合で使うか全く分からなかったぞ。それに、何で鋼鉄を細かく割るんだ?それに、折って叩くってなんだ?もう少し、詳しく説明をしてくれ」
説明の途中から、ん?といった顔になっていたので、絶対に質問されると思っていた。
当然と言えば当然の疑問だが、それに対する答えはもう用意している。
「分かりません!」
「はぁ?」
オットーさんだけでなく、ディルクさんまで声を出す。
いや、だって俺は鍛治師じゃないんだし、確かこんな感じだったとしか覚えてないんだよなあ。
実際、ジィオンさんに頼んだときもこんな感じの説明だったし、これ以上の説明ははっきり言って無理だ。
「いや、だって最初に大雑把にしか知らないって言ったでしょ?」
「いや、え?大雑把って、そこまで大雑把なの?」
そう言って、唖然として呟くが、俺には聞こえない。
そう、何も聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
「どうですか、こんな感じですが依頼を受けてくれますか?ちなみに、この刀を作ってくれた鍛治師は、同じ説明で鋼鉄製の刀も作ってくれたことがありますよ?」
俺がそう言うと、オットーさんの顔色が変わり、それを見たディルクさんが不味いという顔になる。
「ほぅ、ますます面白いじゃねぇか。いいぜ、その依頼受けてやらぁ!!」
よかった。これで、ラザフォスで刀を作るという目的は達成できそうだ。
「ただし、刀ってものの完成形を知ってるオメェさんにも、最大限の協力をしてもらうぜ。もちろん、嫌なんて言わねぇよな」
そう言って、こっちを見てニヤリと笑った顔は、昔見た義両親の笑顔並みに黒かった。
―次回投稿は6/8 18時頃を予定しています。
2017.6.30 加筆修正しました。




