第二十五話 ホフマイスター工房
ルディが刀を使うと決断したなら、後は刀そのものを用意する必要がある。
今から用意するとなると、出来上がるのはおそらく後期になってからだが、どうするか。
一番簡単なのは、シュラフスにいる知り合いに作って送ってくれと手紙を書くことだが、出来ればそれは最後の手段にしたい。
俺のように魔獣の素材を使っていたとしてもメンテナンスは必須である以上、ここ帝都ラザフォスにおいて刀そのものを一から作り上げる方が後々においてもいいはず。
「ルディは聞いたこともないような武器を作ってくれるような、腕のいい鍛治師に知り合いはいるか?」
「腕のいい鍛治師ですか…ごめんなさい、知らないです。でも、お姉ちゃんなら腕のいい鍛治師を知ってるかもしれません」
そういえば、ディータとアニータは伐剣者としても活動していたし、腕のいい鍛治師を知ってるかもしれないか。
よし、早速アニータ達と合流して話を聞いてみるか。
そう思ってルディを伴うと、生徒達が待っているはずの食堂の方に向かった。
◇◆◇◆◇◆
ジギスムント帝立学院は初級者と中級者コースに分かれ、さらにいくつもの学部があるため生徒数も他領にある学園に比べて多い。
そうなると、昼休みの時間には特定の場所は混雑することが当然に予想された。
その特定の場所の一つである食堂は、学院の拡張と同時に数を増やしていった結果、今では教員用の第五食堂、伐剣者や騎士学部用の第二食堂など、実に七つもの食堂が出来ていた。
そのため、食堂で待ち合わせる場合には第何食堂という必要があるものの、単に食堂でと言った場合にもどの食堂かは学院の関係者なら当然に知っていることであった。
アニータは食堂で待っていると言っていたが、どの食堂に行けばいいのか迷っている俺を見て、ルディがそう説明をしてくれる。
し、知らなかった。そういや、教職員室の近くに食堂があってラッキーくらいにしか思っていなかったが、聞けばそれが第五食堂だったらしい。通りで、先生方の姿しか見なかったはずだ。
とにかく、そう言うことならばと第一食堂に向かうと、外に設けられているカフェスペースで生徒達がお茶を飲みながら何やら話している姿が見えてきた。
ただ、アニータはどこか上の空で、ディータやクラウディアの話が聞こえているのかといった感じに見える。
とりあえず、お待たせと声を掛けると一斉にこっちを振り向き、俺達の姿を確認するとアニータが駆け寄ってきてルディに声をかける。
「大丈夫だった、ルディ。何か変なことを言われたり、されたりしなかった」
ちょっと待てや!!
いきなり何を言ってんですかね、アニータさん。何で、俺がルディに変なことを言ったりする必要があるんだ。
「先生、ごめんな。昔からなんだけど、アニータはルディに滅茶苦茶甘くてさ。今もすげぇ心配してたから、思考がまともに働いていなくて阿呆な事を口走ったんだよ」
アニータの行動に、額に手を当て天を仰いでいたディータが気を取り直すとそうフォローしてくる。
「昔は、まだマシだったんだけどさ。初級者コースの時に、ルディが、こう何て言うのかな…」
「周りから、遠回しに伐剣者を諦めろみたいに言われてたことか?」
言いにくそうにしているディータに、先程聞いた話をすると驚かれる。
「えっ。知ってたの、先生?」
「さっき、ルディから聞いたよ。まあ、アニータの様子を見ると、それだけじゃ無さそうだけどな」
そうアニータとルディの様子を見ながら言うと、ディータは頭を掻きながらまあねと答える。
「しかし、ハーン教諭は人間が出来ていますね。普通、あの様に言われれば、例え生徒であっても怒ると思うのですが」
アニータ達の様子を横目にしながら落ち着くのを待っていると、クラウディアが感心するように言ってくる。
当たり前だよ。大人な俺はそんな暴発気味に出た言葉にいちいち怒るようなことはしない。
そう、大人なんだよ俺は…
ちくしょう!そう言われると、怒るに怒れないじゃないかよ!!
内心で思う存分叫ぶと、一つ溜め息をついてアニータ達に声をかける。
「あー、そろそろいいか?ディータとアニータには聞きたいこともあるし、出来ればその辺にしておいてくれ」
「聞きたいこと?」
ようやく落ち着いたアニータがキョトンとして答え、同様にディータも首を捻った。
「ルディに刀を勧めたんだが、肝心の得物がないんじゃ意味がない。そこで、ここラザフォスで腕のいい鍛治師に知り合いがいないかと思ってさ」
学院やギルド本部で確認するのも一つの手だが、そうなると普通は工房の情報を集めたり、紹介状を書いてもらってからの顔繋ぎやらと、色々な手続きが間に挟まって余計に時間を取られることになりかねない。
出来ればそこら辺の面倒くさい手続きはすっ飛ばして、少しでも早く刀作成に取り掛かってもらった方がルディのためになるだろう。
…あと、面倒な手続きをしないですむ分、俺も楽ができるしな。
「それは、ハーン教諭が使ってる武器の種類ですね。ルディには、その武器が合うと思ったのですか?」
クラウディアは、そう言って今一つピンと来ない顔をして聞いてくる。
「確実ではないけどな。ただ、俺の見立てと、何よりルディの意思を尊重すると、その選択になったんだよ。それで、誰か知らないか?」
まあ、不安はあるがやってみなければ始まらないし、今は刀を作ることを優先しよう。
「えっと、それならお父さんに紹介してもらった、ホフマイスター工房がいいんじゃないかな。私やディータだけでなく、お父さん達も武具を作ってもらってるそうですし腕はいいと思います」
「そうそう、俺の親父も武具を作ってもらってたよ。特に工房主のオットーさんとディルクさんは、親父達の知り合いだから、頼めば何とかなるんじゃないかな。よかったら、紹介するよ」
帝都のSS伐剣者が使っている工房か。そりゃ、確かに腕が良さそうだ。しかも、親の代からその工房を使っているなら、顔繋ぎの手間も省ける。
…ん?親父さんやアニータが使っている工房を、何でルディが知らなかったんだ?
「ルディは、ホフマイスター工房の事を知らなかったのか?」
「あの、オットーさんとディルクさんは知ってたんですけど…その、いつもお菓子をくれるおじさんとしてしか知らなかったです」
疑問は、ルディが恥ずかしそうに答えたことであっさり氷解する。
あー、親の知り合いの気のいいおじさんが、実はすごい人だったてことはままあるよね。
「ゴホン!じゃあ、この後にでもホフマイスター工房に行ってみるか。ルディの予定は空いているか?」
「あっ、はい。特に予定はないので大丈夫です」
いやー、トントン拍子に話が進んでよかったよかった。後は、ルディが上手く刀を使えるようになれば万々歳だな。
そう思っていると、アニータが驚いてこっちを見ていた。
「え…ルディが…先生と普通に話せてる」
「おう。授業の後で、刀を使うことも合わせて少し話してな。大分打ち解けれたよ」
なっ、とルディに振るも何故か顔を赤らめて俯いてしまう。
ちょっと待て。何で、ここで人見知りを発動するんだ。そんな反応したら。他のみんなが誤解するだろうが!!
「やっぱり、何かあったんじゃ…」
「まさか…ハーン教諭が衆道を嗜んでいたとは」
だぁっ、そんなんじゃないって言ってるだろぉぉぉぉ!!
アニータとクラウディアの疑いの眼差しを受けて出た叫び声は、帝都を照らす夕日に吸い込まれて消えていった。
◇◆◇◆◇◆
「あの、ごめんなさい」
「申し訳ない。つい悪乗りしてしまった」
とうとう切れた俺の叫びに、揃って頭を下げるアニータとクラウディア。
流石に悪いと思ったのか、ばつが悪そうである。
ただ、授業が終わって間がないのにいきなり親密になっているのと、顔を赤らめて俯いたルディを見ていると、そういう誤解をしても…しょうがないのか?
「先生はさ。何て言うのか、気安い感じがして安心して話せるんだよね。それで、ついつい軽口をたたいちゃうんだよ」
ディータが、フォローになっているのかいないのか、そう言ってくる。
いや、大丈夫だよ。そこまで怒っていないから…たぶん。
とにかく、こんなことで何時までもグダグタ言っててもしょうがないと、謝罪を受け入れてホフマイスター工房に向かうことにする。
工房は、どうやら帝都の中心部付近にあるらしく、そこまでの案内はアニータとディータに任せるとして、その後を俺とルディ、クラウディアが続く。
中心部に何があるかはまだ把握しきれておらず、帝城と伐剣者ギルド本部、後はいくつかの雑貨店くらいしか知らないので、見える景色がどれも新鮮で楽しいものだ。
どうやら、それはクラウディアも同じらしく、お登りさんよろしくキョロキョロと周りを見ていた。
「クラウディアは、帝都については詳しくないのか?」
「そうですね。私は、学院と義兄上の邸宅くらいしか知らないのでとても新鮮です」
いい会話のネタができたと思いそう話しかけると、まだまだあどけなさが抜けていない笑顔を見せるとそう答えが返ってきた。
「ん?帝都に来て結構経っているのに、余り出歩いていないのか?ほら、武器のメンテナ…調整とか保守とか、小物が欲しいとか」
「ええ、武器はオリエンテーションと課外演習くらいしか使ってませんし、その程度なら自分で出来ます。それと…小物とかには、余り興味がないのでよく分かりません。それより、今は鍛練に励む時間を確保する方を優先しています」
――ただ、こうやって皆で帝都を歩くのも楽しいですね。
そう呟いて締め括っているが、なんてドライな性格をしているんだ。前世で、俺がクラウディアくらいの年の時には、友人と遊び歩いていたりしていた記憶がある。
いや、俺も今生の子供の頃は似たような生活をしていたか…あっ、半引きこもりってだけだったか。
それからも、当たり障りのない雑談をしながら歩いていると、鎚を打つ音が聞こえてきた。
そろそろ近づいてきたのかなと思っていると、石造りで長い煙突から白煙を吹き上げる建物の前でディータとアニータが立ち止まる。
「先生、着きました。ここがホフマイスター工房です」
なるほど。帝都で腕がいいと評判になっているだけあって、受注も多いのだろうか、白煙と鎚の音は途切れることなく続いていた。
そうして、予想よりも大きな建物を見上げると、ここなら多少無茶を言っても作ってくれるかもしれないと期待が膨らむ。
「よし。早速入ってみるか」
そう言って、店の中に足を一歩踏み入れると、壁に立て掛けられた数多くの武器が目に入ってくる。ざっと目を走らせてみると、剣・槍・斧・弓と一通り揃っているようだった。
作るのが不得手なものは無さそうだし、後はどれくらいの腕か確かめるだけだなと、何気なくその内の一つを手に取って確認する。
それは、一般的な両刃の剣だったが、抵抗もなく剣身が鞘からするりと抜け、未使用にも関わらず手に馴染む感じがした。
手にした両刃の剣の剣身をじっくりと眺めると、しっかりと鍛造されており、かなりの業物に見受けられる。
「おお、アニータにディータじゃないか。よく来たな!!んん?ルディまでいるじゃないか!!……ははーん!?さては、ついにルディの武器を買いにきたってところか!!」
「オットーさん、久しぶり」
「お久しぶりです、オットーさん。そうなんです、今日は家のルディの武器のことでお願いしたくて来たんです」
手に持った剣を見ていると、後ろからやけに元気のいい声が聞こえてくる。
確か、ここの工房主がオットーという名前だったか。とにかく、俺も挨拶しておいた方がいいなと思い振りかえる。
すると、ディータ達の前には、小柄ながらも上半身裸で筋骨粒々とした人物が立っていた。
……えっと、この人がオットー・ホフマイスター…さん?
―次回投稿は6/6 18時頃を予定しています。
2017.6.30 修正しました。




